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第三章
40、オリビアの行方(二)
しおりを挟むマティアス侯爵の屋敷を訪れたキースは、侯爵と対面するなり、時間を無駄にすることなく、教会で起こった出来事を手短に報告した。しかしサラが見た悪夢の内容や、オリビアの魂がサラの肉体を使ってキースと会話をした事は伏せている。
「何?その光で聖女に『目覚め』が起きたと、教会が認めたのか?」
「はい。ミハエル大司教がそう言っていました」
「そうか!やっと認めたというわけか」
驚くほどに好反応を示した父に、キースは思わず冷たい眼差しを向けた。
「しかし気になることがあります。大司教から聞きましたが、聖女が悪魔を封じるという神託を受けていたというのは初耳です。どういう事か説明していただけますか」
「陛下の命令で悪魔の存在を公表せずに、先に聖女を探すことを優先した、それだけのことだ。それが今日の事と何か関係があるのか?」
「教会に飾られていた初代の両陛下と悪魔が描かれた絵の前で彼女は気を失って倒れました。彼女は暗闇に堕ちていく夢の中で死ぬかもしれないと感じたそうです。意識を取り戻した時はパニックを起こし、まともな状態ではありませんでした。あの様子ではまたしばらく療養が必要です。そんな状態で聖女として目覚めたと言えるのか、私にはわかりません」
「これまでに何度も聖女の力を使っているんだ。あとは教会があの娘を正式に聖女として認めればそれだけで十分だ」
「すでにお気づきのはずですが、やはり自分の体を癒す力はないようです。エレナが言うにはまだ背中の傷跡も残っていると……」
「自分を癒す力がない事は弱点にもなるが、わざわざ公表する必要もない。それが知られたところで、誰も聖女の体を簡単に傷つけようとは思わないだろう」
サラの背中の傷が侯爵によって残された傷跡だと知っているキースは、あえて言葉にした皮肉も父の良心にはかすりもしなかったことに憤りを感じている。悟られないように深呼吸をして、気持ちを整えるように自分自身に言い聞かせる。
(堪えろ。今俺が感情的になってしまえば、彼女を近くで守ることもできなくなるんだ)
「ところで…もし本当に『目覚め』が彼女に起こったとして、本物のオリビアの容態が気になります。妹はどこにいるのですか?」
その質問をした時、侯爵の様子が一変して、牽制してくるような気配が漂った。
「お前が今すぐ知る必要はない。オリビアは腕のいい医者に預けている。報告がないということは何も変わりないということだ」
「……医者の報告だけを鵜呑みにするのは危険かと思います。私が様子を見に行かなくてよろしいのですか」
侯爵は同じ質問を繰り返されることを嫌い、それを息子であるキースも承知の上で言葉を返してきたということに、苛立ちながらきつく言い放った。
「―――言いたい事があるなら、はっきり言ってみろ」
「まさかと思いますが、オリビアが目覚める可能性があってもこのまま眠らせて、この先も彼女をオリビアの身代わりに使うつもりですか」
「そうだ」
「なぜですか。私が侯爵家の長男として厳しく育てられたように、この家の長女としてオリビアにも聖女としての責務を負わせるべきではないのですか」
キースは騎士になると決めてからは、自分の生い立ちの事で父親を正面から責める事はなかった。だが敢えてここでその不満をさらけ出したのは、ここでサラの名前を出せば、彼女の為にオリビアを探している事がバレてしまい、情が湧いてしまった事も知られて引き離される事を防ぎたかった。
通用するかもわからない手に出てしまっていることは百も承知だが、侯爵から返ってきた言葉はあまりにも意外な返しだった。
「……お前は、オリビアが本当に聖女だと思えるか?」
キースはその質問に対してすぐに返す言葉が見つからず、体を硬直させた。
「どういう…意味でしょうか。私は妹と何年も会っていませんでした。それなのにどうしてそのような質問をするのですか」
「そうだったな。つまりこういう事だ。本物のオリビアでは皇太子殿下の婚約者候補として認められないと判断した。侯爵家の品位を守れるなら、危険を冒さず自然に目覚めるまであのまま眠らせてやるほうがましだ」
キースは戸惑いと混乱の中で、その言葉をとりあえず鵜呑みすることしか出来ず、そのまま黙って聞いている。
「もしあの娘がもう一度オリビアに聖女の力を試したいと言っても、聖女として完全に認められるまでその役目を果たすように言い伝えろ。それができてこそ、その力を試すチャンスを与えてやると。それ以上何か言うようであれば、教会への派遣の話も無しにする。そもそも教会で聖女が倒れるとは話にならん。今日の一件は大司教の証言が得られただけでも救いがあったと思うべきだ」
「……承知いたしました。今日はこれで失礼します」
一礼をして部屋を出たキースが、その時、どんな想いを抱いて部屋を出たか、侯爵が知ることはない。
しかし侯爵に背を向けた瞬間から、キースは怒り、動揺、困惑も含んだ、すべての感情と戦っていた。一番考えたくないことが、どうしても頭の中から離れずに、ぐるぐると駆けまわっている。
(あの人は何かを隠している…!まさか眠り続けているはずのオリビアの身に、本当は何かあったのではないのか…!?)
キースは拳を握り閉め、足早に屋敷の出口へと向かった。
一人になった侯爵は書斎を出て、客間へと向かった。客室の前で待機していた大男の執事をその場から下がらせると、一人客室へと入室し、中で待たせていた客人に挨拶を述べた。
「お待たせして申し訳ない」
客人は侯爵のいる方へゆっくりと振り向いた。
「いいえ、キース公子がいらしていると聞きました」
その客人は白いマントを羽織り、フードを被ったままだった。侯爵が向かいのソファに座ったところで、客人はフードをおろすと、そこから気品漂う老人の顔が現れて、老人は軽く会釈をした。
「それでは、ミハエル大司教。教会で何があったのか、話を聞かせていただこう」
名前を呼ばれた大司教は、悲し気な表情で静かに語り始めた。
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