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Black Widowers9
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ピジョンが劉たちの部屋に転がり込んで丸一日経った。
「邪魔。目障り。不貞寝すんな」
「俺は悪くない。スワローが悪い」
「ソファーで寝起きしてたら寝違えるぞ」
「劉がもうすこし端っこ寄ってくれたらベッド使えるのに」
「寝床をシェアする気ねーよ、甘えんな。ほら昼飯」
「何?」
「ナチョス。たまにゃ中華以外にしねーと飽きちまうからな」
「やった、チリコンカーンとハラペーニョのスライスをトッピングしてある!贅沢」
「そこの屋台でおまけしてもらった」
袋の中を嗅いで喜ぶピジョンに苦笑いする。
ちなみにナチョスとは溶かしたチーズをトルティーヤチップスにかけたメキシコ料理で、手軽なジャンクフードとして親しまれている。
劉たちの仮住まいはバーズの巣と同じ広さ、備え付けの家具や調度の配置も同じ。どちらも殺風景で安っぽい。ベッドは二台壁際に並んでおり、ブラウン管テレビが設置されている。
ナチョスを摘まみながらピジョンが尋ねる。
「お金があるんだからもっといい所泊まればいいのに」
「うちの哥哥はあんまそーゆーのこだわんねーの、ベッドと美味い酒がありゃ恩の字。ファッションにゃ気遣うけど」
「気遣ってアレなのか、ご愁傷様」
「言うねお前。本人にコメントしたら殺されるぞ、アレが本気でイケてると思ってるイカれた人なんだから」
「心得とく」
冷蔵庫から瓶コーラを取り出し栓を抜く劉の脅しを、肩を竦めて受け流す。
男所帯の部屋はむさ苦しく雑然としていた。テーブルの上には吸殻が山盛りの灰皿、チャイニーズフードやピザのテイクアウト用紙箱。全裸の美女が煽情的なポーズをきめるポルノ雑誌が、床やらベッドやらに投げ置かれている。
猥褻なポルノ雑誌を白けた目で一瞥するピジョンに、劉が決まり悪げに咳払いする。
「俺じゃねえ、哥哥の私物」
ガラガラ蛇は絶倫だ、暇潰し感覚でポルノを読む。ピジョンは呆れ半分友人に同情する。
「女が苦手な舎弟の視界にばらまいとくって、どんな嫌がらせ?」
「文句言うなら帰れって、居候にただ飯食わせる余裕ねーの」
「……嫌だ」
ピジョンが「ごちそうさま」と小さく呟き、ソファーの上でちんまり膝を抱え、指をしゃぶり始める。そばには愛用のスナイパーライフルが立てかけてあった。劉はコーラを嚥下してため息を吐く。
あれから喧嘩の原因を聞かされた。ピジョンが童貞を捧げた女が死んだらしい。傷心の友人に昼飯を運んでやったのは、せめてもの思いやりだ。
「ロバーツ一家惨殺事件なら俺も知ってる、テレビや新聞で話題になってるぜ。お前が寝たのは」
抱き締めた膝に顔を埋め、ピジョンが呟く。
「……グウェン。グウェンダリン・ロバーツ」
「妹の方か。残念だったな」
新聞に掲載された写真にはすまし顔の四人家族が映っていた。両親と娘二人、非の打ち所ないセレブの肖像。ピジョンの意中の女は、勝気そうなアーモンド形の目が印象的な美人だった。
部屋の移動後、ピジョンを宥めるのに苦労した。
劉はソファーに並んで座り、ピジョンが突っかえ突っかえ語る、グウェンの思い出話に耳を傾けた。
缶ビールを開けたのは酔いに任せて心の澱を吐かせるため。
カウンセラーの真似事なんてがらじゃねえと自嘲しながら、ローテンションな相槌を打ち、一晩中ピジョンの懺悔に付き合ってやった。
「グウェンとはキマイライーターの金婚式で会ったんだ」
「例のパーティー?派手にやったみてえだな」
「劉たちは?」
「マフィアが招待されたら終わりだろ」
「それもそうか」
「で?」
「壁際にボーッと突っ立ってたら声かけてくれたんだ、一緒に踊らないかって……女の子から誘われるなんてカッコ付かないけど、嬉しかった」
「積極的な子だったんだな」
「まあね。姉さんの方はスワローと踊った。ダンスの後は一緒に抜け出して、中庭で色んな事話したよ。グウェンは姉さんを意識してた。自分はみそっかすだって……俺と同じ、コンプレックスを持ってたんだ」
「似た者同士か」
「だから惹かれた」
「初恋かよ」
「そんなんじゃ……いや、わからない。変だろ?たった一回踊っただけ、何日か前まで忘れてたのに。急に思い出したのは虫の知らせかな」
「世の中にゃ一目惚れって現象が存在するらしいぜ」
「実は金婚式の前に会ってたんだ。ていうか、寝てた」
「急展開だなおい」
「肝心の記憶がすっぽ抜けてるからイマイチ実感ないけど、向こうは多分覚えてて、俺にダンスを申し込んだんだ」
「抱いて抱かれたよしみか」
ヤケ酒を呷るピジョンに寄り添い、時に茶化し、時にからかい、時に神妙な顔でじっと耳を傾ける。
自分にできることはそんなにないと理解していたからこそ、ピジョンが潰れるまでただそばにいた。
缶ビールを両手に握り締め、深く深くうなだれたピジョンが呻く。
「……助けられなかった」
「お前のせいじゃねえ。どうしようもなかったんだ」
「グウェンもミリアムも両親もなんで殺さなけりゃならなかったんだ、こんなのってない、理不尽じゃないか」
中身が残り少なくなった缶をそっと取り上げ、促す。
「追悼式典、別に行きてーなら行けば」
ゆるやかに顔を上げたピジョンが、真っ赤に腫れた目でこちらを見る。
「スワローが許さない」
「弟の言うことは絶対か。なあピジョン、お前は立派な大人だ。惚れた女を悼みてェなら止められたってシカトしな、そもそもスワローの理屈はブッ壊れてる、お前が帰ったところでノイジ―ヘブンにゃ賞金稼ぎがうじゃうじゃいる、連中にすりゃライバルが一人減ってラッキーだろ。後は目立ちたがり屋にまかせとけ」
不愉快げに眇められた赤錆の瞳に苛立ちが浮かぶ。
「俺なんかいてもいなくても、どうせ捕まえられないから関係ないって言いたいのか」
「絡むなよ。悪い酒」
「飲ませたのはそっちだろ」
「大事なのはお前の気持ち。どうしたいんだ」
数呼吸の沈黙。二重に絡んだ鎖をいじり、ロザリオとドッグタグどちらを選ぶか迷い、良心をねじ伏せるようにドッグタグを掴む。
「……認めるのは悔しいけど、スワローの言い分も一理ある。死人は生き返らない、今さら戻っても手遅れだ。でも最後のお別れは譲れない」
「救えなくてごめんって伝えに行くのか」
「君と踊れて楽しかったって言いに行くんだ」
おもむろに酔っ払いが立ち上がり、幻のパートナーとダンスを踊りだす。
覚束ないステップを踏み、案の定こけ、劉に凭れ体を支える。
「ごめん」
「謝んな気色悪ィ。序でにダンス教えてくれ」
「え?」
「リベンジしたいんだろ。代わりに踊ってやる」
答えを待たず手をかっさらい、見様見真似のステップを踏んで回る。
繋いだ腕に頭を通し、ぎこちなく身を翻し、目と目が合った拍子にこらえかねて吹き出す。
俺はずっとだれかが一番欲しいもんの代わりだった。
今はピジョンが惚れた女の代わりをしてるが、これが不思議とまんざらでもねえ。
「俺たちの流儀で通夜しようぜ」
泣き笑いに似て顔が歪み、崩れる寸前で辛うじて持ちこたえ、腰を浮かす。
ピジョンのダンスはお世辞にも上手とは言い難いが、一緒に踊るのは楽しかった。
たまに新しい缶を開けぬるいビールを含み、よろけた弾みにお互いにかけ合い踊り明かす。
窓の外では刻々と夜が更け、『make or break』のネオンが紛いものの天国みたいに映える。
劉はピジョンの傷心が少しでも癒えるように願い、ピジョンは劉の心遣いに感謝した。
哥哥は相変わらず帰ってこない。どこで何をしてるのやら、連絡一本よこさない無責任ぶりだ。
ほったらかされた劉はピジョンと組んで地道な情報収集に励み、娼婦や客に聞き込みを行った。
二人が足を棒にしてノイジーヘブンを歩き回る傍ら、スワローは単独で動いてる。
「今日も空振りか。さすがに疲れたよ、シャワー浴びてくる」
「ああ」
ドアを開けて引っ込むピジョンと入れ違いに、隣から仏頂面のスワローが出てきた。寝起きなのだろうか、髪の毛がボサボサで目の下に隈が浮いてる。劉が苦言を呈す。
「酒臭ェ」
「うるせえ」
肩で押しのけ行こうとする少年に、すれ違いざま耳打ち。
「ツマんねえ意地張ってねェで引き取りに来い」
「やだね」
「あのな……」
「欲しいならやる」
「マジでもらっていいのか」
赤錆色の双眸が尖った険を帯び、劉を威圧する。
「あっちが勝手に出てったのに、なんでわざわざ迎えに行かなきゃいけねーんだ。頭下げて戻ってきてもらうとか冗談じゃねえぞ」
「今回俺は蟲中天として動いてんだ、アイツがいると色々やりにくい」
「じゃあケツ蹴り上げて叩き出せ」
「それは」
「できねーの?とんだお人好しだな。ピジョンも見る目ねえな、ダチだと思ってるヤツが裏でこっそりお迎え頼んでるとか知ったらがっかりするぜ」
舐め腐った暴言に神経がささくれだち、さらに皮肉を続けようとした直後、ナイフが股間を押し上げた。
「!ッ、」
たちどころに劉を壁際に押し付け、レオナルドで会陰を圧し、ジーパンの腰に噛ませる。
「やめ、ろ」
「声が上擦ってる。怖ェのか」
下腹に触れる冷たく固い感触が恐怖を呼び起こす。湿った吐息が耳朶に絡み、喉がヒク付く。
ジーパンからナイフが抜かれホッとしたのも束の間、劉の顔の横に刃が突き立てられた。
「……あんだけ啖呵切ったんだから暫く帰ってこねーよ、昔っから変なトコで強情なんだ。あっちがその気なら好きにさせる、きちんとわからしてテメェの方から帰ってこさせる。駄バトも鳩なら帰巣本能ってもんがあるだろ」
研ぎ澄まされた刃が壁に溝を彫り、垂直に落ちてくる。
「……なんでそんなむきになんだよ。行かしてやりゃいいじゃん、最後のお別れ位」
「……」
図星を突かれ二の句を継げないスワローを見据え、咥え煙草でしたたかに笑む。
「置き去りが怖い?それこそガキだな」
頬の薄皮を裂いたナイフを力ずくでどかし、吐き捨てた煙草を踏み潰す。
今度こそスワローは何も言わず、レオナルドをしまって行ってしまった。
「……チッ」
大人げないのは自分も同じだ。忌々しげに舌打ちし、煙草が切れてるのに気付いて買いに行く。
その頃ピジョンはシャワーを浴び終え、スナイパーライフルの手入れをしていた。銃に触れていると心が落ち着く。
「遅いな劉」
分解した銃を組み立て、またばらして組み立てる。ソファーに掛けてぼやいた時、偶然それが目に入った。マットレスの隙間に押し込まれたビデオテープ。呉が持参したということはいかがわしい代物に違いない、絶対そうだ。
「遠征先までポルノ持ってくるとか破廉恥が蛇革着て歩いてる人だな」
スナイパーライフルを抱きかかえ、きょろきょろ部屋を見回す。誰もいない。
「んん゛ッ゛!」
大いにもったいぶって咳払いし、素知らぬふりで表返す。
背には『Extra edition』のラベルが貼られていた。
何の番外編?本編は何処に?
「……ポルノじゃない、のか?」
謎めいたタイトルが興味をそそる。
人の物を盗み見するのはよくない。常識だそんなのは。
三十分に及ぶ葛藤の末、神妙な面持ちで再生装置にセットする。
結論から述べれば、それは出来心だった。劉の上司で師と長年の腐れ縁らしい呉が遠征先にわざわざ持参したテープの中身に好奇心を禁じ得ず、呉には実際襲われかけたこともあるからして、ていうかあの人には神父や劉もさんざん困らされてるわけだし、もしこれが弱みになるような性癖ならば脅しの切り札に使えるんじゃ?とぐるぐる考える。
生唾飲んでソファーに掛け直し、ブラウン管に浮かび上がる映像に凝視を注ぐ。
ザザッザザッと砂嵐が走る。
テレビが映し出すのはコンクリ打ち放しの地下室。がらが悪い男たちが大勢たむろし、口々に何か言い合っていた。周囲には大型犬用の檻が置かれ、裸の人間が閉じ込められてる。首輪を付けられた女や鎖で繋がれた男たち。
『さすが、効き目抜群だな』
『乳首もペニスもビンビンに勃ってやがる、腰がくびれたやらしー体だ』
悪意したたる嘲笑と蔑笑が渦巻き、不吉な予感が現実に形をとり、本能が警鐘を鳴らす。
これ以上見ちゃいけない。
見たら絶対後悔する。
電源を切る寸前、狂った口上が響いた。
『さあお立ち会い、カメラの向こうのアナタたちは実に運がいい!お目が高い紳士淑女の皆々様に長年ご愛顧いただいたコヨーテ・アグリー・ショーも本日最終回、我々一座はアンデッドエンドを去ることと相成った。されど哀しむなかれ、記念すべき最後の舞台を飾る主役にはとっておきの上玉を用意した』
画面中央に歩み出た男が両手を広げる。見覚えある顔……ドッグショーの主催者、コヨーテ・ダドリー。
手ブレが激しいカメラが後退していき、男達に組み伏せられた茶髪の少年を映し出す。
カメラが髪の根元に近付き、拡散していた焦点が徐々に絞られ、金色の地毛が暴かれる。
太陽に透かしたジンジャエールによく似た、綺麗なイエローゴールド。ピジョンが大好きな色。
『ほら見ろ金髪だ、天然色のイエローゴールド、やっぱり俺の目に狂いはなかった!なあそうだろ親父、飲んだくれのド変態よか断然鑑定眼が優れてんだ、新天地に移っても上手くやってけるさ、俺にゃあんたにゃねえ商才があるからな。残念だな、得意客には金髪のほうがウケがいいんだ。パツキンの人気は安定してるからな……ホースの高圧水流でおとすか?』
ダドリーが哄笑を上げて少年の髪を掴んで揺さぶる。犬用の口輪を嵌められ、全裸に剥かれた少年が嘲るように呻く。
『あん……た、ばかじゃねえ……の』
そうとも、俺は大馬鹿野郎だ。
カメラが全身舐め回すようにヌードを撮り、股間に生えたペニスと淡い翳りを映し、引き締まった胸板に実るピンクの突起を映し、そこにぶら下がるドッグタグを映す。
スワローだった。
「邪魔。目障り。不貞寝すんな」
「俺は悪くない。スワローが悪い」
「ソファーで寝起きしてたら寝違えるぞ」
「劉がもうすこし端っこ寄ってくれたらベッド使えるのに」
「寝床をシェアする気ねーよ、甘えんな。ほら昼飯」
「何?」
「ナチョス。たまにゃ中華以外にしねーと飽きちまうからな」
「やった、チリコンカーンとハラペーニョのスライスをトッピングしてある!贅沢」
「そこの屋台でおまけしてもらった」
袋の中を嗅いで喜ぶピジョンに苦笑いする。
ちなみにナチョスとは溶かしたチーズをトルティーヤチップスにかけたメキシコ料理で、手軽なジャンクフードとして親しまれている。
劉たちの仮住まいはバーズの巣と同じ広さ、備え付けの家具や調度の配置も同じ。どちらも殺風景で安っぽい。ベッドは二台壁際に並んでおり、ブラウン管テレビが設置されている。
ナチョスを摘まみながらピジョンが尋ねる。
「お金があるんだからもっといい所泊まればいいのに」
「うちの哥哥はあんまそーゆーのこだわんねーの、ベッドと美味い酒がありゃ恩の字。ファッションにゃ気遣うけど」
「気遣ってアレなのか、ご愁傷様」
「言うねお前。本人にコメントしたら殺されるぞ、アレが本気でイケてると思ってるイカれた人なんだから」
「心得とく」
冷蔵庫から瓶コーラを取り出し栓を抜く劉の脅しを、肩を竦めて受け流す。
男所帯の部屋はむさ苦しく雑然としていた。テーブルの上には吸殻が山盛りの灰皿、チャイニーズフードやピザのテイクアウト用紙箱。全裸の美女が煽情的なポーズをきめるポルノ雑誌が、床やらベッドやらに投げ置かれている。
猥褻なポルノ雑誌を白けた目で一瞥するピジョンに、劉が決まり悪げに咳払いする。
「俺じゃねえ、哥哥の私物」
ガラガラ蛇は絶倫だ、暇潰し感覚でポルノを読む。ピジョンは呆れ半分友人に同情する。
「女が苦手な舎弟の視界にばらまいとくって、どんな嫌がらせ?」
「文句言うなら帰れって、居候にただ飯食わせる余裕ねーの」
「……嫌だ」
ピジョンが「ごちそうさま」と小さく呟き、ソファーの上でちんまり膝を抱え、指をしゃぶり始める。そばには愛用のスナイパーライフルが立てかけてあった。劉はコーラを嚥下してため息を吐く。
あれから喧嘩の原因を聞かされた。ピジョンが童貞を捧げた女が死んだらしい。傷心の友人に昼飯を運んでやったのは、せめてもの思いやりだ。
「ロバーツ一家惨殺事件なら俺も知ってる、テレビや新聞で話題になってるぜ。お前が寝たのは」
抱き締めた膝に顔を埋め、ピジョンが呟く。
「……グウェン。グウェンダリン・ロバーツ」
「妹の方か。残念だったな」
新聞に掲載された写真にはすまし顔の四人家族が映っていた。両親と娘二人、非の打ち所ないセレブの肖像。ピジョンの意中の女は、勝気そうなアーモンド形の目が印象的な美人だった。
部屋の移動後、ピジョンを宥めるのに苦労した。
劉はソファーに並んで座り、ピジョンが突っかえ突っかえ語る、グウェンの思い出話に耳を傾けた。
缶ビールを開けたのは酔いに任せて心の澱を吐かせるため。
カウンセラーの真似事なんてがらじゃねえと自嘲しながら、ローテンションな相槌を打ち、一晩中ピジョンの懺悔に付き合ってやった。
「グウェンとはキマイライーターの金婚式で会ったんだ」
「例のパーティー?派手にやったみてえだな」
「劉たちは?」
「マフィアが招待されたら終わりだろ」
「それもそうか」
「で?」
「壁際にボーッと突っ立ってたら声かけてくれたんだ、一緒に踊らないかって……女の子から誘われるなんてカッコ付かないけど、嬉しかった」
「積極的な子だったんだな」
「まあね。姉さんの方はスワローと踊った。ダンスの後は一緒に抜け出して、中庭で色んな事話したよ。グウェンは姉さんを意識してた。自分はみそっかすだって……俺と同じ、コンプレックスを持ってたんだ」
「似た者同士か」
「だから惹かれた」
「初恋かよ」
「そんなんじゃ……いや、わからない。変だろ?たった一回踊っただけ、何日か前まで忘れてたのに。急に思い出したのは虫の知らせかな」
「世の中にゃ一目惚れって現象が存在するらしいぜ」
「実は金婚式の前に会ってたんだ。ていうか、寝てた」
「急展開だなおい」
「肝心の記憶がすっぽ抜けてるからイマイチ実感ないけど、向こうは多分覚えてて、俺にダンスを申し込んだんだ」
「抱いて抱かれたよしみか」
ヤケ酒を呷るピジョンに寄り添い、時に茶化し、時にからかい、時に神妙な顔でじっと耳を傾ける。
自分にできることはそんなにないと理解していたからこそ、ピジョンが潰れるまでただそばにいた。
缶ビールを両手に握り締め、深く深くうなだれたピジョンが呻く。
「……助けられなかった」
「お前のせいじゃねえ。どうしようもなかったんだ」
「グウェンもミリアムも両親もなんで殺さなけりゃならなかったんだ、こんなのってない、理不尽じゃないか」
中身が残り少なくなった缶をそっと取り上げ、促す。
「追悼式典、別に行きてーなら行けば」
ゆるやかに顔を上げたピジョンが、真っ赤に腫れた目でこちらを見る。
「スワローが許さない」
「弟の言うことは絶対か。なあピジョン、お前は立派な大人だ。惚れた女を悼みてェなら止められたってシカトしな、そもそもスワローの理屈はブッ壊れてる、お前が帰ったところでノイジ―ヘブンにゃ賞金稼ぎがうじゃうじゃいる、連中にすりゃライバルが一人減ってラッキーだろ。後は目立ちたがり屋にまかせとけ」
不愉快げに眇められた赤錆の瞳に苛立ちが浮かぶ。
「俺なんかいてもいなくても、どうせ捕まえられないから関係ないって言いたいのか」
「絡むなよ。悪い酒」
「飲ませたのはそっちだろ」
「大事なのはお前の気持ち。どうしたいんだ」
数呼吸の沈黙。二重に絡んだ鎖をいじり、ロザリオとドッグタグどちらを選ぶか迷い、良心をねじ伏せるようにドッグタグを掴む。
「……認めるのは悔しいけど、スワローの言い分も一理ある。死人は生き返らない、今さら戻っても手遅れだ。でも最後のお別れは譲れない」
「救えなくてごめんって伝えに行くのか」
「君と踊れて楽しかったって言いに行くんだ」
おもむろに酔っ払いが立ち上がり、幻のパートナーとダンスを踊りだす。
覚束ないステップを踏み、案の定こけ、劉に凭れ体を支える。
「ごめん」
「謝んな気色悪ィ。序でにダンス教えてくれ」
「え?」
「リベンジしたいんだろ。代わりに踊ってやる」
答えを待たず手をかっさらい、見様見真似のステップを踏んで回る。
繋いだ腕に頭を通し、ぎこちなく身を翻し、目と目が合った拍子にこらえかねて吹き出す。
俺はずっとだれかが一番欲しいもんの代わりだった。
今はピジョンが惚れた女の代わりをしてるが、これが不思議とまんざらでもねえ。
「俺たちの流儀で通夜しようぜ」
泣き笑いに似て顔が歪み、崩れる寸前で辛うじて持ちこたえ、腰を浮かす。
ピジョンのダンスはお世辞にも上手とは言い難いが、一緒に踊るのは楽しかった。
たまに新しい缶を開けぬるいビールを含み、よろけた弾みにお互いにかけ合い踊り明かす。
窓の外では刻々と夜が更け、『make or break』のネオンが紛いものの天国みたいに映える。
劉はピジョンの傷心が少しでも癒えるように願い、ピジョンは劉の心遣いに感謝した。
哥哥は相変わらず帰ってこない。どこで何をしてるのやら、連絡一本よこさない無責任ぶりだ。
ほったらかされた劉はピジョンと組んで地道な情報収集に励み、娼婦や客に聞き込みを行った。
二人が足を棒にしてノイジーヘブンを歩き回る傍ら、スワローは単独で動いてる。
「今日も空振りか。さすがに疲れたよ、シャワー浴びてくる」
「ああ」
ドアを開けて引っ込むピジョンと入れ違いに、隣から仏頂面のスワローが出てきた。寝起きなのだろうか、髪の毛がボサボサで目の下に隈が浮いてる。劉が苦言を呈す。
「酒臭ェ」
「うるせえ」
肩で押しのけ行こうとする少年に、すれ違いざま耳打ち。
「ツマんねえ意地張ってねェで引き取りに来い」
「やだね」
「あのな……」
「欲しいならやる」
「マジでもらっていいのか」
赤錆色の双眸が尖った険を帯び、劉を威圧する。
「あっちが勝手に出てったのに、なんでわざわざ迎えに行かなきゃいけねーんだ。頭下げて戻ってきてもらうとか冗談じゃねえぞ」
「今回俺は蟲中天として動いてんだ、アイツがいると色々やりにくい」
「じゃあケツ蹴り上げて叩き出せ」
「それは」
「できねーの?とんだお人好しだな。ピジョンも見る目ねえな、ダチだと思ってるヤツが裏でこっそりお迎え頼んでるとか知ったらがっかりするぜ」
舐め腐った暴言に神経がささくれだち、さらに皮肉を続けようとした直後、ナイフが股間を押し上げた。
「!ッ、」
たちどころに劉を壁際に押し付け、レオナルドで会陰を圧し、ジーパンの腰に噛ませる。
「やめ、ろ」
「声が上擦ってる。怖ェのか」
下腹に触れる冷たく固い感触が恐怖を呼び起こす。湿った吐息が耳朶に絡み、喉がヒク付く。
ジーパンからナイフが抜かれホッとしたのも束の間、劉の顔の横に刃が突き立てられた。
「……あんだけ啖呵切ったんだから暫く帰ってこねーよ、昔っから変なトコで強情なんだ。あっちがその気なら好きにさせる、きちんとわからしてテメェの方から帰ってこさせる。駄バトも鳩なら帰巣本能ってもんがあるだろ」
研ぎ澄まされた刃が壁に溝を彫り、垂直に落ちてくる。
「……なんでそんなむきになんだよ。行かしてやりゃいいじゃん、最後のお別れ位」
「……」
図星を突かれ二の句を継げないスワローを見据え、咥え煙草でしたたかに笑む。
「置き去りが怖い?それこそガキだな」
頬の薄皮を裂いたナイフを力ずくでどかし、吐き捨てた煙草を踏み潰す。
今度こそスワローは何も言わず、レオナルドをしまって行ってしまった。
「……チッ」
大人げないのは自分も同じだ。忌々しげに舌打ちし、煙草が切れてるのに気付いて買いに行く。
その頃ピジョンはシャワーを浴び終え、スナイパーライフルの手入れをしていた。銃に触れていると心が落ち着く。
「遅いな劉」
分解した銃を組み立て、またばらして組み立てる。ソファーに掛けてぼやいた時、偶然それが目に入った。マットレスの隙間に押し込まれたビデオテープ。呉が持参したということはいかがわしい代物に違いない、絶対そうだ。
「遠征先までポルノ持ってくるとか破廉恥が蛇革着て歩いてる人だな」
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「んん゛ッ゛!」
大いにもったいぶって咳払いし、素知らぬふりで表返す。
背には『Extra edition』のラベルが貼られていた。
何の番外編?本編は何処に?
「……ポルノじゃない、のか?」
謎めいたタイトルが興味をそそる。
人の物を盗み見するのはよくない。常識だそんなのは。
三十分に及ぶ葛藤の末、神妙な面持ちで再生装置にセットする。
結論から述べれば、それは出来心だった。劉の上司で師と長年の腐れ縁らしい呉が遠征先にわざわざ持参したテープの中身に好奇心を禁じ得ず、呉には実際襲われかけたこともあるからして、ていうかあの人には神父や劉もさんざん困らされてるわけだし、もしこれが弱みになるような性癖ならば脅しの切り札に使えるんじゃ?とぐるぐる考える。
生唾飲んでソファーに掛け直し、ブラウン管に浮かび上がる映像に凝視を注ぐ。
ザザッザザッと砂嵐が走る。
テレビが映し出すのはコンクリ打ち放しの地下室。がらが悪い男たちが大勢たむろし、口々に何か言い合っていた。周囲には大型犬用の檻が置かれ、裸の人間が閉じ込められてる。首輪を付けられた女や鎖で繋がれた男たち。
『さすが、効き目抜群だな』
『乳首もペニスもビンビンに勃ってやがる、腰がくびれたやらしー体だ』
悪意したたる嘲笑と蔑笑が渦巻き、不吉な予感が現実に形をとり、本能が警鐘を鳴らす。
これ以上見ちゃいけない。
見たら絶対後悔する。
電源を切る寸前、狂った口上が響いた。
『さあお立ち会い、カメラの向こうのアナタたちは実に運がいい!お目が高い紳士淑女の皆々様に長年ご愛顧いただいたコヨーテ・アグリー・ショーも本日最終回、我々一座はアンデッドエンドを去ることと相成った。されど哀しむなかれ、記念すべき最後の舞台を飾る主役にはとっておきの上玉を用意した』
画面中央に歩み出た男が両手を広げる。見覚えある顔……ドッグショーの主催者、コヨーテ・ダドリー。
手ブレが激しいカメラが後退していき、男達に組み伏せられた茶髪の少年を映し出す。
カメラが髪の根元に近付き、拡散していた焦点が徐々に絞られ、金色の地毛が暴かれる。
太陽に透かしたジンジャエールによく似た、綺麗なイエローゴールド。ピジョンが大好きな色。
『ほら見ろ金髪だ、天然色のイエローゴールド、やっぱり俺の目に狂いはなかった!なあそうだろ親父、飲んだくれのド変態よか断然鑑定眼が優れてんだ、新天地に移っても上手くやってけるさ、俺にゃあんたにゃねえ商才があるからな。残念だな、得意客には金髪のほうがウケがいいんだ。パツキンの人気は安定してるからな……ホースの高圧水流でおとすか?』
ダドリーが哄笑を上げて少年の髪を掴んで揺さぶる。犬用の口輪を嵌められ、全裸に剥かれた少年が嘲るように呻く。
『あん……た、ばかじゃねえ……の』
そうとも、俺は大馬鹿野郎だ。
カメラが全身舐め回すようにヌードを撮り、股間に生えたペニスと淡い翳りを映し、引き締まった胸板に実るピンクの突起を映し、そこにぶら下がるドッグタグを映す。
スワローだった。
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だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
神父様に捧げるセレナーデ
石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」
「足を開くのですか?」
「股開かないと始められないだろうが」
「そ、そうですね、その通りです」
「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」
「…………」
■俺様最強旅人×健気美人♂神父■
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
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