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第八話 本音
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コンビニの中で、俺は冷凍のショーケースから、アイスクリームを買い物かごにいくつか放り込んだ。
「適当すぎ。もっと選んであげなよ」
叶絵は、隣で呆れながら俺を見て言った。
「何年やってると思ってんだよ。こんなもん流れ作業だわ。叶絵はどれにする?」
「…いらない」
そう呟いて、彼女は俺の傍から離れた。
俺は並べてある商品から吟味し、一つを手に取った。
文房具コーナーを見ている彼女に近づき、後ろから回り込んで、左頬にそれをあてた。
「つめたっ」
「これにしとけよ。ソフトクリームのくせに糖質50%オフなんだって」
叶絵は俺の手から商品を受け取って、裏面に表記してある成分表示を見つめた。
「…そんなのまやかしだよ。カロリー100超えてるし結局普通に太る」
「じゃあ、半分だけ食え。俺が半分食う。そしたらカロリーも50%カットだろ」
俺は返事も聞かずに叶絵の手からもぎとり、カゴの中にそのソフトクリームを入れてレジカウンターに運んだ。
寺まで戻る道で、叶絵はソフトクリームを花の蜜に近づく蜂のように、つつくようにして口に入れた。
「おじいちゃんから何か聞いたの」
「ああ。今朝にゴミ捨て場で会った時になんかちょっとだけな」
「ふうん」
こんなロウスピードで食べていても、九月の夜では、ソフトクリームはそこまで溶けない。
俺はそのことになぜか感謝せざるを得ない気持ちになった。
「やっぱ美味しい。アイス」
「普通に食えよ。今の叶絵なら多少食っても大丈夫だろ」
「怖いから」
「・・・」
「余幅がないと、怖い。この体重をキープしたいじゃなくて、増えても大丈夫な体重、体型をキープしないと怖くて仕方がない」
「でもじいさん心配してたぞ」
「わかってる。おじいちゃんとおばあちゃんには申し訳なく思ってる。でも、少しでもあのデブの時代に戻るなら死んだほうがまし」
"あの時代に戻るなら死んだほうがまし”
俺にも、そういう時代がある。
事情はまるっきり違えど、彼女の気持ちはわかる。
「痩せて何が一番変わったの」
「まず服。3LからXSになったから、前に持ってたのは全部捨てた。あと、あたしはいわゆる『高校デビュー』なんだけど、中学の時はクラスでのけ者にされて、ずっと体型のことでからかわれてて、先生も見てみぬふりだったけど、高校だと入学式の時からすぐに友達ができた。男の子にも、今まではきしょいデブス死ねって言われてて、ああ、あたしってそんなに気持ち悪いんだって思ってたけど、この体型になったらスタイルのおかげで顔も三割増しくらいになるのか、たまに告白とかナンパとかされるようになった」
「ブスではねえだろ」
「うん。でも、別に可愛くはないから」
「言い切るなよ。叶絵のこと可愛いって思ってるやつに失礼だろ」
俺のこの言葉に対して、叶絵はふっと笑った。
「健人って正直だね。ここであたしの周りの女子なら、そんなことないよ、可愛いよっていうのがデフォルトなのに」
「わかんねえんだよなあ」
俺はふいに地面を見た。
自分の持っている、アイスクリームがひしめくようにしてぱんぱんに入ったコンビニのビニール袋の白が、視界にちらついた。
「なにが?」
叶絵はいつもの平坦な声で訊いた。
「俺さ、正直顔だけは整ってる自信あんのよ」
「ぶはっ!何急に!」
「いやだからさ、だからこそ、お前に言われても説得力ない、とか、自分は勝ち組の顔面だから上から物言ってる、じゃあ自分の顔より相手の顔が本当にいいって思ってるのか、って訊かれたら、なんも言えねえっていうか。顔のコンプレックスってさ、他人が思ってるより根深けえからさ。あんまし相手を刺激したくねえっていうか」
笑っていた叶絵は急に黙った。
それから、ふう。と息を吐いて言った。
「それなら、本当にそうかっていう事実は置いておいて、自分が言ってあげたい相手に言えばいい」
俺は横を向いて、叶絵の顔を見た。
彼女もまっすぐ俺の目を見た。
「本当にそう思っているかの感情なんて、いくら言葉で伝えても証明することはできないじゃない。それなら、あなたが、嘘と思われてもいいから、伝えたい相手に言葉にすればいいの。相手にそれがわかってもらえなくても、伝えた事実だけは自分の中で残るから」
俺は何も言わずに彼女の顔を見続けた。
言葉の意味を咀嚼するのに、時間がかかっていたのだ。
俺は、アイツに。
音羽に、何一つ言葉にして伝えていなかった。
あんなに近くにいたのに、どうしてなんだろう。
「はい。約束通り、あと半分食べて」
叶絵はソフトクリームを俺の目の前に差し出した。
「食わして」
大きめに口を開けた。
「はあ?嫌」
俺はコンビニ袋を持っていないほうの手で受け取り、ぎりぎりに形状を保っている溶けかけのソフトクリームを口に入れた。
「適当すぎ。もっと選んであげなよ」
叶絵は、隣で呆れながら俺を見て言った。
「何年やってると思ってんだよ。こんなもん流れ作業だわ。叶絵はどれにする?」
「…いらない」
そう呟いて、彼女は俺の傍から離れた。
俺は並べてある商品から吟味し、一つを手に取った。
文房具コーナーを見ている彼女に近づき、後ろから回り込んで、左頬にそれをあてた。
「つめたっ」
「これにしとけよ。ソフトクリームのくせに糖質50%オフなんだって」
叶絵は俺の手から商品を受け取って、裏面に表記してある成分表示を見つめた。
「…そんなのまやかしだよ。カロリー100超えてるし結局普通に太る」
「じゃあ、半分だけ食え。俺が半分食う。そしたらカロリーも50%カットだろ」
俺は返事も聞かずに叶絵の手からもぎとり、カゴの中にそのソフトクリームを入れてレジカウンターに運んだ。
寺まで戻る道で、叶絵はソフトクリームを花の蜜に近づく蜂のように、つつくようにして口に入れた。
「おじいちゃんから何か聞いたの」
「ああ。今朝にゴミ捨て場で会った時になんかちょっとだけな」
「ふうん」
こんなロウスピードで食べていても、九月の夜では、ソフトクリームはそこまで溶けない。
俺はそのことになぜか感謝せざるを得ない気持ちになった。
「やっぱ美味しい。アイス」
「普通に食えよ。今の叶絵なら多少食っても大丈夫だろ」
「怖いから」
「・・・」
「余幅がないと、怖い。この体重をキープしたいじゃなくて、増えても大丈夫な体重、体型をキープしないと怖くて仕方がない」
「でもじいさん心配してたぞ」
「わかってる。おじいちゃんとおばあちゃんには申し訳なく思ってる。でも、少しでもあのデブの時代に戻るなら死んだほうがまし」
"あの時代に戻るなら死んだほうがまし”
俺にも、そういう時代がある。
事情はまるっきり違えど、彼女の気持ちはわかる。
「痩せて何が一番変わったの」
「まず服。3LからXSになったから、前に持ってたのは全部捨てた。あと、あたしはいわゆる『高校デビュー』なんだけど、中学の時はクラスでのけ者にされて、ずっと体型のことでからかわれてて、先生も見てみぬふりだったけど、高校だと入学式の時からすぐに友達ができた。男の子にも、今まではきしょいデブス死ねって言われてて、ああ、あたしってそんなに気持ち悪いんだって思ってたけど、この体型になったらスタイルのおかげで顔も三割増しくらいになるのか、たまに告白とかナンパとかされるようになった」
「ブスではねえだろ」
「うん。でも、別に可愛くはないから」
「言い切るなよ。叶絵のこと可愛いって思ってるやつに失礼だろ」
俺のこの言葉に対して、叶絵はふっと笑った。
「健人って正直だね。ここであたしの周りの女子なら、そんなことないよ、可愛いよっていうのがデフォルトなのに」
「わかんねえんだよなあ」
俺はふいに地面を見た。
自分の持っている、アイスクリームがひしめくようにしてぱんぱんに入ったコンビニのビニール袋の白が、視界にちらついた。
「なにが?」
叶絵はいつもの平坦な声で訊いた。
「俺さ、正直顔だけは整ってる自信あんのよ」
「ぶはっ!何急に!」
「いやだからさ、だからこそ、お前に言われても説得力ない、とか、自分は勝ち組の顔面だから上から物言ってる、じゃあ自分の顔より相手の顔が本当にいいって思ってるのか、って訊かれたら、なんも言えねえっていうか。顔のコンプレックスってさ、他人が思ってるより根深けえからさ。あんまし相手を刺激したくねえっていうか」
笑っていた叶絵は急に黙った。
それから、ふう。と息を吐いて言った。
「それなら、本当にそうかっていう事実は置いておいて、自分が言ってあげたい相手に言えばいい」
俺は横を向いて、叶絵の顔を見た。
彼女もまっすぐ俺の目を見た。
「本当にそう思っているかの感情なんて、いくら言葉で伝えても証明することはできないじゃない。それなら、あなたが、嘘と思われてもいいから、伝えたい相手に言葉にすればいいの。相手にそれがわかってもらえなくても、伝えた事実だけは自分の中で残るから」
俺は何も言わずに彼女の顔を見続けた。
言葉の意味を咀嚼するのに、時間がかかっていたのだ。
俺は、アイツに。
音羽に、何一つ言葉にして伝えていなかった。
あんなに近くにいたのに、どうしてなんだろう。
「はい。約束通り、あと半分食べて」
叶絵はソフトクリームを俺の目の前に差し出した。
「食わして」
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「はあ?嫌」
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