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第十九話 明転
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結局あのあとに俺は、器の中にある、脂を吸いに吸ってついには干からびかけていたチャーシューを箸で小さく割ってレンゲに入れてから、叶絵の口に運んでやった。
彼女は、離乳食を試す赤子のように、大人しくそれを食べた。
ありえない程に時間はかかったけれど、叶絵はすべてを完食した。
もともと混んでいなかったからか、俺らのやり取りの一部始終を見ていたからかは分からないが、店の人は、誰一人として俺らのことを急かさなかった。
さすがの『ご慈愛ラーメン』である。
それから、伊丹のじいさんの家まで、叶絵を車で送り届けた。
「健人。ありがと。またいつかね。ばいばい」
車から降りた後に、彼女はにっこりと微笑んで言った。
「またいつかじゃねえだろ」
俺はそう返した。
「え?」
叶絵はきょとんとした顔をしている。
まずい。引き留めたはいいものの、ノープランだ。
「来週、住民運動会だろ?」
瞬時に頭の中でこしらえて絞り出したのは、毎年秋に近所の小学校にて、地域活性化のために大人も子供も集まって開催される、恒例行事のことだった。
今週の回覧板に書いてあったはずだ。
あぶねえ。なんとか思い出せた。
「そうなの?」
その運動会とやらは、各町内ごとにチーム分けされて互いに競い合う。
優勝した町内グループには、旬の果物や新米などが贈呈される。
ちなみに俺自身は、面倒臭いという理由で、これまでに三回くらいしか参加していない。
「地域の行事だからな。獅子舞に出たやつはほぼ強制参加なんだよ。叶絵もちゃんと顔出せよ」
これは毎年森くんに言われていたけれど、当たり前のように無視していた言葉だ。
「あたし運動神経とか皆無だけど」
「んなもん、あの白昼夢みてえな踊りを見て承知の上で言ってんだよ。ただでさえこの町内には人がいねえんだから、つべこべ言わずに来いよ。ほんじゃ!」
俺は返事を聞く前に、車を走らせた。
大丈夫だ。
彼女は絶対に来る。
てか来なきゃ呼びに行けばいいか。
今年の獅子舞の時みたいに。
俺は伊丹家から離れた。
自分の家へと続く、馬鹿みたいに狭い路地に車を入れて、そのまま突き進んだ。
おっせえ。
天高く爽快な青空が広がる下で、俺は町内対抗リレーのアンカーとして、体に赤いたすきをかけ、バトンが渡ってくるのを待っていた。
リレーは一つのチームで、計四人が走る。
第一走者のカズちゃんがなかなかいい走りを見せたももの、次の森くんで大幅に遅れを取り、次の叶絵は想定以上に遅く、東上塞チームは断トツのビリになっていた。
もう先頭のチームのアンカーが走り始めていたけれど、叶絵から俺にバトンを渡るまでには、トラック半周分くらいある。
はあ。と、ため息をついて、小学校のグラウンドに並んだように植えてある樫の木をなんとなく見つめた。
赤い紅葉の隙間から、日の光が透けている。
そこからこぼれた光は、校庭に敷き詰められたさらさらとした砂の一部を黄色く染めた。
いい眺めだ。
まさか小学校のグラウンドで、景色を楽しむ自分がいるなんて、夢にも思わなかった。もっと早くに参加しておけばよかったな。
・・・なんて、柄にもなく少し感慨深くなっている自分がいる。
そのうちに、叶絵が息を切らしながら、俺に向かって走ってきた。
「けんとっ」
「任せろ」
俺は叶絵の手から奪い取るようにして、プラスチックのバトンを受け取り、全力で走った。
「健人!いけえ!!!」
走りながら、ふと東上塞チームの応援席を見ると、森くんが片手をぶんぶん振り回して、大声で叫んでいる。
アイツ。
もとはと言えば、おめえのせいで遅れとってんだからな!!
「くそっ!!」
俺は手と足を必死に動かした。
そのうちに、前にいた三人を抜かすことができた。
あとは先頭にいる小学生を抜かせば、なんとか一位を取れるかもしれない。
オトナゲナイ?
知るか!!
小学生との距離が、どんどん近くなる。
ゴールテープの向こう側では、先ほどに走り終えた叶絵が、俺に向かって手を振っている。
俺は更にスピードを加速させて、ゴール目掛けて駆け抜けた。
彼女は、離乳食を試す赤子のように、大人しくそれを食べた。
ありえない程に時間はかかったけれど、叶絵はすべてを完食した。
もともと混んでいなかったからか、俺らのやり取りの一部始終を見ていたからかは分からないが、店の人は、誰一人として俺らのことを急かさなかった。
さすがの『ご慈愛ラーメン』である。
それから、伊丹のじいさんの家まで、叶絵を車で送り届けた。
「健人。ありがと。またいつかね。ばいばい」
車から降りた後に、彼女はにっこりと微笑んで言った。
「またいつかじゃねえだろ」
俺はそう返した。
「え?」
叶絵はきょとんとした顔をしている。
まずい。引き留めたはいいものの、ノープランだ。
「来週、住民運動会だろ?」
瞬時に頭の中でこしらえて絞り出したのは、毎年秋に近所の小学校にて、地域活性化のために大人も子供も集まって開催される、恒例行事のことだった。
今週の回覧板に書いてあったはずだ。
あぶねえ。なんとか思い出せた。
「そうなの?」
その運動会とやらは、各町内ごとにチーム分けされて互いに競い合う。
優勝した町内グループには、旬の果物や新米などが贈呈される。
ちなみに俺自身は、面倒臭いという理由で、これまでに三回くらいしか参加していない。
「地域の行事だからな。獅子舞に出たやつはほぼ強制参加なんだよ。叶絵もちゃんと顔出せよ」
これは毎年森くんに言われていたけれど、当たり前のように無視していた言葉だ。
「あたし運動神経とか皆無だけど」
「んなもん、あの白昼夢みてえな踊りを見て承知の上で言ってんだよ。ただでさえこの町内には人がいねえんだから、つべこべ言わずに来いよ。ほんじゃ!」
俺は返事を聞く前に、車を走らせた。
大丈夫だ。
彼女は絶対に来る。
てか来なきゃ呼びに行けばいいか。
今年の獅子舞の時みたいに。
俺は伊丹家から離れた。
自分の家へと続く、馬鹿みたいに狭い路地に車を入れて、そのまま突き進んだ。
おっせえ。
天高く爽快な青空が広がる下で、俺は町内対抗リレーのアンカーとして、体に赤いたすきをかけ、バトンが渡ってくるのを待っていた。
リレーは一つのチームで、計四人が走る。
第一走者のカズちゃんがなかなかいい走りを見せたももの、次の森くんで大幅に遅れを取り、次の叶絵は想定以上に遅く、東上塞チームは断トツのビリになっていた。
もう先頭のチームのアンカーが走り始めていたけれど、叶絵から俺にバトンを渡るまでには、トラック半周分くらいある。
はあ。と、ため息をついて、小学校のグラウンドに並んだように植えてある樫の木をなんとなく見つめた。
赤い紅葉の隙間から、日の光が透けている。
そこからこぼれた光は、校庭に敷き詰められたさらさらとした砂の一部を黄色く染めた。
いい眺めだ。
まさか小学校のグラウンドで、景色を楽しむ自分がいるなんて、夢にも思わなかった。もっと早くに参加しておけばよかったな。
・・・なんて、柄にもなく少し感慨深くなっている自分がいる。
そのうちに、叶絵が息を切らしながら、俺に向かって走ってきた。
「けんとっ」
「任せろ」
俺は叶絵の手から奪い取るようにして、プラスチックのバトンを受け取り、全力で走った。
「健人!いけえ!!!」
走りながら、ふと東上塞チームの応援席を見ると、森くんが片手をぶんぶん振り回して、大声で叫んでいる。
アイツ。
もとはと言えば、おめえのせいで遅れとってんだからな!!
「くそっ!!」
俺は手と足を必死に動かした。
そのうちに、前にいた三人を抜かすことができた。
あとは先頭にいる小学生を抜かせば、なんとか一位を取れるかもしれない。
オトナゲナイ?
知るか!!
小学生との距離が、どんどん近くなる。
ゴールテープの向こう側では、先ほどに走り終えた叶絵が、俺に向かって手を振っている。
俺は更にスピードを加速させて、ゴール目掛けて駆け抜けた。
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