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僕と銭湯とヤクザのおっちゃん
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災害時に僕が心配したのは治安の悪化だ。
日本は治安のよい国だと言われている。僕の国(ブラジル)と比べたら治安は良すぎる。日常的に強盗はないし、殺人事件もない。酔っぱらって外で寝ていても危険はない。泥酔するまでアルコールを飲むなんて、最初は信じられなかった。さらには、財布を落としてもお金が取られずにそのまま返ってくるらしい。
喫茶店の席に鞄を置いたままトイレに行く人を見かけるが、もう少し、危機意識を持った方がいいような気もするのだが……
ブラジルで地震が起きたら、誰もがスーパーマーケットに押入って食料や飲料を強奪する。貴金属店も強盗被害に遭うだろう。
災害時において、他人のモラルに期待してはいけない。誰もが生きるために必死だから。
僕が感心したのは、災害時でも日本人がそういう行動に出ないことだった。
僕が知る限りそういう光景(強奪・強盗)はなかったけど(全くないわけではなかった)、いくら治安のよい日本でも気を付けないといけない。
学生寮にバリケードを設置した方がいいかもしれないし、武器を用意しておいた方がいいかもしれない。僕はそう思ったから、シゲに提案した。
「シゲ、治安が悪化した時のために、武器を携帯したり、学生寮に見張りを設置した方がよくないかな?」
「そやなー、交代で見張でもしよか。あと武器っていっても、金属バットとかそんなんしかないで。それでいいん?」
「ここは日本やから、それくらいで十分かな。僕の国だったら拳銃無いとヤバいけど……」
「まぁ、そこまで心配せんでもいいと思うで。ここは〇〇組のお膝元や。そんなに犯罪は起きひんのちゃうか?」
〇〇組は日本最大の指定暴力団だ。この学生寮を南に下った辺りに本部がある。僕は銭湯で何度か会ったおっちゃんのことを思い出した。おっちゃんは元気だろうか?
***
あれは、シゲに誘われて銭湯に行ったときのことだ。学生寮に風呂はあるのだが「銭湯は日本の文化やから経験しといた方がええ」とシゲに言われたからついていった。
ブラジルにも温泉はある。が、温泉に入る時には水着を着用する。ブラジルの温泉は、日本の温水プールに近い施設だと思ってもらえればいいと思う。日本では、温泉や銭湯は裸で入る。僕は日本風の「裸の付き合い」をこの時初めて経験した。
少し恥ずかしかったけど、「郷に入っては郷に従え」だ。
その銭湯へは僕、シゲ、遠藤と村田の4人で行った。
中に入ると僕たちの他にもお客さんはいて、洗い場にひと際目立つ中年男性が体を洗っていた。
なぜ目立つかというと、中年男性の腕・肩・背中にかけてタトゥー(刺青)が入っていたからだ。僕の国にはないタイプのタトゥー。和柄だし、タトゥーを入れている箇所が違う。
さすがの僕も、おっちゃんがジャパニーズ・マフィアだということは分かった。
僕がジロジロと見ていたからだろう、そのおっちゃんは僕に話しかけてきた。
「兄ちゃんの紋々(もんもん)は小さいのー」
――もんもん?
おっちゃんは難解な日本語を使った。
僕が知っている日本語は「悶々とする」の「もんもん」だ。悩みがあるとき、欲求不満のときに使う言葉だから……下半身の一物のことだと僕は推測した。
僕のホセ・ジュニアは、それなりのはず。
いやいや……日本人のおっちゃんに小さいと言われるサイズではない。
日本人のよりも長いはずだし、日本人のよりも太いはずだ。
僕は下半身を指さしながら、おっちゃんに「小さい?」と尋ねた。
僕の様子を見ていたおっちゃんは笑って「兄ちゃん、おもろいなー」と言った。
「紋々はチ〇ポとちゃう。肩のそれや」
そういうと、僕の肩にあるタトゥーを指した。
ああ、僕のタトゥーのことを言っているのか。少し安心した。
ホセ・ジュニアのサイズを侮辱されたわけではないようだ。
※紋々(もんもん)とは倶利迦羅紋紋(くりからもんもん)のことです。本来は倶利迦羅竜王の入れ墨を指しますが、単に入れ墨としても使われます。
たしかに、おっちゃんのタトゥーは僕の数十倍大きかった。
「僕は外国人なので、日本語がよく分からなくて……」
「ほー、ガイジンさんかー。どおりで、おしゃれな模様やなー」
おっちゃんは僕のタトゥーを褒めてくれた。
「おっちゃんのこそ、大きいですね」
「あー、これは昔入れたやつや。痛かったでー」
「そのサイズだと痛そうですね。麻酔は使ったんでしょ?」
「そんなん、使うかいなー。バカにされるわ!」
「うわー、痛そう……」
僕にはなぜ麻酔を使わないのか理解できなかったが、それが、おっちゃんのポリシーなのだろう。
「兄ちゃんは、何しに日本に来たんや? 仕事か?」
「学生です。近くの大学に通ってます」
「近くって〇〇大か?」
「そうです」
「はー、兄ちゃん偉いんやなー」
「そんなことないですよ」
「おっちゃんも、勉強しとけば良かったわー。アホはこの業界でも出世せんしなー」
「へー」
「兄ちゃんは、おっちゃんみたいにならんように、よー勉強しいや!」
「はぁ」
「それとな、悪いことはしたらあかんで」
そういうと、おじさんは湯船に浸かりに行って、湯船にちょっと浸かったら出ていった。
僕に「悪いことしたらあかんでー!」と言いながら。
僕は銭湯の解放感が好きになったから、その後も何度か銭湯に行った。
たまに銭湯でおっちゃんに会ったが、毎回「勉強しいやー」と「悪いことしたらあかんでー」と言われた。
僕が「おっちゃんもなー」と言ったら、おっちゃんは笑っていた。
おっちゃん元気かな?
日本は治安のよい国だと言われている。僕の国(ブラジル)と比べたら治安は良すぎる。日常的に強盗はないし、殺人事件もない。酔っぱらって外で寝ていても危険はない。泥酔するまでアルコールを飲むなんて、最初は信じられなかった。さらには、財布を落としてもお金が取られずにそのまま返ってくるらしい。
喫茶店の席に鞄を置いたままトイレに行く人を見かけるが、もう少し、危機意識を持った方がいいような気もするのだが……
ブラジルで地震が起きたら、誰もがスーパーマーケットに押入って食料や飲料を強奪する。貴金属店も強盗被害に遭うだろう。
災害時において、他人のモラルに期待してはいけない。誰もが生きるために必死だから。
僕が感心したのは、災害時でも日本人がそういう行動に出ないことだった。
僕が知る限りそういう光景(強奪・強盗)はなかったけど(全くないわけではなかった)、いくら治安のよい日本でも気を付けないといけない。
学生寮にバリケードを設置した方がいいかもしれないし、武器を用意しておいた方がいいかもしれない。僕はそう思ったから、シゲに提案した。
「シゲ、治安が悪化した時のために、武器を携帯したり、学生寮に見張りを設置した方がよくないかな?」
「そやなー、交代で見張でもしよか。あと武器っていっても、金属バットとかそんなんしかないで。それでいいん?」
「ここは日本やから、それくらいで十分かな。僕の国だったら拳銃無いとヤバいけど……」
「まぁ、そこまで心配せんでもいいと思うで。ここは〇〇組のお膝元や。そんなに犯罪は起きひんのちゃうか?」
〇〇組は日本最大の指定暴力団だ。この学生寮を南に下った辺りに本部がある。僕は銭湯で何度か会ったおっちゃんのことを思い出した。おっちゃんは元気だろうか?
***
あれは、シゲに誘われて銭湯に行ったときのことだ。学生寮に風呂はあるのだが「銭湯は日本の文化やから経験しといた方がええ」とシゲに言われたからついていった。
ブラジルにも温泉はある。が、温泉に入る時には水着を着用する。ブラジルの温泉は、日本の温水プールに近い施設だと思ってもらえればいいと思う。日本では、温泉や銭湯は裸で入る。僕は日本風の「裸の付き合い」をこの時初めて経験した。
少し恥ずかしかったけど、「郷に入っては郷に従え」だ。
その銭湯へは僕、シゲ、遠藤と村田の4人で行った。
中に入ると僕たちの他にもお客さんはいて、洗い場にひと際目立つ中年男性が体を洗っていた。
なぜ目立つかというと、中年男性の腕・肩・背中にかけてタトゥー(刺青)が入っていたからだ。僕の国にはないタイプのタトゥー。和柄だし、タトゥーを入れている箇所が違う。
さすがの僕も、おっちゃんがジャパニーズ・マフィアだということは分かった。
僕がジロジロと見ていたからだろう、そのおっちゃんは僕に話しかけてきた。
「兄ちゃんの紋々(もんもん)は小さいのー」
――もんもん?
おっちゃんは難解な日本語を使った。
僕が知っている日本語は「悶々とする」の「もんもん」だ。悩みがあるとき、欲求不満のときに使う言葉だから……下半身の一物のことだと僕は推測した。
僕のホセ・ジュニアは、それなりのはず。
いやいや……日本人のおっちゃんに小さいと言われるサイズではない。
日本人のよりも長いはずだし、日本人のよりも太いはずだ。
僕は下半身を指さしながら、おっちゃんに「小さい?」と尋ねた。
僕の様子を見ていたおっちゃんは笑って「兄ちゃん、おもろいなー」と言った。
「紋々はチ〇ポとちゃう。肩のそれや」
そういうと、僕の肩にあるタトゥーを指した。
ああ、僕のタトゥーのことを言っているのか。少し安心した。
ホセ・ジュニアのサイズを侮辱されたわけではないようだ。
※紋々(もんもん)とは倶利迦羅紋紋(くりからもんもん)のことです。本来は倶利迦羅竜王の入れ墨を指しますが、単に入れ墨としても使われます。
たしかに、おっちゃんのタトゥーは僕の数十倍大きかった。
「僕は外国人なので、日本語がよく分からなくて……」
「ほー、ガイジンさんかー。どおりで、おしゃれな模様やなー」
おっちゃんは僕のタトゥーを褒めてくれた。
「おっちゃんのこそ、大きいですね」
「あー、これは昔入れたやつや。痛かったでー」
「そのサイズだと痛そうですね。麻酔は使ったんでしょ?」
「そんなん、使うかいなー。バカにされるわ!」
「うわー、痛そう……」
僕にはなぜ麻酔を使わないのか理解できなかったが、それが、おっちゃんのポリシーなのだろう。
「兄ちゃんは、何しに日本に来たんや? 仕事か?」
「学生です。近くの大学に通ってます」
「近くって〇〇大か?」
「そうです」
「はー、兄ちゃん偉いんやなー」
「そんなことないですよ」
「おっちゃんも、勉強しとけば良かったわー。アホはこの業界でも出世せんしなー」
「へー」
「兄ちゃんは、おっちゃんみたいにならんように、よー勉強しいや!」
「はぁ」
「それとな、悪いことはしたらあかんで」
そういうと、おじさんは湯船に浸かりに行って、湯船にちょっと浸かったら出ていった。
僕に「悪いことしたらあかんでー!」と言いながら。
僕は銭湯の解放感が好きになったから、その後も何度か銭湯に行った。
たまに銭湯でおっちゃんに会ったが、毎回「勉強しいやー」と「悪いことしたらあかんでー」と言われた。
僕が「おっちゃんもなー」と言ったら、おっちゃんは笑っていた。
おっちゃん元気かな?
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