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第76話
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レイチェルを乗せたナドガは西に向かって飛び、人気のない森の真上に辿り着くと、木々の合間を縫って慎重に地に降りた。
着地の衝撃に耐え、レイチェルはずり落ちるようにしてナドガの背から降りた。
「大丈夫か、レイチェル」
「ええ……」
レイチェルが答えると、ナドガはぐたりと首を地面に落とした。
ナドガの傷口からはまだ血が流れているようだ。レイチェルは心配でナドガの鼻先に近寄った。
「少し休めば大丈夫だ。レイチェル、その辺りの木を集めてくれ」
レイチェルが言う通りにすると、ナドガは口から小さく火を吐いて木々の欠片を焚き火にした。
「レイチェルも、休んでいてくれ」
ナドガはいつもと同じ穏やかな声で言ったが、口から漏れる息は苦しげだった。なんとか手当したいが、こんな森の中ではレイチェルにはどうすることも出来ない。大人しく地面に座り込むしかなかった。
(ヴェンディグ様は大丈夫かしら……)
彼は本人が言った通り、王子だ。兵士から危害を加えられるということは考えづらいが、だからといって無事が保証されている訳でもない。
レイチェルは溜め息を吐いて、ふとヴェンディグに撫でられた首筋に手をやった。
すると、指が細い紐に触れて、レイチェルはその存在を思い出した。ヴェンディグから預かったペンダントだ。
服の中から出して、焚き火の明かりを頼りに刻まれた紋章を眺める。
これを首に掛けられた時のことを思い返した。
俺がそばにいない時に、これがあることを思い出せ。ヴェンディグはそう言った。
(そばにいない時……?)
ふと、不思議に思った。
レイチェルは離宮で暮らしていて、外出するのは茶会に誘われた時ぐらいだ。
この首飾りを預けたあの時点で、ヴェンディグはレイチェルと離れることを予想していたのだろうか。
いや、そんなはずはない。ヴェンディグはあんなことが起きるだなんて想像していなかっただろう。だって、彼は誰よりライリーを信頼していた。
じゃあ、「そばにいない時」とは、どんな状況を想像していたのだろう。
レイチェルは手の中のペンダントをじっと見つめた。
男児に与える。つまり、王位継承権のある者が持たねばならない。
でも、希少な石が使われている訳でもない。王位継承者がペンダントを受け継ぐなんて話は聞いたことがない。レイチェルが知らなかっただけか、それとも、臣下は誰も知らなくて、王族だけの秘密なのか。
(他人に継承者の証として見せるためのものではなく、王位を継げる男児にのみ必要なもの……)
もう少しで何かひらめきそうな気がして、レイチェルはペンダントをくるくるとひっくり返してみた。
王位を継げる男児にこのペンダントを持たせる目的とは、つまり王権の維持に必要になるかもしれない可能性があるというということなのか。
直径3センチ程の少し厚みのある円盤型のペンダントを指の腹で撫でてみると、ふと違和感があった。上部にくるりと円を描く継ぎ目がある。
(中に何か入っている?)
昔、高齢のご夫人がこういうペンダントから薬を取り出して飲んでいるのを見たことがあるのを、レイチェルは思い出した。
レイチェルは継ぎ目の部分を捻ってみた。すると、かちりと音がした。
上部分を引き抜くと鍵が現れた。ペンダントが鞘の役割を果たしていたのだ。
レイチェルは鍵を火にかざして見つめた。
どこの鍵だろう。何故、ヴェンディグはこれを自分に託したのか。レイチェルは必死に頭を働かせた。
これを預けられた時、ヴェンディグはなんと言っていた?
(……初代ガルロフ王の話を)
教会と広場にある初代国王の銅像を祀る祠が、離宮にもあったという話をしていた。
(離宮にもあった祠……鍵……王家)
うんうんと唸って考え込んだレイチェルは、離宮で目にしたものを思い出して「あっ」と声をあげた。
(もしかして、あれは——)
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