魔女様は秘密がお好き

大鳥 俊

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5.ニコニコ顔の不審者

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 ――こうして命令というか家事全般を押し付けたフィーネはすぐに後悔をした。
 まさか本当にやるとは思わなかったのだ。だって、湯の準備は薪の用意からだし、玄関は砂っぽいし。あまつさえ洗濯は風邪のせいで数日分溜まって山のよう……と、そこでフィーネは重大な事に気がついた。洗濯の中には当然アレも入って――!!

「ちょっ!! あんた!!」
「ん? 何?」
「何じゃなくて……あああああああっ!!」

 ――秘密その七。
 妖艶ボディは……。

 フィーネは濡れるのも厭わず、アストリードが持つアレを奪い取った。

「ん? このクッションがどうした?」
「クッションじゃない!! これは……!!」

 言いかけて青ざめる。
 これの正体をばらしてどうするんだ、私。

 だめだ、だめだと心の中で首を振り、あるべき魔女の姿を思い出す。

 フィーネはツンと視線をそらした。

「こ、これは私の使い魔のクッションなんだから、丁寧に洗いなさいよね」
「そうなんだ。了解。フィーネは優しいね」
「洗い方にコツがあるの。だから自分でやるわ」

 教えてくれればやるよと言うアストリードに、「結構よ」と首を振った。
 こんなもの、他人に、それも見ず知らずの男に触らせるわけにはいかない。

 フィーネは顔をそむけたまま、ちらりと視線を戻す。
 袖をまくって、洗濯桶に手を突っ込む男は相変わらず口元に笑みをのせていた。

 ――なに、正直に洗濯なんかしてんのよ。

 しかも手慣れているように見えるのが忌々しい。困らせてやろうと思ったのに。

 恥ずかしかった事と予想外の展開に混乱して。
 フィーネはつい、吐き捨てた。

「……さっさと洗濯を終わらせなさい。私はお腹が空いたわ」

 ――嫌われる。

 直感でそう感じたフィーネはギュっと目を閉じた。
 返される暴言に耐えうるよう心の壁を作り、尊大に魔女らしく彼を追い出せるように構える。

 なのに。

「食事はなにが良い? 時間が中途半端だから、軽めにしようか?」

 アストリードはマイペースに笑っている。
 こんなにも傍若無人に振る舞っているのに。ひどく、冷たい言葉の代償は、きっと大きいだろうと考えていたのに。……なんで。

 ――意味分かんない。

 もうすべてが気まずくて、フィーネは洗い場を後にした。


◆◇◆◇


 色んなものがガリガリ削られて、思わずベッドに突っ伏したのはつい五分前。

 アストリードは洗濯を終え、布団も干して取り入れて、ついでにはき掃除も、ご飯も作ってくれた。
 なんだよ万能か。しかもすべてにおいて丁寧でかつ料理はおいしい。やっぱり万能か。

 どうやら頭のねじは大量に足りないようだが、神様は別のものを沢山授けてくれたようだ。主に家事能力を。

 こんな下僕がいたら便利よねと思いつつも、フィーネはアストリードを信用していない。
 そりゃあそうだろう。だって名前以外、何も知らないのだから。

「――で、私に何の用なの?」

 フィーネは立ち上がりベッドに背を向けると、壁にもたれかかるアストリードと同じように腕組みをする。とにかく本題に入らねば、いつまで経ってもこの男が帰ってくれない気がしたのだ。

 言われた事をせっせとこなすところを見ると、魔女に依頼があるのだろう。
 本来ならガレスを通さねば依頼は受けない。だが、本気でなかったとはいえ、家事全般をやってもらったのだから、対価を支払うのはフィーネの番だ。

「薬ぐらいなら作ってあげても良いわよ」

 家事の対価ならこんなものだろう。
 本当のところを言えばフィーネの薬は品質が良く、とても高価な品。一日の家事労働で支払う対価としては破格だった。それでもいいと思ったのは、アストリードが文句の一つ、嫌な顔一つもせず、しっかりと家事をこなしたからだった。

 ――秘密その八。
 フィーネは真面目な人が好きだ。

「望みを早く言いなさい。私の気が変わらないうちに」

 早く言わなくても、たとえ忘れた頃に言い出しても、フィーネはその依頼を受けるだろう。
 信用はしていない。だが、仕事ぶりは気に入った。それが理由。

 アストリードがのほほんと笑った。

「助かった! じゃあしばらくここに置いてくれ」
「いいわよ。すぐに作って……って、はあ!?」
「対価は家事全般。使われてない部屋あったよね? そこを掃除して……」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 魔女の薬がいるんじゃないの!?
 そう叫べば、アストリードは薬はいらないと言い切った。

 ……おいこら待て。
 じゃあ何で魔女に近づいた。
 ここに置いてくれって、こんな毒霧の森の側で暮らして、一体何の得が……?

「……って、まさか、森の資源狙いじゃないでしょうね?」
「全然違う。だって俺、もう森に入れないし」
「はあ!? 一体どういう事!?」

 アストリードが見せてくれたのはペンダントだった。
 宝石部分の半分以上は灰色なのに、残り半分が色鮮やかな翡翠色。中にうごめくものをみたフィーネはこれが魔具である事に気がつく。

「これは毒を吸収して人体を守ってくれるペンダント。通常ならかなりの量を吸い取れるって聞いているけど、あの森じゃあ一時間と持たないみたい」
「みたいじゃないでしょ!! 普通なら一分と待たずにあの世行きよ!?」
「知ってる。だからすぐフィーネに会えてよかった」

 まるで自分を探す為に危険な森へ入ったのだと言われている気がして。フィーネは顔が赤くなるのが分かった。

 ――違う違う。そんなわけないじゃない。

 自身の火照りを冷ます為に否定し続け、ついでに難しい調合の過程を頭に並べた。
 普段作らない挙句あげく、複雑な工程は、真剣にならないと思い出せない。頭を冷やすにはこれが一番だった。

 そんな、忙しなく動くフィーネの脳内など知らぬアストリードは笑顔のまま続ける。

「ここの立地ならほとんど毒を受けないのは、もう確認済み。だから、大丈夫」
「……待ちなさい。何が大丈夫なのよ」
「え? ここで一緒に暮らすって話」
「誰が良いって言ったのよ!」
「フィーネ」

 うそおっしゃい!
 その言葉は声にならなかった。

 ――魔女は対価を払えばどんな仕事でもする。

 フィーネは対価をもらった。
 ついでに言えば同居の許可もうっかりだがした。

 アストリードの言っている事は正しい。
 これを突っぱねる事は、魔女のルールに反する。それはフィーネがしたくない事の一つ。

「……一体いつまで居る気よ」
「しばらく?」
曖昧あいまいして。ハッキリと日にちを」

 いつもより低い声でフィーネは言う。

 ――これは契約だ。
 対価を受け取った契約に曖昧さは不要。

 アストリードは「うーん」と腕組みをしたまま、首を傾げて。しばらく考えたあとでこう言った。

「一カ月。それだけ置いてくれれば、十分だ」

 それがどうやって決めた期間なのかフィーネには分からない。
 わからないけど、関係なかった。

 一カ月。
 それなら耐えられる。

「契約違反は絶対に許さない」とフィーネ。
「大丈夫。フィーネの嫌がる事はしないと誓う」とアストリード。

 ――一体なんでこんな事になってしまったのか。

 苛立つフィーネとニコニコ顔のアストリード。
 こうして二人の共同生活は始まった。


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