タンブルウィード

まさみ

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二十五話

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ドギーに教えられたモーテルはボトムの廃棄区画にひっそりとたたずんでいた。この界隈はネオンすら疎らで闇に沈んでいる。神父が陣取ったのは向かいの倉庫だ。現在あのモーテルにはピジョンと子供たちが監禁されている。スコープを覗いて一部屋一部屋窓をあらため、人の有無を見極める。暗くて目視は困難だ……並の狙撃手ならば。

眉間に意識を集中し静かな高揚に身を委ねる。

最盛期の感覚をよみがえらせるのに小細工はいらない、当時服用したドラッグは今や血肉と化し細胞に吸収されている。
分厚いレンズの奥の目がゆっくり開くに従い、赤く鋭利な眼光が漏れ出す。
視力が飛躍的に向上し、音の反響で脳裏に立体的な像が結ぶ。右端はハズレ、次もハズレ、その次もハズレ……たいして落胆もせず切り替えて銃口を移していく。四番目の部屋の中で人影が動いた。

「あたりですね」

駐車場には襲撃犯たちが死屍累々と倒れている。仲間割れでもしたのだろうか、ゴースト&ダークネスならさもありなんだ。彼らはお互いしか信用しない、他人を踏み台としか思ってない。戦利品や金を分配するのが惜しくなれば共犯も切り捨てる。
ラトルスネイクは別行動をとっていた。もとより狙撃手は後方支援特化型、前線で暴れ回るトリガーハッピーが撃ち漏らした雑魚を刈り取るのがナイトアウルの仕事だった。
冷たい夜風が髪の毛とカソックの襟を乱す。倉庫の屋上に突っ伏してタイミングを測る。おそらく子供たちは隣の部屋に閉じ込められている。神父もキマイライーターの慧眼に同感だ、ゴースト&ダークネスは外道でも愚かではない、大事な商品はきちんと保管しておくはず。キズモノは価値が下がる。
トリガーに指をかけたまま、スコープに片目を固定する。
割れた窓の向こうで蠢く影の片方に目を凝らし、神父は言葉を失った。
全裸に剥かれた弟子がいた。
夜闇を透かす目はその全身に散らばる痛々しい痣や生傷をすみずみまで暴く。素肌を汚す体液で事後なのはすぐわかった、相当酷くされたらしい。
復讐心から芽吹いた殺意が指を経てトリガーへと根を張る。
床に打ち捨てられた弟子が億劫そうに起き上がり、ダークネスに媚びる。後ろ手に縛られた不自由な体勢から剥きだしの膝で這いずり、じれったけに上擦って跨りにいく。
スコープに捉えた青年の顔が苦痛と快楽に引き裂かれて歪む。下半身を勢いよく貫かれ跳ね回り、あるいは仰け反り喘ぐうちに笑みが生まれ、誰も彼もを堕落に導く淫魔インキュバスが目を覚ます。
レティクルの中心で青年は凌辱されていた。性と暴力が結び付いた過激なポルノ。収縮と痙攣を繰り返し絶頂に駆け上がる顔がだらしない笑みに弛緩しきる。
青年が弾むたびピンクゴールドの髪が風圧にめくれ、力なく瞬く双眸がピジョンブラッドに染まる。理性をくべて燃え上がる煉獄ゲヘナの炉の色、犯したそばから罪を浄火して姦淫に溺れる痴態……自分まで消し炭にしかねない。

なんて淫らな。
片や倒錯した快楽で、片や純粋なる憎しみで、神父の瞳も同じ色に染まっている。

「誘惑に陥らないように目を覚まして祈りなさい。霊は燃えていても肉は弱いのです」

守りたかったものが壊されていく、育てたかったものが辱められていく。

下から乳首を抓られて背中が撓い、狂おしく腰を回して結合を深め、まだ足りずに口付ける。彼と過ごした数か月の日々を回想して人差し指が攣る、ピンを狙撃して喜ぶ初々しい面影は今や消し飛び身も心も淫乱な本性をさらけだす。
神父はただ見ていた。ひたすらに見続けていた。極限状況に追い込まれた青年がダークネスに服従し、擦って咥えて揺するのを目に焼き付けた。
視界がブレて過去と現在が錯綜する。十字架を烙印されたスコープの中心の顔が金髪の少女へ変化を遂げていく。

「神よ、私にきよい心を造り揺るがない霊を私のうちに新しくしてください。私をあなたの御前みまえから投げ捨てず、あなたの聖なる御霊みたまを私から取り去らないでください」

詩篇51篇10-11節、眼球の毛細血管が破裂し目尻に一滴赤が滲む。思考をかき回す強烈な既視感デジャビュ。眼球の奥が激痛を訴え、壮絶な過負荷で視神経が焼き切れそうだ。
弧を描いて頬を伝った血が顎先から滴り、一気に過去へと引き戻される。
窓辺でスナイパーライフルを構え、向かいの娼館の二階を覗く。用心棒の青年が少女を犯していた。後ろ髪を引っ張り仰け反らせ、乱暴に突っ込んでいた。彼女は狂おしく泣き叫び、牝犬めいて尻を突き出す。もうやめてと懇願しているのかもっとほしいと催促しているのか、股を開いた少女を見下ろす青年の顔には残忍な笑みが浮かんでいた。
シーツを搔きむしり悶える少女を後ろから抱きすくめてキスをする、自分にけっしてできないやり方で犯して犯して犯し尽くす、偏頭痛の暴走に耐えて濡れ場の一部始終を凝視する、目が燃えるように熱く疼いて血の涙を流す、狙撃手の窃視に気付いた青年がおもむろに振り向いて勝ち誇る、イエローゴールドの髪を後ろで雑にくくった美しい顔立ち……スコープ越しに目が合った男の唇が意地悪く吊り上がっていく。

『間男をまぜてやったんだから喜べよ』

わざと見せ付けられた。

「ッは」
自分が知らない顔で彼女が媚びる。自分が知らない顔で弟子が甘える。ただ見ていることしかできない無力感に苛まれか細い吐息が震える、フラッシュバックの炸裂が偏頭痛をもたらす。こめかみが重苦しく脈打ち、遠い過去からの亡霊がよみがえる。全然似てないのに何故ダブるのか、とうとう頭がおかしくなってしまったのか。

『求めよされば与えん、一緒に抱きたかったんだろ認めちまえ。カネさえもらえば誰にでも股を開くのが売女の仕事だ、それでメシ食ってんだ。今さら偽善者ぶんじゃねえよタマなし覗き魔ピーピングアウル、惚れた女がめちゃくちゃされてるの見て勃っちまったくせに』

僕は。
私は。

『罪の枝を切り落とせよ、さあ!』

赤い目をした美しい悪魔が、地獄の炎に灼かれて何度でも生まれ変わる不死鳥フェニクスが宣言する。

愛してるなら何故トリガーを引かなかった、あるいは直接殴り込まなかった?優越感を塗した嘲笑の余韻が殷々と鼓膜を呪い、苦すぎる後悔の念がこみ上げる。

あの時の彼女と同じ顔で弟子が喘ぎ、よがり、堕ちていく。

『賞金稼ぎの仕事は殺すことじゃなく捕まえることです』

激しく突き上げられ仰け反る。

『誰だって死んだら哀しむ人がいる、なんてキレイごとは言えません。どんな過去があっても賞金首に落ちた時点で殺されたって文句はいえない。でも俺は……甘いだろうけど、きっと腰抜けって言われるけど、だれも殺したくありません』

搾り取られて、搾り取って。
最後は搾り滓になる。

『その賞金首が人殺しや嘘吐きでも、もっとひどいことをしてたって生かして捕まえたい。たとえ殺せるとしても殺さない方を選びたい』

またしても、守れなかった。

「―やっぱり向いてないじゃないですか」
優しすぎたんですよ君は。

どこで間違えた。
もっと早く見限ればよかったのか、初めから弟子などとらなければよかったのか。狙撃の才と賞金稼ぎの適性はイコールでないと、まだ引き返せる段階で残酷な真実を告げればよかったのか。

初めて自分を超える才能に出会った。可能性のかたまりだった。育てたい欲が疼いた。共に暮らすうちに情が移り手放したくなくなった。嘗ての師がしてくれたように彼が持てる良さをもっと伸ばし、ゆくゆくは羽ばたかせたいと願ってしまった。

「飛ぼうとしても落ちるだけなのに」

なら最初から風切り羽を切っておくべきだった。

虚無に冷えた心でトリガーを絞り直す。下半身で男を食い締めた弟子が前に屈み、煙草をねだる。気を許したダークネスが指に挟んだ煙草を唇にさして……

気を許した・・・・・

始終動き回っている標的でも必ず隙を生じる一瞬がある、そこに付け込め。狙撃手の鉄則を反芻し改めてスコープを覗く。
オレンジの光点が小さく爆ぜて暗闇を照らし、ばらけた前髪の隙間から弟子が打算的な流し目をよこす。
神父は誤解していた。
彼はまだ諦めてなどない、闘志は微塵も衰えていない。

こんなになってもまだ、飛ぼうとしている。
獅子に叩き落とされ地べたを這いずり、なおボロボロの翼で羽ばたこうとしている。

神父の目が一際赤く輝き、完全に迷いを吹っ切った表情が研ぎ澄まされていく。
深沈と響く声音で紡ぐのはマタイによる福音書10章28節、最愛の弟子に捧げる言葉。
暗闇に灯る煙草の火を確かなしるべにし、許すまじ敵を断罪の十字架レティクルに封じる。

「からだを殺してもたましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。たましいとからだをゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい」

信頼に足らぬ慢心で十分、付け入る隙ができたのを見極めてトリガーを引く。
寸前、弟子がダークネスから奪い返したドッグタグで目を薙ぎ切る。連携が見事に決まり、弾丸が狙い過たず肩と腕を撃ち抜いた。
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