タンブルウィード

まさみ

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スイートとフクロウ

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ダウンタウンを訪れた時、カラフルなパラソルが花咲くカフェテラスでお茶をしている少女を見かけた。

ショッキングピンクの長い髪をツインテールに結ったロリータ。薄い胸と華奢な肢体が、か弱く愛らしい風情を醸し出す。
両手に包んだカップにふーふー息を吹きかける仕草が微笑ましい。傍目にはふくろうの鳴きまねをしているようにも見える。

視線に気付いた少女がふと顔を上げる。

「スイート何か変?神父様」
「いえ、滅相もございません。失礼いたしました、あんまり一生懸命なもので」
「へんじゃないならよかった」

偶然通りかかったカソック姿の神父が丁寧に謝罪すれば、少女は気恥ずかしげに笑って許す。

「神父様はお仕事の帰り?」
「ええ、まあはい。隣人愛に溢れた善き市民の方々に喜捨を恵んでもらいにきたのですがすげなく断られてしまいまして、手ぶらで帰るのも所在なく悩んでいた所です」

素直に白状して頭を掻くさまはいかにも頼りなく、同情したスイートはポケットから小銭をとりだす。

「あげる。ちょっとでごめんね」
「そんな、いけません」
「いいの、これで子どもたちにおいしいごはん食べさせたげて」

ストロベリーソーダ色に澄む純真な瞳が、神父の困惑を写し取る。
断っても気まずくなるし少女に恥をかかせるだけと判断、礼儀正しく募金を押し頂く。

「ありがとうございます」
「コーヒー一杯の善意は人を救うんだよ。スイートのお友達が言ってた」
「その心は」
「えーっとね、コーヒー一杯ガマンしたお金で救える人がいるかもしれないってこと!神父さまとか」
「よいご友人ですね」
「うん、スイート大好き」

自慢の友人を褒められ、スイートがこの上なく嬉しげにはにかむ。
和やかな雰囲気が漂うなか、神父は仄白く湯気が揺らめくコーヒーを指さす。

「冷めてしまいますよ」

やんわり指摘され、スイートが決まり悪そうに舌を出す。

「時間稼ぎしてたの」
「はて」
「ブラックって苦いんだね」
「ご自分で注文なさったのでは?」

神父の当然の疑問を受け、テーブルの下で伸ばした足の爪先を振り振り、スイートが口を尖らす。

「お砂糖入れずにコーヒー飲む練習してたの」
「何故?」
「オトナって感じでしょ」
「はあ……」

背伸びしたがる所が子どもですよ。
生温かい本音は伏せて先を促せば、少女がむくれてみせる。

「さっき言ったスイートのお友達」
「募金を勧めてくれた良きご友人ですか」
「いっぱいお仕事して頑張ってるから」

話が繋がらず当惑する神父に向き合い、恋の相談でもするみたいに小声で打ち明ける。

「前はスイートとおそろいの砂糖とミルク入り注文してたのに、最近は眠気覚ましだって苦いのをごくごく飲むの」

話が見えてきた。神父は神妙に頷く。

「なるほど……お友達に追い付きたくて真似してみたというわけですか」

少女が背伸びしたがるのには理由がある。飲めないコーヒーを注文するのもまたしかり。

真っ黒いコーヒーを控えめな吐息でさざなみだて、難しい顔で悩むスイートに対し、通りすがりの神父は助言する。

「コーヒー一杯の善意が人を救うなら砂糖一匙の善意も世の中を上手く回すのではありませんか」

言うが早いか「失礼」と一言断りを入れて対面席に腰かけ、砂糖壺の砂糖を一匙をすくい、少女が手に預けたカップに注ぐ。

「あっ」

スイートが目を丸くする。

「そう急がずとも、友人に敬意を表し向上心を持てる時点で立派なレディですよ」

これは主のご褒美です、と口元に人さし指を立てる神父。

「聖体拝領をご存知でしょうか」
「知ってる。パンをイエス様のお肉に、葡萄酒を血に見立てるんだよね」
「ならば砂糖は骨でできていても不思議じゃありません」
「えぇ……?いきなりカニバルだなあ」
「正確には我らが主の骨を砕いて挽いた物でしょうか」
「もっとやだよ」
「身の内に取り入れれば加護を授かる可能性がなきにしもあらずと言いたかったのですが」

聖職者にあるまじき不敬な表現、または突飛な比喩にやや引き気味のスイートの目を見詰め、達観の眼差しで諭す。

「無糖のコーヒーを好む人もいれば甘いコーヒーを好む人もいる。それは個人の嗜好の問題で成長とは関係ありません。背伸びしすぎると大事なものを見落としますよ」

聖書を小脇に抱えて去って行く赤毛の神父を送り、世の中を円滑に回す潤滑剤にたとえられた砂糖入りのコーヒーを啜る。

「……」

束の間迷ってから再び砂糖壺のふたを開け、もう一匙足してよくかきまぜる。
吐息で冷ましたコーヒーを嚥下し、スイートは至福の表情で呟くのだった。

「やっぱりこっちのほうがおいしいや」
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