タンブルウィード

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golden wedding 2

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キマイライーター邸はアンデッドエンド郊外の一等地にある。
アンデッドエンドは大戦期に爆弾が落ちた跡に生まれた都市であり、火山の噴火口に似たすり鉢状の構造をしている。
富裕層はアップタウンと呼び称される周縁部の高台に居を構え、貧困層はダウンタウンと呼び称される穴の底にへばり付くように暮らしている。
この街は貧富の差が激しい。
穴の底に行くほど生活水準は低下し治安が悪化、ドラッグや売春、あらゆる種類の犯罪が蔓延る。
故にダウンタウンの住人の移動は規制されており、アップタウンへ行くには何か所かの検問ゲートを通らねばならない。
アップタウンの住人がダウンタウンに出かけるのは自己責任だ。街路樹が等間隔に植わり、整備が行き届いた清潔な街区の出身者には危険と紙一重のスラムが刺激的に映るのか、怖いもの見たさで遊びにくりだす物好きが結構いる。
検問ゲートは昇降機と同じ仕組みで、外観は巨大なチェーンが巻き上げる無骨な鳥籠だ。これに人や車を乗せて運ぶ。
もとは大戦期に使われた資材運搬装置の転用だが、老朽化による墜落事故が後を絶たないため死刑台のエレベーターと揶揄されている。

舗装された道をヘッドライトで照らし、アップタウンを走るタクシーの車内。
小狡そうな運転手がバックミラーをチラ見、一張羅でめかしこんだ客をおだてる。
「アンデッドエンド屈指の有名人、キマイライーターのご招待に預かるたァ勝ち組だねぇ」
「勝ちとか負けとかじゃありません、彼とは数年来の知り合いで大変よくしてもらってるんです」
「てことは子供の頃から?」
「旅先で助けてもらって……それ以前から憧れの人でした、ほんの数行でも名前がでてくる記事はスクラップしてとってあります。今の俺があるのはあの人のおかげです」
「随分恩を感じてるじゃねェか」
「彼と出会わなければタクシーなんて乗れる身分になれませんでした、今もまだ空き瓶拾って日銭と引き換えてたと思います。賞金稼ぎへのボンヤリした憧れを実際的な目標に踏み固めてくれた人……何も持たない俺たちの未来に投資してくれた恩人です、いくら感謝したってたりません」
出っ歯の運転手の言葉に、降りる準備をしながらピジョンが答える。
「やっこさんはイレギュラー一番の出世頭、子沢山のかかあ天下で尻に敷かれてる俺っちにゃ雲の上の存在よ。ご威光にあやかりてェもんだ」
ネズミ耳にしっぽの運転手がハンドルにもたれてうらやむ。
二人が住むデスパレードエデンからキマイライーター本邸まで、徒歩で行くには距離がある。
故に下町でタクシーを拾い乗り付けたのだが、沿道はエンブレム輝く高級車で埋め尽くされており、既にして場違い感が半端ない。
ようやく目的地が見えてきた。メーターが回転して料金を確定、タイヤがアスファルトを噛んで失速後に止まる。
「ま、楽しんできな」
「ありがとうございます、あなたも良い夜を」
丁寧に礼を述べて紙幣を渡す。
運転手が渋い顔になる。
「キマイライーターの知り合いだろ?もうちょい弾んでもばちあたらねーんじゃねーか」
追加のチップを要求され、ピジョンが腰を浮かしたまま止まる。
「え……すいません、今はコレしか手持ちなくて。本当嘘じゃなくて。キマイライーターは大金持ちかもしれないけど、俺達は家賃払うのもカツカツなただの駆け出し賞金稼ぎなんです。これが証拠です、新しい免許証」
「世間じゃキマイライーターの招待状もってるだけで検問スルーパスのセレブ認定、やっこさんの客人なら素寒貧てこたァねーだろよ。そりゃあ俺っちはケチなタクシー運転手だがよ、安全運転心がけて目的地まで運んでやったんだ、安く見積もられちゃ困るぜ。それとも何か、兄ちゃんはウチでチーチー腹を好かせて待ってるかかあとガキどもに飢えて死ねってのか?キマイライーターの客ってゆーから人格者だと思ったら俺っちに手土産持たすチップも渋る人でなしかい、見損なったね」
スーツの懐をまさぐり、常に携帯してる賞金稼ぎの免許証を提示するも、運転手は唾とばしまくしたてる。
「「どわっ!?」」
運転席のシートに衝撃が炸裂、運転手が飛びあがる。
ピジョンと並んで後部座席にふんぞり返ったスワローが蹴りを入れたのだ。
「ちょっとスワロー」
慌てて制すピジョンを押しのけ、運転席に乗り出したスワローがドスを利かせて脅す。
「黙って聞いてりゃ好き勝手ぬかしてくれんじゃねーかネズ公、テメェに甲斐性ねーの棚に上げて過分なチップせびるたァふてえ野郎だ。おいコラ、よーっく見ろ。俺のツラに覚えはねェか」
「あ、あんたは確か……バンチによく載ってる……ルーキー部門一位の超問題児、ストレイ・スワロー?!」
運転手が素っ頓狂な声を上げる。どうやらスワローの悪名はこんなところまで轟いてるらしい。
「コヨーテ・ダドリーのドッグショーをぶっ潰したってほんとかよ?いやあたまげたたまげた、どっかで見たツラだと思ったらとんだ有名人乗せちまった。アンタのケツがあっためたシートなら女どもがこぞって乗りたがるぜ」
調子よく墓穴を掘る運転手の襟首を締め上げる。
「俺はヤング・スワロー・バード、序でにこっちがリトル・ピジョン・バードだ」
「手をはなせ、乱暴するな」
ピジョンの注意は一切シカト、目をひん剥いて喘ぐ運転手に念を押す。
「運賃はきっちり耳揃えて払った、文句ねーだろ。それとも何か、このタクシーはぼったくりか?お客ゆすって足しにしてんのか」
「滅相もない」
「なら問題ねえな」
最後にドアに手をかけ覗きこみ、有無を言わせぬ笑顔で怯えきった運転手を威圧する。
「帰りも頼むぜ。しまいまで待ってりゃチップ弾んでやる」
スワローを追いかけるように降り立ったピジョンは、まるで改まる気配のない弟の喧嘩っ早さを嘆く。
「お前ってヤツは、どうしてああ手が早いんだ」
ビッグマウス大ぼら吹きにかっぱがれるとこだったんだぞ」
「すぐ暴力に訴える癖直せ、最終的にわかってくれたからよかったけど」
「全裸でほうりこまれるほうがマシってか?気合入った露出狂だな」
キマイライーター邸前は華やかなざわめきに包まれている。
「すごいとまってる……ざっと300台はあるんじゃないか」
「まだ着いてもねーのにテンション上げんな恥ずかしい、貧乏人がモロバレだ」
髙い塀を巡らした広壮な大邸宅。
車寄せからあふれた沿道には光沢帯びた高級車が犇めく。
扉を押さえる運転手の前をしゃらしゃらと横切っていくのは、いずれも正装で身を固めた紳士淑女の群れ。
「お久しぶりですわねマダム、元気でいらしたの」
「ええ、おかげ様で。ミセス・キマイライーターの金婚式は盛大ですこと、こんなに愛されて奥様も本望ね」
「我が家も来年で結婚三十年になりますのよ、ウチの亭主にサプライズ期待するだけ野暮だけど」
「おいおい、随分な言い草だね」
「だってあなた今年の結婚記念日だってすっぽかしたじゃないの、忘れたとは言わせないわよ」
「勘弁してくれよ、大事な取引が入ってたんだ。後日たっぷりフォローしたじゃないか」
「はー……」
ピジョンはすっかり腑抜け面だ。
なにしろアップタウンに足を踏み入れるのはこれが初めて、上流階級特有の空気にあてられ舞い上がっている。
「別世界だなまるで」
人波に乗じて正門へ向かうか否か。精一杯おしゃれしてきたが、この格好はおかしくないか。小心が発し、やけに人目が気になりだす。着慣れない背広のせいで動作がぎくしゃくする。
「お手をどうぞミスタ」
スワローが肘を曲げて掴めと促す。
「パスで」
「ペア招待は腕を組んで入場すんのがエチケット」
「男同士だろ」
「だから?」
エスコート役の腕に手を添え、仲睦まじく入場する恋人や夫婦。
ピジョンは所在なげに自分を追い越していく人々を見送っていたが、あくまで格好から入る弟の腕をとり、勇気を鼓舞して後に続く。
「そうこなくっちゃ」
門から玄関まではだいぶ距離があり、丹精された庭園に敷かれた遊歩道を歩くことになる。
青々と刈りこまれた芝生、綺麗に剪定された庭木、甘く芳しい薔薇。
中央には大理石の裸婦像が水瓶を支える噴水が鎮座する。
「絵に描いたような成金の家」
スワローが軽く口笛を吹く。ピジョンはため息しかでない。
ふと視線を感じて周囲を見渡す。
今宵のセレモニーに招かれたのだろういずれ劣らず美しく着飾ったご婦人やご令嬢が、こちらを盗み見て密やかに囁きかわす。
ピジョンはその理由を直感する。
この手のことは何度もあった、スワローといれば嫌になる位に。
新品の背広に袖を通し、モップのように跳ねまわった髪を見栄えよく撫で付けたスワローはさらに男ぶりに磨きがかかっている。
耳に連ねたピアスがちぐはぐだが、見た目だけなら遊び人の御曹司で通らなくもない。
同伴者が並の女性なら嫉妬のまなざしで集中砲火されていたが、ピジョンの場合は……
「ごらんなさって奥様、ステキなカップルですこと」
「ジョヴァンニ氏は慈善活動に熱心な博愛主義者ですもの、どんな倒錯した性癖だって広い心で受け入れますわ」
「公衆の面前で大胆な」
「社交界では見ない顔ですけど」
「惚れ惚れするわねェ」
ピジョンが弟の腕を引っ張って囁く。
「おいスワロー、俺たちゲイカップルって誤解されてないか」
「いいじゃんその通りなんだから」
「よくない」
「噂話なんざほっとけ、堂々と前向いてろ」
スワローはまるで気にする素振りがないが、良くも悪くも常識人なピジョンは彼ほど大胆にも無神経にもなれない。
弟の腕から手をほどき、わざとらしく声を張る。
「兄弟いっしょに招待してくれるなんてキマイライーターは太っ腹だね。片方だけだと気まずいし、きっと気を遣ってくれたんだな」
「はァ?俺様の実力だろ」
「そうだね、お前はキマイライーターも働きを認める売れっ子だ。血を分けた兄として鼻が高い」
「どうしたんだくどい説明ゼリフ……」
面食らったスワローが周囲のひそひそ話を耳にし、露骨にしらける。

「兄弟ですって」
「なんだ、恋人じゃなかったの。ということは私にもチャンスあるかしら」

「…………ああ、そゆこと」
おもむろに兄を突きのけ大股でさっさと歩きだす。
ピジョンは小走りに弟を追い弁解する。
「仕方ないだろ、誤解は早めにといとかないとあとでこじれる」
「実の弟と恋人扱いされたら大恥だもんな」
「TPOわきまえろよ、屋敷に入る前から余計な注目引いてどうする」
「じゃあ腕とんな」
「お前が出してくるからだろ」
スワローはぶすっとする。ピジョンはほとほと手を焼く。
やがて遊歩道の終点に至り、白い円柱に支えられたバルコニーが見えてくる。黒い燕尾服に身を包んだ執事が、丁重な物腰で訊く。
「招待状を拝見しても?」
「どうぞ」
「ピジョン・バード&スワロー・バード様……確かに」
招待状の氏名と本人たちの顔を見比べて頷き、屋内へと促す。
「ようこそ、金婚式のセレモニーへ。ご主人様と奥方様がお待ちかねです」
「ご親切にどうも」
入口で記帳を済ませ、本日のセレモニー会場に指定されたダンスホールへ赴く。一礼する執事に見送られながら、ピジョンは情けなさそうにぼやく。
「玄関だけで俺達の部屋何個入るかな」
「いっそ引っ越すか?」
「できるものならね」
途中、廊下に飾られた高そうな絵画や骨董品に目を奪われる。
「売りゃあいくらになっかな」
「ガメるなよ」
首長の花瓶をしめしめと懐に突っ込もうとした手をはたく。
一階ダンスホールは大勢の紳士淑女で賑わっていた。
吹き抜けの天井にはクリスタルを一粒一粒研磨した豪奢なシャンデリアが吊られ、絢爛な光を散り敷く。
純白のクロスを敷いたテーブルの上には贅を凝らした料理の数々が並び、使用人たちが客の間を縫い歩き、一口サイズのオードブルやカクテルを配膳する。
「いかがですか」
「これ……もしかして」
「キャビアです」
ピジョンを呼び止めた給仕が円く膨らんだ蓋をとり、艶々と黒光りするキャビアを贅沢に盛り付けたクラッカーを示す。
夢にまで見た高級食材、夢にまで見たキャビア。
緊張と興奮に生唾を呑み、一粒たりとも落とさないように慎重に摘まんで運ぶ……
ぱくり。
「ああっ!?」
口に到着する寸前、スワローに横取りされる。
兄のキャビアをもしゃもしゃ頬張って嚥下したスワローは、別の給仕がサーブするグラスの中身を一気に干して舌を突きだす。
「しょっぺえ」
「なんてことするんだ楽しみにしてたのに、俺がどれだけキャビアを食いたがってたか知ってるだろ泥棒野郎!!」
「るっせえな、まだまだあんだからケチケチすんな」
「俺はそれが食べたかったんだ!」
「あーはいはい、わーったわーった。ほらよ」
握り拳を振って騒ぎ立てる兄を黙らせようと、銀盆から再びクラッカーをとって口に突っ込む。
「むぐ!?」
「お待ちかねのキャビアだ、よーっく味わって食え」
スワローが手で口を塞いで言い聞かす。
もしゃもしゃとクラッカーを噛み砕いてごくんと飲み込み、なんとも微妙な顔で感想を述べる。
「……しょっぱい」
「思ってたのと違うだろ」
貧乏人の安舌には合わないのか?
些か落胆するが、こんな高級食材今日を逃がしたら二度と食べられないかもしれないと欲張って二個目三個目に手をのばす。
スワローはそんな兄から離れ、カクテルのお代わりを貰いにいく。
右手と左手に別のグラスを持ち、交代で口に運んじゃ飲み比べ、挙句両方を混ぜて一気飲みする。高級酒への冒涜としか思えない呑み方だ。
「お前さ、そーゆー下品な呑み方やめろよ」
「水割りと同じだよ、アルコール割り」
「足してるだけだろそれ」
コイツと一緒にいると目立ってしかたない。今も周囲から熱っぽいまなざしを感じる。
女性たちの注目の的となったスワローは、そんなことどうでもいいと片っ端から料理に舌鼓を打ち、ハイペースにグラスをあけていく。
「立食式の気軽なパーティーって書いてあったけど……」
キマイライーターはどこだ?挨拶しないと。
主催をさがしに行こうと雑踏をかきわけると同時、向こうの方から人波を縫い、白髯の好々爺が歩いてくる。
「重畳、重畳。忙しいところよく来てくれたねピジョン君」
齢七十をとっくに超えてなお微塵も衰えを感じさせぬ立ち振る舞い。
横に切れ込みが入った瞳、全身のなめらかな毛は山羊のミュータントの証。
彼こそアンデッドエンドはもとよりこの大陸で知らぬ者はないとされる最強の賞金稼ぎ、ジョヴァンニ・キマイライーターだ。
フォーマルな夜会服に身を包み、象牙の杖を携えた立ち姿は、気品を教養で磨き上げた非の打ち所ない碩学の風情。
「こちらこそ、俺たちみたいな駆け出しを素晴らしい席にお招きいただいて光栄の至りです。ほら、お前も」
「まだおっ死んでねえのかジジィ、悪運強ェな」
握手をかわしたのちに促せば、開口一番失礼千万な暴言がとびだしてピジョンが顔色をなくす。
「まともに挨拶もできないのかよ!」
「ほほ、相変わらずのはねっかえりじゃの。活躍は記事で拝見しとるぞい、なかなかどうして派手に暴れとるの」
「首位に胡坐かいてられんのもいまのうちだ、じき追い落としてやる」
「隠居の老体に情け無用とはな」
「よッく言うぜ隠居詐欺が、あちこちおさかんに出張ってんの知らねーとでも?」
「全州に散った知り合いに乞われたら重い腰を上げんわけにいくまいて」
ピジョンがひらめく。
「何かの記事で読みました、地方の自警団は賞金稼ぎ上がりの受け皿だって」
「鋭いね」
「弟子に弟子を鍛えてくれって頼まれちゃ断れねーな」
「病気、怪我、結婚、出産、体力の衰えに心の問題。様々な事情で賞金稼ぎを辞めて故郷に帰った連中が今じゃ自警団のリーダーを務めておる。師匠としては鼻が高いが……そうじゃ、修行の首尾はどうじゃったピジョン君」
「勉強になりました」
ピジョンが力強く回答する。
「技術の基礎と応用、ライフルの解体と組み立て、弾丸の種類と用途、風の読み方と標的の行動心理、それに狙撃手の心構えを毎日みっちり叩きこまれました。吐きそうになる位しんどい日もあったけど、それも含めて良い経験です。下宿先のシスターもみんないい人たちで、すごく親切にしてもらいました。孤児院の子どもたちも懐いてくれてみんな一緒に洗濯もの干したりしました」
「すっかり溶け込んだようじゃな」
「先生は優しいけど厳しい人で、引鉄を引くタイミングがちょっとでもズレるとにっこり笑って居残りを命じるんです。俺が悪いんですよ、勘が鈍いから。飯を食いに行く時間が惜しくて、チョコバー咥えながら撃ってました」
「糖尿病になりそうじゃの」
「先生もよくそう言ってました、懐かしいな……今でもちょくちょく会いに行ってるんですけど。先生は本当すごい、俺が出会ったなかでまぎれもなく最高のスナイパーです。あんな凄い人がどうしてスラムの教会の神父をやってるのか不思議だけど、ちょっとわかる気もするんです。本気で守りたいものを見付けたんだろうなって」
「ただの臆病もんだろ、死ぬのが嫌で逃げだした」
「先生は立派な人だ、ろくに知りもしないでデタラメ言うな」
「そりゃあ悪かったな、俺ァてめえと違って半年間もクサレ神父と寝食ともにしてねーからな。神父のパンツを手洗いすンのも修行のうちとか泣けるぜ」
「俺が好きでやったんだ、居候が働くのは当然だろ」
神父に話題が及ぶと止まらなくなる兄をスワローが憎々しげに睨む。
「スワロー君はどうじゃ?破竹の勢いで賞金首を上げておるが……近しい所ではコヨーテ・ダドリーか」
「アイツね。とんだド変態だった」
「少数精鋭で潜入したとか」
「マッドドッグ・ドギーとかゆー人のケツかぐのが好きなゲスともうひとり。蓋を開けてみりゃ俺ひとりで楽勝だったけどな、下水道で暴れたせいで一日匂いがおちねーのはまいったが……シャワー浴びても浴びても汚水が出てくんだぜ、匂いもひでーのなんの」
「毎回体を張り過ぎじゃよ、安全策をとったらどうじゃね」
「頭使えってか?」
「急がば回れ」
「ちんたらやんのは性にあわねえ、煽って焚き付けて突っ込んでくほうがおもしれーじゃん」
久しぶりに再会をはたし盛り上がる三人に、大小の輪になってさざめく野次馬が注目する。
「ほらあれ、ストレイ・スワローよ」
「ストレイ・スワローってあの?」
「雑誌で見るよりずっとイイ男じゃない」
「キマイライーターの弟子筋だったのか」
「隣のぱっとしないのは?」
「野良ツバメのマネージャーじゃないか」
「そういやモデルのスカウトがきてるって」
「映画のオファーも」
……ざわざわ好き勝手な憶測が飛び交うなか、マネージャー扱いがいたたまれずちびちびグラスをなめる。
どうしたって賞金稼ぎとしての知名度は弟に劣る、それが過酷な現実だ。
しっかりしろピジョン、辛気くさい顔で場を盛り下げるな。
今日の日を心待ちにしてたキマイライーターと、その奥方に失礼だ。
深呼吸で気分を切り替え、真心こめた祝辞を述べる。
「金婚式の開催、本当におめでとうございます」
「老いぼれのノロケを聞きに来てもらうのは少々こっぱずかしがったんじゃが、愛する我が妻をお披露目したい欲にはどうしてもあらがえなんだ」
初恋を成就させた奥手な少年の面影ではにかみ、振り返る。
「おいで」
老紳士がのべた手を絹手袋を嵌めた手がたおやかに掴み、ナイトブルーのイブニングドレスを纏った老女が粛々と歩み出る。
「妻のルクレツィアじゃ」
「はじめまして」
灰銀の髪を上品に結い上げ、深い年輪を刻む顔には柔和な微笑み。身ごなしはえもいえず洗練されている一方、刀自の尊称を捧げたくなる気丈さが凪いだヘイゼルの瞳や凛と伸びた背筋に覗く。
若い頃はさぞ美人だったのだろうと偲ばせるかんばせだが、隣で見守る夫の眼差しは、今の彼女こそ最も美しく見えているに違いないと周囲に推しはからせる。
「ご丁寧に紹介賜り恐縮です。俺はピジョン・バード、こっちが弟のスワロー・バードです。ジョヴァンニさんには昔からお世話になって……」
「聞いたわよ、その節はうちの人がご迷惑かけたわね」
「迷惑だなんてそんな、彼がいなければ廃坑に生き埋めになってたんです、命の恩人です」
「だまし討ちのようなまねをしたのでしょ?結果よければすべてよし、建前はそうなってるけどやっぱりよくないわ。しかも年端もいかない子どもを利用するなんて、とても褒められたことじゃない」
「すまない」
あのキマイライーターが奥方にはたじたじだ。
「全部聞いてるんですか」
ピジョンは驚く。
ルクレツィアはにっこり微笑む。
「家ではおしゃべりなのよ、この人。あなた達のことは特に気に入ってるの、子どもの頃から見てきたから思い入れもひとしおなんでしょうね。この人結構単純だから、偶然行き合わせた少年たちが自分に憧れて賞金稼ぎをめざすなんて嬉しいこと言ってくれたら、そりゃ目もかけたくなるわよね。とは言え賞金稼ぎは狭き門よ。なるのは簡単でも続けるのは難しい、毎年何万と挫折して消えていく、殺し殺され命を落とす者もいる。あなた達が本当に賞金稼ぎになれるかどうか、同じ仲間としてアンデッドエンドで再会叶うかどうかは、この人だって半信半疑だったのよ」
「は、はあ……」
勢いに押されあとじさるピジョンと対照的に、生き生きと若やいでルクレツィアが告げる。
「この人からいろいろ聞いてるうちにすっかりあなた達の冒険憚に夢中になっちゃったの」
「ご覧のとおり押しが強くてね」
「あなたは黙ってて」
夫の取りなしをぴしゃりと封じ、すっかり気に呑まれたピジョンとスワローを等分に見比べ、誇らしげに宣言する。
「わたくし、バード兄弟のファンですの」
ピジョンは絶句する。
人生の激流に翻弄され、角がとれてまどやかになった老女の分別に失われ得ぬ少女の純粋さを併せ持ち、弾んだ声音でルクレツィアが続ける。
「番の小鳥のように兄弟ふたり支え合い、子供の頃から追いかけてきた夢を掴んだ。諦めてしまうのは簡単だった、もっと楽な道だってあったでしょうに互いを唯一無二のパートナーと恃んで死ぬ気で努力をし遂にここまで辿り着いた。なかなかできることじゃないわ……辛かったでしょうに、よく頑張ったわね」
ルクレツィアが愛おしげにピジョンの手を挟む。
「すいません、手……」
「ごめんなさい、痛かった?」
「そうじゃなくて」
言い淀む。
「見苦しいから人目にさらしたくないんです。とくにこういうめでたい場では……なんていうか、場違いですし」
ずっと人殺しの練習を続けてきた。
その成果がもっとも表れたのが手だ。
くりかえし血豆が潰れて固くなった掌を恥じれば、ルクレツィアはきょとんとし、それから決然と顔を引き締める。
「正当な努力を不当に卑下するのはおやめなさい。それこそこの場に最も似付かわしくない、軽はずみな振る舞いです。自分を下げて他者を上げるのは謙譲の美徳ではございません、自ら高みにのぼるならともかくあなたが身を落としたところで私の視座は変わらないのですから少しも嬉しくありません」
ピジョンの手を口元へ導き、羽毛のような接吻を捧ぐ。
「この手を恥じるのは自分への侮辱よ。わたくしは心から尊敬します」

譲れないものがあった。
曲げられないものがあった。

あるいは夫の口から折にふれ聞かされる変わった兄弟の話に、決して平坦ではなかった自分たち夫婦の半生を重ね合わせたのか。
老いてなお美しい顔に微笑をたたえ、ルクレツィアが結ぶ。
「きょうは存分に羽を伸ばしてね、小鳥さんたち」
「……ということで、そろそろ失礼するよ。他の客人への挨拶回りがあるからね。積もる話はあとでゆっくり」
仲睦まじく去っていく夫妻を放心状態で見送ったあと、ルクレツィアの言葉をしみじみ噛み締める兄を覗き込み、スワローが大いにあきれ返る。
「なに泣いてんだよ」
「え?」
ピジョン自身、指摘され初めて気付く。
片目から一粒零れ落ちた涙が手の中のフルートグラスに溶け込む。
「違、これは……びっくりして」
「だよな、モテモテの俺様と違ってファンだなんて言われんの生まれて初めてだもんな」
「うるさいな悪いかその通りだよ」
ちゃんと見ててくれる人がいた、積み重ねた頑張りを認めてもらえた。
スワローが賞金稼ぎとして名を成し頻繁に雑誌に取り上げられる一方、生来の気弱さと優しさから人を傷付けるのをためらいがちなピジョンは、ろくな手柄を立てられずくすぶっている。
しかしルクレツィアはスワローとピジョンを分け隔てなく認め、どちらか一方じゃなく二人のファンだとまっすぐ目を見て告げてくれた。
今、ピジョンがいちばん欲しい言葉をくれた。
「変人同士お似合いだぜ」
老夫婦が消えた方向を見てうそぶくも、スワローの顔と声は面白そうに弾んでいる。
自分が常々胸中に秘めていることを代弁してくれた感謝と、先を越された悔しさが飽和する「してやられた」表情だ。
兄の手からフルートグラスをひったくり、涙が溶けたシャンパンを飲み干す。
「しょっぺえ」
ピジョンが何か言うのを待たず、兄の手を掴んで中央へ走り出す。
「夜はこれからだ、弾けようぜ」
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