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25.私は私のしたいように
しおりを挟む小屋から出て、扉を閉めて。
フィーネはすたすたと歩いてゆく。
「フィーネ」
「貴方に名前を呼ばれたくないわ」
「説明はする。だから力を貸してほしい」
「知らないわ。私は私がしたいようにするだけ」
顔を見ず答えるフィーネに、アストリードは続ける。
「よろしく頼む」
恐らくさっきの話を演技だと分かっているのだろう。
薬の高騰を良しとしないフィーネが、街の人に悪影響を与えるわけがないと。
それが腹立たしくも、うれしくもあった。
秘密を告げぬままに理解される事がとてもくすぐったかったのだ。
本当は色々聞きたい事がある。
その為にフィーネはここまでやってきた。自分にとって都合の悪い真実もすべて、受け入れるつもりで。
だけどそれは、報酬だと決まった。
ならばやる事は一つだけ。
「自宅に戻るわ」
「護衛はいる?」
「いらないわ」
「わかった。なら俺はレイフィルドへ向かう」
街で待っていると言われ、「行くとは言ってない」と答える。
――ううん。必ず行くわ。このまま見過ごす事なんてできないもの。
本音は秘密のまま、フィーネはツンとそっぽを向いた。
「待っている」
アストリードはもう一度言い残し、最後に残った馬で森へと駆けて行った。
その後ろ姿をぼんやりと眺める。また彼がいなくなってしまうと不安になるけれど、今はそれどころじゃない。フィーネだってのんびりしている場合ではないのだ。
「ごめんね、大丈夫? みんな」
側にいてくれる皆を振り返った。
気遣う事も出来ず、まずは放置してしまった事を謝罪する。
フィーネの秘密の鎧である彼ら。人前で語りかける事は出来なかった。
皆は『わかっている』と声を合わせて答える。
『離れればどうってことない』
『他の人間の前で話す訳にいかないだろう?』
「タダノ トリノフリ!」
『そういうことだ』
ここにも理解者がいた。
フィーネはそれだけで嬉しかった。
『魔女フィーネ、その様な情けない顔をするな』
『お主は毒霧の魔女なのだぞ』
「わかってる」
「フィーネ ナカナイデ」
「わかってるって!」
フィーネは乱暴に目元をこすって、笑って見せる。
ラルフとガルガンドが『フン』と鼻を鳴らし、ピヨ吉が頭上を小さく旋回した。
「帰りましょう」
『そうだな』
帰りはラルフに跨った。
『行くぞ』の掛け声とともに、夜の森を駆ける。
色んな事があったけれど、あと数時間もすれば夜明けだ。
長かった一日が終わり、最後の一日が始まる。すべての決着はすぐそこだった。
◆◇◆
薬をありったけ鞄に詰め込み、フィーネは街へ向かった。
夜はすでに明け、市場が始まっている。
街の人々は忙しく、大荷物の女を気にする事はなかった。
最低限しか整えなかった髪や服装は、旅装のマントでなんとか隠せたようだった。
ばば様の店へ向かった。
薬店の朝は早いが、店を開けるのは遅い。この時間なら裏口をノックするのが正解だ。
コンコンコン。
「誰だい。こんな時間に」
「フィーネよ、ばば様」
ガチャリと扉が開いて、小柄なばば様が顔をのぞかせた。
「朝が早すぎるよフィーネ」
「緊急なの」
「……中に入りなさい」
招かれてすぐ、フィーネは状況を説明した。
「とにかくこの薬を使って! すぐ飲めば症状も出ないか軽く済むわ!」
「お前さんは一体何に首を突っ込んだんだい?」
呆れ顔のばば様を説得して、皆に温毒の薬を飲ませる事に協力を取り付けた。
フィーネは自分で薬を配れない。魔女が対価もなしに物を施す訳がないからだった。
「つくづく魔女に向いてないね、おまえさんは」
「それでも私は魔女だから。出来る事をするわ」
「力の使い方が人としては正しいが、魔女としてはどうじゃろう……」
「人として正解なら、いいじゃない」
その姿はほとんどの人に知られてはならない。
頼られながらも、感謝される事などほとんどないのはこの為だった。
――でも、いいの。
感謝されるためにやっているんじゃない。
称賛もいらない。お金は必要な分だけあればそれでいい。
魔女らしくあろうとする中でも、私は私のしたいようにする。それがフィーネの矜持。それが守られているから、細かい事は気にしない。
「とにかくお願いね、ばば様!」
「はいはい。――フィーネ、また出かけるのかい?」
「まだ終わってないの」
「なら、もう少し整えていきなさい」
美しく見せるのも、鎧の一つじゃよ。
ばば様は手早く髪を整え、ドレスの裾をなおし、薬をひと振りフィーネにかけた。
「ちょっと、これ、ヴィーナスの粉じゃない!」
「風呂に入って身綺麗にする時間がないんじゃろ? これぐらいは必要じゃ」
その人の美しさを最大限に引き出す、魔法の粉。超高級品をあっさりと使ってしまうなんて、さすがというべきなのか、行き過ぎというべきなのか。もちろん気持ちは嬉しい。
「ありがとう、ばば様」
「おや? 魔女はお礼を言わないだろう?」
「いじわる言わないで」
苦笑するフィーネにばば様は「ふぉふぉふぉ」と笑った。
「さあおゆき、フィーネ。――自分の望むままに」
「ええ。私の望むままに」
◆◇
『レイフィルドに行く』
彼は言葉通り、この街にいる。
離れすぎたら感知できない魔具の揺らめきをハッキリと感じ取ったフィーネは、堂々と正面玄関から店を出た。
突然現れた魔女に、街のみんなは目を丸くする。
早朝のこんな時間だ。当たり前の反応だろう。
「フィーネ! 珍しいな!」
声をかけてきたのはガレスだ。
彼と店以外で会うのは久しぶりだった。
「今日は一段と綺麗だな」
「あらそう」
「何か用事があるのか?」
「そうね、急用なの」
急用、という言葉を聞いて、ただ事ではないと察したのだろう。
ガレスは軟派な態度を装いつつも、目をスッと細めた。フィーネの耳に小さく呟く。
「――何か、出来る事はあるか」
察しのいい男だ。
フィーネは口角を上げ「薬屋を手伝うといいわ」とばば様の店へと視線を向けた。
「薬屋? フィーネに頼まれたと言っても?」
「問題ないわ」
「わかった。なにか困った事があったら、すぐに言ってくれ」
ガレスの背中に心でお礼を言って。フィーネは歩きだす。
職人通りを抜け、活気づく朝市を通り抜け、住宅街へと足を進める。
朝の住宅街は人通りが少ない。ほとんどがまだ休んでいるか、買い物に出ているからだった。
――このまま行ったら、貴族や富豪の豪邸しかないわ。
いずれもフィーネは足を踏み入れた事がない。未知の空間。
アストリードの目的地はどっち?
彼は豪邸の前にいた。
丁度、門番と話をして、中に入ろうとしているところだった。
「待ちなさい!」
呼び止めれば、アストリードが振り返る。
キリリとした表情が、少し、間抜けた驚き顔に変わる。
「……早い、な」
「私を誰だと思っているの?」
正確に言えば、早いのはラルフとガルガンド。
だけどそんな事は秘密のまま、フィーネは胸を張って彼の隣に立った。
続いて、門番に視線を向ける。
「もちろん、私も入れてくれるのよね?」
「いや、それは……」
「あら? 貴方、私の事をご存じない?」
「い、いえ!! 魔女様の事は、もちろん――」
「なら問題ないわね」
少々強引に進めるも、アストリードは苦笑を浮かべるだけ。
どうやらフィーネを置いてけぼりにする気はないようだった。
二人して、門を抜ける。
周囲に人の気配がなくなった事を確認して、話しかけた。
「正しい心がけね」
待っていろと、言われるのではないかと思っていた。
彼は細かい行き先を告げなかった。つまり、フィーネがここまで来るとは思っていなかったはずだ。
計算が狂っただろう。それがしてやったりで、意地悪く笑った。
そんなフィーネをアストリードは目を細めて、迎え撃つ。
「居てくれると心強い」
はっと、息を呑んだ。
まさかの不意打ち。
「……何もしないわよ」
「それでいいよ」
乗せられたと思った時には遅かった。
手出しができないよう口約束をさせられた。フィーネはムッとアストリードを見上げる。
「貴方、いじわるよ?」
「前に言わなかったっけ? 俺は身勝手な人間なんだって」
聞いた気がする。
フィーネはふいと横を向いた。
そうやって、色んな貴方を見られて嬉しいなんて、絶対に秘密だった。
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