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第29話
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ナドガの胴に回した手綱を握り直して、ヴェンディグは眼下に広がる国を見下ろした。
「ナドガ。見つからないか?」
「……うむ。昨日までは強く感じたのだが、奴め、また新たな宿主を見つけたようだ」
「早いな……」
空を飛ぶナドガの背に跨ったヴェンディグは、チッと舌を打った。
前回は北の村の娘だった。後一歩で取り逃がした。
「やっぱり声を聞くしかないな」
ナドガとヴェンディグの追っているシャリージャーラは、人間の女に取り憑いて、男達の向けてくる情欲と女達の向けてくる恨みや嫉妬を喰らっている。宿主の奥深くに隠れられると、ナドガもシャリージャーラの気配を辿れなくなるらしく、見つけることが難しい。
「最後に気配を感じた場所を中心に探す」
「ああ。そこで俺が声を聞く」
手がかりが少なくとも、諦める訳にはいかない。
ヴェンディグは初めてナドガに会った時のことを思う。突然寝室に現れた巨大な黒蛇に驚きと恐怖で声も出せずにいたヴェンディグに、ナドガは「罪人を捕らえるために体を貸してくれ」と言った。
その時の選択を後悔したことはない。第一王子として、国民の中に危険な化け物が混じっているのならなんとかしなければならないと思った。
けれど、その代償は大きかった。まだ八歳だったヴェンディグにとって、孤独は想像以上に辛いものだった。蛇の痣が浮いた姿を他人から恐れられるのも、仕方がないとわかっていても傷つかずにはいられなかった。
耐えてこられたのは、ナドガとライリーのおかげだ。彼らさえいれば、自分は大丈夫だと思っていた。
「今夜はもう戻ろう。風が冷たい」
「もう少し平気だろう」
「いや。ここから引き返しては、城に着くまでに空が白み始める。朝になれば人目につく」
そう言って、ナドガは大きな体をうねらせて方向転換した。
ナドガが言った通り、城に着いた時には東の空がうっすらと白み始めていた。これ以上明るくなれば真っ黒いナドガの体は目立つ。人に見つかるかもしれない。
ナドガとヴェンディグは慣れた動きで開け放した窓から部屋へ入った。
「ふう……?」
ナドガの背から床に降りたヴェンディグは、暗い部屋の中に目を凝らした。
ぼんやりと、白いドレスが浮かび上がっている。椅子にレイチェルが腰掛けているのに気づくと、ヴェンディグは呆れて眉をひそめた。
「何をやっているんだ、こいつは……」
「ヴェンディグを心配していたのだろう」
ナドガが言う。
「待っている間に眠ってしまったのだな」
「……」
ヴェンディグは複雑な気分でレイチェルの寝顔を見下ろした。
真実を知ったらここから逃がさない。そうは言ったが、ヴェンディグは本気でレイチェルを一生閉じ込めておく気はない。彼女は十分に賢い。しっかりと口止めすれば、秘密を他者に漏らしたりはしないだろう。
ただ、自分の人生でライリー以外の者が傍にいてくれることを想像していなかったから、予想外の存在に少し戸惑っているだけだ。
ここにいてくれることを、嬉しいだなんて思ってはいけない。
「ナドガ、少し待っていてくれ」
ヴェンディグはレイチェルを抱き上げると、彼女の部屋まで運んで寝台に寝かせた。
目を覚まさなかったことに安堵しつつ、寝顔に触れたくなる気持ちを押しとどめた。
いつかは、手放さなければならない。
そう己を律して、ヴェンディグは寂しげに微笑んだ。この温もりに慣れてはいけない。手放せなくなるから。
「お前はちゃんとここから逃げろよ」
そっと囁いて、ヴェンディグはレイチェルの部屋を後にした。
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