僕の獅子舞日記ー番外編ーとある健人の一年

池爾波師

文字の大きさ
15 / 19

第十五話 新種

しおりを挟む
お昼休憩を寺で迎え、それから駅の北口の付近の家や店に獅子を回し終えたところで、森くんが俺に近づいてきた。

「ねえ健人。さっきから、叶絵ちゃんの機嫌が全然良くないんだけど」

「へ?」

振り向いて、一同の列の後方にいる叶絵の姿を確認した。

若干俯きがちな感じで、とぼとぼと歩いている。

俺はそれからまた前を向いて、隣にいる森くんを見た。

「なんで?普通に歩いてんじゃん」

「そりゃ歩くわい!僕ら笛方は歩いてるか笛吹いてるかのどっちかなんだから!午前中にコンビニで音羽に遭遇した辺りから様子が変なんだよ。それで僕がお昼休憩中に話しかけに行ったら、『さっきのが音羽さんですか?綺麗な人ですね』ってすごい暗い声で言われちゃってさ」

「あ~」

俺は手を後頭部に回して頭を掻いた。

こういうのは過去に何度か経験がある。

この謎に焼きもち妬かれてる感じ。

正直めんどくせえし、よくわからない。

なんで過去に付き合ったわけでも、いかがわしい関係があったわけでもない女に嫉妬するんだ?

「お前女心わからんやっちゃの。フォローしたれま!」

傍で聞いていた尾端さんが、俺の肩に手を置いた。

「いやフォローつったって・・・」

「踊ったればいいがじゃないがか?」

獅子のしっぽを持ちながら、俺の前を歩いていた原さんが、急に振り向いてそう言った。

「伊丹のじいさんの家を回すときに、大神楽踊ったれよ。叶絵ちゃんお前の踊り見たいってゆうとったから」

「なるほど!それは名案ですね」

森くんが表情を明るくさせて答えた。

「え~。叶絵の家って場所的に回る時間が遅かったよな?体力残ってっかな」

俺は手を首の後ろにあてて考え込んだ。

「お前ゆうても二十代やろ?楽勝やちゃ」

「残っとらんだら栄養ドリンク三つほどぶち込んどけ」

「健人。ここで失った信用と信頼を取り戻すんだよ!」

「森くんは俺のこと犯罪者かなんかだと思ってんの?」

「似たようなもんやろ」

原さんが即座にそう返した。

確かに過去の経歴を振り返ると限りなくブラックに近いグレーではあるが、今のところはまだシャバに留まっている。

そして、俺が伊丹家で『大神楽』を踊るのはもうほとんど確定した話になったようだ。

伊丹家には二十時台に着いた。

玄関から伊丹のじいさんとばあさんが嬉しそうな顔をして獅子を出迎えた。

その隣に叶絵がちょこんと立っていた。

日が落ちて寒くなったのか、法被の下にグレーのパーカーを着込んでいる。

「東西東西、目録一つ!」

松野さんが目録を読み始めた。

流れとしては、最初に蒼くんが『剣』を踊って、それから俺の『大神楽』に入る予定だ。

ちなみに俺が踊ることは、叶絵にはまだ伝わっていない。

蒼くんの踊りが終わった。

すると、原さんと尾端さんペアが、

「叶絵ちゃん。踊ったれ!」

と叶絵に声をかけた。

「え?」

戸惑う本人をよそに、森くんはにやにやしながら小道具の刀を彼女に差し出した。

「いやなんだけど」

「まま。そう言わずに」

「叶絵が踊ってくれんがけ?」

そう嬉しそうに言ったのは、伊丹のじいさんだ。

「叶絵ちゃんも踊れるがけ?すごいにか」

横にいるばあさんも叶絵に向かって微笑んだ。

当の叶絵はまだ困惑した表情を浮かべている。

しかし、今日一日この町内の祭りに参加して、自分の家に獅子が訪れたときには、天狗じゃなくても踊るという流れを把握したのだろう。

彼女は観念した様子で、刀の柄を握った。

「刀でいいんだよね」

「もちろん!」

太鼓と笛の前奏が始まり、『刀』の演目が始まった。

「さあ!」

叶絵の棒読みの掛け声に対し、獅子方たちは「いよ~~!」と大きな声ではやし立てた。

なんだこれ?

叶絵の踊りは、致命的に下手だった。

そもそも上手いとか下手とかいうレベルではない。

一応それらしき振り付けを踊ってはいるもものの、曲のリズムと動きのすべてが大幅にずれていて、見ている者をただ困惑させる舞になっていた。

しかし踊り終わった後に、彼女はすがすがしい表情で頭をぺこっと下げていた。

本人的には、まさかの満足がいく出来だったようだ。

「なあ。俺、今寝落ちしてた?なんかやべえ夢を見た気がすんだけど」

笛を吹き終わった森くんに話しかけた。

「うん。僕より下手な人初めて見たよ」

自身の踊る姿を『未確認海洋生物』と評された森くんが言うのだから、相当なものである。

叶絵ちゃんの踊りの後に、伊丹のじいさんが、高価そうな日本酒を先導役の松野さんに差し出した。

「またまたきました御礼!!」

「いよ~~~」

「あ、健人。出番じゃない?」

「ん」

俺は太鼓台から一本の六尺棒を持ち出した。

「ご贔屓ありまして、伊丹様より東上塞獅子方に」

「あれ?健人?」

家の前に立った俺を見て、叶絵は驚いた顔を見せた。

「健人!お前いけんがか!!」

「しゃばい踊り見せんなよ!」

おっさんどものヤジが飛んできた。

俺はぐるりと首を一周回した。

それから、獅子頭の、漆でギラリと光る眼を見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

処理中です...