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21.夜を駆ける魔女
しおりを挟む歩き過ぎで疲れた。
指先が痛い。ついでに筋も痛いし、足は張っている。
フィーネはドレス姿だった。明らかに、森を歩くには不向きで、それを長い時間となれば余計に疲れる。
『フィーネ。遅れているぞ』
「わかってる」
『今日の装いは失策だと見える』
「わかってる」
森歩きだけなら採取服で来た方がよかったのだろう。確実にそうだと言える。
でもフィーネは敢えていつものドレスを選んだ。真っ黒のドレス。これは鎧だから。
二匹は鼻先を空に向けて、それから息をついた。
『フィーネの心意気は分からぬでもないが、これでは対象が移動し始めた時、困るだろう』
『そうだ。夜が明ければ動き出すかもしれぬぞ』
「わかってる」
『さっきから返事がおなじだぞ』
「わかって……」
言いかけると、二匹が立ち止まった。
フィーネを頭の先から足先までざっと眺める。
『我らは早く森に戻りたい』
『そうだ。こんなにゆっくりしていたら夜が明ける』
「わかったわ、もう少し早く――……」
『『それでは遅い』』
二匹の声が重なり、ガルガンドが頭を下げた。
『フィーネ』
『乗れ』
――結論から言うと、ガルガンドはとても早かった。
『初めからこうすればよかった』
『うむ。同感だ』
「お、お、落ちそうなんだけど!?」
「ピ、ピヨ~!!」
反対が一人と一匹いるのに、彼らは気にしない。
瞬く間に最高速度までスピードを上げ、森を風のように走り抜ける。
「モウ ムリ!」
「あ、ピヨ吉!!」
一匹脱落――。
多分自分で飛んだ方が楽だと気が付いたのだろう。
『フィーネ、落とされるなよ?』
『ちゃんと首に巻きつくがいい』
「手ぇ届かないのわかって言ってる!?」
フッと二匹が笑った気がした。
これは確信犯だ!
「ラルフ! ガルガンド!!」
『少しぐらい楽しむがいい』
『そうだ。緊張していたら、本来の力が出せぬぞ』
一応こちらを気遣ってのつもりらしい。
嬉しくなった。二匹とも良いとこあるじゃないと、ふふふと笑って――……
「って、のわ!!」
『あ、馬鹿!!』
『手を離すな!!』
「不可抗力!!」
鼻先五センチ。
寸でのところでラルフにキャッチされ、地面との激突は免れた。
「……もうちょっと、ゆっくりいかない?」
心臓ドキドキ。表情はげっそりして言えば、
『なんだ』
『つまらぬ』
そんな事を言う二匹。
つまるとかつまらぬとかこの際置いといて。
「安全第一」
『注文が多い』
『早さは美徳だ』
否定はしないが、無理をさせないでほしい。
とりあえずフィーネの要望は通り、快適速度で森を進み始めた。
……最初からこの速度にしてほしかった。
◇◆◇
しばらく進むと、遠目に小屋が見えた。
ラルフとガルガンドが速度を落とし、ピヨ吉がまた肩へと戻ってくる。
目の前に広がるのは木々が途切れた広場。乾いた薄茶色い地面が見えていて、風が吹くと砂埃が舞った。
至る所に木箱が積まれ、右端には荷馬車が一台、隣に馬が繋がれている。その数は五頭。
御者が一人、各馬に一人ずつで五人。最低六人。もし荷馬車に人間が乗っていたのなら、その倍の人数が小屋の中にいる可能がある。――明らかに、森番小屋を使う人数ではない。
「結構大きいのね」
ガルガンドから降り、身を屈めたフィーネは前方を見つめて言った。
『絶えず、人がいる匂いがしている』
『このようなところに住んでいるのか』
絶対にないとは言い切れないが、可能性はかなり低い。
近くに川も井戸もなく、ここからレイフィルドの街までは約半日。生活に必要な物が明らかに調達しにくい立地の上、建物はこの一軒のみ。通常の小屋よりは大きいがそれだけだ。
やはり森番小屋というよりは……
「隠し小屋ね」
『よからぬ事を企んでいるのか』
『我らの森に勝手に住みつき、何をする気だ』
フィーネはこの小屋に誰がいるのかを考えた。
まず、アストリード。彼を追ってきたのだから居てもらわねば困る。
次に軽薄そうな男。アストリードがいなくなる直前に接触していた人物。共に行動している可能性あり。あとは彼らの仲間。
軽薄そうな男はアストリードを使って魔女を手に入れようとしていた。
しかもこちらの意志など関係ないと言った風に。そんな事を考えるような男達が集まっているなんてロクでもないだろう。
「なんにしろほっとけないわね」
『どうする?』
『乗り込んで暴れるか』
「待って、まだ情報が足りないわ」
いくらロクでもないだろうと思っても、推測だけで攻撃するのはマズイ。
せめて何をしているのかわかればいいのだけど。
「――ア、ダレカクルヨ」
ぴよ吉の声を聞いて、フィーネは小屋の方を見た。
『二人だ』とラルフが言い、『こちらに来るぞ』とガルガンドが続ける。
薄ぼんやりと見えるのは、マッチ棒のような細長い姿と、樽のようなずんぐりとした姿。
顔や性別など細かい事はわからない。ただ、夜にこそこそしている連中には似つかわしくない、白いシャツが目を引いた。まるで日中に出歩いている人々と変わらない服装だ。
二人はガルガンドが言うようにこちらに向かって歩いている。
途中、マッチ棒が伸びをするように両手を上げた。樽は横を向いたのか少し細くなる。
「――、――」
「――――、――」
ラルフとガルガンドの耳がぴくぴく動いた。
どうやら相手は話をしているらしいが、まだフィーネの元には聞こえてこない。
「……ねえ、なんて言ってるの?」
『大したことではない』
『それよりもう口を噤め』
正論だが納得いかない。
フィーネはむうと眉を寄せながら、暗闇を動く二つの影を見つめた。
しばらくするとマッチ棒と樽が人の姿になってくる。
知らない顔だった。
マッチ棒はひょろりとした面長な男で、樽はふくよかな体格に合致する丸顔の男。
気崩した白シャツのマッチ棒に対して、丸顔の男は黒いスーツにネクタイだ。二人の関係性は不明。
彼らは申し訳程度に辺りを見回しながら歩いている。微かな話声も聞こえてきた。
「ようやく――から戻ってきた――のに、すぐ見回り――」
「必要なんて――、こんなところ」
「まったく、――の荒い人だ」
ただの雑談。
端々から愚痴である事だけは辛うじてわかる。
フィーネはラルフ達に目配せをして、そのまま彼らが近づいてくるのを待った。
「――今回は荷の量が多かったっていうのに、休ませてほしーよな」
「ああ。ほんと。俺、座りっぱなしで腰が痛いんだよ」
「お前、腰痛持ちだもんな」
「ゼスさんはやせろと言うが、やせたら御者っぽくないだろ」
マッチ棒が「まーな」と笑う。つられて樽も腹を揺らして笑った。
「――まあ、痛みも儲けのうちって事で、辛抱するか」
「そうそう。今回は追加分の儲けがあるからな!」
「ゼスさんの考える事はえげつないけど一石二鳥だよな」
「ほんと。効率的」
男達はニヤニヤ笑いながら、お互いを見た。
そして辺りを見回し、少し声のトーンを下げて話を続ける。
「……反対した奴、他にもいたって?」
「らしいな。だけど一番に反対した新入りがのされちまったから、口を閉じたって聞いてる」
「いくじがねえなあ」
「お前だったらどうしたよ?」
「ああん? 元々反対なんてしねえよ。取り分増えるんだろ?」
「ちがいない!!」
二人はまた笑って、踵を返した。再び声が遠のいてゆく。
フィーネはその小さくなってゆく背中を凝視した。
『考える事はえげつない――』
『反対した新入りがのされた――』
繰り返される言葉。
聞こえてくる、軽薄そうな男の声。
『――よお、新入り』
立ちあがろうとしたフィーネを三匹が押しとどめた。
『ばか。素直に挑発されるな』
『慌てなくとも、匂いの男は死んでおらぬ』
「ジュンビ フソク!」
「でも!!」
マッチ棒と樽が振り返った。
すかさずピヨ吉がフクロウの声真似をして、男達の注意をそらす。
二人は何事もなかったように再び小屋へと歩き出した。
『……静かにしろフィーネ』
『心を落ち着かせねば、魔法も使えぬだろ』
「フィーネ オチツク!」
皆に宥められ、フィーネは目を閉じる。深呼吸。一回、二回。最後にもう一回。
一気に沸点まで到達した感情がゆっくりと静まってゆく。
『落ち着いたか』
ラルフの声にしっかりと頷く。
苛立ちと焦り。なくなってはいないけれど、頭は冷えた。大丈夫。
フィーネは目を開けて自分を見つめる彼らを順番に見た。
夜中に自分の願いを聞いてくれたラルフとガルガンド。
側に寄り添ってフィーネを癒してくれるぴよ吉。
街のみんなが知る毒霧の魔女の僕達。
彼らは僕なんかじゃない。
フィーネを気遣ってくれる、心優しい友。とてもとても大切な友達だ。
そして、森を飛び出してまで追い掛けた彼は――……。
フィーネに迷いはなかった。
「私、アストリードを助けたい。――手を貸してくれる?」
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