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第三章
41、オリビアへの祈り(一)
しおりを挟む教会で気を失って倒れたサラが、悪夢から抜け出すために使った聖女の力の副産物である光を複数の司教達に目撃されたせいで、教会から正式に「聖女」と認められてしまったあの日から一週間が経過した。
最初の計画では、サラは教会で聖女としての活動をすぐにでも始める予定だったのだが、現在はキースのアドバイス通り、体調不良を装って教会へは通わず、中庭の散歩も控えて、大人しく自室で刺繍をしたり屋敷内の図書室で借りた本を読んで過ごす日々を送っている。
その間、キースはサラと約束した通り、密かに妹のオリビアの捜索活動を続けてくれているが、有益な情報が得られないのか、毎晩遅くまで帰らない日が続いていた。騎士団の任務もこなすキースは早朝に屋敷を出てしまうので、こうなってくると、今まで夕食の時間を一緒に過ごしてきた二人は顔を合わせることがなくなってしまった。
執事のギルバートと侍女頭のエレナが、キースの命令でサラを退屈させないように気を遣ってあれこれともてなしてくれるのだが、サラはキースの言葉を信じて待つ事しかできない自分に悶々とした思いを抱えるようになってしまった。
そして今夜もまた一人で夕食を取り、湯浴みも終えて、いつでも眠れるようにナイトドレスに着替えたサラは、机を前にして座ったまま、憂鬱さを隠せずに落ち込んでいると、その原因がキースに会えない寂しさを感じているせいだとわかった事に驚いて、顔を赤くした。
(私ったら、キース様に急に会えなくなって寂しいなんて思っているわ!私のせいで彼は毎日遅くまでオリビア様を探してくれているというのに!それに私達の日頃の会話なんて、その日何をしていたか報告するような内容ばかりで、親しみを覚えるほどの会話なんてしたことないくせに、こんなふうに思うなんておかしいわよ!)
サラは冷静さを取り戻そうと、寂しさを感じてしまうその訳を、頭の中で必死に考え始めた。
(あれよね、きっと、キース様がいつも私のことを気にかけてくれていたから、しばらく会っていないだけで寂しいなんて感じてしまうのよ。それに彼の外見が良すぎることも問題だわ。最初は何もかも不安で怖くて考える余裕もなかったけど、彼はやっぱりイケメンすぎるのよ)
キースは帝国の社交界においても目を引く美男子に分類されている。父親譲りの整った顔立ちと魅力的なブルーの瞳、そして銀髪にも見える珍しいブロンドヘアが彼の容姿を一際目立たせていた。
男友達がいないように見えるのはその美貌が災いした結果ではなく、恐らく独占欲の強い第二皇子エバニエルのせいだとサラは知っているが、ゴシップ好きなメイド達の話によると、キースは女性に対して無愛想ではあるが、男性から話しかけられると機知に富んだ会話で楽しませてくれるうえに、若くして騎士団で役職を得て成功している彼に対して、密かに憧れを抱く男性も少なからずいるのだと聞いた時は、さすがキース様、と感心してしまったサラだった。
もちろん女性貴族の間でもキースの女嫌いの話は有名だが、生真面目な性格である事もよく知られていて、冷酷な父親と違って人間味があり、乙女心を持つ同世代の女子の憧れの的となっているだけでなく、「イケない事を教えたくなるわ」という年上の女性達からも目をつけられて何度も密室に誘われている所を見られている噂もあると、メイド達がはしゃいでいたのを思い出して、サラは自分だけが彼の容姿に惑わされているわけではないと一人で何度も頷いた。
(これってアイゼン卿についても同じ事が言えるわよね。キース様とどこか似ているけど、アイゼン卿は直接的な言葉より目で語るタイプで、あの目で見つめられるとどうしても守られてるっていう安心感で満たされてしまう、不思議な人だったわ…)
リック・アイゼンはサラの正体を知る数少ない人物で、王都に来たばかりの頃の護衛の騎士だった。とても親しくしていたわけではないが、護衛としての任を解かれてから会う事はなくなり、それについてもサラは言葉にできない寂しさを感じていた。
(やっぱりそうよ。彼らが素敵な王子様に見えて、私はヒロイン気分で助けて欲しいとすがりつきたいだけなのよ。キース様だってあの性格だから律儀に私との約束を守ってくれているだけだわ。でも、旦那様の目は怖いと思うけど、キース様の瞳は優しく見えて、同じブルーの瞳で見つめられても平気なのは不思議よね。怖いと思うどころか、もっと見つめたくなるような、その奥に何かあるような……)
考え事をしながら目を閉じていたせいで、この時サラの脳裏に思い浮かんだのは、キースの青い瞳の奥にある熱を帯びた眼差しで、その熱が伝染したかのようにサラは体が熱くなるのがわかってしまい、顔を真っ赤にして悶絶しそうになり、ついに考えている事をべらべらと言葉にし始めた。
「あー!もう!だから、彼は小説の中でもヒロインのお兄さんで、素敵に見えちゃうのは仕方のないことなのよ!キース様はただ侯爵家の長男として家長の命令に従っているだけで、監視役だなんて面倒を押しつけられて困っているはずよ。旦那様とそっくりな顔なのに、あの優しい面影はきっと亡くなられた前侯爵夫人から受け継いだものに違いないわ。そうよ!この状況で彼だけが頼りの存在という事もいけないのよ。せっかく与えられた時間は有効的に使うべきね。昨日はどこまで書いていたかしら」
サラは教会で倒れたあの日から、悪魔の赤い目を夢でも度々見るようになってしまい、寝つきが悪くなってしまった。どうせ眠れないならと始めたのが、転生前に読んだ小説のストーリーを思い出して書き起こす作業だ。
「これから何が起こるのか、今後の為にも思い出す必要があるわ。前世と今の記憶が混乱しているかもしれないけど、頭の中を整理するにはやっぱりこの方法が一番よ」
そうしてサラは、引き出しから用紙とペンとインクを取り出し、机に置いたランタンの明かりを頼りに、カリカリと書き出し始めた。誰かにこのメモが見られても問題にならないように敢えて日本語で書いているが、あまりの文字の乱れ具合にサラは書きながら自嘲した。
「うん、日本語で書くのも少しは慣れてきたかな。こっちの世界の言語に慣れているから、日本語を書くのがこんなに大変だなんて思わなかった。でもこれなら誰に見られても心配ないわね」
(アイゼン卿のことを私と同じ転生者じゃないかと思ったこともあったけど、よく考えてみれば私が日本語の単語を言っても彼には伝わらなかったし、「あなたも生まれ変わりですか」なんて変な質問をしなくてよかったわ)
まだリック・アイゼンが護衛として近くにいた時に、そんな事を言って尋ねようとした瞬間があった事を思い出して、サラは恥ずかしくなる気持ちを忘れさせるためにも、必死にペンを動かしながら小説の物語を思い出していく。
(『孤独な聖女と王子様』は、オリビアという少女が十七歳で聖女に目覚めて、王子様に出会うところから始まっていたわ。今の私にとって大きな問題は、この小説が魔物との戦いで成長していくヒロインを描くことがメインだったから、聖女として目覚めるまでの詳細が書かれていなかったこと、そして……)
「そして、私が物語のエンディングを知らないことよ」
サラは大きく溜息をついて、これまで箇条書きに書き溜めた内容を読み直した。
・孤独を抱えて生きるヒロインのオリビアが、十七歳で聖女として目覚める
・ある日突然山奥から魔物が現れて、ヒロインは聖女として討伐に参加する
・ヒロインは一緒に戦う人達との出会いで成長する
・ヒロインは王子様と恋に落ちる
(……時系列的にはこうだったかな。それからやっぱりヒロインの家族の事も思い出さなきゃ。孤独に育てられてた彼女が、冷たい人だと思っていた兄と和解して、冷酷な父親に共に立ち向かう展開になっていったはず。二人が和解したきっかけは、兄が魔物から妹をかばって瀕死の重傷を負ってしまって、その怪我をヒロインが聖女の力で治して、そこで二人の絆が深まったのよね)
・ヒロインの兄が―――
そこまで書いて、サラはペンを止めてしまった。その一行は最後まで書く気になれず、途方に暮れたサラは、ペンを握ったまま机に額をつけた状態でうつ伏せた。
(物語が完結する前に私は死んで転生してしまったし、最後は聖女と王子様が結ばれるお決まりのハッピーエンドで終わるはずだとわかっていたから、そこまで深く考えずに読んでいたせいで、ここまでしか思い出せない。他の連載小説も同時に読んでいたし、ここまで内容を覚えていただけでもラッキーだったかもしれない……。でもオリビア様は私と同じまだ十六歳のはずなのに、教会は私の身に起こった先日の出来事を聖女の「目覚め」だと認めてしまったし、もう何がどうなっているのか…)
それからしばらく頭の中の思考は止まった状態で、サラはぼそっと呟いた。
「やっぱり、私のせいなのかな…。私が小説の世界に転生したせいで、この世界のストーリーも、未来も変えてしまったのかな。私が望んでもいなかったことなのに…」
時計を見ると、時刻はもうすぐ深夜零時を回ろうとしている。このままではまた寝つきが悪くなる予感がしたサラは、机の上の物を引き出しに戻して立ち上がると、ガラスドアの向こうに見える月に向かって、オリビアが無事であることを祈り始めた。これは最近から始めたことだが、こうすると不思議なことに、寝つきの悪さは改善されることにサラは気づいてしまった。
(こんな事になっても神様なんて信じていなかった私が、オリビア様の無事を祈ることで眠れるようになるなんて…、きっと自分の罪悪感を埋めているだけかもしれないわね……)
自分を責めて胸が苦しくなり、きゅっと唇を噛みしめていると、「ドン!」という音が部屋中に響き渡って、驚いたサラは何が起きたのかと目を見開いた。
そして、バルコニーに通じるガラスドアにヒビが入っている事に気づき、何かがぶつかったのだとわかったサラは、恐る恐るランタンを持ったままそのガラスドアへと近づいた。
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