僕の獅子舞日記ー番外編ーとある健人の一年

池爾波師

文字の大きさ
9 / 19

第九話 説教

しおりを挟む
練習最終日となった。

獅子方として、まだどちらかと言えば経験の浅い俺は、踊り手のリーダー(大天狗)となった蒼くんと、曲目の中で難易度の高い『大神楽』の舞を、獅子の動きと上手く合わせることが出来て非常に満足だった。

「おめえの大神楽こええわ。まじで獅子ぶっ壊れそうやもんに」

星さんは両手に腰をあてて、苦い顔をしながら俺に言った。

「コイツもいっちゃう?」

俺は星さんに向かって、獅子の口を開けさせ、バコンッと音を立てて歯を噛み合わせた。

「やめろ!何年か前の恐怖映像が浮かぶわい!」

俺が獅子頭を落として破損させたあの事件ももう三年ほど前になる。

しかしこの場にいる大半の人間は、昨日のことのように鮮明に記憶に残っているはずだ。

最終日の夜の酒の席は大いに盛り上がる。

一時間も経たないうちに、酒を飲んでいる大人たちはベロベロになっていた。

「健人は獅子方も上手いけど、やっぱ天狗の方がええの!」

顔を真っ赤にした尾端さんが大きな声で言い放った。

「私もそれ思ったわ」

ビールジョッキを手にした梅さんが賛同した。

「俺も同意やわ」

原さんまでもがそう言った。

「まじ?でも俺デカくなってからはあんまり天狗やれてなかったんだけどな」

十代の時には諸事情で獅子舞の開催自体がない年もあったし、二年ほど俺が東京に行っていて、不参加の時期もあった。

二十歳を最後に大天狗を務めて踊り手を引退したから、十代の後半は実質二回ほどしか天狗をやれていない。

「いやいや、やっぱお前の大神楽は天下一品やちゃ」

「今年もどっかでやれま」

「まじで~?ちょい腰と相談するわ」

「まだ二十代やろが!なんゆうとんがいね」

俺らが盛り上がっていると、叶絵がきょとんとした顔をしていた。

「健人って天狗だったの?いつまでやってたの?」

「あ、そうか。叶絵ちゃんは知らないのか。健人は二十歳の時でやめたから、え?あれ?もう八年前?」

森くんは自分で言っておきながら、その時の流れの早さに驚いていた。

「やべえよな」

俺も苦笑してビールを飲んだ。

「大神楽ってあの一番激しい曲でしょ?絶対見たい。踊って」

叶絵は、俺の顔ををまっすぐ見てそう言った。

「はいはい」

嫌だと言っても通用しないのだ。

俺は適当に返事をした。

「なんか懐かしいなあ、この感じ。健人の大神楽を必死に動画撮ってた音羽ちゃんを思い出すね」

良司さんが噛み締めるように、そう言った。

「ほんま血相変えて必死に撮ってたからな!」

「通と元気にやっとんがかの?音羽ちゃん」

原さんと尾端さんが、続けて音羽の話題に乗った。

「けんとお?おまえ、どうながよ!!」

尾端さんが顔を真っ赤にしたまま、酒のおかげで馬鹿になった声量で俺に訊いた。

ああ。この流れ。

ここ最近の飲み会では、音羽の話題が上がると、毎度恒例となる俺への説教タイムが始まる。

なんだかまずい予感がして、胃がキリキリと痛み出した。

「どうってなにが?」

俺は少しだけ顔を緩めて、ほとんど中身のないビールジョッキに口をつけた。

「どうっておまえ!あんだけとっかえひっかえに女連れてたくせして、最近えらい大人しくしとるやんけ!好きな女の一人でもおらんのけ?」

「いやもうそういうのはしばらくいいって」

顔に笑みのようなものをくっつけたままで、小さくそう答えた。

「おまえそれどんだけ引きずっとんがよ!もう三年も経っとんがやぞ!分かっとんのか!」

「そっすねえ」

俺はもう何も残ってないジョッキの中を見つめた。

寺の蛍光灯が反射して、ガラスの厚みの底が光った。

ジョッキを手前に傾けると、光は揺れているように見えて、俺自身がそうしているからそのように見えるのか、酔いで視界がぼやけて揺れて見えるのかが、もはや分からなくなってきていた。

「おまえがいけんかったんやぞ!!おまえが急におらんくなって、連絡ひとつも寄こさんでも、音羽ちゃん、健気にずっと待っとってくれたがに」

わかってる。

「弱音ひとつも吐かんと獅子舞の練習も運営もこなしとって。俺泣きそうなったわいね」

それもわかってる。

「そんながに、おまえがいつまで経っても音羽ちゃん迎えに行かんからあ、おまえおらん間優しくしてくれた通にコテッて行ってもうたがいちゃ!」

「女はそのへんゲンキンで冷静やちゃ。見極めが早いというか」

「まあ俺でも通選ぶわな!お前は冷たいもんに!」

死ぬほどわかる。俺自身でも、通を選ぶ。

こんなグレるだけグレて落ちぶれて、好きな女を放っておく男なんて、一体誰が選ぶというのだ。

そんな女まともじゃない。

「なあ、健人!お前はほんとに冷たいやっちゃ!そやから音羽ちゃんに愛想つかされたんやちゃ!」

「へ?どこが冷たいんすか?ベーシックいいやつじゃないすか」

俺はへらへらしながら、酒飲みおじさん衆に言った。

彼らは「自分で言うかね??」と言い、それに対してもまた大きな笑い声が返ってきた。

「どうして笑うの?」

水どころか、氷を差すような声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

処理中です...