ダイヤと屑石

まさみ

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ダイヤと遊園地

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思い出の遊園地の閉鎖をSNSで知った。
「え、閉鎖しちゃうんだ」
大学の食堂にて、テーブル席の一角を確保したフジマがプラスチックのボートを置く。本日王子様がお召し上がりになるのは540円のオムライス定食、うちのはボリュームがあって美味いと評判だ。
「そ。Twitterとかで結構話題になってる」
一方俺はフジマの対面の椅子を引き、豪快に山菜そばを啜る。今日はそばが食いたい気分なのだ。
片手でスマホをスクロールし、遊園地名のハッシュタグを見せる。そこには閉鎖を惜しむ利用者の声が沢山寄せられていて、現在進行形で続々と更新されていく。『子供の頃遠足で行きました』『閉鎖哀しい』『彼氏と初デートした~』『今の旦那と行った思い出の場所です』『7歳の娘はメリーゴーランドが大好きでした』……主に家族連れやカップルがタイムラインを占めるが、子どもの頃の思い出も懐かしむヤツもちらほらいて共感と郷愁を抱く。
タイムラインを埋め尽くす利用者の声をざっと見たフジマが、感傷的に呟く。
「残念だね」
「そうだな」
俺も素直に頷く。
「小学生の頃遠足で行ったよな」
「覚えてる。お前が迷子になって大変だった」
「は?デマ言え、迷子になんてなってねーよ」
「いいや、なったよ。同じ班だったからよく覚えてる、おかげで集合時間に遅れて先生も慌ててた」
「記憶力いいな」
「覚えててとぼける気だったな」
思わず舌打ちしたくなる。これだから優等生は。
憮然としてそばを啜る俺の正面にて、オムライスを切り分けるフォークを止めたフジマがアトラクションを指折り数えていく。
「ジェットコースター、コーヒーカップ、メリーゴーランド、観覧車……色々あって楽しかった」
「今は遊園地の経営も苦しいんだよ、少子化だし。年々客足落ちてたってゆーからよく頑張った方」
我知らず声に同情が滲む。小学生の頃遠足で行った他にも家族で1度行った場所なんで、どうしたって思い入れはある。
「ていうか巧、食事中スマホは行儀悪い」
「いいじゃん別に。お前時々おかんみたいだぞ」
「まあ保護者みたいなものだと思ってるけど」
ながらスマホを注意され、バツの悪さに口を尖らす。フジマは優雅にオムライスの咀嚼と嚥下を繰り返す。とりあえずスマホを伏せて置き、そばを食べ終えるのに集中する。
「フジマは何好きだった」
「ジェットコースターかな。巧は絶叫マシーン苦手だよね」
「訂正しろ、得意じゃねえだけ」
「同じだろ」
「微妙に違うの」
「で、何好き?」
「ぐるぐる回るブランコ。正式名称は知らねえ」
「ウェーブスインガーもしくはチェーンタワー。お好みでどうぞ」
「回転ブランコでいいじゃんか、しゃらくせえトリビアひけらかすな」
さりげなく物知りを見せ付けるフジマに鼻白む。そういうところだぞ。
「ディズニーランドにはないよね」
「風切って回んの爽快感あって楽しかったなー。高度がぐんぐん上がってくのもスリルあって……地球の自転を体感したわ、遠心力ってすげー」
子供の頃の体験を思い出して無邪気に目を輝かせる俺に対し、フジマはしばらく物思わしげに考え込み、フォークを器用に回して提案する。
「乗りにいこうか」
「え?」
「2人で行ったことないだろ」
悪戯っぽく微笑むフジマに対し、「それってデート?」と喉元まで出かけたツッコミだか疑問だかを慌てて飲み込む。代わりに口を閉じ、謎のうしろめたさに駆られて昼時で混雑する食堂を見回す。
「……男2人はしょっぱくね?」
人目を気にするのは俺の悪い癖。皆それぞれ内輪の話に夢中で、他人のデートプランになんててんで無関心だ。
ただフジマはキャンバス内でも有名人だから、背後を行きかう女の子たちが時折熱っぽい視線を向けてくる。
当然ながら俺のことはアウトオブ眼中、オムライスの添え物のパセリよろしくスルーしくさる。慣れっこだから哀しくはねえ、誓って。
「気にしすぎだよ」
そんな事を考える俺の前で、フジマはオムライスの横っちょのパセリを直に摘まんで口に放り込む。なんとマヨネーズもなにもなしに。
「そうかな」
「そうそう。男2人で遊園地何もおかしくない、友達同士でもフツーに行くし」
「映えを意識して?」
「SNSに魂売りすぎ」
インスタ映えもするが生はその百倍カッコイイ幼馴染は素材のままのパセリをとても美味そうに咀嚼する。むしろこっちがメインディッシュに見えてくる食い方だ。育ちが良いから何しても絵になる。
「思えばちゃんとしたデートってしてないし」
「映画は行ったろ。あとうちで……アレはデートじゃねえか」
後半はごにょごにょと濁す。
物好き極まる事に俺なんかに十数年片想いしてたらしいフジマは、家でゴロ寝してだべるだけの週末にも文句を言わず、わがままを捏ねる事なく俺の希望を優先してくれるが、心ん中じゃやっぱデートに行きたいとか思ってるんだろうか。
なのに俺ときたら体面や外ヅラを優先し、人目を憚って外出を避ける始末。
男同士で付き合ってるのがバレたらまずいとかジロジロ見られるのが嫌だとか勿論それはあるが、引き立て役歴が無駄に長いせいでフジマと歩くだけでちょっとしたコンプレックスを感じちまうのだった。
我ながら厄介な性分。大体足の長さからして違うあたり現実は世知辛い。
フジマは感じよく笑って俺のスマホを表返し、レトロな趣のアトラクションが並ぶ遊園地の画像を哀愁たっぷりに眺める。
「過ぎ去りし子供時代を偲んで。お疲れ様パーティーだよ」
コイツなりに閉鎖のニュースには思う所あるのか、湿っぽい口調に絆される。
丼ごと持ち上げて汁一滴残さず干してから手の甲で顎を拭い、俺は宣言する。
「のった」
「それでこそ巧」
個人的にも閉鎖前に遊園地に行きたい。ダチと遊びにいくならまあ普通、特別プレッシャーを強いるイベントでもない。あえてデートなんて意識しないようにして、なるべく自然体でフジマの誘いを承諾する。

そして週末、俺たちは閉鎖が決定した遊園地を訪れた。
「結構こんでんな」
「俺テレビとか見たのかな」
「はは、皆同じこと考えてら」
遊園地のゲートにはそこそこ長い行列ができていた。
親子連れやカップルが多いが友達同士とおぼしき中高生や大学生もいて、孫の手を引く老夫婦もちらほらまざっている。皆この場所に思い出があるのだ。
「行くぞ巧」
「命令すんなって」
受付でチケットを買ってゲートをくぐる。入口を抜けてすぐ、人だかりができたアトラクションが目にとびこんでくる。右手にはカラフルなコーヒーカップ、左手には巨大な帆船を模したマシーン。甲高い歓声をあげてはしゃぎ回る子供たちに、うさぎのきぐるみが風船を配っている。
「欲しい?」
俺の視線を追ったフジマが囁く。うっかりきぐるみの方を注視していたらしい。
「ああいや、この陽気できぐるみってなかなか苦行だと思ってさ」
「夢がないな」
「きぐるみアクターってプロだよな」
「子供の頃は中に人がいるなんて想像もしなかった」
「夢見すぎだよ王子様、俺は6歳でサンタクロースの真実知った」
今日はお日柄もよく絶好の遊園地日和だ。そんなものがあるとすればだが。うさぎのきぐるみの中身がむさ苦しいオッサンだとしても、いやだからこそ一生懸命仕事を頑張り、子どもたちに感謝される姿には心が癒される。
「さ、行こ。最初はどれにする?」
「んー軽くジャブで……」
無料配布のマップを広げ近場のアトラクションを選ぶ。頬っぺがくっ付きそうな距離に顔を寄せてくるのが邪魔くさい。
「うぜー離れろ」
「いいじゃん記念すべき初デートだし」
「ばっ、……ゆーなって」
なるべく男2人が乗ってもおかしくないもの、男友達で楽しめそうな無難なアトラクションをさがしてマップの上で人さし指を彷徨わせる。
俺たちは次々アトラクションを制覇していった。

「風がきもちー」
「揺れ、結構来るね」
海賊の等身大人形が舳先に括り付けられた、巨大帆船のアトラクション。フジマと隣合わせで座席に乗り込み、正面に固定された手摺を掴む。
「昔はもっとヤバかった」
「子供の頃とは視点の高さが違うから」
「なるほどね」

大小のぬいぐるみを奥の棚に並べた射的コーナー。
「巧はどれ欲しい」
「いいよ自分でとるから。てかお前にゃ負けねー」
「いいよ、勝負する?」
「よっしゃのった、ぎゃふんと言わせてやる」
「死語だよそれ」
フジマと並んでおもちゃの銃を構え、片目を眇めてコルクの弾丸を同時発射。俺が放った弾丸はぬいぐるみとぬいぐるみの間を見事にすり抜け、フジマが放った弾丸はてのひらサイズのうさぎのぬいぐるみを即座に撃ち落とし、若い女の子の従業員が「おめでとうございます!」と最高の笑顔で祝福する。
「お客様すごい、見事なお手並みですね」
「どうも。まぐれです」
うさぎぐるみを手渡されたフジマが愛想よく微笑めば、バイトの女の子が顔を赤らめて照れる。ハイハイ勝手にやってくれ。射的コーナーを去り際、俺の背後に付いた匡が笑いまじりに声をかけてくる。
「むくれるなって」
「はいはいスナイパーさん、かわいい女の子にちやほやされてさぞ気分いーだろな」
「誰かさんにいいとこ見せたかったんだ。で、はりきった」
げんきんなもんで、真摯な声音でそう囁かれるだけでふてくされた気分が和んでいく。
「にゃっ!?」
不意にうなじをくすぐられて振り向けば、フジマが今穫ったうさぎぐるみを俺の後ろ襟に突っこんで左右に揺すり、愉快な裏声で腹話術を使いやがる。
「機嫌なおしてくれぴょんたっくん。笑ってる顔が一番カワイイぴょん」
「うさぎだから語尾ぴょんって短絡すぎ」
真面目な顔を作るのに失敗して吹き出せば、作戦成功したフジマがにんまり笑って俺の手に景品を握らせる。
「やる」
「いいよ、お前がとったんだから」
「お前にやりたいから狙ったんだ」
イケメンに磨きがかかった王子様のお言葉に甘え、大人しくうさぎぐるみをポケットの特等席にひっかける。
初デートは始まったばかりだ。今日はとことん楽しみ尽くす。

大学生に遊園地は場違いって意識が頭の片隅に居座ってるせいか、列に並んでると若干の気恥ずかしさは否めない。それでもフジマとじゃれてると思い出話に花が咲いて時間を忘れる。
俺達は過去の記憶を追体験するようにアトラクションを巡り、とうとうおどろおどろしいディスプレイのお化け屋敷の前にきた。
「マジで入んの?」
生唾を呑んで尋ねる。
「某Jホラー映画とコラボしてて怖いって評判だろここ、実際中で消えたヤツもいるとか」
「それが事実なら大騒ぎになってると思うけど」
廃病院がモチーフのお化け屋敷の前には、片目が視神経ごと飛び出した看護婦のリアルな蝋人形が飾られている。
俺は冷や汗がバレないように引き攣り笑いし、不自然な早口で言い募る。
「野郎2人でお化け屋敷ってのもちょっとな~こーゆーの男と女がいちゃ付く口実に使うもんじゃん、きゃー出たー何々くんこわーいよーしよしよし大丈夫だよーって。男が入ってもツマンねーよ、幽霊なんか怖かねーもん」
「怖いならよすか」
「俺の話聞いてた?」
「挙動不審が過ぎて説得力がない」
今しも女子中学生のグループが楽しげに笑いながら入口へ吸い込まれていく。反対側の出口からは仲良く腕を組んだカップルが出てきて、全然そうは思えないあっけらかんとした口調で「怖かったねー」「超びびった」と言い合ってる。
お化け屋敷を満喫して帰ってくカップルを見送り、なんでもないようにフジマが呟く。
「こーゆー遊園地のお化け屋敷って本物が集まりやすいんだよな」
「……そうなのか」
「作り物に紛れて気付きにくいだろ。人の『怖い』って感情に寄ってくるんだよ」
「即ち?」
「『怖くない』って思い込んでふてぶてしく開き直れば安全ってこと。得意じゃないか」
「思い込むの?開き直るの?」
「両方」
フジマが人さし指を立て流暢に説明し、その言葉を脳裏で何べんも反芻し、俺は渋々心を決める。
「……まあ、せっかく来たんだから入んなきゃ損だよな」
「そうそう」
「合コンで話のネタになるしな」
「行くのかよ」
「言葉の綾。とっとと入ってそっこー出るぞ」
脊髄反射でツッコミを入れるフジマを促し、勇を鼓して一歩を踏み出す。数分後……
出口から走り出た俺は両手を広げて深呼吸し、勝ち誇った叫びを上げる。
「全然怖くなかったな!子供だましだな!」
「悲鳴6回あげたろ」
「他人の悲鳴カウントする暇あるなら足元見て歩け、暗くてあぶねーだろ」
「というか巧、殆ど見てないだろ。全速力で駆け抜けただけだろ。渾身の脅かし演出が不発でキャストぽかんとしてたぞ、可哀想に」
「うるせえなクリアしたからいいだろが」
「ろくに見てないくせに何に驚いて悲鳴6回あげたんだ」
「光ゴケみてーにぼんやりした人影とかなんか高周波みてーなブーンて音」
「前者は非常口の表示のピクトさんことピクトグラムで後者は換気中の空調の音。せめて血塗れ看護婦にはリアクションしてやれ、『ニクイ、イタイ』って呪詛してたのがお前が凄い勢いで駆け抜けるせいで『ニククイタイ』って噛んで、ただの焼肉好きな人じゃないか」
「血ィだらだら流してっから鉄分欲しいんだろ。それよかピクトさんは嘘こけ縮尺がおかしい」
「涙目眇めてりゃ遠近感も狂うって」
大股にのし歩く背後で芝居がかったため息が響く。下心満載のフジマのこった、お化け屋敷の暗がりなら俺がびびって抱き付いてくると見越してフラチなオイタを働く魂胆だったんだろうがどっこいそうはいかねえ。

売店で昼食をとったあと、午後もアトラクションを巡ってあっというまに時間が経過した。気付けばあたりは茜色に染まり閉演時間が迫っている。
園内に取り付けられたスピーカーからノスタルジックな音楽が流れる中、俺はずっと苦手だった絶叫マシーンを克服した達成感と爽快感に酔いしれ大手を振って闊歩する。

「久しぶりに乗ると気持ちいいな、ジェットコースター」
「昔は苦手だったのに……」
「おもいきってリベンジしてみるもんだな」
大いに勝ち誇り、夕焼けを背に赤々と聳えるジェットコースターの幾何学的な骨組みを仰ぐ。
ぱっと見怪獣の骨格っぽく蛇行して山成す複雑な曲線を、フジマが横に立って惚れ惚れ見上げる。
「子供の頃は怖いしダメって思い込んでたけど、今になって再挑戦してみるとそんなでもないってよくあるな」
「お前にもあんの?」
「あるよ」
「たとえば?」
「巧を遊園地に誘うとか」
思いがけぬ発言に虚を衝かれ、まじまじと残照に染まる横顔を見詰める。
フジマはあえて俺と目を合わせず、眩げに双眸を細めてジェットコースターの骨組みを見上げている。
「……誘えばいいじゃん?」
「2人きりでだよ」
「フツーに遊んでたろ、別に」
「女の子ならともかく男同士で?映画に行くのとはわけがちがうしOKくれるかわからなかった」
自嘲気味なフジマの言葉で、俺はあらためて自分の鈍感さと無神経さを思い知らされる。
遊園地と言えば定番のデートスポット。
小中学生のフジマがそれを意識してたかは知る由もないが、映画になら気軽に誘えても遊園地のチケットを手配して誘うってのは結構ハードル高い。秘めたる下心がありゃなおさらだ。
「……遊園地にこだわらねーでもいくらでも選択肢あんじゃん」
「遊園地がよかったんだ」
「なんで」
「ここの観覧車に恋人同士で乗ると一生一緒にいられるジンクスがある」
そういえばそんなのあった。まるで興味がなかったからド忘れしていたが、遠足に行ったとき女子が騒いでいたのをぼんやりと思い出す。
この奥手な男は、絶叫マシーンやお化け屋敷をさしおいて人目を最優先する俺の拒絶にこそびびっていたのだ。
中学生になっても高校生になっても大学生になっても、さらにその先の社会人になっても俺と一緒にいたいと、フジマはほんのガキの頃からそう願っていたんだ。子供だましのジンクスに頼りたくなるほどひたむきに、一途に。
俺はコイツの気持ちを全然わかってやれてなかった、男2人で遊園地なんて恥ずかしいとギリギリまで渋っていた。
「フジマあのさ……」
「巧とこれてよかった」
俺の詫びを遮るようにフジマが微笑み、童心の最後のひとかけらを宿したはにかみがちな表情でおねだりする。
「最後に乗りたいのがあるんだ。いいか」

フジマに導かれてやってきたのは、閉演間近で客が殆どいない回転ブランコのアトラクションだ。
「観覧車じゃねーの?」
肩透かしの展開にあっけにとられる。俺のツッコミにフジマは幸せそうに笑ってこう言いやがる。
「そっちはもう叶ったから」
「だろ?」といたずらっぽく目配せされちまったら黙って頷くしかない。
「巧は好物を後回しにするタイプだって知ってる。ラーメンのチャーシューも締めに食べるもんな」
「リクエストにしちゃ無欲だな、回転ブランコはどっちみち乗る気満々だったぞ」
不審がる俺にフジマが歩み寄り、耳元であることを囁く。俺は口を開けっ放しにしてフジマを見上げ、フジマは気まずげに目を伏せて呟く。
「……いいかな」
「本日最後の運転となります、お乗りの方は早くゲートにお並びください~」
従業員が間延びした声で案内し、乗り遅れちゃなるまいと俺とフジマは大急ぎで列に並ぶ。従業員にチケットを切ってもらってからゲートをくぐり、フジマと前後してブランコに掛ける。
やがて軽快な音楽をスピーカーが奏で、回転ブランコがゆっくりと上昇していく。
心地よい浮遊感に包まれ足が宙ぶらりんになるスリルを味わい、次第に径を広げていく遠心力に身を任せる。
約束は約束だ。
「フジマ!」
晴れて恋人になった幼馴染の名前を呼び、見返ると同時に手を振る。
「巧!」
吹き付ける風に髪を遊ばれながらフジマが声を張り、すぐ前の俺へ手を振り返す。
本来はメリーゴーランドで恋人同士がやるような茶番を、折衷案として回転ブランコで実演すれば、中空で目が合ったフジマがとろけるように笑み崩れていく。
たったこれっぽっちで満足だなんて、コイツどこまで欲がないんだ。
フジマが風に吹き流されまいと口パクで何かを伝えようとし、やや身を乗り出しがちに耳を傾けた俺は特大の不意打ちをくらってたじろぐ。
「好きだよ」
何故かその四文字はクリアに耳に届いた。
回転ブランコが失速し動きが徐徐に緩やかになっていく。ブランコの揺れがおさまり、固定具が上がるのを待って地面に降り立った俺は、同じようにブランコを離れたフジマと向き合って強がる。
「三半規管のトレー二ングになったな」
「まあね」

『手を振るから振り返してくれ』。
そんなのおねだりでもなんでもねえ、ダチ同士でもフツーにやるしと疑問を呈す俺に対し、フジマはほんのり頬を染めて『今やりたいんだ。ダメかな』と言いやがった。
友達同士改め、恋人同士として。

フジマの願いを汲んで手を振り返した俺は、コイツもまた同じ熱量で振り返してくれた喜びをじんわり噛み締め、夕まぐれにたたずむフジマの手を初めて自分から握り締める。
驚きに目を瞠るフジマへしてやったりと笑いかけ、指と指を噛ませる恋人繋ぎにわざわざ変える。
「閉園間際で人けねーし、別にいいだろ」
人目なんかどうでもいい。今隣にいるコイツのほうがずっと大事だ。
フジマと手を握り合って回転ブランコを後にし、目一杯楽しんだ遊園地をそぞろ歩き、世話んなったアトラクションの数々に別れを告げて回る。
ジェットコースターの骨組みにひっかかった赤い風船も不思議の国の忘れ物じみた空っぽのコーヒーカップも船底を地面に付けて静止した帆船も、引退を控えて郷愁誘うすべてに気さくすぎる労わりの言葉をかけていく。
「お疲れさん。ゆっくり休めよ」
大方見終えてから振り向き、フジマがジーンズの尻ポケットに突っこんだスマホを指す。
「そーいやフジマ、写真撮んなくていいの」
「巧こそ、あんまりパシャパシャやってないな」
「そりゃお前……ぶっちゃけ忘れてた」
楽しすぎてスマホをいじってる暇なんてなかった。一応Twitterはやってるがフジマとの遊園地デート写真はアップし辛い。
俺の本音を聞いたフジマは尻ポケットにしまったスマホを平手で軽く叩き、来月には取り壊されて跡形もなくなる遊園地を隅々まで目に焼き付ける。
「シャッター押してる時間がもったいなほど目の前のものに夢中だった」
カメラのレンズを通して見るより実際自分の目に焼き付けたい。機械に記録するより五感を開いて記憶に定着させたい。
「シェアするだけがすべてじゃない。独り占めしたいものも沢山ある」
今日一日の余韻を反芻するが如く目を閉じるフジマの横で、こっそり自分のスマホを出して遊園地名のハッシュタグを検索してみる。
『ダチと何年かぶりに。楽しかった。お疲れさん』とハッシュタグを付けてツイートしかけてから先頭に戻り、『彼氏』、『恋人』と書き直すが結局どれもしっくりこず全消ししてポケットに滑りこませる。
「……だな」
思いがけずあっさりスマホを手放した理由は、ただただこの瞬間を、いままさに分かち難い何かを分かち合ったフジマを独り占めしたいからに尽きる。

なんてかっこつけてみたものの、最後に一枚夕焼けの遊園地を引きでとらえた写真をアップしといた。
俺にしちゃなかなか悪くない出来だ。
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