28 / 98
第28話
しおりを挟む***
耳許で囁かれた感触を思い出して、今さら背筋がぞわっとする。
レイチェルは耳を押さえて寝台の上でばたばた暴れた。
(じょ、情欲って……情欲って!)
顔が火照って目が潤む。あんなに至近距離で男性の顔を見たことがない。それも、あのような端正な顔を。
レイチェルは寝台の上でひっくり返ってうつ伏せになり、敷布に熱い頰を押し付けた。
「……色香がすごい」
パーシバルとは全然違うと比べてしまい、心の中でパーシバルに謝った。
パーシバルといえば、彼とリネットは今頃どうしているだろうと考え、レイチェルは少し冷静になった。
「ふう……」
ごろり、と仰向けになって天井を眺める。
そういえば、リネットはヴェンディグに無礼な手紙を送りつけていたのだったと思い出した。色々あって忘れていたが、手紙を書いて諌めておかなければならないだろう。
あんな風に突然の婚約解消だった上に、その場から逃げ出した挙句に離宮に乗り込んで公爵の婚約者に収まってしまったので、パーシバルの両親にもなんの挨拶も出来ていない。
まずはパーシバルの両親に手紙を書こう。不義理を詫びて、それからリネットのことを頼んでおこう。
リネットはレイチェルのものばかり欲しがる子ではあるが、レイチェルから奪ったものは異様に大事にする、というか執着するところがある。自分で買ってもらったものには目を向けず、姉から奪ったものを大事に大事にする。ドレスが小さくなっても、おもちゃが壊れても、それが元はレイチェルのものだったなら処分するのを嫌がって泣く。だから、きっとパーシバルのこともずっと大事にするだろう。
レイチェルが妹のことを今ひとつ嫌いになれないのは、リネットが奪ったものを大事に扱ったからだ。奪い取ってレイチェルに嫌な思いをさせたいだけなら、奪った後は興味をなくしてぞんざいに扱うだろうが、リネットはそうではなかった。彼女は意地悪でしているのではなく、純粋にレイチェルのものが欲しいのだ。
普通なら、そんな純粋な欲望は幼い頃に矯正されるのだが、リネットの場合は両親がたしなめるどころかけしかけて増長させた。
「……結局は、私が両親に嫌われていたということなのよね」
レイチェルは机に向かうと溜め息を吐いた。
リネットからは感じ取れない悪意を、両親からは感じていた。
ただ、どうしてそんなものを向けられるのかはついぞわからなかったが。
レイチェルはもう一度溜め息を吐くと、ペンを手に取った。
リネット宛の手紙とパーシバルの両親への手紙を書き終えると、すっかり夜になっていた。
「そろそろかしら……」
レイチェルは思い切ってヴェンディグの部屋を訪ねた。ノックをしても反応がないので、躊躇いながらも扉を開けてみると、部屋はもぬけの殻だった。窓が開いて風が吹き込んでいる。
「閣下も、一緒に探しにいったのね……」
レイチェルは開け放たれた窓に近寄って呟いた。夜風が頰に当たる。レイチェルは大きく息を吸い込んだ。
自分の部屋に戻ろうか、それとも待っていようかと考えて、レイチェルは待ってみることにした。
傍の椅子に腰掛けて、開け放たれた窓から麗しい青年と黒い蛇が現れるのを待つ。
待ちながら、彼らの過ごしてきた十二年の歳月を思った。
彼らは十二年もの間、ずっと夜毎に罪人を探し続けてきたのか。それだけ探しても見つからないだなんて、罪人はもしかして、この国ではなくずっと遠い国にいるのではないのか。
地の底に蛇の国があって、魂から削ぎ落とされた「欲」を食べているだなんて、なかなかに信じられない話だ。
しかし、よく考えてみれば、神話などでは蛇は欲望の象徴とされている。蛇を欲望の象徴だと考えた人は、地の底に人間の「欲」を食べる蛇がいると知っていたのだろうか。
そんなことをつらつら考えているうちに、レイチェルはうとうとしてきた。いけない、と思いつつ、いつの間にか眠ってしまった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる