26 / 29
26.対価と深まる疑問
しおりを挟む捕り物は呆気なく終わった。
アストリードが部屋へと踏み込んだ瞬間、今回の騒動を主導したらしい商人は「ひっ」と息を呑んで、イスからずり落ちた。
どうやらフィーネが追い払った男達が状況を説明していたらしい。しきりに「業火も獣も嫌だ」とガタガタ震えながら謝っていた。
こうなっては護衛も戦いようがない。
最早守るべき相手がいなくなった彼らは巻き添えを恐れて、扉を強行突破しようとした。
口約束が一瞬頭を過るも、それどころじゃない。フィーネも何かしなくてはと身構えた。
ところが。
「……貴方、強すぎない?」
「ん? そうかな?」
そう。
アストリードが手早く相手を気絶させてしまったため、まったく出番がなかったのである。
これなら下手にフィーネが動いた方が危険。なんだか腑に落ちない結果だった。
警備隊に商人達を引き渡し、北商本部の長に報告を上げて。
一緒にいただけのフィーネも感謝されるという、実に身の置き場に困る状況に陥って、ようやくすべての報告が終わる。街でもばば様とガレスが温毒予防だとみんなに薬を配布してくれていて、こちらの問題も解決済みになった。
これでフィーネは自分の望むままに行動でき、アストリードの依頼を終えた事になる。
「――さあ、対価をもらおうかしら?」
フィーネは目の前の男を見下ろした。
ガレスに二階の個室を借りて、ようやく落ち着いて。逸る気持ちを抑えて低い声を出していた。
アストリードはと言えば、気まずそうな、困ったような、そんな情けない顔をする。
ただ、ゼスと対峙していた時とは違い、雰囲気はかなり和らいでいた。
「……やっぱ、怒ってる?」
「あら。怒られるような事をしたの?」
いつも口論では劣勢だったフィーネ。今は形勢逆転だ。
「……何も言わずに出て行った」
「それって契約違反じゃないかしら?」
「巻き込みたくなかったんだ」
「巻き込まれたわ」
アストリードは頭を振って、溜息をついた。
「嘘をつきたくなくて黙っていたのが仇になったみたいだ」
嘘をつきたくなくて。
この言葉は思いのほか、心に沁み入った。
――自分と同じ事を考えてくれていたなんて。
つい、笑みを浮かべそうになって。
フィーネは心の中で首を振った。私はまだ、怒っているのだと。
「……無用な気遣いね」
「結局心配させちゃったみたいだしね」
「なっ!? わ、私は心配なんて!!」
「わざわざ後を追って来てくれたのに?」
「そ、それは、貴方が……!!」
「俺が?」
ニコッと笑うアストリードに、握った拳のやり場に困った。
なんで、また、のほほんと笑うのよ。
「……それ、作り笑い?」
「そう見える?」
「見えないから聞いているの」
フィーネと一緒に居た時とゼスと対峙していた時。
それらを比べて見て、あまりにも雰囲気が違いすぎるのだ。
「少なくとも俺はこっちが素のつもりなんだけど」
アストリードは頬をかいて答えた。
「……じゃあ、笑ってない時は?」
「たぶん、仕事モードかな?」
「なに、それ」
「フィーネだってそうだろう? 毒霧の魔女と自宅にいるフィーネは雰囲気が違うよ?」
なるほど。確かにそうである。
上手く丸めこまれた気がしないでもないが、とりあえずこの件は置いておこう。
「――で、結局これはどういう話なわけ?」
「一言で言うと横領調査かな?」
アストリードは北商本部の長であるアルバからの要請で、この街にやってきた。
仕事は冷花の紛失の件を解明する事。商人組合お抱えの護衛隊所属になり、情報を集める。その過程で犯人の予想がつくも、なかなか証拠を押さえる事が出来ず、商長と相談し疑似餌を撒いた。
『商長のお気に入りが、特別な依頼を受けた』
自分以外が特別扱いを受ける事を良しとしないゼスに、アストリードを意識させる。
これが目的で、獲物は見事に喰いついた。
相手は商隊の護衛隊長。中途半端な腕前では証拠を掴んでも消される。
それが証拠を掴みにくくしていた原因でもあった。
「そして、その特別な依頼が――」
「『魔女殿を仲間に引き入れる』という架空の仕事だ」
「なんでそんなことに名前が上がるのかしら……」
「言いにくいけど、冷花を抜いている犯人の一候補だったらしい」
「なっ!? うそでしょ?」
どうしてそんな事をしなくてはならないのだ。
必要なら対価を払って買うべきなのに。
「商長殿は最初から疑っていなかったよ。ただ面倒な噂は消しておいた方がいいだろう?」
「それでも心外だわ」
「気持ちは察するけど、これで完全に疑いが晴れたわけだから、良しとしてくれると助かる」
「ま、まあ。済んだ事だしね……」
「ありがとう、フィーネ」
アストリードがまたにこっと笑うので、自然と不快感が消えてゆく。
「昨日の俺は、ゼスの不況を買ってあの隠し小屋に軟禁されていた。証拠品が隣の部屋にあると分かっていながらも、こちらの真意に気付かれては証拠を消される恐れがあったため、動けなかったんだ。時間だけが過ぎてゆき、夜になって。そして、フィーネが来てくれた」
あんまりにも嬉しそうに語るので、フィーネは居た堪れなくなった。
「べ、別に助けに行ったわけじゃ」と、もごもご言い訳をする。
「フィーネがゼス以外を追い払ってくれたから、上手く事が進んだ。温毒だって、フィーネが薬を作っていてくれたから大ごとにならずにすんだんだ。俺一人ではとても間に合わなかった」
「そ、そんなこと……」
「謙遜は不要だよフィーネ、君のおかげなんだから」
「うっ……」
なんだろう、このくすぐったい感じは。
決して褒められたくてやっていた事ではないのに、実際目の前で喜ばれるとなんだか気恥ずかしいような、心がむずむずするような、なんだか不思議な感じだった。
「『業火も獣も嫌だ』か……。フィーネの勇姿、俺も見たかったな」
「た、たいしたことじゃないわよ?」
「ふうん? そうかな? 森ではどろんこで可愛かったのにね?」
「なっ!? あ、あれは、止むにやまれぬ事情があって!!」
「うん。知ってる」
「…………?」
なぜ? と、喉元まで出かかって、フィーネはふと気が付いた。
アストリードが毒霧の森に来ていたのは、商本部からの依頼のため。
それを可能にしたのは彼が持っていた翡翠のペンダント――魔具があったからだ。
魔具はとても貴重だ。
お金を積んで買おうとしても、まず通常の装飾品店では手に入らない。
それは作り手である魔女、魔男が気まぐれで定期的に販売などしないからであって、運よく魔具を作ってもらえたとしても、外に出回る事は少ない。なぜならその魔具が作ってもらえた本人にとって必要である場合がほとんどだからだ。
時が経ち、魔具を作ってもらった本人にとってそれが不要になった時、初めて他者が手に入れる事が出来る。それだけを考えてもかなり入手できる確率が低いにもかかわらず、本来毒霧の森に来る予定などなかったのに、何故そんな貴重な魔具を初めから持っていたのか。
商隊が抱える護衛隊の隊長を倒せるほどの強さと、南部のキャラバン隊をあっさり増便させる手腕。そして、毒を吸収する魔具。
単なる横領調査に派遣された人物がそれらをすべて持っているものだろうか?
いや、そもそも単なる横領調査じゃない。これは下手をすれば貴族の不況を買う可能性があった事件。たとえ武力という強さを持っていても、権力と戦うには違う力がいるのだから、そうそう適任などいない――……。
フィーネは頭を振った。
考えれば考えるほど不可解な事が多すぎたのだ。
今の話で分かった事は、アストリードがフィーネの元にやってきた理由。それでは足りなくて。
ずっと聞けなかった事を聞くのは今だと、フィーネは改めて覚悟を決めた。
「――ねぇ。貴方は一体何者なの……?」
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる