幼少期に相思相愛だった相手に婚約を申し込んだら袖にされた。 十二年疎遠だったから無理もない? 私たちは毎夜語らっていたのになぜ……。

川嶋マサヒロ

文字の大きさ
47 / 53

46「花と草」

しおりを挟む
 レディセイント聖女とは何者か? 一般的には強力なヒール癒しグレースのスキルを持つ女性と言われている。この二つに特化するのは女性の特権であった。
 しかし、ただこの二つが強いだけではレディセイント聖女などとは呼ばれない。他のスキルとそれらを複合させる固有の力こそが、人をセイント聖人たらしめる。
 神より授かった力、レディセイント聖女たる由縁だ。
 シルヴェリオは思考を巡らす。
 あの聖女が、はたしてどのようなスキルを複合させていたか。街全体を包む広範囲な結界。スキルを押さえ込むカウンタースキル――。

 カラン、カランと鐘の音と共に客が入店する。シルヴェリオの思考は仕事モードに切り替わった。ここは【ミコラーシュ】のカウンターだ。
「食事を買ってくるよ。何でもいいか?」
 レティが奥から出てくる。
「はい。お使いぐらい、私が行きましょうか?」
「いや。これが楽しみなんだ。見て直感で決める。これが美味しい食事のコツだな」
「では、お願いします」
 シルヴェリオは【ミコラーシュ】の店内を見回した。客のピークはお昼が終わってからだ。

 カーテンの奥から令嬢が現われる。少し困ったようなそぶりを見せた。
(あそこの客がいたか。少し待ってもら――)
 その令嬢は意を決したようにカウンターに向かう。急いでいる客もいるだろう。
「あの、これを……」
 もじもじしながら紙袋を出す。全て値札付なので会計は簡単だが――。
「!」
 商品は女性用の下着である。
(とんだ重要秘密だったな)
 シルヴェリオはつとめて事務的に会計を進める。淡々と、ただ淡々と商品の値札を確認した。
「ん?」
「どうかしましたか?」
「この刺繍はアネモネか……」
「まあ、花の名前などあまり気にしませんでした」
 一瞬だけ、薬草とは花の効用もあるのではないか? と考えてしまった。しかたなしと客令嬢に話を合わせる。
「これはアフロディーテが流した涙の花ですね」
「涙ですか……。良くないデザインなのですか?」
「いいえ。神話の花は涙と悲しみばかりです。そこは神に任せて、人は花の美しさだけを楽しむのだそうですよ」
「まあ……」
 令嬢はクスリと笑った。
「師匠の受け売りですね。花は私もよく絵のモチーフなどに使います」
(そういえば花の薬草など聞いたことがないな。毒の問題か?)
 レティが帰って来た。邪魔しては悪いと素知らぬ顔で事務室に入る。
「せっかくですから、他にも教えて頂きたいわ」
「レースはカルディツァ工房、デザインはカテリニの流れを汲んでいますね。アネモネの刺繍はプトレマイダです」
「言われて見れば――。でもなぜ刺繍がプトレマイダなのですか?」
「ここの赤い染料は独特なのですよ。門外不出の糸を使い工房の中で、おそらく新人の仕事でしょう。大丈夫。工房長の公認ですよ」
「他にはどうですか?」
「ニードルレースはタイプ・ナインティーン。十年ほど前に王室行事のために作られた一品です。これはその時の端布ハギレか試作をとっておいたのでしょう」
「こっ、こんなの頂けません。それに安すぎでしょうに……」
「いえ、経営者の方針なのでしょう。どうか、お気になさらずに」
 客はご機嫌で帰って行った。売った方の気分も悪くはない。
(不思議な気分だな。私の仕事でもないのに)

「奥にお客様がいたか。問題はなかったかな?」
 事務室からレティが顔を出す。
「問題があるとすれば、値付けでしょうか。私も安いと思います」
「今お前が説明しただろう。経営者の方針だ。工房も賛同したうえだよ。接客はどうだ?」
「どうだと言われても……。普通ですが」
「そうか。令嬢たちも馴れてきたかな? これからは奥の客もみてもらうか」
「はい」
「交代する。休憩しろ」

(結局は屋台サンドか……)
 レティの直感は具の問題だけのようだ。とは言え美味だと、シルヴェリオは昼食にバクつく。
レディセイント聖女は――いや、花の話だったな。それに毒の草もあるか……)
 シルヴェリオの思考は混乱した。考え事は魔人から女性の下着まで幅広い。
(神話の花は涙と悲しみばかり……。魔草も同じだ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...