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第三章
45、焦り(三)
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顔に当たる陽光を感じて目を覚ましたサラは、ここがキースの部屋ではなく、自室のベッドの上であることに気がついて慌てて飛び起きた。
(キースはどうなったの?私がまた気を失ったということは……、まさか!)
最悪の事態を想像していると、人の気配を感じて見てみれば、窓のカーテンを閉めているラウラがそこにいる。サラはか細い声でラウラに話しかけた。
「ラウラ…、彼は…キースは?」
「あぁ、お嬢様、おはようございます。キース公子ならまだ部屋でお休みに―――」
サラはラウラの言葉を最後まで聞かずに部屋から飛び出していた。キースの部屋に向かって走っている背後で、ラウラが呼び止める声も耳に入ってこない。そんな余裕もないほど、頭の中はキースのことでいっぱいだった。
(まだ意識が戻っていないの!?そんな…、そんな、まさか…!)
「はッ…、はぁ…」
重厚な扉を力を込めて押し開けて入ってみると、部屋の奥にあるベッドには、ラウラが言った通りキースがまだ眠っていた。近づいてみると確かに静かに寝ているようだが、今のサラにとってそれは危険な兆候としか受け止められない。
「だ、だめ…!起きて!」
パニック状態のまま昨日と同じようにキースの手を握ろうとサラが触れた瞬間、眠っていたはずのキースの目がばちっと開いた。ブルーの瞳に目を奪われたサラは、何が起きたのか確かめる間もなく、この時すでに自分の手首をがっちりと掴まれていた。
「え…?きゃあ!」
掴まれた手首は勢いよく前方に引っ張られ、ダイブさせられるような体勢で、サラはふかふかのベッドに顔を突っ込んだ。
「んぶッ!!」
「――な、何をしているんだ…!」
動揺しているキースの声がはっきりと聞こえて、うつ伏せのサラは自力で体を起こした。声の主を見ると、キースがいつの間にかベッドの上で片膝をついた姿勢のまま、驚いた顔でサラを凝視している。
「……起きてる」
キースが間違いなく無事である事を自分の目で確認したサラは、ほっとすると同時に、気が緩んで涙が滲み出てきていた。
「あなたが無事でよかった…」
サラがうるうると泣き出しそうになっていることに気がついたキースは、慌てて手に持っていた物を枕の下に隠しながら説明を求めた。
「ちょっと、待ってくれ…。なぜ君が俺の部屋にいるんだ?」
「な、なぜって―――」
サラが言い返そうとした時、誰かに背後から両脇をぐっと持ち上げられ、勢いよく後ろに引っ張られると、すとん、とベッドの横に立たされた。
「お嬢様!落ち着いて下さい。キース公子は見ての通り、ぴんぴん生きています!」
ラウラの説明を聞いて、自分が早とちりをしてここに来てしまった状況を飲み込んだサラは、恥ずかしさが頂点に達して赤面している。
「ご、ごめんなさい…ッ。勝手に部屋に入ってしまって…」
「いや、そうじゃなくて。いや待て、それもそうだが、まず第一に何をそんなに慌てて…」
サラがとった行動の訳に気づいたキースは何かを言いかけるが、激痛が体を襲い「ぐッ」っと唸り声を上げて前のめりに姿勢を崩した。
「まだ傷が治っていないのですか!?」
「……いや、これは昨日の傷ではない。気にしないでくれ」
「まだ治っていないのなら、すぐ治療したほうが――」
「これくらい数日経てば治る。訓練の教訓を活かすためにも、治療されては困るものだから気にしなくていい」
「訓練?どういう意味ですか。その傷は誰かを庇ってできたものではないのですか?」
「その傷は君に治してもらったから、もう大丈夫だ。昨日の夜、騎士館に戻って報告がてら訓練も受けてきたんだ。君は聖女の力を使いすぎて眠ってしまったようだし、帰ってきたのも明け方だったので、朝まで待とうと考え直して結局礼を言うのが遅れてしまった。そのせいで君を不安にさせてしまったなら申し訳ない。すまなかった」
「――訓練ですって?」
サラの言葉には驚きと怒りが一緒に含まれている。キースを見つめながら、白いシャツの下にどんな痣や怪我があるのか、想像するだけで怒りがこみ上げてきていた。
「あなたは気を失うほどの重症を負っていたんですよ。治療を受けた後、すぐに訓練を受けてきたですって?何を考えていらっしゃるんですか!!」
サラは真っ赤な顔でぷるぷると肩を震わせて怒り出した。そんな理由でサラが怒るとは思ってもみなかったキースは慌てて釈明しようとする。
「いや、俺は騎士だから訓練で怪我をするのは日常茶飯事なことで、これは大したことじゃ――」
「そうですね…。昨日の怪我に比べれば、まったく大した怪我ではなさそうで安心しました…!でもあなたは死にかけたんだから、しばらく休んだっていいじゃないですか!どうして半日もじっとしていられないんですか!?」
「だから今日は休みをとらされて――、いや、とってあるから心配はいらない」
「当然です!そして今日は書斎にも行かないで、部屋からも出ないで休んで下さい!」
「……ただ書類に目を通してサインするだけだ」
「やっぱり仕事をする気じゃないですか!普段の休みの日もいつも書斎で仕事ばかりされて、それで疲れが取れるはずありません。あなたは強いはずなのに…!だからあんな怪我を…ッ!」
「わかった!わかったから、泣かないでくれ。君に泣かれると、どうしたらいいかわからなくなるんだ…!」
困り果てているキースの言葉で、怒りながら泣いていることに気づいたサラはすぐに涙を拭った。
「――お嬢様、部屋へ戻りましょう。公子、許可なく部屋へ入ったことをお許し下さい。さ、お嬢様」
ラウラに促されて部屋を出ようとした時、キースの優しい声が耳に届いた。
「今日は何もしない。君の言う通りにする。だから安心してくれ…。それから、助けてくれてありがとう」
「…はい」
サラ達が部屋を出ていくのを見届けたキースは、昨日のことを回想し始めた。サラの中ではキースが誰かを庇って怪我をしたことになっているらしいが、事実はもっと複雑だった。
キースとリック率いる第三分隊は、王都の外れで起こった不審な事件を調べていた。全焼した小屋の焼け跡から複数の焼死体が発見された現場を調査していたところ、突然武装した男達に襲撃されたのだ。男達はかなり戦い慣れている様子で、キースは火事の目撃者を守ろうとして気を取られた隙に深く斬り込まれてしまった。
後から合流するはずだった他の騎士団が予定より早く来てくれたおかげで助かったのだが、生きたまま捕らえた男達は、取り調べの前に隠し持っていた毒で全員自殺していた。
そして戦闘中から薄々気づいていたことだったが、男達の目的は火事の目撃者よりも、キース自身に殺意が向けられていたようだった。目撃者は最後まで無傷のままで済んだのだが、やはり大した証言は得られなかったようで、リックと他の部下達の間でもキースが狙われていたという意見で一致し、すでに上層部に報告され、この事は総司令官の命令で緘口令が敷かれたことも後から知らされた。
結果的には火事で見つかった複数の焼死体のことも、男達の正体も本当の目的もわからないまま、真相は何一つ明らかにされていない。
両目を片腕で覆ってベッドに仰向けになったキースは、もう片方の手を枕の下に忍ばせ、隠していた短剣を握った。そして昨夜の訓練中に言われた父親の言葉を思い出していた。
『マティアスと言う名を持つだけで、誰とも知らない相手から突然襲われることがある。珍しい髪色を持つ騎士というだけで、お前の素性をすぐに見抜く者もいるはずだ。お前にはその危険性をずっと教えてきたつもりだが、忘れていたわけではあるまい』
「―――あぁ、そうだ。俺は確実にマティアス家の呪われた血を受け継いでいる。いつ誰に殺されるかもわからない運命だ。だからこそ、こんな呪われた運命に彼女を巻き込んでいい訳がない」
心に刻むように言葉にした後、どんよりとした眠気が襲ってくる中で、サラがとった一連の行動が次々と脳裏に浮かんできた。ボサボサ頭のナイトドレスの姿で勝手に部屋に入ってきて、キースを見た途端に微笑んでくれたかと思えば泣き出し、最後は心配するあまり怒りながら泣いていた。
そんなサラの表情を一つ一つ思い出しながら、相変わらず泣かせてばかりだなと自嘲しつつ、そのすべてが自分に向けられたものだと思うと、どうしても嬉しいと感じてしまう気持ちで満たされて、キースは優しい眠りに落ちていった。
※ ※ ※
「パウロ公爵、ご無沙汰しております」
皇宮の人気のない廊下で引き留められた白髪の老人は、声をかけてきた人物に微笑んだ。
「おお、久しいな、マティアス侯爵。最近はそなたのほうが忙しいようだが、ご令嬢は息災か。献身的に教会に通って治療院からきた患者の病を治しているそうだな。先日は瀕死の状態にあったキース公子の命を救ったと聞いたぞ」
「はい。『聖女の力』の実力はまだ未知数ですが、使いこなそうと努力しているようです」
「ふむ。陛下の機嫌を取って聖女に近づこうとする無骨者が増えているようだが、そのせいでそなたに対抗心を燃やしている宰相閣下の機嫌が悪い。己の責務を忘れて苛立つ奴のせいで会議が進展しないのは厄介だな」
「―――ところで、ルアンという騎士について閣下にお尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「ほう。ルアンのことか。あの男が何か問題を起こしたか?」
「いいえ。閣下はあの者が騎士団に入団する際、身元引受人の欄に署名されていますが、どこであの者を見つけてきたのですか」
「貧民街で賊に襲われた時に助けてもらったのがきっかけだ。何かと使える男だから、何度も指名して騎士団から派遣してもらっているが、迷惑だったか」
「とんでもございません。じつはルアンの剣の腕前をこの目で見ました。実力は相当なものだと認めますが、上官の話では出世欲がなく、どうも扱いにくい男だとか」
「そうなのか?ルアンが出世しないのは私のせいではないかと思っていたが、そうでないのなら今後は目を掛けてやってくれ。…そうだな、せっかくだ。ついでにいい事を教えてやろう」
「何でしょう」
「貧民街のマダムを知っているか」
「ええ。王都の貧民街を裏で牛耳っているという噂の人物です。盗品の流れを追えば捕まえられると考えていましたが、的外れだったようです」
「その件にマダムは関わっていない。彼女は私の良き友人でもあるんだ」
「――閣下、ご冗談を」
「まぁまぁ、最後まで聞いてくれ。マダムに近づきたければ聖女を連れていくといい。それもなるべく早いうちに会いにいった方がよさそうだぞ」
「なぜ私にその情報をくださるのですか」
「マダムは病に苦しんでいる。貧民街で最近問題が多発しているのは統治が乱れているせいだ。例の不審火の件も何か知っているかもしれんぞ。マダムの居所はルアンに案内をさせるといい。それでは、くれぐれも頼んだぞ」
戸籍省の総司令官でもあるパウロ公爵は、先代の皇帝が存命だった頃から帝国の政界に携わってきた人物であり、彼から見ればマティアス侯爵もまだ若輩者に過ぎない。一見無害な人物に見えているが、パウロ公爵に逆らえばどこで足元をすくわれるかわからないと貴族の間では密かに恐れられている。
捨て台詞のような言葉を残してその場を立ち去ったパウロ公爵の背中を見送りながら、マティアス侯爵は軽く毒を吐いた。
「本当にそれだけが目的か…?相変わらず考えの読めない男だ」
(キースはどうなったの?私がまた気を失ったということは……、まさか!)
最悪の事態を想像していると、人の気配を感じて見てみれば、窓のカーテンを閉めているラウラがそこにいる。サラはか細い声でラウラに話しかけた。
「ラウラ…、彼は…キースは?」
「あぁ、お嬢様、おはようございます。キース公子ならまだ部屋でお休みに―――」
サラはラウラの言葉を最後まで聞かずに部屋から飛び出していた。キースの部屋に向かって走っている背後で、ラウラが呼び止める声も耳に入ってこない。そんな余裕もないほど、頭の中はキースのことでいっぱいだった。
(まだ意識が戻っていないの!?そんな…、そんな、まさか…!)
「はッ…、はぁ…」
重厚な扉を力を込めて押し開けて入ってみると、部屋の奥にあるベッドには、ラウラが言った通りキースがまだ眠っていた。近づいてみると確かに静かに寝ているようだが、今のサラにとってそれは危険な兆候としか受け止められない。
「だ、だめ…!起きて!」
パニック状態のまま昨日と同じようにキースの手を握ろうとサラが触れた瞬間、眠っていたはずのキースの目がばちっと開いた。ブルーの瞳に目を奪われたサラは、何が起きたのか確かめる間もなく、この時すでに自分の手首をがっちりと掴まれていた。
「え…?きゃあ!」
掴まれた手首は勢いよく前方に引っ張られ、ダイブさせられるような体勢で、サラはふかふかのベッドに顔を突っ込んだ。
「んぶッ!!」
「――な、何をしているんだ…!」
動揺しているキースの声がはっきりと聞こえて、うつ伏せのサラは自力で体を起こした。声の主を見ると、キースがいつの間にかベッドの上で片膝をついた姿勢のまま、驚いた顔でサラを凝視している。
「……起きてる」
キースが間違いなく無事である事を自分の目で確認したサラは、ほっとすると同時に、気が緩んで涙が滲み出てきていた。
「あなたが無事でよかった…」
サラがうるうると泣き出しそうになっていることに気がついたキースは、慌てて手に持っていた物を枕の下に隠しながら説明を求めた。
「ちょっと、待ってくれ…。なぜ君が俺の部屋にいるんだ?」
「な、なぜって―――」
サラが言い返そうとした時、誰かに背後から両脇をぐっと持ち上げられ、勢いよく後ろに引っ張られると、すとん、とベッドの横に立たされた。
「お嬢様!落ち着いて下さい。キース公子は見ての通り、ぴんぴん生きています!」
ラウラの説明を聞いて、自分が早とちりをしてここに来てしまった状況を飲み込んだサラは、恥ずかしさが頂点に達して赤面している。
「ご、ごめんなさい…ッ。勝手に部屋に入ってしまって…」
「いや、そうじゃなくて。いや待て、それもそうだが、まず第一に何をそんなに慌てて…」
サラがとった行動の訳に気づいたキースは何かを言いかけるが、激痛が体を襲い「ぐッ」っと唸り声を上げて前のめりに姿勢を崩した。
「まだ傷が治っていないのですか!?」
「……いや、これは昨日の傷ではない。気にしないでくれ」
「まだ治っていないのなら、すぐ治療したほうが――」
「これくらい数日経てば治る。訓練の教訓を活かすためにも、治療されては困るものだから気にしなくていい」
「訓練?どういう意味ですか。その傷は誰かを庇ってできたものではないのですか?」
「その傷は君に治してもらったから、もう大丈夫だ。昨日の夜、騎士館に戻って報告がてら訓練も受けてきたんだ。君は聖女の力を使いすぎて眠ってしまったようだし、帰ってきたのも明け方だったので、朝まで待とうと考え直して結局礼を言うのが遅れてしまった。そのせいで君を不安にさせてしまったなら申し訳ない。すまなかった」
「――訓練ですって?」
サラの言葉には驚きと怒りが一緒に含まれている。キースを見つめながら、白いシャツの下にどんな痣や怪我があるのか、想像するだけで怒りがこみ上げてきていた。
「あなたは気を失うほどの重症を負っていたんですよ。治療を受けた後、すぐに訓練を受けてきたですって?何を考えていらっしゃるんですか!!」
サラは真っ赤な顔でぷるぷると肩を震わせて怒り出した。そんな理由でサラが怒るとは思ってもみなかったキースは慌てて釈明しようとする。
「いや、俺は騎士だから訓練で怪我をするのは日常茶飯事なことで、これは大したことじゃ――」
「そうですね…。昨日の怪我に比べれば、まったく大した怪我ではなさそうで安心しました…!でもあなたは死にかけたんだから、しばらく休んだっていいじゃないですか!どうして半日もじっとしていられないんですか!?」
「だから今日は休みをとらされて――、いや、とってあるから心配はいらない」
「当然です!そして今日は書斎にも行かないで、部屋からも出ないで休んで下さい!」
「……ただ書類に目を通してサインするだけだ」
「やっぱり仕事をする気じゃないですか!普段の休みの日もいつも書斎で仕事ばかりされて、それで疲れが取れるはずありません。あなたは強いはずなのに…!だからあんな怪我を…ッ!」
「わかった!わかったから、泣かないでくれ。君に泣かれると、どうしたらいいかわからなくなるんだ…!」
困り果てているキースの言葉で、怒りながら泣いていることに気づいたサラはすぐに涙を拭った。
「――お嬢様、部屋へ戻りましょう。公子、許可なく部屋へ入ったことをお許し下さい。さ、お嬢様」
ラウラに促されて部屋を出ようとした時、キースの優しい声が耳に届いた。
「今日は何もしない。君の言う通りにする。だから安心してくれ…。それから、助けてくれてありがとう」
「…はい」
サラ達が部屋を出ていくのを見届けたキースは、昨日のことを回想し始めた。サラの中ではキースが誰かを庇って怪我をしたことになっているらしいが、事実はもっと複雑だった。
キースとリック率いる第三分隊は、王都の外れで起こった不審な事件を調べていた。全焼した小屋の焼け跡から複数の焼死体が発見された現場を調査していたところ、突然武装した男達に襲撃されたのだ。男達はかなり戦い慣れている様子で、キースは火事の目撃者を守ろうとして気を取られた隙に深く斬り込まれてしまった。
後から合流するはずだった他の騎士団が予定より早く来てくれたおかげで助かったのだが、生きたまま捕らえた男達は、取り調べの前に隠し持っていた毒で全員自殺していた。
そして戦闘中から薄々気づいていたことだったが、男達の目的は火事の目撃者よりも、キース自身に殺意が向けられていたようだった。目撃者は最後まで無傷のままで済んだのだが、やはり大した証言は得られなかったようで、リックと他の部下達の間でもキースが狙われていたという意見で一致し、すでに上層部に報告され、この事は総司令官の命令で緘口令が敷かれたことも後から知らされた。
結果的には火事で見つかった複数の焼死体のことも、男達の正体も本当の目的もわからないまま、真相は何一つ明らかにされていない。
両目を片腕で覆ってベッドに仰向けになったキースは、もう片方の手を枕の下に忍ばせ、隠していた短剣を握った。そして昨夜の訓練中に言われた父親の言葉を思い出していた。
『マティアスと言う名を持つだけで、誰とも知らない相手から突然襲われることがある。珍しい髪色を持つ騎士というだけで、お前の素性をすぐに見抜く者もいるはずだ。お前にはその危険性をずっと教えてきたつもりだが、忘れていたわけではあるまい』
「―――あぁ、そうだ。俺は確実にマティアス家の呪われた血を受け継いでいる。いつ誰に殺されるかもわからない運命だ。だからこそ、こんな呪われた運命に彼女を巻き込んでいい訳がない」
心に刻むように言葉にした後、どんよりとした眠気が襲ってくる中で、サラがとった一連の行動が次々と脳裏に浮かんできた。ボサボサ頭のナイトドレスの姿で勝手に部屋に入ってきて、キースを見た途端に微笑んでくれたかと思えば泣き出し、最後は心配するあまり怒りながら泣いていた。
そんなサラの表情を一つ一つ思い出しながら、相変わらず泣かせてばかりだなと自嘲しつつ、そのすべてが自分に向けられたものだと思うと、どうしても嬉しいと感じてしまう気持ちで満たされて、キースは優しい眠りに落ちていった。
※ ※ ※
「パウロ公爵、ご無沙汰しております」
皇宮の人気のない廊下で引き留められた白髪の老人は、声をかけてきた人物に微笑んだ。
「おお、久しいな、マティアス侯爵。最近はそなたのほうが忙しいようだが、ご令嬢は息災か。献身的に教会に通って治療院からきた患者の病を治しているそうだな。先日は瀕死の状態にあったキース公子の命を救ったと聞いたぞ」
「はい。『聖女の力』の実力はまだ未知数ですが、使いこなそうと努力しているようです」
「ふむ。陛下の機嫌を取って聖女に近づこうとする無骨者が増えているようだが、そのせいでそなたに対抗心を燃やしている宰相閣下の機嫌が悪い。己の責務を忘れて苛立つ奴のせいで会議が進展しないのは厄介だな」
「―――ところで、ルアンという騎士について閣下にお尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「ほう。ルアンのことか。あの男が何か問題を起こしたか?」
「いいえ。閣下はあの者が騎士団に入団する際、身元引受人の欄に署名されていますが、どこであの者を見つけてきたのですか」
「貧民街で賊に襲われた時に助けてもらったのがきっかけだ。何かと使える男だから、何度も指名して騎士団から派遣してもらっているが、迷惑だったか」
「とんでもございません。じつはルアンの剣の腕前をこの目で見ました。実力は相当なものだと認めますが、上官の話では出世欲がなく、どうも扱いにくい男だとか」
「そうなのか?ルアンが出世しないのは私のせいではないかと思っていたが、そうでないのなら今後は目を掛けてやってくれ。…そうだな、せっかくだ。ついでにいい事を教えてやろう」
「何でしょう」
「貧民街のマダムを知っているか」
「ええ。王都の貧民街を裏で牛耳っているという噂の人物です。盗品の流れを追えば捕まえられると考えていましたが、的外れだったようです」
「その件にマダムは関わっていない。彼女は私の良き友人でもあるんだ」
「――閣下、ご冗談を」
「まぁまぁ、最後まで聞いてくれ。マダムに近づきたければ聖女を連れていくといい。それもなるべく早いうちに会いにいった方がよさそうだぞ」
「なぜ私にその情報をくださるのですか」
「マダムは病に苦しんでいる。貧民街で最近問題が多発しているのは統治が乱れているせいだ。例の不審火の件も何か知っているかもしれんぞ。マダムの居所はルアンに案内をさせるといい。それでは、くれぐれも頼んだぞ」
戸籍省の総司令官でもあるパウロ公爵は、先代の皇帝が存命だった頃から帝国の政界に携わってきた人物であり、彼から見ればマティアス侯爵もまだ若輩者に過ぎない。一見無害な人物に見えているが、パウロ公爵に逆らえばどこで足元をすくわれるかわからないと貴族の間では密かに恐れられている。
捨て台詞のような言葉を残してその場を立ち去ったパウロ公爵の背中を見送りながら、マティアス侯爵は軽く毒を吐いた。
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