魔女様は秘密がお好き

大鳥 俊

文字の大きさ
18 / 29

18.しかたないわね

しおりを挟む
 


 気がつけば彼らは居なくなっていた。
 フィーネは森でひとしきり笑って、顔を上げる。
 頬を何度かペチペチ叩いて、心をすべて切り替えて、魔女らしくニィと笑った。
 切り替えの早さはだけは自慢できる。くよくよ悩むのは性に合わないのだ――……

 なのに。


「――どうしたんだ? 浮かない顔して」

 指摘され、フィーネは目を丸くした。

「あら、わかるの?」
「わかるもなにも、憂いを帯びた表情って言うのは今の顔を言うんだぜ」

 コトリ、とグラスが置かれる。
 今日は無色透明、レモンの添えられた炭酸水。しゅわしゅわと音を立てて浮かんでくる泡が涼しげだった。

 フィーネは久しぶりにガレスの元へ来ていた。
 用があった訳ではない。ただ、あのまま家に帰るのが嫌で、街へ出てきただけだった。

 ガレスが慇懃いんぎんな態度で頭を下げる。

「不精、酒場のガレスにできる事があればなんなりと」
「そうねぇ……」

 頬杖をついたまま、軽口に乗ったフィーネは考える。
 アストリードの事は言わない。でも、ガレスの申し出が嬉しかった。

「色んな話、聞きたいわ」
「そんな事でいいのか?」
「貴方の話は色々と参考になるもの」
「そりゃ、光栄だね」

 ニッと口角を上げたガレスが自分用の飲み物も用意し、どっかりとフィーネの隣に座った。

「仕事はいいの?」
「今から俺の仕事は話をする事だ」

 グラスをあおり、ガレスは最近仕入れた情報を話し始める。
 東部の騎士隊に新設された隊があるらしいという話。南部からのキャラバンが増便された話、最北部の孤島で揉め事が起こっているという話などなど。

「最北部で揉め事って……、この辺りは大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫。と言いたいところだが」

 ガレスは一度言葉を切り、「これはまだ入ったばかりの情報なんだがな」と続けた。

 揉めているのは組合と商人達らしい。
 最初はお互いの取り分で揉めていただけだったのだが、それが段々と商売の方針や商品の権利など、複雑で、取り決めによっては利益が大幅に変わってくる話へと範囲を広げていったらしい。
 そうすると今まで話に加わっていなかった人達も口を出す様になってきて、話が一向にまとまらず、組合の機能がほとんど停止してしまっているのだとか。

 最北部の組合で取り扱いされている主だった商品は二つ。
 織物と農作物。農作物の中には冷花れいかも含まれる。

「冷花は北部が最初に輸入し、最終的には国全体へ流通させただろ? そのお陰で組合は北部を優先してくれているが、他の地域は欠品状態。常に品薄な冷花の売値は高騰し、北部への卸値を大きく超える――。そうなれば、まあ、わかるよな」
「高く売れる方に品が流れるわよね」
「そう。辛うじて機能している組合からは、「適正に収めている」と報告があり、北部の商本部もそれを認めている。なのに、この北部一帯の街に卸されている冷花は少ない。その差の分はどこへ?」

 流れるように語るガレスが、学問を教える教師のようにフィーネの解答を待つ。

「……いわゆる、噂の場所へ?」

 貴族や富豪を思い浮かべたが、明言を避ける。
 疑いが濃厚であっても、証拠もないのに口にすべきではないと思ったから。
 
 ガレスが愉快そうに口角を上げた。
 「まあ、ほぼ正解なんだがな」と頷き、「――ただ、今回の問題はそちらじゃない」と続けた。

「どういうこと?」
端的たんてきに言うと、お偉いさん方が使う分以上に抜かれている――そういう話」

 フィーネは眉をひそめた。
 必要以上抜かれている――……お金儲けの為だけなら、不快だった。

「監査人はどうなっているのかしら?」
「冷花の場合、つつくとお偉いさんが出てくる可能性がかなり高い。誰も怖くて言い出せないのさ」

 カランとグラスの中で氷が崩れる。
 じわじわと溶けゆく氷は、時が経てばすべて消えてしまうだろう。
 この件も、早く調べなくては同じようになると、フィーネにも分かった。

「……目星は付いてるんだがな」
「なら、捕まえなさいよ」
「無理言うなよ。俺はただの酒場のおやじだぜ? お役人に睨まれるのはごめんだ」
「意気地がないのね」
「しかたないだろ?」

 人のしがらみは複雑かつ、面倒だ。
 フィーネには無縁な話だが、聞き流すには気分の悪い話だった。

 ガレスがふぃーと長く息を吐き出す。

「どうにかならないもんかね」
「それを私に言うの?」

 もちろんフィーネだってどうにかしたいと思う。
 街で冷花が品薄だと聞いていたから、温毒の薬を早めに作り始めた。品薄によって、薬を冷花の二の舞にしない為だ。
 だが、薬が役立つのは温毒が流行ってしまった時。つまり後手の対策だ。苦しむ街の皆を思えば、冷花の不正を暴く方が一番良いと分かっている。

 こんな時、自ら請け負うような発言が出来ない事が本当にもどかしい。

 正直、採取と薬以外の事は専門外だ。
 それでも秘密の鎧が本物なら、「しかたないわね」と言えたかもしれないのに。

 ガレスはそれ以上この件には触れず、違う話を始めた。
 きな臭い話から穏やかな話に変わったというのに、フィーネの気持ちは浮上しない。
 気ままに自分の好きなようにやるのが魔女なのに、自分にはその力がない。弱い魔女だと、つきつけられた気分だった。

 ――なんだか、ものすごく腹が立つわ。

 腕力はなく、運動能力は平均値。魔法はしょぼく、動物は言う事を聞かない。
 加えて言うならフィーネは音痴だった。

 『魔女』というものに対するイメージはフィーネに優しくない。
 らしくあろうとするだけで、本当は自分が何をしたいのか見失いそうになる。
 言葉でその不満をらす事も、否定する事も出来ず、ただただ秘密を積み上げてはそれにほころびがでないよう細心の注意をめぐらせる。

 息苦しい時もある。
 普通の女の子だったらと夢想むそうする事もある。

 だけどフィーネは魔女だ。
 その事実はどうあっても変わらないし、それはこの先も同じ。
 手を伸ばしても届かぬ幻を追い続けるよりも、今を懸命に生きる方がいい。
 そしてなによりも、魔女として出来る事をする自分をフィーネは誇りに思っていた。

 だから、魔女のが苛立つのなら。
 それを無視するわけにはいかない。

 ガレスがグラスを手に取り、溶けた氷ごと口に含んだ。
 ガリガリと氷を噛み砕く。それがままならない現実を噛み砕くような仕草に見え、フィーネのくすぶっていた心に火をつけた。


「――しかたないわね」


 ガレスが「ん?」目を見開き、こちらを見た。
 ニィと口角を上げるフィーネ。その表情はまさしく魔女。

「……フィーネ、機嫌が悪い?」
「そうね。多分悪かったんだと思うわ」
「気付かなくてすまない。好きなもの作ろうか」
「結構よ。それより、さっきの話をもっと詳しく聞かせなさい」
「さっきの……って、冷花の事か!?」
「それ以外何があるの」

 フィーネは炭酸水を一気に飲み干し、カツンッとグラスを置いた。
 ビクッと肩を揺らした大男は無視。不愉快そうに眉をひそめたまま続けた。

「さあ、早く教えなさい」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...