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第三章
44、焦心(二)
しおりを挟む静かに眠るキースを見守りながら、今度はサラの方からリックに話しかけた。
「アイゼン卿って、側にいるだけで安心させてくれる雰囲気をお持ちの方なんですね」
まさかサラからそんな事を言われるとは思っていなかったリックは、驚いた顔でサラを見つめた。
「…そうですか?」
「はい。あなたの事を少しお伺いしてもよろしいですか。いつも私の話を聞いて下さるから、どんな方なのかとずっと思っていたんです」
「え、えぇ。どうぞ。隠すようなことはないので」
「ご家族も王都にいらっしゃるのですか?」
「私はフェラルド地方の出身です。両親と二人の弟がいます」
サラは昔、リックは自分と同じ転生者ではないかと期待した事があった。もしそうであれば悩みを打ち明けて、何かあれば助けてくれる心強い存在になってくれるのではないかと考えていた。だがその考えはとっくに捨て去っているので、今知りたいのは現在の彼自身のことについてだった。
(私はこの世界では孤児だったけれど、彼には大事な家族がいる。先に知ることができて良かったわ。何も考えず助けてほしいなんて言った後で、もし迷惑をかけてしまったら取り返しのつかない事になっていたかもしれない)
リックに二人も弟がいるとわかってしまうと、なぜ彼だけが王都にいるのか、もっと知りたいと思う欲が出てくる。
「地方にも騎士団はあるのに、どうして王都の騎士団に入ったのですか?」
「実家は林業を営んでいますが、フェラルド地方の山は隣国との国境が近いため、国が安定していなければ普段の生活を守ることができないことに気づき、騎士になると決心しました。家督を弟に譲って家を出たのですが、訓練所に通ううちに王都の町並みをこの目で見てみたいと思うようになり、毎年開かれる剣術大会に参加しました。出場者は滞在費が免除されますし、大会でいい結果を残せば騎士団への入団も可能です」
「その話、ラウラさんから聞いたことがあります。その大会で優勝したんですよね。それに旦那様からもその才能を認められ、異例の早さで隊長に任命されたとか。キース様も第一騎士団の副団長になるまでかなり努力をされていたと聞いていますが、あなたも相当の努力をされたのでしょうね」
「キース公子は貴族で、そのうえ父親は騎士団の総司令官ですから、以前は陰口を言う者もいましたが、もうそんな事を言う者は一人もいません。彼の実力も本物ですからね…。さて、まだ目覚めないようですし、そろそろお休みになられては?彼が目を覚ましたら夜中でも起こして知らせしますよ」
「あ…、でもせめて、もう少しここにいさせて下さい。お願いします」
「――承知いたしました」
サラは早く目覚めて欲しいと思いながら、再び祈る事に集中し始めた。ずっと聖女の力を使い続けて疲れているという自覚はあっても、リックと会話をする前と後では、心と体の疲れはだいぶ軽くなった気がしていた。
サラが座ったまま上半身だけをベッドに預け、静かに寝息を立てている事に気づいたリックが近づいてみると、サラの手はまだキースの手首を握ったままだった。
リックはその手を引き離したい衝動に駆られるが、この状況がグローリアの地下で起きた悲劇と似ているため、今回ばかりはサラの希望通りキースが目を覚ますまで待ってやろうと、何度も考え直して自制している。
そこへ女性騎士のラウラが護衛の交代でやって来たので、リックはそれを断るつもりで部屋の入り口付近でラウラに説明をしていると、ラウラはちらっとベッドがある方向へ視線を動かした。
天蓋付きの大きなベッドで眠るキースの隣で、サラが椅子に座ったまま眠っていることに気づいたラウラは、ぼそっと呟いた。
「総司令官閣下はいらっしゃいませんね」
「報告は入れている。キース公子…いや、マティアス副団長が無事だと聞いて、あの方は次の行動に出ているのだろう」
二人が遠くからキースの容態を確認していると、彼の目がゆっくりと開く瞬間が見えた。キースは起き上がると同時に、サラがすぐ側で自分の手首を握っていることに気がつくと、かなり驚いた様子でそのまま硬直している。
キースの反応を見ていたラウラが面白がって、先に声をかけようとしたリックの腕をつかんでその場に引き留めた。
二人が黙ったままキースの行動を観察していると、彼はそっとサラの手を外し、彼女の顔にかかる長い前髪を払いのけると、静かに寝息を立てているサラの横顔を見つめている。キースが滅多に見せない優しい表情で、何やらほっとしているところまでを見届けたリックは、「ゴホン」とわざとらしい咳払いをして己の存在を主張した。
「…あの場にいた者達はどうなった?」
キースは開口一番、つまらない質問をした。とっくに自分達がいる事がばれていたことを悟ったラウラは眉をひそめるが、リックがすぐさま返事をする。
「捕らえた者達は、ガブリエル団長によって収監所へ連行済みです」
報告を受けたキースはいつもの無表情に戻っていて、「そうか」とため息交じりな声を洩らした。
「団長に迷惑をかけてしまったな…。ラウラ、彼女を部屋まで運べるか」
キースの指令を受けたラウラは、小柄なサラの体を難なくお姫様抱っこすると、しっかりとした足取りでそのまま部屋を出て行った。キースはその場に残ったリックに質問を続ける。
「父には…、総司令官閣下には、私についてどこまで報告されているか知っているか?」
「聖女の治療を受けて、安静にしているところまでです。意識が戻った事は私がこれから報告に行って参ります」
「いや、私が自分で行く。これ以上迷惑はかけられない。それに面倒な事はさっさと済ませた方がいい」
リックはそれよりも、この時を待っていたと言わんばかりに、大事な話を切り出した。
「マティアス副団長、階級を無視した個人的な質問をさせていただきますが、よろしいでしょうか」
「……いいだろう。質問とは?」
「彼女のことをこれからどうなさるおつもりですか」
「……まさか君が父に黙って妹のオリビアを探していたとは知らなかった。話を聞いた時は正直驚いてしまったが、サラが本物の聖女に見えて惚れてしまったのか?」
「……先に質問をしたのは私です」
「あぁ、そうだったな。……私は妹を見つけてサラを解放するつもりだが、父にその気はないらしい。我儘に育てられた妹よりも、淑女の教育を受けてきた彼女を利用する方が得策だと考えているんだ。そのうえ、本物の聖女であるオリビアから力を分け与えられたと言っているサラの方が、聖女としてもふさわしいなどと馬鹿げた事を言い出している。彼女を永遠にマティアス家に縛るつもりだとわかってしまった以上、このまま妹を見つけられずにその時が来てしまったら――、君に、彼女のことを託してもいいだろうか……」
キースの口調はだんだんと重く、苛立ちを含んだものへと変わっていった。悔しさを押し殺しながら協力を乞う姿を見せられても、リックは怒りを抑えきれずにまくし立てた。
「私を信用して下さるのはありがたいのですが、この際ですから、私も正直に申し上げましょう。もし彼女が望むなら、私がここから彼女を連れ出すことは簡単です。しかし、すぐ別の誰かに捕まる可能性が高い事もわかっています。富も権力も持たない一人の男が、この強大な帝国を相手にどうすることもできません。もし私が殺され、彼女が一人で捕まってしまったら、どうなるか考えた事はありますか。所詮私もあなたと同じ、彼女を守りきる力など持ち合わせてはいないのです。今まで何も手を打ってこなかった私も同罪ですが、あなたはなぜ閣下を説得してオリビア様を見つけようとしないのですか」
「俺が父に反対する姿勢を示せば、すぐに彼女の監視役から外されてしまう。そうなると、彼女は今よりもっと急速に厳しい状況に追い込まれていくだろう。君は父の部下であり、俺よりもグローリアで何があったのか詳しく知っているはずだ。俺がいなければ、彼女は今頃どうなっていたか…!」
「その言葉全てがあなたの本心だと誓えますか?失礼ですが、グローリアで聞いたオリビア様の評判はなかなかのもでした。私から見ても、自分を顧みずに人を助けようとする彼女のほうが聖女らしく振る舞えていると思いますよ。あたなはその事実さえも受け入れられていないようだが、閣下がそう判断するのは時間の問題だったはず。もう後戻りができないその時が実際に来てしまったら、あなたは本当に彼女を手放せるとお思いですか?彼女を安全に逃がす事を約束できますか?まさか彼女を死んだことにして、愛妾にしようなどと考えてはいませんよね」
「随分と分かったような事を言ってくれるじゃないか……。そういう君こそどうなんだ?彼女が聖女として認められてしまえば、このままずっと側にいられるのではないかと、本当はそう考えているんじゃないのか?」
キースとリックが互いに一歩も引かない勢いで鋭い視線をぶつけあっていると、突然部屋の扉をノックする音が響き渡った。
扉の向こうから「リック」と呼ぶ男の声が聞こえてきたが、リックが返事をするより先に勝手に扉が開いてしまったので、二人は無作法に入ってきた人物に目を向けた。
「リック、交代が来たはずだ。なぜ戻ってこない―――げッ、副団長!」
そこで現れた声の持ち主は、リックと同期のルアンだった。手にリックのコートを持ったまま、部屋の入り口で立ちつくしている。
「えーっと、失礼しました。お目覚めでしたか」
「…あぁ。何の用だ」
キースの怒りのこもった声を聞いたルアンは、不味いタイミングで来てしまったことを後悔しながら答えた。
「ラウラが交代に出たので、てっきり引継ぎをしている頃ではないかと思っていました。彼がなかなか戻ってこないので、様子を見に来た次第です」
「確かにラウラはここに来ていたが、彼女には妹を部屋まで連れて行くように命じた」
ルアンはキースの話を聞きながら、部屋中に漂う不穏な空気を感じて居心地悪そうにしている。
「なるほど……。二人は大事な話中でしたか。私は失礼したほうが――」
「いや。ここの護衛はもう不要だ。私もこれから騎士館へ報告に戻る。アイゼン卿も今日はもう帰っていい。例の話は…、またにしよう」
「……そうですね。ここで失礼します」
それからリックとルアンは、聖女の護衛の任務に就いている同僚達に帰る挨拶をして、屋敷の外へと踏み出した。
気持ちのいい夜風に当たって歩きながら、ルアンがさっきから気になっていたことを口にした。
「リック。何があったかは聞かないが、お前が誰かと揉めるなんて珍しいな」
リックはこの時、ルアンの言う通りだと思いながら、まだ冷めない怒りを言葉で吐き出した。
「お前はいつも貴族が嫌いだと言っていたな。己の都合だけで傷つかないように生きている奴らばかりだと。今日その意味がよくわかった気がするよ」
「――そうか…。よし、やっぱりこれから飲みに行くか。誘おうと思って迎えに来たんだぞ」
「ルアン。酒を飲む前に一つ注意しておく。ドアをノックしたら返事があるまで開けてはいけない。相手が貴族なら尚更だ」
「わかっているよ。まさか副団長が起きているとは思わなかったんだ。つい悪い癖が出たな。すまん、気をつける」
口では謝りながら、なぜかルアンは楽しそうに笑っていて、ずっと持ち歩いていたコートをリックに手渡した。
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