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第13話 逃亡!
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午前10時から片付けを始めて、いまは午後1時——
私は、絶望感にさいなまれていた。
いくら片付けても終わらない……。
「そもそもモノ多すぎる!」
頭を抱えていたところに、ユウが現れた。
「うわっ……なにこれ……」
「紗友さんの家……」
「掃除のバイトってやつ?」
「そう……紗友さん、おしとやか系のキャラとみせかけて、凶悪極まるこの散らかしっぷり! 始めてから3時間も経つのに、最初に手を付けたリビングすら終わってない……」
「もうお昼過ぎてるけど、ご飯は食べたの?」
「そんな暇はない」
「何か食べた方がいいんじゃない? おなか空いてると悲観的になるよ」
「……そうだね」
紗友さんが用意してくれたお昼ごはん——コンビニのおにぎり——を食べ終わると、元気が出てきた。
「あれはなんだろう……あそこの木彫りの人形みたいなの」
ユウが部屋の隅を指差す。
「さぁ……禍々しい顔してるから、呪いの儀式とかに使うアイテム?」
「その額に入った絵はなに?」
今度は壁。
「UFOの内部……かな。てか、私に聞かれてもわかんないよ」
「さすがはオカルト研究会の会長というべきか。怪しいモノばっかりだ」
「そういう大物はまだマシ。壊さないように気をつければいいだけだし。地味に気力と体力を削っていくのが、膨大な量の本だよ」
「本って重いからね……」
「オカルト系も多いけど、それ以外のジャンルも幅広い。紗友さん、これ全部読んでるのかな……」
「速読が出来るとか……あ、卒業アルバムだ」
床に積んであった魔術書の間に、卒業アルバムが挟まっていた。
興味本位で手に取って、パラパラとページをめくる。
「中学校の卒業アルバムだね……紗友さんとみっこセンパイは同じ中学校の出身なんだ」
「美里は?」
「私はその隣の中学校。学区がギリギリのとこなんだよね。どこの学校にも遠いっていう」
「遠距離なら自転車通学ができるから、むしろ楽なんじゃないの?」
「私、自転車乗れないから……」
「ははぁ」
「小学校の頃は、自転車持ってる友達が羨ましかったな」
「買ってもらえなかったの?」
「自転車なんて危ないし必要ない、って伯母さんに言われてさ……大人になったら、働いて自分で買おうって思ったの」
「苦労してるねぇ……」
「その代わり、走るのが得意になったよ。自転車に乗った友達の横を走って移動してた」
「それ、友達も気まずくない?」
「だよねぇ……当時は変だと思わなかったけど、友達に気を遣わせてたと思う」
「美里って友達いたんだね」
「当時は普通にいたんだけど……周りがスマホを持ち始めた頃から、だんだん疎遠になっちゃって。私自身も、思春期に入った頃から内にこもる性格に変わったみたいで、それで余計にね」
「やっぱり、スマホも伯母さんに反対された?」
「そもそもスマホが欲しいなんて言い出せなかった。まぁ、結局アレルギー……みたいな反応が出るから、持ちたくても持てないんだけど」
「どこまでがアレルギーなんだろうね。スマホとかデジカメはダメでしょ」
「電子辞書もダメ」
「テレビのリモコンとかは」
「それは大丈夫」
「フィルムカメラだって、電池を使うやつもあるでしょ」
「それも大丈夫」
「基準がわからないな……何に反応してるんだろう?」
「わかんないけど……自分では、心理的なものだと思ってる。心と体はつながってるから」
「やっかいだねぇ」
「心理的な原因なら、いずれ克服できるかもしれない……見てこれ、紗友さんもみっこセンパイも可愛い!」
アルバムの中に、みっこセンパイと紗友さんが並んで写っている写真を見つけた。
「手を繋いで仲良さそうだね」
「告白したのは高校に入ってからって言ってたから、このときはまだ友達同士ってことか」
「告白……なにそれ?」
「私もさっき知ったんだけど、みっこセンパイと紗友さんって付き合ってるんだよ」
「ええっ!」
「みっこセンパイ、ここに入り浸ってるんだって」
「もう、同棲じゃん」
「どうりで、この散らかった部屋でもスイスイと動き回れるわけだ」
「驚いたなぁ」
「私もびっくりした。でもいいなぁ……好きな人と気兼ねなく一緒に居られる生活……憧れるなぁ……」
「美里がいま住んでる家じゃ、無理だもんね」
「それもあるけど、私の場合はそれ以前の問題だよ……紗友さんにも後悔しないように行動しろって言われたし……色々と考えちゃうなぁ」
「あいつのことなら、僕はやめといた方がいいと思うけど」
「嫉妬でしょ?」
「違うって」
その後4時間――
私は頑張った……偉いぞ、私。
「ただいま~」
紗友さんとみっこセンパイが帰ってきた。
ユウはとっくの昔に姿を消している。
薄情者め……。
「おおっ、床が見える!」
「ほんと、久しぶり……へぇ、うちのフローリングってこんな木目だったんだ」
「なんか、ツヤツヤしてないか……」
「……ワックスかけましたから」
リビングのソファから苦労して起き上がる。
ぽかんと口を開けて周囲を見回しながら、紗友さんとみっこセンパイが部屋に入ってきた。
紗友さんが両手に持った紙袋から、なにやら怪しげなアイテムが飛び出している。
またモノが増えるのか……。
「すごいよ美里ちゃん!」
「こんなにスッキリするなんて……美里、どんな汚い手を使ったんだよ」
「汚い手ってなんですか……とりあえず、いちばん使ってなさそうな部屋に、ガラク……いやその荷物を詰め込んでおきました」
「この家ってこんなに広かったんだねぇ……この呪物も飾るスペースができてよかった」
と、紗友さんが紙袋から取り出した包みを開く。
出てきたのは、茶色にひからびた……なんだろう?
「なんですか、それ……」
「乾燥させたアルマジロ」
「ひえっ!」
「ブードゥーの儀式で使うアイテムなんだ」
「そ、そんなの持ってて大丈夫なんですか……」
「これ、レプリカだから。本物みたいに見えるでしょ?」
「……本物を知りません」
「ケーキ買ってきたから、食べようぜ」
みっこセンパイが、キッチンでお茶の準備を始めた。
「私、手伝います」
「美里は座ってな。掃除で疲れてるだろうし」
「でも……」
「いいから座ってろって」
「そうですか……じゃ、お言葉に甘えて」
「いやぁ、食器棚も綺麗に整理されて……ここんち、ちゃんとしたお茶セットがあるんだな」
「あるよぉ……今までは発見されなかっただけで」紗友さんが口を尖らせる。
「美里ちゃんのおかげだね」
「どうせすぐに混沌が戻ってくるって」
「それまでは、秩序を享受しよう」
……恐ろしい会話が聞こえてくる。
ほどなく、みっこセンパイがケーキと紅茶の用意をして戻ってきた。
「これ、らしくない形してるけど、モンブランなんだ」
「へぇ……こんなモンブラン、初めて見ました」
モンブランケーキと言われて私が思い浮かべるのは、細い紐みたいなニョロニョロのクリームをこんもりと盛り上げて、頂上に栗を丸ごと乗せた形だ。
でも、目の前にあるモンブランは、思ったのと違う形をしている。
全体的な形状はタージマハルのてっぺんみたい。モンブランに特徴的な紐状のクリームがなくて、表面はつるんとしている。
「いただきます」
フォークを入れると、外側は殻状になった固めのマロンペースト、中はふんわりとしたカスタードと軽めのクリームが詰まっている。土台はスポンジケーキ。
ひとくち食べると、
「あ、おいしい!」
軽い口当たりで箸が進む――いや、この場合はフォークが進むと言うべきか。
子供の握りこぶしくらいあるケーキだったが、あっという間に食べ終わっていた。
「ふふ……いい食べっぷり」
紗友さんがニコニコ顔で私をじっと見ている。
ケーキなんてほとんど食べたことがないから、つい夢中になってしまった。
恥ずかしい……。
「モンブランってどっしりと重めな味のものが多いけど、ここのはあっさりして甘さ控えめなんだよね」
と、紗友さん。
「チョコのやつも旨いから試してみろよ」
みっこセンパイが、チョコ色のモンブランを持ってきてくれる。
「……ス、スミマセン」
「たくさん買っちゃったから、どんどん食べて」
「この金持ちめ」
みっこセンパイが冗談めかして言う。
「いくらお金があっても、買えないものだってあるんだよ」
そう答える紗友さんは、ちょっと寂しげな表情。
「紗友さんとみっこセンパイって、中学のときから仲良しだったんですね」
「私は転校生だったんだけど、他人に合わせるのが苦手な性格だったから、クラスに馴染めなくて孤立しちゃってね……見かねて声をかけてくれたのがみっこだった」
「馴染もうとする努力のカケラすらなかったからな」
「だって、私は私だもん」
「あの頃の紗友は、社会性がゼロどころかマイナスだった……」
「みっこが仲立ちになってくれて、何とか周りに馴染んでいくことができたと思う」
「苦労したなぁ……あの頃は」
「みっこは、どうしてあのとき私に親切にしてくれたの?」
「……いまさらそれ聞く?」
「聞きたいなぁ」
「私も聞きたいです」
「み、美里まで……オレを困らせるな」
「ねぇ、どうして?」
「不思議ですよねぇ」
「ね~っ?」
「くっ……だから、気になったからだよ」
「どういう所が気になったんですか?」
「それは……か、顔……かな……」
「好みのタイプだったと?」
「美里……おまえは芸能レポーターか……」
「顔が好みだったんですね?」
「そうだよ」
「好きだという気持ちに気づいたのは、いつ頃ですか?」
「……はじめから」
「一目惚れってことですか」
「ああ」
「でも、告白したのは高校に入ってからですよね」
「怖かったからな」
「というと?」
「断られたらどうしようって思ってたよ。それで関係が壊れるのが怖かった」
「……なるほど」
「でも高校に入ってから、紗友が急にモテだしてさ」
「みっこセンパイのおかげで、社交性が出てきましたもんね」
「余計なことをしたと思ったね」
「美人で人当たりもいいとなれば、そりゃモテますねぇ」
「だろ……そんで焦ってさ……」
「告白はどこで?」
「そんなの言えるかよ」
「夜景の見える丘の上だったね」
「ちょッ……さ、紗友——」
「ベタですねぇ……それに、みっこセンパイって意外とロマンチスト」
「意外とか言うな……少しでも成功率を上げたかったから、こっちも必死だったんだ……」
「健気ですねぇ」
「そもそもなんでオレ、こんな話してるんだ……美里はどうなんだよ」
「へ……わ、私ですか」
「紗友から聞いたぞ。占いの結果が悪くて落ち込んでるんだって?」
「そそそんなことありませんって」
「相手は誰だよ」
「そそそそそそそんなこといっ、言えるわけないじゃないですか」
「言っちゃえよ。場合によっちゃ協力できるかもしれないぞ」
「うぅ……あっ! そろそろ帰らなきゃ!」
「おい、待てよ美里――」
「ケーキごちそうさまでした、失礼します!」
カップに残った冷めた紅茶をぐっと飲み干すと、私はその場から逃げ出した。
背後でみっこセンパイが何か言っているのが聞こえたが、とにかくここを離れなきゃ……。
「はぁっ、はぁつ……こ、ここまで来ればもう大丈夫……」
「美里……掃除は終わったの?」
ユウの言葉で我に返る。
どこをどう走ったものか……気が付けば、いつもジョギングで走っている土手にいた。
「汗がすごいけど……」
「み、みっこセンパイの取り調べがキツくて……思わず逃げ出しちゃった……ふぅっ……ふぅっ……」
ようやく息が整ってきた。
「何を言ってるのかわからないけど、逃げ切れたみたいで良かった」
「危ないところだったよ」
「足が速くて良かったね」
「逃げ足には自信があるんだ」
「戦うよりも逃げた方がいい場合も多いもんね……そんなに危険な目に遭ったの?」
「危険も危険……もう少しで貞操の危機」
「てっ、貞操!?」
「……好きな人が誰か、白状させられそうになった」
「え……それって貞操の危機って言う?」
「私の宇宙では言うの!」
「ルーカスみたいなことを……」
「とにかく、あのままあの場所にいたら、何を言わされるかわかったもんじゃない」
「ははぁ……? ま、でもお金がもらえたんだから、良かったじゃない」
「えっ?」
「えっ?」
「あああっ! アルバイト代、もらい忘れた~っ!」
「……どうしてそういうことになるんだろう」
「うぅ……みっこセンパイが悪いんだ……あんな……私を追い詰めるようなこと言うから……報酬ももらわずに逃げ出すことになって……はぁ……まぁ、紗友さんのことだから、踏み倒すようなことはしないだろうし……学校で会ったときに、もらえばいいや」
「美里って、テンパると後先考えずに行動することあるよね」
「……はい」
「心に余裕がないんだろうね」
「……返す言葉もございません」
「今日はやけに素直じゃない」
「……心身ともに疲れてるから」
「じゃ、早く帰って体を休めなきゃ」
「そうする」
土手から見える川面が、夕日を受けてキラキラと輝いている。
綺麗だなぁ……。
真也さんと他愛もない話をしながら、この道を一緒に歩けたらいいのに……。
くしゅん!
汗が引いて寒くなってきた。
早く帰って熱いシャワーを浴びよう――
私は、絶望感にさいなまれていた。
いくら片付けても終わらない……。
「そもそもモノ多すぎる!」
頭を抱えていたところに、ユウが現れた。
「うわっ……なにこれ……」
「紗友さんの家……」
「掃除のバイトってやつ?」
「そう……紗友さん、おしとやか系のキャラとみせかけて、凶悪極まるこの散らかしっぷり! 始めてから3時間も経つのに、最初に手を付けたリビングすら終わってない……」
「もうお昼過ぎてるけど、ご飯は食べたの?」
「そんな暇はない」
「何か食べた方がいいんじゃない? おなか空いてると悲観的になるよ」
「……そうだね」
紗友さんが用意してくれたお昼ごはん——コンビニのおにぎり——を食べ終わると、元気が出てきた。
「あれはなんだろう……あそこの木彫りの人形みたいなの」
ユウが部屋の隅を指差す。
「さぁ……禍々しい顔してるから、呪いの儀式とかに使うアイテム?」
「その額に入った絵はなに?」
今度は壁。
「UFOの内部……かな。てか、私に聞かれてもわかんないよ」
「さすがはオカルト研究会の会長というべきか。怪しいモノばっかりだ」
「そういう大物はまだマシ。壊さないように気をつければいいだけだし。地味に気力と体力を削っていくのが、膨大な量の本だよ」
「本って重いからね……」
「オカルト系も多いけど、それ以外のジャンルも幅広い。紗友さん、これ全部読んでるのかな……」
「速読が出来るとか……あ、卒業アルバムだ」
床に積んであった魔術書の間に、卒業アルバムが挟まっていた。
興味本位で手に取って、パラパラとページをめくる。
「中学校の卒業アルバムだね……紗友さんとみっこセンパイは同じ中学校の出身なんだ」
「美里は?」
「私はその隣の中学校。学区がギリギリのとこなんだよね。どこの学校にも遠いっていう」
「遠距離なら自転車通学ができるから、むしろ楽なんじゃないの?」
「私、自転車乗れないから……」
「ははぁ」
「小学校の頃は、自転車持ってる友達が羨ましかったな」
「買ってもらえなかったの?」
「自転車なんて危ないし必要ない、って伯母さんに言われてさ……大人になったら、働いて自分で買おうって思ったの」
「苦労してるねぇ……」
「その代わり、走るのが得意になったよ。自転車に乗った友達の横を走って移動してた」
「それ、友達も気まずくない?」
「だよねぇ……当時は変だと思わなかったけど、友達に気を遣わせてたと思う」
「美里って友達いたんだね」
「当時は普通にいたんだけど……周りがスマホを持ち始めた頃から、だんだん疎遠になっちゃって。私自身も、思春期に入った頃から内にこもる性格に変わったみたいで、それで余計にね」
「やっぱり、スマホも伯母さんに反対された?」
「そもそもスマホが欲しいなんて言い出せなかった。まぁ、結局アレルギー……みたいな反応が出るから、持ちたくても持てないんだけど」
「どこまでがアレルギーなんだろうね。スマホとかデジカメはダメでしょ」
「電子辞書もダメ」
「テレビのリモコンとかは」
「それは大丈夫」
「フィルムカメラだって、電池を使うやつもあるでしょ」
「それも大丈夫」
「基準がわからないな……何に反応してるんだろう?」
「わかんないけど……自分では、心理的なものだと思ってる。心と体はつながってるから」
「やっかいだねぇ」
「心理的な原因なら、いずれ克服できるかもしれない……見てこれ、紗友さんもみっこセンパイも可愛い!」
アルバムの中に、みっこセンパイと紗友さんが並んで写っている写真を見つけた。
「手を繋いで仲良さそうだね」
「告白したのは高校に入ってからって言ってたから、このときはまだ友達同士ってことか」
「告白……なにそれ?」
「私もさっき知ったんだけど、みっこセンパイと紗友さんって付き合ってるんだよ」
「ええっ!」
「みっこセンパイ、ここに入り浸ってるんだって」
「もう、同棲じゃん」
「どうりで、この散らかった部屋でもスイスイと動き回れるわけだ」
「驚いたなぁ」
「私もびっくりした。でもいいなぁ……好きな人と気兼ねなく一緒に居られる生活……憧れるなぁ……」
「美里がいま住んでる家じゃ、無理だもんね」
「それもあるけど、私の場合はそれ以前の問題だよ……紗友さんにも後悔しないように行動しろって言われたし……色々と考えちゃうなぁ」
「あいつのことなら、僕はやめといた方がいいと思うけど」
「嫉妬でしょ?」
「違うって」
その後4時間――
私は頑張った……偉いぞ、私。
「ただいま~」
紗友さんとみっこセンパイが帰ってきた。
ユウはとっくの昔に姿を消している。
薄情者め……。
「おおっ、床が見える!」
「ほんと、久しぶり……へぇ、うちのフローリングってこんな木目だったんだ」
「なんか、ツヤツヤしてないか……」
「……ワックスかけましたから」
リビングのソファから苦労して起き上がる。
ぽかんと口を開けて周囲を見回しながら、紗友さんとみっこセンパイが部屋に入ってきた。
紗友さんが両手に持った紙袋から、なにやら怪しげなアイテムが飛び出している。
またモノが増えるのか……。
「すごいよ美里ちゃん!」
「こんなにスッキリするなんて……美里、どんな汚い手を使ったんだよ」
「汚い手ってなんですか……とりあえず、いちばん使ってなさそうな部屋に、ガラク……いやその荷物を詰め込んでおきました」
「この家ってこんなに広かったんだねぇ……この呪物も飾るスペースができてよかった」
と、紗友さんが紙袋から取り出した包みを開く。
出てきたのは、茶色にひからびた……なんだろう?
「なんですか、それ……」
「乾燥させたアルマジロ」
「ひえっ!」
「ブードゥーの儀式で使うアイテムなんだ」
「そ、そんなの持ってて大丈夫なんですか……」
「これ、レプリカだから。本物みたいに見えるでしょ?」
「……本物を知りません」
「ケーキ買ってきたから、食べようぜ」
みっこセンパイが、キッチンでお茶の準備を始めた。
「私、手伝います」
「美里は座ってな。掃除で疲れてるだろうし」
「でも……」
「いいから座ってろって」
「そうですか……じゃ、お言葉に甘えて」
「いやぁ、食器棚も綺麗に整理されて……ここんち、ちゃんとしたお茶セットがあるんだな」
「あるよぉ……今までは発見されなかっただけで」紗友さんが口を尖らせる。
「美里ちゃんのおかげだね」
「どうせすぐに混沌が戻ってくるって」
「それまでは、秩序を享受しよう」
……恐ろしい会話が聞こえてくる。
ほどなく、みっこセンパイがケーキと紅茶の用意をして戻ってきた。
「これ、らしくない形してるけど、モンブランなんだ」
「へぇ……こんなモンブラン、初めて見ました」
モンブランケーキと言われて私が思い浮かべるのは、細い紐みたいなニョロニョロのクリームをこんもりと盛り上げて、頂上に栗を丸ごと乗せた形だ。
でも、目の前にあるモンブランは、思ったのと違う形をしている。
全体的な形状はタージマハルのてっぺんみたい。モンブランに特徴的な紐状のクリームがなくて、表面はつるんとしている。
「いただきます」
フォークを入れると、外側は殻状になった固めのマロンペースト、中はふんわりとしたカスタードと軽めのクリームが詰まっている。土台はスポンジケーキ。
ひとくち食べると、
「あ、おいしい!」
軽い口当たりで箸が進む――いや、この場合はフォークが進むと言うべきか。
子供の握りこぶしくらいあるケーキだったが、あっという間に食べ終わっていた。
「ふふ……いい食べっぷり」
紗友さんがニコニコ顔で私をじっと見ている。
ケーキなんてほとんど食べたことがないから、つい夢中になってしまった。
恥ずかしい……。
「モンブランってどっしりと重めな味のものが多いけど、ここのはあっさりして甘さ控えめなんだよね」
と、紗友さん。
「チョコのやつも旨いから試してみろよ」
みっこセンパイが、チョコ色のモンブランを持ってきてくれる。
「……ス、スミマセン」
「たくさん買っちゃったから、どんどん食べて」
「この金持ちめ」
みっこセンパイが冗談めかして言う。
「いくらお金があっても、買えないものだってあるんだよ」
そう答える紗友さんは、ちょっと寂しげな表情。
「紗友さんとみっこセンパイって、中学のときから仲良しだったんですね」
「私は転校生だったんだけど、他人に合わせるのが苦手な性格だったから、クラスに馴染めなくて孤立しちゃってね……見かねて声をかけてくれたのがみっこだった」
「馴染もうとする努力のカケラすらなかったからな」
「だって、私は私だもん」
「あの頃の紗友は、社会性がゼロどころかマイナスだった……」
「みっこが仲立ちになってくれて、何とか周りに馴染んでいくことができたと思う」
「苦労したなぁ……あの頃は」
「みっこは、どうしてあのとき私に親切にしてくれたの?」
「……いまさらそれ聞く?」
「聞きたいなぁ」
「私も聞きたいです」
「み、美里まで……オレを困らせるな」
「ねぇ、どうして?」
「不思議ですよねぇ」
「ね~っ?」
「くっ……だから、気になったからだよ」
「どういう所が気になったんですか?」
「それは……か、顔……かな……」
「好みのタイプだったと?」
「美里……おまえは芸能レポーターか……」
「顔が好みだったんですね?」
「そうだよ」
「好きだという気持ちに気づいたのは、いつ頃ですか?」
「……はじめから」
「一目惚れってことですか」
「ああ」
「でも、告白したのは高校に入ってからですよね」
「怖かったからな」
「というと?」
「断られたらどうしようって思ってたよ。それで関係が壊れるのが怖かった」
「……なるほど」
「でも高校に入ってから、紗友が急にモテだしてさ」
「みっこセンパイのおかげで、社交性が出てきましたもんね」
「余計なことをしたと思ったね」
「美人で人当たりもいいとなれば、そりゃモテますねぇ」
「だろ……そんで焦ってさ……」
「告白はどこで?」
「そんなの言えるかよ」
「夜景の見える丘の上だったね」
「ちょッ……さ、紗友——」
「ベタですねぇ……それに、みっこセンパイって意外とロマンチスト」
「意外とか言うな……少しでも成功率を上げたかったから、こっちも必死だったんだ……」
「健気ですねぇ」
「そもそもなんでオレ、こんな話してるんだ……美里はどうなんだよ」
「へ……わ、私ですか」
「紗友から聞いたぞ。占いの結果が悪くて落ち込んでるんだって?」
「そそそんなことありませんって」
「相手は誰だよ」
「そそそそそそそんなこといっ、言えるわけないじゃないですか」
「言っちゃえよ。場合によっちゃ協力できるかもしれないぞ」
「うぅ……あっ! そろそろ帰らなきゃ!」
「おい、待てよ美里――」
「ケーキごちそうさまでした、失礼します!」
カップに残った冷めた紅茶をぐっと飲み干すと、私はその場から逃げ出した。
背後でみっこセンパイが何か言っているのが聞こえたが、とにかくここを離れなきゃ……。
「はぁっ、はぁつ……こ、ここまで来ればもう大丈夫……」
「美里……掃除は終わったの?」
ユウの言葉で我に返る。
どこをどう走ったものか……気が付けば、いつもジョギングで走っている土手にいた。
「汗がすごいけど……」
「み、みっこセンパイの取り調べがキツくて……思わず逃げ出しちゃった……ふぅっ……ふぅっ……」
ようやく息が整ってきた。
「何を言ってるのかわからないけど、逃げ切れたみたいで良かった」
「危ないところだったよ」
「足が速くて良かったね」
「逃げ足には自信があるんだ」
「戦うよりも逃げた方がいい場合も多いもんね……そんなに危険な目に遭ったの?」
「危険も危険……もう少しで貞操の危機」
「てっ、貞操!?」
「……好きな人が誰か、白状させられそうになった」
「え……それって貞操の危機って言う?」
「私の宇宙では言うの!」
「ルーカスみたいなことを……」
「とにかく、あのままあの場所にいたら、何を言わされるかわかったもんじゃない」
「ははぁ……? ま、でもお金がもらえたんだから、良かったじゃない」
「えっ?」
「えっ?」
「あああっ! アルバイト代、もらい忘れた~っ!」
「……どうしてそういうことになるんだろう」
「うぅ……みっこセンパイが悪いんだ……あんな……私を追い詰めるようなこと言うから……報酬ももらわずに逃げ出すことになって……はぁ……まぁ、紗友さんのことだから、踏み倒すようなことはしないだろうし……学校で会ったときに、もらえばいいや」
「美里って、テンパると後先考えずに行動することあるよね」
「……はい」
「心に余裕がないんだろうね」
「……返す言葉もございません」
「今日はやけに素直じゃない」
「……心身ともに疲れてるから」
「じゃ、早く帰って体を休めなきゃ」
「そうする」
土手から見える川面が、夕日を受けてキラキラと輝いている。
綺麗だなぁ……。
真也さんと他愛もない話をしながら、この道を一緒に歩けたらいいのに……。
くしゅん!
汗が引いて寒くなってきた。
早く帰って熱いシャワーを浴びよう――
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恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
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「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
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