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第十五話 新種
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お昼休憩を寺で迎え、それから駅の北口の付近の家や店に獅子を回し終えたところで、森くんが俺に近づいてきた。
「ねえ健人。さっきから、叶絵ちゃんの機嫌が全然良くないんだけど」
「へ?」
振り向いて、一同の列の後方にいる叶絵の姿を確認した。
若干俯きがちな感じで、とぼとぼと歩いている。
俺はそれからまた前を向いて、隣にいる森くんを見た。
「なんで?普通に歩いてんじゃん」
「そりゃ歩くわい!僕ら笛方は歩いてるか笛吹いてるかのどっちかなんだから!午前中にコンビニで音羽に遭遇した辺りから様子が変なんだよ。それで僕がお昼休憩中に話しかけに行ったら、『さっきのが音羽さんですか?綺麗な人ですね』ってすごい暗い声で言われちゃってさ」
「あ~」
俺は手を後頭部に回して頭を掻いた。
こういうのは過去に何度か経験がある。
この謎に焼きもち妬かれてる感じ。
正直めんどくせえし、よくわからない。
なんで過去に付き合ったわけでも、いかがわしい関係があったわけでもない女に嫉妬するんだ?
「お前女心わからんやっちゃの。フォローしたれま!」
傍で聞いていた尾端さんが、俺の肩に手を置いた。
「いやフォローつったって・・・」
「踊ったればいいがじゃないがか?」
獅子のしっぽを持ちながら、俺の前を歩いていた原さんが、急に振り向いてそう言った。
「伊丹のじいさんの家を回すときに、大神楽踊ったれよ。叶絵ちゃんお前の踊り見たいってゆうとったから」
「なるほど!それは名案ですね」
森くんが表情を明るくさせて答えた。
「え~。叶絵の家って場所的に回る時間が遅かったよな?体力残ってっかな」
俺は手を首の後ろにあてて考え込んだ。
「お前ゆうても二十代やろ?楽勝やちゃ」
「残っとらんだら栄養ドリンク三つほどぶち込んどけ」
「健人。ここで失った信用と信頼を取り戻すんだよ!」
「森くんは俺のこと犯罪者かなんかだと思ってんの?」
「似たようなもんやろ」
原さんが即座にそう返した。
確かに過去の経歴を振り返ると限りなくブラックに近いグレーではあるが、今のところはまだシャバに留まっている。
そして、俺が伊丹家で『大神楽』を踊るのはもうほとんど確定した話になったようだ。
伊丹家には二十時台に着いた。
玄関から伊丹のじいさんとばあさんが嬉しそうな顔をして獅子を出迎えた。
その隣に叶絵がちょこんと立っていた。
日が落ちて寒くなったのか、法被の下にグレーのパーカーを着込んでいる。
「東西東西、目録一つ!」
松野さんが目録を読み始めた。
流れとしては、最初に蒼くんが『剣』を踊って、それから俺の『大神楽』に入る予定だ。
ちなみに俺が踊ることは、叶絵にはまだ伝わっていない。
蒼くんの踊りが終わった。
すると、原さんと尾端さんペアが、
「叶絵ちゃん。踊ったれ!」
と叶絵に声をかけた。
「え?」
戸惑う本人をよそに、森くんはにやにやしながら小道具の刀を彼女に差し出した。
「いやなんだけど」
「まま。そう言わずに」
「叶絵が踊ってくれんがけ?」
そう嬉しそうに言ったのは、伊丹のじいさんだ。
「叶絵ちゃんも踊れるがけ?すごいにか」
横にいるばあさんも叶絵に向かって微笑んだ。
当の叶絵はまだ困惑した表情を浮かべている。
しかし、今日一日この町内の祭りに参加して、自分の家に獅子が訪れたときには、天狗じゃなくても踊るという流れを把握したのだろう。
彼女は観念した様子で、刀の柄を握った。
「刀でいいんだよね」
「もちろん!」
太鼓と笛の前奏が始まり、『刀』の演目が始まった。
「さあ!」
叶絵の棒読みの掛け声に対し、獅子方たちは「いよ~~!」と大きな声ではやし立てた。
なんだこれ?
叶絵の踊りは、致命的に下手だった。
そもそも上手いとか下手とかいうレベルではない。
一応それらしき振り付けを踊ってはいるもものの、曲のリズムと動きのすべてが大幅にずれていて、見ている者をただ困惑させる舞になっていた。
しかし踊り終わった後に、彼女はすがすがしい表情で頭をぺこっと下げていた。
本人的には、まさかの満足がいく出来だったようだ。
「なあ。俺、今寝落ちしてた?なんかやべえ夢を見た気がすんだけど」
笛を吹き終わった森くんに話しかけた。
「うん。僕より下手な人初めて見たよ」
自身の踊る姿を『未確認海洋生物』と評された森くんが言うのだから、相当なものである。
叶絵ちゃんの踊りの後に、伊丹のじいさんが、高価そうな日本酒を先導役の松野さんに差し出した。
「またまたきました御礼!!」
「いよ~~~」
「あ、健人。出番じゃない?」
「ん」
俺は太鼓台から一本の六尺棒を持ち出した。
「ご贔屓ありまして、伊丹様より東上塞獅子方に」
「あれ?健人?」
家の前に立った俺を見て、叶絵は驚いた顔を見せた。
「健人!お前いけんがか!!」
「しゃばい踊り見せんなよ!」
おっさんどものヤジが飛んできた。
俺はぐるりと首を一周回した。
それから、獅子頭の、漆でギラリと光る眼を見た。
「ねえ健人。さっきから、叶絵ちゃんの機嫌が全然良くないんだけど」
「へ?」
振り向いて、一同の列の後方にいる叶絵の姿を確認した。
若干俯きがちな感じで、とぼとぼと歩いている。
俺はそれからまた前を向いて、隣にいる森くんを見た。
「なんで?普通に歩いてんじゃん」
「そりゃ歩くわい!僕ら笛方は歩いてるか笛吹いてるかのどっちかなんだから!午前中にコンビニで音羽に遭遇した辺りから様子が変なんだよ。それで僕がお昼休憩中に話しかけに行ったら、『さっきのが音羽さんですか?綺麗な人ですね』ってすごい暗い声で言われちゃってさ」
「あ~」
俺は手を後頭部に回して頭を掻いた。
こういうのは過去に何度か経験がある。
この謎に焼きもち妬かれてる感じ。
正直めんどくせえし、よくわからない。
なんで過去に付き合ったわけでも、いかがわしい関係があったわけでもない女に嫉妬するんだ?
「お前女心わからんやっちゃの。フォローしたれま!」
傍で聞いていた尾端さんが、俺の肩に手を置いた。
「いやフォローつったって・・・」
「踊ったればいいがじゃないがか?」
獅子のしっぽを持ちながら、俺の前を歩いていた原さんが、急に振り向いてそう言った。
「伊丹のじいさんの家を回すときに、大神楽踊ったれよ。叶絵ちゃんお前の踊り見たいってゆうとったから」
「なるほど!それは名案ですね」
森くんが表情を明るくさせて答えた。
「え~。叶絵の家って場所的に回る時間が遅かったよな?体力残ってっかな」
俺は手を首の後ろにあてて考え込んだ。
「お前ゆうても二十代やろ?楽勝やちゃ」
「残っとらんだら栄養ドリンク三つほどぶち込んどけ」
「健人。ここで失った信用と信頼を取り戻すんだよ!」
「森くんは俺のこと犯罪者かなんかだと思ってんの?」
「似たようなもんやろ」
原さんが即座にそう返した。
確かに過去の経歴を振り返ると限りなくブラックに近いグレーではあるが、今のところはまだシャバに留まっている。
そして、俺が伊丹家で『大神楽』を踊るのはもうほとんど確定した話になったようだ。
伊丹家には二十時台に着いた。
玄関から伊丹のじいさんとばあさんが嬉しそうな顔をして獅子を出迎えた。
その隣に叶絵がちょこんと立っていた。
日が落ちて寒くなったのか、法被の下にグレーのパーカーを着込んでいる。
「東西東西、目録一つ!」
松野さんが目録を読み始めた。
流れとしては、最初に蒼くんが『剣』を踊って、それから俺の『大神楽』に入る予定だ。
ちなみに俺が踊ることは、叶絵にはまだ伝わっていない。
蒼くんの踊りが終わった。
すると、原さんと尾端さんペアが、
「叶絵ちゃん。踊ったれ!」
と叶絵に声をかけた。
「え?」
戸惑う本人をよそに、森くんはにやにやしながら小道具の刀を彼女に差し出した。
「いやなんだけど」
「まま。そう言わずに」
「叶絵が踊ってくれんがけ?」
そう嬉しそうに言ったのは、伊丹のじいさんだ。
「叶絵ちゃんも踊れるがけ?すごいにか」
横にいるばあさんも叶絵に向かって微笑んだ。
当の叶絵はまだ困惑した表情を浮かべている。
しかし、今日一日この町内の祭りに参加して、自分の家に獅子が訪れたときには、天狗じゃなくても踊るという流れを把握したのだろう。
彼女は観念した様子で、刀の柄を握った。
「刀でいいんだよね」
「もちろん!」
太鼓と笛の前奏が始まり、『刀』の演目が始まった。
「さあ!」
叶絵の棒読みの掛け声に対し、獅子方たちは「いよ~~!」と大きな声ではやし立てた。
なんだこれ?
叶絵の踊りは、致命的に下手だった。
そもそも上手いとか下手とかいうレベルではない。
一応それらしき振り付けを踊ってはいるもものの、曲のリズムと動きのすべてが大幅にずれていて、見ている者をただ困惑させる舞になっていた。
しかし踊り終わった後に、彼女はすがすがしい表情で頭をぺこっと下げていた。
本人的には、まさかの満足がいく出来だったようだ。
「なあ。俺、今寝落ちしてた?なんかやべえ夢を見た気がすんだけど」
笛を吹き終わった森くんに話しかけた。
「うん。僕より下手な人初めて見たよ」
自身の踊る姿を『未確認海洋生物』と評された森くんが言うのだから、相当なものである。
叶絵ちゃんの踊りの後に、伊丹のじいさんが、高価そうな日本酒を先導役の松野さんに差し出した。
「またまたきました御礼!!」
「いよ~~~」
「あ、健人。出番じゃない?」
「ん」
俺は太鼓台から一本の六尺棒を持ち出した。
「ご贔屓ありまして、伊丹様より東上塞獅子方に」
「あれ?健人?」
家の前に立った俺を見て、叶絵は驚いた顔を見せた。
「健人!お前いけんがか!!」
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