14 / 19
第十四話 音羽
しおりを挟む
祭りの当日はよく晴れた。
獅子の宮入の時間帯に目が覚めてしまった俺は、急いで支度をして家を出た。
「健人!遅かったじゃん」
神社の鳥居をくぐると、腰に二本の笛をさした森くんが、俺のもとにやってきた。
「ねぼーした」
「いよいよサツにしょっぴかれたかと思ったよ」
「ええ?あははっ。健人くん何したの?」
すぐそばにいた太鼓方の夏目さんが、俺たちの会話に入ってきた。
「お。夏目さん。久しぶりじゃん」
「久しぶり。相変わらずイケメンやけどちょっと老けたね」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
俺の冗談に夏目さんは上機嫌に笑った。
すると、参道を挟んで向こう側にある手水舎から、叶絵がこちらに歩いてきた。
笛方の衣装である、牡丹柄の紺の法被を着ていた。
よく似合っている。
「健人」
大きな目が、俺を見た。
俺は思わず下を向いて、地面の砂利を見た。
なんとなく、彼女をまっすぐに見れなかったのだ。
「ねえ。目が充血してない?昨日はよく眠れたの?」
叶絵はより近づいてきて、俺の顔を覗き込んだ。
ちけえな、おい。
「寝すぎてこうなったんだよ」
俺は顔をふせて、獅子方連中のほうに向かった。
宮入が終わり、家や店を何軒か回り、十一時くらいに駅前のコンビ二に着いた。
俺は獅子には入らない順番となったので、森くんと雑談をしながら、駐車場の車止めに腰かけて休憩をしていた。
すると、いつの間にか俺らの近くに停められた紺色のパッソから、見覚えのある女性が降りる姿が見えた。
音羽だ。
俺より先に、森くんが反応した。
「あれ?音羽じゃん」
「おっす。今日本番じゃん!って思って、買い物ついでに寄ってみたの。今どこにいるかラインしようとしたけど、この辺を車で走ってたらたまたますぐに見つかったわ。太鼓台とか百足獅子とか目立つから楽だよね!」
音羽は嬉しそうに森くんに言った。
それから、隣にいる俺に向かって「健人も久しぶり」と言った。
「お前妊娠したんだって?つわりとか大丈夫なん?」
俺は挨拶よりも先にこの言葉が出た。
「いややばいよ。今日は比較的まし。普段は引きこもってほぼ死んでる」
「へえー。つらそうだな。何?買い物ついでってことはすぐに帰んの?」
「うん。午後からお母さんが家に来るからさ。ちょっとだけ見て帰るね」
「そっか」
「一曲ぐらい吹いていけば?音羽。太鼓台に予備の笛が入ってるよ」
森くんが太鼓台を指さして言った。
「えー。いいよいいよ」
音羽は恥ずかしそうに笑った。
あの懐かしい三日月目だ。
俺はぼんやりとその顔を見つめていると、後ろから服の裾を引っ張られた。
「健人」
「ん?」
振り向くと、叶絵だった。
俺の服の裾を握ったままで、唇を固く結んで俺を見ていた。
「ん?なんだよ?」
「・・・喉乾いた。飲み物買って」
「は?自分で買えよ」
「小銭持ってない」
「じゃあ五百円やるから適当に買ってこいよ。あ、俺コーラでいいわ」
俺からお金を受け取った叶絵は不満そうな表情を浮かべたままで、コンビニの入り口に向かって歩いて行った。
「今の子だれ?うちの町内の子?」
音羽が森くんに訊いた。
「伊丹さんのところのお孫さんだよ。今年から参加してるんだ」
「へえ~。良かった!笛方が増えて!それになんか、ずいぶんと健人に懐いているみたいだね」
「そうみたいだな」
俺が答えたところで、店に入ったはずの叶絵がこちらに戻ってきた。
そして、もう一度俺の服の裾を掴んだ。
「ねえ。コーラ?ゼロコーラ?それとも、もしかしてペプシ派?」
「はあ?コーラはコーラだろ?」
「わかんない。コーラにも期間限定のチェリー味があって」
「だからあ、普通のコーラでいいって。ペットボトルのやつ。な?」
呆れて俺が笑うと、叶絵は一度だけ頷いた。
そのあとにチラッと森くんと音羽の方を見て、また店に戻って行った。
コンビニに獅子を二曲ほど回したところで、音羽は「帰るね」と言って、再び車に乗り込んだ。
俺と森くんで、パッソを運転しながら片手をあげた音羽に、大きく手を振った。
久しぶりに彼女の姿を見ると、もっと複雑な心境になるか思ったが、意外とそうでもなかった。
むしろ晴れやかな気分だ。
素直に、彼女のこれから歩む道の幸せを願う気持ちが大きかった。
何が俺をそうさせたのか。
心の中で自らのその答えにたどり着くまでに、それほど時間はかからなかった。
景色に溶け込んでいく紺色のパッソが、ほとんど見えなくなった。
獅子の宮入の時間帯に目が覚めてしまった俺は、急いで支度をして家を出た。
「健人!遅かったじゃん」
神社の鳥居をくぐると、腰に二本の笛をさした森くんが、俺のもとにやってきた。
「ねぼーした」
「いよいよサツにしょっぴかれたかと思ったよ」
「ええ?あははっ。健人くん何したの?」
すぐそばにいた太鼓方の夏目さんが、俺たちの会話に入ってきた。
「お。夏目さん。久しぶりじゃん」
「久しぶり。相変わらずイケメンやけどちょっと老けたね」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
俺の冗談に夏目さんは上機嫌に笑った。
すると、参道を挟んで向こう側にある手水舎から、叶絵がこちらに歩いてきた。
笛方の衣装である、牡丹柄の紺の法被を着ていた。
よく似合っている。
「健人」
大きな目が、俺を見た。
俺は思わず下を向いて、地面の砂利を見た。
なんとなく、彼女をまっすぐに見れなかったのだ。
「ねえ。目が充血してない?昨日はよく眠れたの?」
叶絵はより近づいてきて、俺の顔を覗き込んだ。
ちけえな、おい。
「寝すぎてこうなったんだよ」
俺は顔をふせて、獅子方連中のほうに向かった。
宮入が終わり、家や店を何軒か回り、十一時くらいに駅前のコンビ二に着いた。
俺は獅子には入らない順番となったので、森くんと雑談をしながら、駐車場の車止めに腰かけて休憩をしていた。
すると、いつの間にか俺らの近くに停められた紺色のパッソから、見覚えのある女性が降りる姿が見えた。
音羽だ。
俺より先に、森くんが反応した。
「あれ?音羽じゃん」
「おっす。今日本番じゃん!って思って、買い物ついでに寄ってみたの。今どこにいるかラインしようとしたけど、この辺を車で走ってたらたまたますぐに見つかったわ。太鼓台とか百足獅子とか目立つから楽だよね!」
音羽は嬉しそうに森くんに言った。
それから、隣にいる俺に向かって「健人も久しぶり」と言った。
「お前妊娠したんだって?つわりとか大丈夫なん?」
俺は挨拶よりも先にこの言葉が出た。
「いややばいよ。今日は比較的まし。普段は引きこもってほぼ死んでる」
「へえー。つらそうだな。何?買い物ついでってことはすぐに帰んの?」
「うん。午後からお母さんが家に来るからさ。ちょっとだけ見て帰るね」
「そっか」
「一曲ぐらい吹いていけば?音羽。太鼓台に予備の笛が入ってるよ」
森くんが太鼓台を指さして言った。
「えー。いいよいいよ」
音羽は恥ずかしそうに笑った。
あの懐かしい三日月目だ。
俺はぼんやりとその顔を見つめていると、後ろから服の裾を引っ張られた。
「健人」
「ん?」
振り向くと、叶絵だった。
俺の服の裾を握ったままで、唇を固く結んで俺を見ていた。
「ん?なんだよ?」
「・・・喉乾いた。飲み物買って」
「は?自分で買えよ」
「小銭持ってない」
「じゃあ五百円やるから適当に買ってこいよ。あ、俺コーラでいいわ」
俺からお金を受け取った叶絵は不満そうな表情を浮かべたままで、コンビニの入り口に向かって歩いて行った。
「今の子だれ?うちの町内の子?」
音羽が森くんに訊いた。
「伊丹さんのところのお孫さんだよ。今年から参加してるんだ」
「へえ~。良かった!笛方が増えて!それになんか、ずいぶんと健人に懐いているみたいだね」
「そうみたいだな」
俺が答えたところで、店に入ったはずの叶絵がこちらに戻ってきた。
そして、もう一度俺の服の裾を掴んだ。
「ねえ。コーラ?ゼロコーラ?それとも、もしかしてペプシ派?」
「はあ?コーラはコーラだろ?」
「わかんない。コーラにも期間限定のチェリー味があって」
「だからあ、普通のコーラでいいって。ペットボトルのやつ。な?」
呆れて俺が笑うと、叶絵は一度だけ頷いた。
そのあとにチラッと森くんと音羽の方を見て、また店に戻って行った。
コンビニに獅子を二曲ほど回したところで、音羽は「帰るね」と言って、再び車に乗り込んだ。
俺と森くんで、パッソを運転しながら片手をあげた音羽に、大きく手を振った。
久しぶりに彼女の姿を見ると、もっと複雑な心境になるか思ったが、意外とそうでもなかった。
むしろ晴れやかな気分だ。
素直に、彼女のこれから歩む道の幸せを願う気持ちが大きかった。
何が俺をそうさせたのか。
心の中で自らのその答えにたどり着くまでに、それほど時間はかからなかった。
景色に溶け込んでいく紺色のパッソが、ほとんど見えなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる