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4.ありえない遭遇
しおりを挟むランソルドッドの葉は傷まないように優しく持った。
ピヨ吉には先に家に帰ってもらって。フィーネはドロドロのぐちゃぐちゃのまま、ゆっくりと自宅のある方角を目指した。
「ねえ」
「…………」
「ちょっと、魔女様」
「話しかけないで」
「でも、足引きずってるじゃないか」
「先日からこの歩き方なの」
「えっ!? それって足を怪我しているって事!?」
しまった。余計な事を言った。
フィーネは苦虫を噛み潰したような顔になった。
普段、ガレス以外とは長く話さない。
それは相手が緊張していたり、怯えていたりするからで、フィーネはそれを良しとしていた。
「おぶろうか?」
「結構よ」
「ならだっこ……」
「余計に遠慮するわ!!」
男は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにニッコリと笑った。
逆にフィーネはギロリと男を睨む。
――毒霧の森に入れるのは自分だけ。
そのはずだったのに、何が起こったのか。
――ありえない。
この毒霧は人間を一分と生かさない。
フィーネはこれでも魔女だ。その性根がらしくなかったとしても、魔法の力がしょぼくても。魔女は魔女。普通の人間が出来ない事をやってのけるのが魔女。
フィーネの力は異常に高い毒の耐性だ。
人間が生きられないこの毒霧の森に唯一入り、その資源を一人占めしている魔女。
所有権などこの毒霧の森にありはしない。
何代か前の領主は、こんなお荷物の森は自分の物ではないと放棄しているのだから。
……と、そこまで考え、フィーネはハッとした。ちらりと男を見やる。
――まさか、領主の家系とかじゃないわよね。
高貴な身分なら毒に耐性がある。
それは後天的につける耐性ではあるが、人によってはかなりの毒にまで耐えられると聞く。
――だけど、ありえないわ。
ここの毒霧は世界に存在する毒の中で間違いなく最強クラス。たかが人間に攻略されるような代物ではない。
――では、この男も魔を継ぐ者なの?
魔女、魔男は世界中にいるが、お互い干渉しないのがルール。
自分の縄張りで生きてゆき、子を産むか弟子を取るかで自分の縄張りを継がせる。それがずっと昔から続いている、魔力を持つ者の世界。
まあ、人間の世界でいうガレスのような店をもつ形態と似ている。
あれは代々継がせるものらしいから、あちこちに移動したりしないのだ。
そこまで考えて、ならばこの男がフィーネの縄張りに来る事自体がおかしいと気付く。
――じゃあ、一体?
「あっ!」
ビクッと肩が跳ねた。
急に声を出すなと一睨みすれば、男は「足元に水たまりがあるから気をつけて」と言う。
……どうやらこの男、頭のねじが吹っ飛んでいるらしい。
フィーネは舌打ちしたくなった。
普通、睨まれたら気を悪くするだろう。
しかもこんな姿で今更水たまりなどどうでもいい。
「ねえ、一体どこまでついてくる気なの?」
認めたくない。
この森に入れるのは自分だけ。
そう思うのに、いつまで経っても死なない男を見れば、この毒霧に耐性があるのだとイヤでも分かる。
「差し当たって、魔女様の家?」
「なんでよ!!」
「だって、怪我してるでしょ。食事とか、お風呂とか困るんじゃない?」
「それがあんたにどんな関係が!?」
まるきりない。
こんな初対面の男に心配されるいわれなど、どこにもない。
なにの男はニコリと笑う。
「見かけたら、ほっとけないだろ?」
うっ、とフィーネは押し黙った。
たしかに自分も怪我人がいたら無視せず介抱するだろう。
だがそこは魔女。さっさとガレスに押し付けて、その場から撤退するが。
もちろん薬を作る為だというのは秘密だ。
そうこうしているうちに自宅に着いてしまった。
フィーネの家は森のほぼ入り口付近にあり、毒の影響がほんのわずかな場所にある。
もちろん人間が近寄れない事がポイントで、さらに言えば街からの距離も適度で買い出しに便利。加えて採取が楽だということでフィーネの曾祖母が作った家だった。
フィーネは一年ほど前まで曾祖母と暮らしていた。
それは祖父母がとうに亡くなり、ほとんど魔女の力をもたなかった両親が仕事のため別の街へ引っ越してしまったから。フィーネは祖父母の顔はおろか、両親の顔さえも覚えていない。
「――へぇ、ここが魔女様の家?」
「あんた、いい加減帰りなさいよ」
「ここまで来たら、俺にできる事手伝うよ」
勝手についてきただけじゃない。
そう口から出そうになって、フィーネはすんでのところで言葉を呑み込んだ。
正直言って迷惑だ。
だけど。
――秘密その六。
心配されるのは嫌いじゃない。
フィーネはむぐむぐと気持ちを押しこんで。
こうなったらアゴでこき使ってやろうと、魔女らしく口角を上げる。
下僕のように命令すれば、男も嫌になってどこかへ行くだろう。そうしたら、それでおしまい。
そこまで考えると、何故か少し寂しい気持ちがして。
フィーネは慌てて首を振った。
自分に僕はいない。
森の動物はもふもふであって、フィーネの言う事を聞かないのはいつもの事。命令なんて誰にもした事がない。
だけどフィーネは魔女だ。
魔女なら下僕に仕事を与え、ふんぞり返っていればいいのだ。
フィーネは魔女らしかった曾祖母の姿を思い出し、ピンと背筋を伸ばした。
胸を張って、顎をそらす。現在泥だらけなのは、記憶の外に捨てた。
「あんた……じゃなくて、アナタ。名前はなんて言うの?」
「何だと思う?」
「どうやら死にたいようね?」
「まさか。とんでもない」
「じゃあ答えなさい」
「名前は尋ねた方が先に名乗るものでは?」
たしかに。
フィーネはうっかりそう思ってしまって。これまたうっかり素直に名乗った。「フィーネよ」
男がニッコリと笑う。
「俺はアストリード。みんなにはアスやアストって呼ばれてる」
「ああそう。私には関係ない話ね」
ツンとして返したのに、当の本人は「フィーネならフィーと呼んで良い?」と厚かましい事を言ってくる。
「良いわけないじゃない。馴れ馴れしい」
「俺はアスでもアストでも」
「だから聞いてないわ」
貴方の耳はかざりなの? と言えば「聴力に異常はない」と至極真っ当な事を答える。
やはり頭のねじが吹っ飛んでいるらしい。それも複数本だ。
早く拾えよと思いつつも、フィーネは心の内でゴクリと喉を鳴らし、現実ではふんぞり返って言った。
「なら命令するわ。アストリード、湯の準備を。そして洗濯と、玄関のはき掃除。あと、布団も干しなさい」
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