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22.ある見回り番の見たモノ
しおりを挟む「――おい、交代だぞ」
不機嫌な声で起こされた。
半分まどろんでいると、無遠慮に身体をゆすられる。
痛い痛い。腹を思い切り押さえるなって。
板の間で雑魚寝していた俺は目を押さえて起き上がった。
「……もう、そんな時間か」
「おう。だから起きろ」
「銅貨一枚で変わってくンね?」
「銀貨一枚なら考える」
「無理」
「ならさっさと起きろ。俺らも早く休みたいんだよ」
重い瞼を片方だけ開けてみると、お疲れ気味のマッチ棒と樽が「早くしろ」と急かす。
自分達は荷物の運搬もしたんだぞ。そんな重労働自慢をしつつ、俺の寝ていたスペースを奪っていった。
「うわ。床がぬるい」
「知るか」
休めるんだから、文句言うな。
そう言えば「お前は今まで寝ていただろう」とつっこまれる。事実である。
「ったく、で? 俺の相棒は?」
「いねーよ。お前一人」
「は? 見回りは二人一組だろ」
「人数が奇数なんだから仕方ないだろう」
そんな馬鹿なと思い返して、新入りが外れた事を思い出す。
「……俺に落ち度はないと思うが」
「落ち度はなくとも、そういう時もある」
「ゼスさんは?」
「数に入れるな馬鹿」
たしかに。
自分で言っておいてなんだが、あの人が見回りなんてするわけがなかった。
小屋の部屋は全部で三つ。
そのうちの一つで俺達は雑魚寝で、ゼスさんは一人で部屋を使っている。
下に厳しく、上に甘く。つまり、俺達には厳しいってわけだ。
「とにかく、交代な」
しっしっと動物を追い払うような仕草で、マッチ棒と樽が手を振った。
これ以上話していれば他の奴らを起こしてしまう。
俺はあくびをかみ殺し、ふらふらと外へと出て行った。
月が綺麗だった。
澄んだ空気のおかげで星もはっきりと見え、雲ひとつない空は明日の晴天を予想させる。
風はない。虫の音もお休み。星も強弱様々輝いていて。これで暑くなければ最高の夜だった。
「――見回り、いるか?」
つぶやいて、「いらんだろう」と自分で答える。
こんな人里離れた森の中。しかも、人目を明らかに避けて建てた隠し小屋。
この場所を初めから知っている奴以外、来る奴などいるわけがなかった。
とりあえず小屋から離れた。広場の中ほどまで来て、儀礼的に首を左右に動かしてみる。
もちろん誰もいないし、静かなものだった。
「……となれば」
寝るか。
すでに見回りの必要性を捨てた俺の選択は一つ。
どこかいい寝床はないかと辺りを見回し、積まれた木箱に目がいった。
木箱と床。うん。大差ない。馬小屋から離れているのも丁度いい。
俺は一人納得し、目的の木箱に向かって歩き出す。
見回りという憂鬱な仕事から勝手に解放された気分で、再び空を見上げる。
ピュイィィィィー……。
甲高い鳴き声が響いた。
方向は森ではなく上空から。一体どこからだと目を凝らしてみれば、遠くの空を野鳥が一羽飛んでいる。迷いなく一直線に飛んでいるかと思いきや旋回。森を見回っているかのようだった。
ピュイィィィィー……
もう一度、鳴き声が響く。
まるで何かの号令、絶対の命令のような強い鳴き声。……本当にあの豆粒みたいな鳥が鳴いているのだろうか?
――と、その時。
ガサガサガサガサッ!
森が答えるようにざわめき、木の葉が激しく揺れた。
うわっと小さく悲鳴を上げて、俺は森を睨みつけ、次第にその揺れが下からなくなってゆくのを目撃する。
一体何だ。
すぐに空を見上げ、目を見開いた。
視線の先には一羽の鳥。そして、その後ろに広がる黒い群れ。
扇状に広がるそれは、小さな黒い点ほどにしか見えない鳥の後ろに続き、長い長い尾羽のように大空を流れている。
先を行く鳥が旋回した。
後を追う群れもそれに続き、後方の鳥たちと向き合う。
すぐに黒い群れ同士が交差したが、ぶつかって落ちてくる鳥など一羽もいない。よほど人間より統率のとれた舞い。圧倒され、開いた口がふさがらなかった。
次は何を見せてくれるのだ。
思わぬ演目に目を奪われて、その様子を黙って見守る。
滅多に見られない景色を独占。気分は最高だった。
月に照らされた鳥たちの舞いは軽やかに続き、大空を独占した演目は徐々に形を変えてゆく。
黒い風の渦、もしくは闇夜に浮かぶ孤島。言葉にすればそんな感じで、それはやがて風に帯がそよぐように広がっていった。
終演だ。
ぼんやりと塊が解けてゆく様を眺める。終わりを名残惜しむようにゆったりとした景色は一人で独占するには惜しい気もした。しかし、まあ、見回り番の褒美と思えば――……と、突然、帯の先がぐんと伸びた。
加速する。急に速度を変えた鳥たちはそれまでの優雅さを捨て、一気に気迫のようなものを纏う。鋭さを増す帯の先端。そして、それは――……
こちらに向かってきた。
待て待て待て待て。
冗談だろう? 目にした事が理解しきれなくて、頬を引きつらせる。
その間にも鳥の群れ達はどんどん近づいて来て、感じるはずのない風圧でうしろによろめいた。
逃げるという発想に至るまで、その間数秒。だが遅い。
遥か上空にいたはずの鳥――……いや黄金の小鳥は、俺の頭上すれすれを掠めるように飛んでゆく。そして、続くのは――
「うわぁぁぁぁ!!!」
真っ黒い、鳥の群れ。
堪らず頭を抱えて座り込み、凶暴な羽音に耐えた。
「どうした!!」
飛び出してきたのはマッチ棒。続いたのは先に見回りを終えていた雑魚寝組。最後に樽がのそのそと出てくる。
「お前、いったい……」
鳥にもみくちゃにされた姿を絶句するマッチ棒。
他の仲間も悲惨な物を見るように眉根を寄せた。
俺だって何も分からない。気が付いたら鳥が――……
説明する間もなく、「誰かいる」と樽が前方を指差した。
つられて全員がそちらを見る。
小さな人影だった。
長い髪と黒っぽいドレス。目を凝らすとそれが女だと分かった。
俺達の仲間に女はいない。
明らかに招かれざる客。緊張が走ると同時に、相手が女だという安堵感が広がった。
「なんだ。ゼスさんが呼んだのか?」
「こんな夜中に、なあ?」
仲間の緊迫感はなくなり、ニヤニヤと品のない話が出る。
「ゼスさんに呼ばれたのかー?」
一人が気安く声をかけるも、返答なし。
お高く止まりやがって。と、仲間は吐き捨てる。
風が吹き、女の髪が揺れた。
それを煩わしそうに手を添えて、ゆっくりと耳にかける。ただそれだけの仕草がゾクリとするほど艶めかしい。自分達にない、凛とした立ち姿も魅入られる。
そうしてようやく。
女が何者なのかに気が付いた。
「毒霧の、魔女?」
「まさか! どうして?」
魔女がゆったりと立ち止まって、空を見た。
俺もそちらを見て。思わず「ひっ」と、息を呑む。
さっきの鳥がこちらに向かって飛んで来ている。
恐怖が背中から這いあがり、慌てて体をさすった。無意味。わかっているけれど、やめられない。
黄金の小鳥は魔女の肩に降り立ち、その羽根を休める。
気付けば左右に巨大な狼の姿まであり、益々恐怖を上塗りしていった。
いったい何が。
自問しても答えは出ない。
そして、広場の中ほどまで来た魔女は。美しくも、冷ややかな笑みを浮かべる。
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