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第九話 説教
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練習最終日となった。
獅子方として、まだどちらかと言えば経験の浅い俺は、踊り手のリーダー(大天狗)となった蒼くんと、曲目の中で難易度の高い『大神楽』の舞を、獅子の動きと上手く合わせることが出来て非常に満足だった。
「おめえの大神楽こええわ。まじで獅子ぶっ壊れそうやもんに」
星さんは両手に腰をあてて、苦い顔をしながら俺に言った。
「コイツもいっちゃう?」
俺は星さんに向かって、獅子の口を開けさせ、バコンッと音を立てて歯を噛み合わせた。
「やめろ!何年か前の恐怖映像が浮かぶわい!」
俺が獅子頭を落として破損させたあの事件ももう三年ほど前になる。
しかしこの場にいる大半の人間は、昨日のことのように鮮明に記憶に残っているはずだ。
最終日の夜の酒の席は大いに盛り上がる。
一時間も経たないうちに、酒を飲んでいる大人たちはベロベロになっていた。
「健人は獅子方も上手いけど、やっぱ天狗の方がええの!」
顔を真っ赤にした尾端さんが大きな声で言い放った。
「私もそれ思ったわ」
ビールジョッキを手にした梅さんが賛同した。
「俺も同意やわ」
原さんまでもがそう言った。
「まじ?でも俺デカくなってからはあんまり天狗やれてなかったんだけどな」
十代の時には諸事情で獅子舞の開催自体がない年もあったし、二年ほど俺が東京に行っていて、不参加の時期もあった。
二十歳を最後に大天狗を務めて踊り手を引退したから、十代の後半は実質二回ほどしか天狗をやれていない。
「いやいや、やっぱお前の大神楽は天下一品やちゃ」
「今年もどっかでやれま」
「まじで~?ちょい腰と相談するわ」
「まだ二十代やろが!なんゆうとんがいね」
俺らが盛り上がっていると、叶絵がきょとんとした顔をしていた。
「健人って天狗だったの?いつまでやってたの?」
「あ、そうか。叶絵ちゃんは知らないのか。健人は二十歳の時でやめたから、え?あれ?もう八年前?」
森くんは自分で言っておきながら、その時の流れの早さに驚いていた。
「やべえよな」
俺も苦笑してビールを飲んだ。
「大神楽ってあの一番激しい曲でしょ?絶対見たい。踊って」
叶絵は、俺の顔ををまっすぐ見てそう言った。
「はいはい」
嫌だと言っても通用しないのだ。
俺は適当に返事をした。
「なんか懐かしいなあ、この感じ。健人の大神楽を必死に動画撮ってた音羽ちゃんを思い出すね」
良司さんが噛み締めるように、そう言った。
「ほんま血相変えて必死に撮ってたからな!」
「通と元気にやっとんがかの?音羽ちゃん」
原さんと尾端さんが、続けて音羽の話題に乗った。
「けんとお?おまえ、どうながよ!!」
尾端さんが顔を真っ赤にしたまま、酒のおかげで馬鹿になった声量で俺に訊いた。
ああ。この流れ。
ここ最近の飲み会では、音羽の話題が上がると、毎度恒例となる俺への説教タイムが始まる。
なんだかまずい予感がして、胃がキリキリと痛み出した。
「どうってなにが?」
俺は少しだけ顔を緩めて、ほとんど中身のないビールジョッキに口をつけた。
「どうっておまえ!あんだけとっかえひっかえに女連れてたくせして、最近えらい大人しくしとるやんけ!好きな女の一人でもおらんのけ?」
「いやもうそういうのはしばらくいいって」
顔に笑みのようなものをくっつけたままで、小さくそう答えた。
「おまえそれどんだけ引きずっとんがよ!もう三年も経っとんがやぞ!分かっとんのか!」
「そっすねえ」
俺はもう何も残ってないジョッキの中を見つめた。
寺の蛍光灯が反射して、ガラスの厚みの底が光った。
ジョッキを手前に傾けると、光は揺れているように見えて、俺自身がそうしているからそのように見えるのか、酔いで視界がぼやけて揺れて見えるのかが、もはや分からなくなってきていた。
「おまえがいけんかったんやぞ!!おまえが急におらんくなって、連絡ひとつも寄こさんでも、音羽ちゃん、健気にずっと待っとってくれたがに」
わかってる。
「弱音ひとつも吐かんと獅子舞の練習も運営もこなしとって。俺泣きそうなったわいね」
それもわかってる。
「そんながに、おまえがいつまで経っても音羽ちゃん迎えに行かんからあ、おまえおらん間優しくしてくれた通にコテッて行ってもうたがいちゃ!」
「女はそのへんゲンキンで冷静やちゃ。見極めが早いというか」
「まあ俺でも通選ぶわな!お前は冷たいもんに!」
死ぬほどわかる。俺自身でも、通を選ぶ。
こんなグレるだけグレて落ちぶれて、好きな女を放っておく男なんて、一体誰が選ぶというのだ。
そんな女まともじゃない。
「なあ、健人!お前はほんとに冷たいやっちゃ!そやから音羽ちゃんに愛想つかされたんやちゃ!」
「へ?どこが冷たいんすか?ベーシックいいやつじゃないすか」
俺はへらへらしながら、酒飲みおじさん衆に言った。
彼らは「自分で言うかね??」と言い、それに対してもまた大きな笑い声が返ってきた。
「どうして笑うの?」
水どころか、氷を差すような声が聞こえた。
獅子方として、まだどちらかと言えば経験の浅い俺は、踊り手のリーダー(大天狗)となった蒼くんと、曲目の中で難易度の高い『大神楽』の舞を、獅子の動きと上手く合わせることが出来て非常に満足だった。
「おめえの大神楽こええわ。まじで獅子ぶっ壊れそうやもんに」
星さんは両手に腰をあてて、苦い顔をしながら俺に言った。
「コイツもいっちゃう?」
俺は星さんに向かって、獅子の口を開けさせ、バコンッと音を立てて歯を噛み合わせた。
「やめろ!何年か前の恐怖映像が浮かぶわい!」
俺が獅子頭を落として破損させたあの事件ももう三年ほど前になる。
しかしこの場にいる大半の人間は、昨日のことのように鮮明に記憶に残っているはずだ。
最終日の夜の酒の席は大いに盛り上がる。
一時間も経たないうちに、酒を飲んでいる大人たちはベロベロになっていた。
「健人は獅子方も上手いけど、やっぱ天狗の方がええの!」
顔を真っ赤にした尾端さんが大きな声で言い放った。
「私もそれ思ったわ」
ビールジョッキを手にした梅さんが賛同した。
「俺も同意やわ」
原さんまでもがそう言った。
「まじ?でも俺デカくなってからはあんまり天狗やれてなかったんだけどな」
十代の時には諸事情で獅子舞の開催自体がない年もあったし、二年ほど俺が東京に行っていて、不参加の時期もあった。
二十歳を最後に大天狗を務めて踊り手を引退したから、十代の後半は実質二回ほどしか天狗をやれていない。
「いやいや、やっぱお前の大神楽は天下一品やちゃ」
「今年もどっかでやれま」
「まじで~?ちょい腰と相談するわ」
「まだ二十代やろが!なんゆうとんがいね」
俺らが盛り上がっていると、叶絵がきょとんとした顔をしていた。
「健人って天狗だったの?いつまでやってたの?」
「あ、そうか。叶絵ちゃんは知らないのか。健人は二十歳の時でやめたから、え?あれ?もう八年前?」
森くんは自分で言っておきながら、その時の流れの早さに驚いていた。
「やべえよな」
俺も苦笑してビールを飲んだ。
「大神楽ってあの一番激しい曲でしょ?絶対見たい。踊って」
叶絵は、俺の顔ををまっすぐ見てそう言った。
「はいはい」
嫌だと言っても通用しないのだ。
俺は適当に返事をした。
「なんか懐かしいなあ、この感じ。健人の大神楽を必死に動画撮ってた音羽ちゃんを思い出すね」
良司さんが噛み締めるように、そう言った。
「ほんま血相変えて必死に撮ってたからな!」
「通と元気にやっとんがかの?音羽ちゃん」
原さんと尾端さんが、続けて音羽の話題に乗った。
「けんとお?おまえ、どうながよ!!」
尾端さんが顔を真っ赤にしたまま、酒のおかげで馬鹿になった声量で俺に訊いた。
ああ。この流れ。
ここ最近の飲み会では、音羽の話題が上がると、毎度恒例となる俺への説教タイムが始まる。
なんだかまずい予感がして、胃がキリキリと痛み出した。
「どうってなにが?」
俺は少しだけ顔を緩めて、ほとんど中身のないビールジョッキに口をつけた。
「どうっておまえ!あんだけとっかえひっかえに女連れてたくせして、最近えらい大人しくしとるやんけ!好きな女の一人でもおらんのけ?」
「いやもうそういうのはしばらくいいって」
顔に笑みのようなものをくっつけたままで、小さくそう答えた。
「おまえそれどんだけ引きずっとんがよ!もう三年も経っとんがやぞ!分かっとんのか!」
「そっすねえ」
俺はもう何も残ってないジョッキの中を見つめた。
寺の蛍光灯が反射して、ガラスの厚みの底が光った。
ジョッキを手前に傾けると、光は揺れているように見えて、俺自身がそうしているからそのように見えるのか、酔いで視界がぼやけて揺れて見えるのかが、もはや分からなくなってきていた。
「おまえがいけんかったんやぞ!!おまえが急におらんくなって、連絡ひとつも寄こさんでも、音羽ちゃん、健気にずっと待っとってくれたがに」
わかってる。
「弱音ひとつも吐かんと獅子舞の練習も運営もこなしとって。俺泣きそうなったわいね」
それもわかってる。
「そんながに、おまえがいつまで経っても音羽ちゃん迎えに行かんからあ、おまえおらん間優しくしてくれた通にコテッて行ってもうたがいちゃ!」
「女はそのへんゲンキンで冷静やちゃ。見極めが早いというか」
「まあ俺でも通選ぶわな!お前は冷たいもんに!」
死ぬほどわかる。俺自身でも、通を選ぶ。
こんなグレるだけグレて落ちぶれて、好きな女を放っておく男なんて、一体誰が選ぶというのだ。
そんな女まともじゃない。
「なあ、健人!お前はほんとに冷たいやっちゃ!そやから音羽ちゃんに愛想つかされたんやちゃ!」
「へ?どこが冷たいんすか?ベーシックいいやつじゃないすか」
俺はへらへらしながら、酒飲みおじさん衆に言った。
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