写りたがりの幽霊なんて、写真部員の敵でしかない!

ものうちしのぎ

文字の大きさ
14 / 17

第14話 ぶっちゃける

しおりを挟む
「このままじゃ埒があかない! 若城さんにぜんぶ打ち明けて、アドバイスしてもらう!」
「えっ……そんな……まさか……美里、それはやめて!」

 学校の帰り道、ワカギカメラに向かう私を、ユウが必死に止めようとする。

「若城さんなら大丈夫だよ、絶対に」
「この世に絶対なんてないんだって!」
「ユウは私を信用してくれてるんでしょ?」
「もちろん」
「だったら、私が信用している若城さんのことも信用してくれないと、おかしなことになる」
「理屈としてはそうだけど……」
「若城さんにユウのことも話すし、写った写真も見せるから……それでいいよね?」
「でも――」
「返事は!」
「……はい」

 やだ……私、伯母さんみたいな口調になってる。
 伝染うつったのかな?

 商店街に差し掛かると、買い物客の姿がちらほら。
 恨みがましい目つきで私をひと睨みしてから、ユウが姿を消す。
 なんだ、幽霊みたいな顔もできるじゃない。

「——やぁ、美里ちゃん」
「今日は買い物じゃないんですけど……いいですか」
「冷やかしウエルカム。とくに美里ちゃんなら大歓迎だ」

 いつお店に行っても、若城さんは私を温かく迎えてくれる。
 たいしてお金にならない客なのに……ありがたい話だ。

「こんなこと言うとアレですけど……いつもヒマそうですよね」
「まぁね。ここは自宅で家賃がかからないから、店を潰さずに済んでる。商店街で生き残っているのは、そんな店ばかりだ」
「学校行事の撮影で潤っているんじゃ?」
「卒業アルバム用の写真とかね。このあたりの学校はうちが撮らせてもらってるし、そういう定期収入はありがたいけど、最近は少子化で学校も統廃合が進んでいるからね……正直、厳しいよ」
「そうなんですか……」
「先代――つまりオヤジがこの店を始めた頃は、羽振りも良かったみたいだね。フィルムカメラ全盛期で、カメラも売れたし、現像やプリントの需要もあった……証明写真の需要とか、写真館的なこともやってたしね」
「ここは、若城さんのお父さんが始めたお店だったんですね」
「そういうこと。はい、コーヒーどうぞ」

 目の前に、カプチーノのカップが置かれる。

「いつもありがとうございます……なんだか私、ここへコーヒー飲みに来てるみたい」
「それでもいいよ。僕は友達が少ないからね。美里ちゃんは大事なお客さんであり、友達でもある……と、勝手なこと言ってるけど、気を悪くしないで欲しいな」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです。若城さんは、お店を継ぐ前って何してたんですか?」
「高校を中退して家を飛び出してからは、世界中を旅して回ってた」
「すごい……写真を撮るためですか?」
「写真も撮ったけど、単純に自分の目で世界を見たかったんだ」
「へぇ……」
「貧乏旅だったから、無茶もしたし危ない目にも遭った」
「不思議だとか神秘的だとか……そんな体験をしませんでした?」
「そうだなぁ……メキシコで不思議な経験をしたことがある」
「メキシコ……UFOがたくさん目撃されてるとか」
「UFOは見なかったけど……日本へ帰ってくる直前だったから、今から10年ちょっと前のことだ。当時僕は、メキシコのシナロア州って所をフラフラしてたんだけど、エル・チャポという麻薬組織のボスが逃げ回っている時で、治安は最悪。ホテルの部屋にこもって、必要以上に外へは出ないようにしてたんだけど、ある夜――」

 若城さんは、カプチーノを静かに口へ含む。

「何とはなしにテレビを眺めていたら、部屋に人の気配がしたんだ。扉の開いた音もしなかったし、だいいちこんな夜更けに僕を訪ねてくる人なんているはずもない。身の危険を感じたけど、急に動けば入ってきた誰かを刺激するかもしれない……いきなりピストルでズドン! じゃ、たまらないしね」
「……ど、泥棒だったんですか?」
「それで、頭は動かさずに目だけを横に動かした。すると、かろうじて目の端に何かが見えた」
「それは……」

 ごくり、とつばを飲み込む。



「大きさはソフトボールくらい……ぼんやりと黄色っぽく光っていて、床から1メートルくらいのところをふわふわと漂っている」
「……人魂ひとだまみたいですね」
「そうそう、まさに人魂。ちょっと安心して――なにせ強盗じゃなかったからね――その人魂をじっくり観察しようと思ったんだ。怖がらせないように、そろそろと近づいてさ……警戒心の強い野良猫に近づくみたいにして。手が届くくらいのところまで近づいても、そいつは逃げる気配がない。手を近づけても熱さを感じないから、思い切って触ってみた」
「ど、どうなったんですか?」
「触れなかった」
「?」
「ホログラムみたいに手をすり抜けるんだ」
「ははぁ……」

 私は、ユウをひっぱたこうとしたことを思い出した。
 若城さんが人魂に触れなかったように、私もユウに触ることができなかった――

「風を当てれば動くかもしれないって思ってさ……風船みたいに。それで、持っていた扇子で風を送ってみたけど、全然動かない」
「写真は撮らなかったんですか」
「考えもしなかった……今思うと、惜しいことをしたよ。あんなにはっきり見えてたんだから、フィルムにも写ったはずだ」
「それは……残念ですね」
「まぁ、撮れたとしても、単に明るい光の玉ってだけだからね。心霊写真としては、おもしろみがないだろうけど」
「その後も、ずっと人魂と一緒だったんですか?」
「それがねぇ……しばらくそいつを観察してたんだけど、動きもしないし何の変化もない。30分もたつと、もう飽きてきちゃってさ。ふと目を離した隙に、人魂は消えていた」
「……不思議な話ですね」
「この話には続きがあってね……人魂が消えた後、すぐに部屋の電話が鳴った。日本からの国際電話。要件は、オヤジが死んだという知らせだった」
「ひえっ……」

 ぞわぞわっ……背中に寒気を感じる。

「あの人魂は、もしかしてオヤジの魂だか幽霊だったのかも……そんなことを思った」
「そ、そうですよ、きっと」
「偶然の一致かもしれないけどね」
「若城さんのお父さんが、自分が亡くなったことを知らせに行ったんですよ……メキシコまで」
「オヤジとはずっと仲違いしてたからなぁ……高校を中退して家を飛び出したのだって、オヤジに反発したからだし」
「亡くなるまで、ずっと疎遠だったんですか」
「親戚の葬式とかで、たまに日本に帰ってくるだろ? そしたらオヤジもそこへ参列してるわけだ。顔を見て(オヤジも老け込んだなぁ……)なんて思うけど、言葉を交わすこともなく……何を話したらいいか、わからなかったしね」
「そんな……」
「家を飛び出すときに、売り物の高いカメラをかっぱらって行ったから、その負い目もあったし……チャンスがあるうちに謝っておけば良かったと思うよ」
「カメラがなくなって、驚いたでしょうね……お父さん」
「ライカやハッセルも持って行ったから、怒り狂ったんじゃないかなぁ……まぁ、オヤジが死んでこの店をどうするかってなったとき、人魂のことを思い出してね。わざわざメキシコまで飛んできたんだから、何か言いたいことがあったんだろうって」
「若城さんに、このお店を継いで欲しいって言いたかったんですよ」
「僕もそんな気がしたんだ……」
「怖いお話かと思ったけど、いいお話でしたね」
「この話は今まで誰にもしたことがなかったけど……聞いてくれる人がいて良かった」
「あの……実は、私も相談したいことがあって、今日ここへ来たんですけど――」
「僕に相談? 嬉しいね……何でも聞くよ」
「実は――」

 ユウの存在と、彼が写り込んだ心霊写真のことを、若城さんに話した。
 若城さんは、ときおり質問をはさみながら、私の話を真面目に聞いてくれた。

「なるほど……そのユウくんは、いまここにいるの?」
「いないと思います。さっきお話した通り、CIAに捕まるのを怖がっているみたいで……」
「なぁ、ユウくん……おじさんは君をCIAに売ったりしないから、怖がらずに出てきてくれるかな?」

 あたりを見回しながら、若城さんが呼びかける。
 ユウは現れない。

「……出てきませんね。今までだって、私以外の人が周囲にいると、絶対に姿を見せてくれなかったんです」
「美里ちゃんがひとりの時は、ずっと姿を見せてる?」
「それがそうでもなくて、プライバシーを尊重してくれてるというか、いや……尊重してないかも……とにかく気まぐれで、出たり出なかったり」
「ふぅむ……ユウくんの姿形は?」
「歳は私と同年代に見えます……背は170センチくらいかな。体型はやや細身で、服装はうちの学校の制服を着ています……けど、着るものは自由みたいですよ。最初に出てきた時は死に装束でしたから」
「白い着物の?」
「額に三角の布を付けたアレです」
「昔の人かもしれないな」
「私もそう思ったんですけど、幽霊だとわかるように、いかにもな格好をしていたそうです」
「なるほど……面白い男だね」
「外見に関しては、これを見ればわかるかと……」

 全コマにユウが写り込んだフィルムを若城さんに手渡す。

「拝見……」

 フィルムを見た若城さんが、みるみる険しい顔つきになる。

「……これが……幽霊の写った写真、ね」
「男子がふざけて写っているように見えるでしょうけど、本当に心霊写真なんです」
「……そのカメラで撮ったの?」
「はい」

 手元に置いてあったOM-1を若城さんに渡す。

「フィルムとカメラ、しばらく預かってもいいかな……じっくり隅々まで調べてみたいんだ」
「はい」
「これからすぐに取りかかるから、美里ちゃんはもう帰った方がいい」
「わかりました……よろしくお願いします」
「うん」

 何となく拍子抜けした気分。
 若城さんだったら、もっと派手に驚いてくれると思ったのに……。
 無言で店の奥へ入っていく若城さんに別れを告げ、お店から出る。
 外はもう夕方で、通りはひっそりとしていた。

「ユウ……さっきは出てきても良かったのに……ねぇ、聞いてるの?」

 呼びかけてみるが、ユウは姿を現さない。
 CIAに通報される心配がなくなったんだから、出てくればいいのに。

 冷たい風が足下を通り過ぎ、落ち葉がくるくると舞い上がる。
 身震いしながら、マフラーを口元まで引き上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について

古野ジョン
青春
記憶をなくすほど飲み過ぎた翌日、俺は二日酔いで慌てて駅を駆けていた。 すると、たまたまコンコースでぶつかった相手が――大学でも有名な美少女!? 「また飲みに誘ってくれれば」って……何の話だ? 俺、君と話したことも無いんだけど……? カクヨム・小説家になろう・ハーメルンにも投稿しています。

貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら

普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。 そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

処理中です...