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84、誰かが書き換えた

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 ヴヴ……ン、と、かすかに低い音がする。

 寒いような暖かいような不思議な感覚がして、私は目を開けた。

 私は白い床に倒れており、誰かが目の前に立っている。
 学園の制服だ。男物の。
 胸より上は見えない。

 その誰かが、つかつかと近づいてくる。

「ここでゲームオーバーになられちゃあ、ちょっと困るな」

 誰かが言った。
 その声に、聞き覚えがあるような気がする。

 誰だろう。そして、ここはどこだろう。辺りがまっしろで、何もわからない。

 近づいてきた誰かが、私の前で屈んだ。

「お前はイレギュラーな存在だけれど、試してみるか。うまく書き換えられればいいんだが」

 この声。どこかで聞いたことがあるのに、思い出せない。

「それじゃ、引き続き、レイシール・ホーカイドの人生を」

 視界が真っ白になって、声の主が見えなくなった。




「レイシー! 大丈夫か?」

 はっ、と目を開けると、体ががくんっと重くなった。思わず、床に手を突く。

「レイシー、怪我はないか? ほら、捕まれ」

 差し伸べられた手に顔を上げると、焦った表情のジェンスが私を覗き込んでいる。

「どうした? どこか痛いのか?」
「ジェンス……?」
「うん?」
「どうして、ジェンスが……」

 ジェンスは目を瞬いた。

「どうしてって、二人で図書室で勉強して、寮に帰るところだったろ」
「え……?」
「急に躓いて転んだからびっくりしたぞ。大丈夫か?」

 躓いて転んだ?
 どういうこと? 私は確かにリリーナに階段から突き落とされて……

 辺りを見回すと、そこは大階段ではなく、玄関の手前の廊下だった。
 私は自分を見下ろした。体の痛みがなくなっている。

 どういうこと?

「レイシー?」

 ジェンスが首を傾げて私を見る。彼が嘘を吐いているようには見えない。いや、ジェンスに私を騙す理由なんかあるはずがない。
 それに、なんで場所が変わっているんだ。階段から落ちた私を、誰かがここまで運んだのか?

 それとも、——場所の方が変わったのか。

 私の脳裏に、謎の声が蘇った。

 ——試してみるか。うまく書き換えられればいいんだが。

(私が階段から突き落とされた、という「事実」を、誰かが「書き換えた」ってこと……?)

 あり得ない想像に、私は茫然としたままジェンスに助け起こされた。



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