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第一章:アルフレアの女神編
7.眠る前と目覚めた後
しおりを挟む目を開けるとそこは白い天井だった。
自分に用意されている部屋ではない事だけは分かり、慌てて身体を起こす。エックハルトはソファーに寝かされていた。
コンセプト森を著しく無視した普通の部屋。たしか客間だけは改装を阻止したと執事から聞いていたので、ここは客間という事でいいだろう。
エックハルトは軽く頭を振り、記憶を辿った。
「確か朝起きて、ちょっと話をした後、アルバティス様に何故か追いかけられて……」
そうだ。その後、オオワシの剥製が倒れてきて。そして、現在に至る。
「…………」
思い起こした記憶に違和感を覚えた。
本当にそれだけか?
他に、何もなかったか?
何か、大事な事を忘れている気がする……が、全く思い出せない。
しかもそれが仕事なのか、私情なのか。それすらも分からずいた。
しばらくぼんやりと腰かけていたら、ドカドカと慌しい足音が聞こえてきた。
「ハルト!! 目ぇ覚めたか!?」
「アルバティス様!! お、落ち着いて下さ……」
「俺は落ち着いているが、急いでいる!」
たしかに拳を握りしめてはいない。だがアルバティスは、何故か武具を身につけていた。
「い、今から登城ですか??」
「ああ! ハルトもついて来い」
「え?」
エックハルトはすでにアルバティスの部下ではない。
それは揺るぎない事実なのだが、そんな事を論じたところで、この元上司兼次期領主様が聞くとは到底思えなかった。
「ハルト、三分で準備しろ」
ギリギリである。
どんな早技を使っても、これ以上は無理という時間。
だが、アルバティスの表情は真剣だった。
元部下であるエックハルトはその鬼気迫る表情にごくりと喉を鳴らした。
◆◇◆◇◆
宣言通り三分後に屋敷を出たエックハルト達は、城に到着していた。
いつ見ても美しい庭を通り抜け、磨き上げられた床を鳴らしながら歩く。
すれ違う騎士達はこちらに気が付くと、一様に頭を下げ、自分達が通り過ぎるのを待つ。
アルバティスはずんずんと城内へと入って行くが、大義名分を持たぬエックハルトは内心ヒヤヒヤしていた。
エックハルトとしては定期の催し物以外での登城は数年ぶりで、しかも、元々王城の醸し出す厳かな雰囲気が苦手。加えて今回はついてきただけである。
「アルバティス様」
「なんだ」
「私は一体何をすれば……」
「分からん」
最早、何故自分がここに居るのか分からない。
ようやく窓のある廊下に出て、外を見た。
白い石畳が正方形に敷き詰められ、その周りには芝生、更に離れた場所には大木と水場がある。訓練所の庭だ。
エックハルトは数年ぶりに見る景色を懐かしい気持ちで眺めつつ、同時に妙な違和感を覚えた。
「アルバティス様、ここは……?」
「昔の物見塔へ向かう通路だ」
この城には遠くを見渡せる物見塔が東西に設置されている。
それは有事に使用されるものだが、十数年前に新たな塔――現、物見塔――が建造された為、今は使用されていない。
よって、旧物見塔への道は基本的に年配の騎士や隊長クラスしか知らず、塔へと繋がる扉は硬く閉ざされているという。
言葉を締めくくったアルバティスは足を止めた。
目の前には重そうな鉄の扉があり、その入り口には武骨な錠が付いている。
心臓が、ドクリと鳴った。
理由は分からないが、背筋に冷たいモノが走る。
アルバティスは錠を掴むと、懐から鍵を取り出した。
その仕草にも、何か、言い表せないモノを感じ、思わず腹をさする。
カチャカチャと音を鳴らしながら鍵と格闘するアルバティス。
その様子をモヤモヤとした気持ちで眺めているエックハルト。
手が大きすぎるのと、厳めしい錠のくせに鍵が小さいという面倒が重なり、ただ鍵を開けるだけなのに時間がかかってしまっている。時折、アルバティスがイライラしてか手首を振って不快感を払っていた。
そして、ふと気が付く。
「アルバティス様、その篭手は……?」
「ああ、いつものを整備に出していてな。代用品だ」
大鷲ではない、篭手。
また、心臓が鳴った。
エックハルトは胸に手を置き、もう一度外を見る。
石畳に陽の光が反射した明るい庭。少し離れた水場にある桶。
水が張られているらしい桶には、石畳同様、陽の光が反射してキラキラと水面を輝かせている。
――あれは、満月ではなかったか?
何故かそんな事を考えた自分に、息が止まる。
懐かしさの残る庭と、何処の隊か分からぬ篭手。そして、隠し扉の先にある――……
「――そこで、何をしている」
聞こえた冷たい声にヒュッと喉が鳴った。
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