魔女様は秘密がお好き

大鳥 俊

文字の大きさ
4 / 29

4.ありえない遭遇

しおりを挟む
 


 ランソルドッドの葉は傷まないように優しく持った。
 ピヨ吉には先に家に帰ってもらって。フィーネはドロドロのぐちゃぐちゃのまま、ゆっくりと自宅のある方角を目指した。

「ねえ」
「…………」
「ちょっと、魔女様」
「話しかけないで」
「でも、足引きずってるじゃないか」
「先日からこの歩き方なの」
「えっ!? それって足を怪我しているって事!?」

 しまった。余計な事を言った。
 フィーネは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 普段、ガレス以外とは長く話さない。
 それは相手が緊張していたり、怯えていたりするからで、フィーネはそれを良しとしていた。

「おぶろうか?」
「結構よ」
「ならだっこ……」
「余計に遠慮するわ!!」

 男は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにニッコリと笑った。
 逆にフィーネはギロリと男を睨む。

 ――毒霧の森に入れるのは自分だけ。
 そのはずだったのに、何が起こったのか。

 ――ありえない。
 この毒霧は人間を一分と生かさない。
 フィーネはこれでも魔女だ。その性根がらしくなかったとしても、魔法の力がしょぼくても。魔女は魔女。普通の人間が出来ない事をやってのけるのが魔女。

 フィーネの力は異常に高い毒の耐性だ。
 人間が生きられないこの毒霧の森に唯一入り、その資源を一人占めしている魔女。

 所有権などこの毒霧の森にありはしない。
 何代か前の領主は、こんなお荷物の森は自分の物ではないと放棄しているのだから。

 ……と、そこまで考え、フィーネはハッとした。ちらりと男を見やる。

 ――まさか、領主の家系とかじゃないわよね。

 高貴な身分なら毒に耐性がある。
 それは後天的につける耐性ではあるが、人によってはかなりの毒にまで耐えられると聞く。

 ――だけど、ありえないわ。

 ここの毒霧は世界に存在する毒の中で間違いなく最強クラス。たかが人間に攻略されるような代物ではない。

 ――では、この男も魔を継ぐ者なの?

 魔女、魔男は世界中にいるが、お互い干渉しないのがルール。
 自分の縄張りで生きてゆき、子を産むか弟子を取るかで自分の縄張りを継がせる。それがずっと昔から続いている、魔力を持つ者の世界。

 まあ、人間の世界でいうガレスのような店をもつ形態と似ている。
 あれは代々継がせるものらしいから、あちこちに移動したりしないのだ。

 そこまで考えて、ならばこの男がフィーネの縄張りに来る事自体がおかしいと気付く。
 
 ――じゃあ、一体?

「あっ!」

 ビクッと肩が跳ねた。
 急に声を出すなと一睨みすれば、男は「足元に水たまりがあるから気をつけて」と言う。

 ……どうやらこの男、頭のねじが吹っ飛んでいるらしい。

 フィーネは舌打ちしたくなった。
 普通、睨まれたら気を悪くするだろう。
 しかもこんな姿で今更水たまりなどどうでもいい。

「ねえ、一体どこまでついてくる気なの?」

 認めたくない。
 この森に入れるのは自分だけ。
 そう思うのに、いつまで経っても死なない男を見れば、この毒霧に耐性があるのだとイヤでも分かる。

「差し当たって、魔女様の家?」
「なんでよ!!」
「だって、怪我してるでしょ。食事とか、お風呂とか困るんじゃない?」
「それがあんたにどんな関係が!?」

 まるきりない。
 こんな初対面の男に心配されるいわれなど、どこにもない。

 なにの男はニコリと笑う。

「見かけたら、ほっとけないだろ?」

 うっ、とフィーネは押し黙った。
 たしかに自分も怪我人がいたら無視せず介抱するだろう。

 だがそこは魔女。さっさとガレスに押し付けて、その場から撤退するが。
 もちろん薬を作る為だというのは秘密だ。

 そうこうしているうちに自宅に着いてしまった。
 フィーネの家は森のほぼ入り口付近にあり、毒の影響がほんのわずかな場所にある。
 もちろん人間が近寄れない事がポイントで、さらに言えば街からの距離も適度で買い出しに便利。加えて採取が楽だということでフィーネの曾祖母が作った家だった。

 フィーネは一年ほど前まで曾祖母と暮らしていた。
 それは祖父母がとうに亡くなり、ほとんど魔女の力をもたなかった両親が仕事のため別の街へ引っ越してしまったから。フィーネは祖父母の顔はおろか、両親の顔さえも覚えていない。

「――へぇ、ここが魔女様の家?」
「あんた、いい加減帰りなさいよ」
「ここまで来たら、俺にできる事手伝うよ」

 勝手についてきただけじゃない。
 そう口から出そうになって、フィーネはすんでのところで言葉を呑み込んだ。

 正直言って迷惑だ。
 だけど。

 ――秘密その六。
 心配されるのは嫌いじゃない。

 フィーネはむぐむぐと気持ちを押しこんで。
 こうなったらアゴでこき使ってやろうと、魔女らしく口角を上げる。
 下僕のように命令すれば、男も嫌になってどこかへ行くだろう。そうしたら、それでおしまい。

 そこまで考えると、何故か少し寂しい気持ちがして。
 フィーネは慌てて首を振った。

 自分にしもべはいない。
 森の動物はもふもふであって、フィーネの言う事を聞かないのはいつもの事。命令なんて誰にもした事がない。

 だけどフィーネは魔女だ。
 魔女なら下僕に仕事を与え、ふんぞり返っていればいいのだ。

 フィーネは魔女らしかった曾祖母の姿を思い出し、ピンと背筋を伸ばした。
 胸を張って、顎をそらす。現在泥だらけなのは、記憶の外に捨てた。

「あんた……じゃなくて、アナタ。名前はなんて言うの?」
「何だと思う?」
「どうやら死にたいようね?」
「まさか。とんでもない」
「じゃあ答えなさい」
「名前は尋ねた方が先に名乗るものでは?」

 たしかに。
 フィーネはうっかりそう思ってしまって。これまたうっかり素直に名乗った。「フィーネよ」
 男がニッコリと笑う。

「俺はアストリード。みんなにはアスやアストって呼ばれてる」
「ああそう。私には関係ない話ね」

 ツンとして返したのに、当の本人は「フィーネならフィーと呼んで良い?」と厚かましい事を言ってくる。

「良いわけないじゃない。馴れ馴れしい」
「俺はアスでもアストでも」
「だから聞いてないわ」

 貴方の耳はかざりなの? と言えば「聴力に異常はない」と至極真っ当な事を答える。
 やはり頭のねじが吹っ飛んでいるらしい。それも複数本だ。
 早く拾えよと思いつつも、フィーネは心の内でゴクリと喉を鳴らし、現実ではふんぞり返って言った。

「なら命令するわ。アストリード、湯の準備を。そして洗濯と、玄関のはき掃除。あと、布団も干しなさい」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...