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第67話
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騒いでもどうにもならない。体力を消耗するだけだ。
そう考えて、レイチェルは扉の前に腰を下ろして床に座り込んだ。
どうやってここから抜け出そう。ソファとテーブルしかない室内に、レイチェルが振り回して窓を割れそうな物はない。
そのうち、ヴェンディグとライリーが異変に気付いてくれるだろう。
レイチェルは一つ息を吐いて、膝に顔を埋めた。
夕食の時間までに戻らなければ、ライリーがヴェンディグに報告するはずだ。
心配をさせてしまうだろうか。想像したら、申し訳ないと思いつつ、ほんの少しだけ嬉しくなってしまった。
(閣下……)
あの人の傍にいたい。あの人にこっちを見てほしい。
そんな欲望がほろほろとこぼれて、レイチェルの胸をいっぱいにした。
(いつからこんなに欲張りになったの?)
己の浅ましさを恥じながら、それでもレイチェルは胸を満たす甘い欲望の心地よさをもう少し味っていたかった。ヴェンディグが解放され、誰か本当に大切な人をみつける、その時まで。
(閣下……ヴェンディグ様……)
「……ヴェンディグ様」
呼んだことのない名前を呟いてみた。それだけで、勇気が出てくるような気がした。
***
まどろみから目覚めると、すっかり夜になっていた。ヴェンディグは寝台から起き上がるとライリーを呼んだ。
「レイチェルはどうした?」
やってきたライリーに尋ねると、彼は少し遠くを見るような目をして答えた。
「……レイチェル様は、ご実家から帰られて、お疲れになっているご様子だったので早めにお休みになることをお勧めしました」
「はあ……そうか」
ヴェンディグは頭を掻いた。なんとなく顔が見たいような気もしたが、家族と渡り合って疲れているのなら、そっとしておいた方がいいだろう。
「わかった。お前ももう休め」
ヴェンディグはライリーの様子が少しおかしいような気がして、そう言葉をかけた。いつもより表情も態度も硬い気がする。ここ最近、いろいろなことがあったし、疲れているのだろうと思った。
「ええ。もう少し片付けたら……」
ライリーはすっと目を伏せて応えた。
***
「あら?」
両親に就寝の挨拶をしようと廊下を歩いていたマリッカは、ここにいるはずのない人物を見かけて小首を傾げた。
「ジャンじゃないの。どうして王都に?」
「これは、マリッカお嬢様。お久しぶりでございます」
マリッカに向かってにこにこと礼をする彼はラクトリン伯爵家に仕える使用人だが、普段は領地の館で働いている。
「何かあったの?」
領地で何か問題が起きて、彼が王都まで報告に来たのかと心配になったが、ジャンはそうではないと首を横に振った。
「王宮から大量の注文が来ましてね。急ぎだっていうんで、私まで駆り出されて運び込んだんですよ」
「王宮から?」
マリッカはくりっと首を捻った。
「今日はもう遅いので、一晩お世話になって明日の朝、領地へ戻ります」
「そう……」
伯爵領から大荷物で飛ばしてきたのならさぞ疲れたことだろう。マリッカは釈然としない思いながらも使用人を労った。
「王宮……」
マリッカは離宮で公爵と相対した時のことを思い出して、どうにも腑に落ちない気持ちに駆られた。
「……王宮の注文なら、離宮に届ける訳ではないもの。気にすることないわよね」
そうは思うものの、マリッカは何かすっきりしない気分のまま自室に戻り就寝した。
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