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第三章
39、オリビアの行方(一)
しおりを挟む聖ミハエル教会で気を失い、その間に悪夢を見てしまったサラが、味わった恐怖の分だけキースの胸の中で泣きまくった後、屋敷へ帰宅した時刻はすでに夕方を過ぎていた。
キースは護衛騎士達を下がらせてサラを部屋まで送ると、侍女頭のエレナを呼んでサラの着替えが終わるまでの間、廊下で待ちながら険しい表情で考えを巡らせていた。
しばらくしてエレナが部屋から出てきたので、彼は半開きの扉をノックして音を立てて、「どうぞ」というサラの返事の後に足を踏み入れた。
サラの部屋は全体的にすっきりと綺麗に片付いていて、花瓶に生けられている数輪の薔薇の香りが微かにキースの鼻先をくすぐる。女性の部屋にいる事を変に意識してしまい、遠慮がちに部屋の中を見回すと、サラは室内用のドレスを着てベッドの上で起きている姿勢でキースを待っていた。
「キース様、せっかくチャンスを頂いたのに、このような騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございません」
「君が謝る必要はないだろう顔を上げてくれ。君が気を失っていた間の事について、今すぐ話しておきたいんだが、それともこのまま休ませたほうがいいだろうか?」
教会を出て屋敷に着くまでの間、サラは自分なりに記憶を辿っているうちに、幾つかの疑問に行き詰まっていた。ずっと着ていたはずのマントとドレスは脱がされて何故かシュミーズ姿になっていたし、目覚めた場所もなぜか部屋の中央で、その上キースの腕で抱きかかえられていた経緯もわからないままだった。
泣き止んだ後、女性騎士の手を借りてドレスとマントを着直して、急いで帰宅しようとその部屋を出た直後、一斉に駆け寄る司教達に驚き、何もない所でつまずき転びそうになったせいで、心配したキースに馬車までお姫様抱っこをしてもらう羽目になってしまった。
キースが誰も近づけさせないオーラを放っていた事も、見送る司教達の様子も変だったので、サラが気を失って悪夢を見ていた間に、現実世界でも何かあったのではないかと気づいていた。
そんな事も思い出しながら、意識を取り戻してからほとんどキースの胸の中にいた事にも気づいてしまい、サラは思わず頬を赤くして下を向いてしまうが、せっかくキースの方から話しておきたいと切り出してくれたこの時を無駄にしてはいけないと、頭を左右に振って顔を上げた。
「ぜひ聞かせて下さい。私が見た夢についてもお話しします」
キースの話によると、サラが倒れた後、衣服を脱がせて女医の診察を受けさせたが、ただ眠っているようだと診断されてしまったので、しばらく様子を見るためにキースが部屋に一人残ることになった。
全員が部屋から出た後でキースが振り返ると、サラは無意識のまま部屋の中央に立っていて、突然体から強い光を放つ現象が起きたということだった。
光が消えるとサラは床の上で倒れていて、キースの呼びかけに反応して意識を取り戻したのだが、サラは急にパニックを起こして泣き出してしまった―――その話のくだりからは、サラ自身もしっかりと記憶している。
「これから話す事が重要だ。部屋には私以外誰もいなかったが、光がドアの隙間から漏れていたせいで、中庭にいた司教達全員も見ていたんだ。――君が着替えている間にミハエル大司教と話をしたんだが……大司教によると、あの光の現象こそ教会が予言した聖女の『目覚め』の証だそうだ。君にもそういう認識はあるのか?」
それを聞いたサラは俯いて無言になってしまった。その反応に困ったキースは静かに問いかけた。
「どうしたんだ?」
「…夢を、見ました」
「どんな夢だったか、聞かせてくれないか?」
サラはこくんと頷いた。
「……私は暗闇の中で意識だけがある状態で、聖女の力を持つソフィアという女性の中にいました。暗闇の向こうに誰かがいて、あれはきっと…悪魔という存在だと思います。教会で見た絵の姿とは違いましたが…」
サラの口から「悪魔」という単語が出た瞬間、キースは顔をこわばらせた。その反応に今度はサラも戸惑い、話を続けていいのか迷うが、
「…続けてくれ」
キースにそう促されて、サラは再び語り始めた。
「悪魔はソフィアを…誘惑しようとしていました。彼女はそれを拒んで悪魔を聖女の光で封印すると、明るい世界に戻ってきてミハエルという男性に助けられ安心していました。でも何故か急に苦しくなって、私の精神はソフィアの体から離れたことがわかりました。そしてまた暗闇に堕ちていくような感覚に囚われて、そのまま死んでしまう気がして…助けを求めて必死にもがいていたら私の体から光が現れて、やっと現実に戻ることができました」
「……では、大司教の言った通り『目覚め』が起きたという事で間違いないのか?」
「私はあれが『目覚め』だとは信じられません。あんな死ぬ思いをするなんて…!」
サラの青ざめた表情と怒りを抑えた口調に気づいたキースは、サラがいるベッドの近くへと歩み寄った。サラは口を閉ざし、シーツを握りながら小刻みに震えている。
キースは結局、サラの意識がない間に妹のオリビアがサラの体を使ってキースと対話をしていた事実を言える状況ではない事に気づいてしまった。オリビアがサラの肉体を乗っ取ろうとしていたうえに、悪魔という存在をちらつかせていたせいで、憔悴しているサラを追い詰めるような事を言いたくなかった。
そのうえこれからキースは、どうしても行かなければならない場所がある。その前にサラと話していられる時間は限られていた。
「私はこれから父に今日の報告をしに行かなくてはならない。そこでオリビアの居場所と容態を確認してくる。まだ意識が戻っていないなら、もう一度君の『聖女の力』を試してみてはどうだろうか」
「…キース様は、お嬢様の居所をご存じではないのですか?」
「残念だが私も聞かされてはいないんだ。密かに探ってはいたが、徹底して調べさせた訳ではない。秘密が漏れないように、父が個人的に雇った医師に預けていると考えている」
キースの父親であるマティアス侯爵はキースと同じブルーの瞳だが、侯爵の冷たい眼差しを思い出すと、どうしても悪夢で見た恐ろしい悪魔の赤い目を連想させて、サラは声を震わせた。
「で、でも…、もしかしたら、私は、お嬢様が目覚めれば、口封じに殺されてしまうかもしれない…!」
キースはサラの動揺振りに困惑した。悪人ならまだしも、妹の身代わりに強引に連れてきた少女に対して、父親がどこまでも非情な行動に出るような男だったかどうか、わからなくなった。
(これまでつらい経験をしてきた彼女に「殺されるはずがない」と安易に言えることではない。それに気になるのはオリビアの反応だ。あの会話から察するに、妹の彼女に対する執着心は異常だ。もしオリビアを目覚めさせる事ができたとしても、妹が聖女の力を悪用して彼女を支配しようとするか、肉体を乗っ取ろうとする可能性もある。それがなければ密かにオリビアを探し出すだけでよかったのだが、それにも別の危険が伴うわけか……クソッ…!)
黙り込んでしまったキースに気づいたサラは、キースの父親に殺されるかもしれないと言った自分の失言に気づいて後悔をした。
「ご…ごめんなさい!酷い事を言うつもりじゃなかったんです!ただ、今の私はとても旦那様の前に立てるほどの気力を持ち合わせていません。もう少し、もうしばらく時間をいただければ……」
そう言いながらもシーツを握りしめているサラの手は先ほどからずっと小刻みに震え続けている。キースは堅くしていた表情を和らげ、サラに優しく話しかけた。
「無理をしなくていい。私の前で父に対する恐怖心を隠す必要はないんだ。だが教会で起こった出来事はすぐにあの人に知られてしまう。黙っていても不審に思われるだけなんだ。だからこうしよう。君は教会で倒れたところも目撃されているのだから、『目覚め』の後遺症で体調を崩し、数日は療養が必要だという事にする。君を休ませている間に、私のほうでオリビアの行方をもう一度調べ直してみよう」
サラはキースの提案が信じられないほどに嬉しくて、申し訳なくて、一度止めたはずの涙を抑えきれず、泣きながらまた謝り始めた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!私は旦那様の前に立てる勇気がない!オリビア様を目覚めさせてあげたいのに…!」
キースは再び泣き出してしまったサラをまた抱きしめたい衝動を抑えて、その代わりにシーツを握るサラの手の甲にそっと手をのせた。
「これ以上謝らないでくれ。まずはオリビアを探し出す。私に出来る事は限られているが、とりあえずやれるだけやってみよう。今はとにかく、君は休んでいてくれ」
キースの優しい声と温かい手の温もりは、サラにしっかりと伝わっていて、緊張した心を解きほぐしていく。
(この人は始めから見えないところでもいろいろ気遣ってくださって、オリビア様の人生を狂わせてしまった私を、本当に守ろうとしてくれている)
泣いてばかりではいられないと顔を上げたサラは、キースを信じる証として真っ直ぐに見つめ返した。
「……わかりました。お願いします」
サラの言葉を聞いて少しほっとしたキースだったが、部屋から出たときにはすでに厳しい表情に戻っていて、廊下で待機していたエレナと、いつの間にか来ていた執事のギルバートにこう告げた。
「私はすぐに父の所へ行かなくてはならない。今夜は遅くなるだろう。オリビアの夕食は胃に負担をかけない物にして、夜は彼女が眠るまで側にいてやってくれ」
ギルバートは一礼し、エレナは静かに返事をした。
「承知いたしました」
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