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第十八話 毒親
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「お母さんはデブってほどではないけど、どちらかといえばふくよかな方なの。ううん、やっぱりデブかな。一般的に言えば太っている分類だと思う。日記には、叶絵にはあの女のようになってほしくない、みたいなことが書いてあった。スタイルのいい女は男を惑わすだけの有害物質なんだって。あたし、何が正解なのかはよく分からなかったけど、とにかくお母さんが与える食事を食べていれば、お母さんは幸せでいられるんだなって思った。だからフードファイターみたいに、毎日ご飯をたくさん食べたの」
器の中のラーメン汁の油が、固まって浮き始めている。
「でも、よく考えたら、人の家庭を壊したその女は、他人に罵られようが、お父さんといることが幸せなんだよね。幸せでいたいから、愛されたいから、綺麗な体型を保っている人なんだと思う。お母さんは、自己満足のためにあたしを太らせて、あたしの幸せなんかは願ってないの。少しでも愛されないように、お父さんみたいな人に選ばれないようにして、あたしの体を使って世の中に復讐しているんだなって。そのことに気づいた時には、いつの間にか学校で体型のことでいじめられるようになってたし、何食べても前より美味しいと思わなくなった。あたしはせめて、お母さんの作るご飯は美味しいと思って食べたかった。でもいくら言っても、全然量を減らしてくれなかった。料理に手をつけなかったら、烈火の如く怒られた。宿題をしなくても、門限を破っても、全然怒らないのに」
彼女はもう、器の中に入ってるものを食べるつもりはないのだろう。
それなのに、箸を持ったままで微動だにしない。
「あたしを苦しめる物事から解放されるには、もう、食べないっていう選択肢しかなかった。食べずに痩せていくあたしを見て、お母さん、『叶絵もお母さんを裏切るのね』って言ったの。なんでそういう考えになるのかわからなかった。怖くて怖くて仕方がなかった。食べても、次の日にはほとんど吐いた。苦しかったけど、痩せてから人間関係も変わったし、インスタグラムで自分の写真を載せて、フォロワーが増えたり、いいねをたくさんもらえたりすることで、あたしのやっていることは正しいことなんだって思い直すようにして…。でも…。本当に正しかったのかなって。いつもいつもわかんなくなって」
叶絵は泣いていた。
大きな目からボロボロと涙がこぼれていた。
「おじいちゃんもおばあちゃんもあまり食べないあたしを見て心配してて。でもあたし、あなたたちの息子がしでかしたことでこんなに苦しんでるんだよ?って言いたい。けど言えなくて。だっておじいちゃんもおばあちゃんはいつも優しいから。お母さんみたいに無理やり食べさせたりしないから。二人を悲しませたくないから。でも、あたしが勝手な解釈をしているだけで、あたしが勝手な妄想をして、皆を悪者にして。それで」
「叶絵。お前は悪くない」
俺は席を移動して、叶絵の隣に座った。
着ている服の袖で、彼女の顔の涙をぬぐった。
「お前は絶対に悪くない。お前を苦しめた周りが悪い。我慢を強いたすべてが悪い。正しいか正しくないかなんて考えるな。わかるだろ?お前は人を傷つけずに自分だけ苦しんだんだよ」
「違う。お母さん傷つけた。おじいちゃんおばあちゃんに心配かけて」
「違う。お母さんが、お前を傷つけたんだろ。現にお前は心も体も傷ついている。お前のされたことは一種の虐待だ。認めて、楽になれ。自分を責めるな。おじいちゃんとおばあちゃんは、叶絵を愛してるから心配してるだけだ。だったらそのまま愛させて死ぬまで心配させておけ。飯食っても食わなくても、彼らは一生お前のことで何かしら心配すんだから。な?」
既に俺の服の袖はびしょびしょだった。
叶絵は泣き続けた。
「食べようと思ったら食べれらるし、太ろうと思えば太れる。でもそうしたら、また周りから人がいなくなっちゃうから。友達もいなくなるしインスタだって誰も見なくなる。健人だって。健人だって、いなくなるかも。健人までいなくなったら、あ、あたしっ、どうなるか分かんない」
「いなくならない」
俺は即答した。
ほとんど何も考えずに、反射的に言葉を返した。
当たり前だ。いなくなるわけがない。
「俺はそう簡単にはいなくはならない。いいか?俺がお前を見捨てそうになったら、刃物でも毒でもなんでも使っていいから俺を殺せ。そしてお前はちゃんと食え。豚になろうが、食べたいと思ったものを素直に食えばいい。わかったか?」
叶絵は、返事はせずとも、俺の袖の下で微かに頷いた。
その後に、「ゔゔゔ」と、呻くような泣き声が漏れた。
実際は、殺されたらまじで困る。
俺は長生きしたいタイプなのだ。
けれど、俺は彼女から教わった。
『本当にそう思っているかの感情なんて、いくら言葉で伝えても証明することはできないじゃない。それなら、あなたが、嘘と思われてもいいから、伝えたい相手に言葉にすればいいの。相手にそれがわかってもらえなくても、伝えた事実だけは自分の中で残るから』
器の中のラーメン汁の油が、固まって浮き始めている。
「でも、よく考えたら、人の家庭を壊したその女は、他人に罵られようが、お父さんといることが幸せなんだよね。幸せでいたいから、愛されたいから、綺麗な体型を保っている人なんだと思う。お母さんは、自己満足のためにあたしを太らせて、あたしの幸せなんかは願ってないの。少しでも愛されないように、お父さんみたいな人に選ばれないようにして、あたしの体を使って世の中に復讐しているんだなって。そのことに気づいた時には、いつの間にか学校で体型のことでいじめられるようになってたし、何食べても前より美味しいと思わなくなった。あたしはせめて、お母さんの作るご飯は美味しいと思って食べたかった。でもいくら言っても、全然量を減らしてくれなかった。料理に手をつけなかったら、烈火の如く怒られた。宿題をしなくても、門限を破っても、全然怒らないのに」
彼女はもう、器の中に入ってるものを食べるつもりはないのだろう。
それなのに、箸を持ったままで微動だにしない。
「あたしを苦しめる物事から解放されるには、もう、食べないっていう選択肢しかなかった。食べずに痩せていくあたしを見て、お母さん、『叶絵もお母さんを裏切るのね』って言ったの。なんでそういう考えになるのかわからなかった。怖くて怖くて仕方がなかった。食べても、次の日にはほとんど吐いた。苦しかったけど、痩せてから人間関係も変わったし、インスタグラムで自分の写真を載せて、フォロワーが増えたり、いいねをたくさんもらえたりすることで、あたしのやっていることは正しいことなんだって思い直すようにして…。でも…。本当に正しかったのかなって。いつもいつもわかんなくなって」
叶絵は泣いていた。
大きな目からボロボロと涙がこぼれていた。
「おじいちゃんもおばあちゃんもあまり食べないあたしを見て心配してて。でもあたし、あなたたちの息子がしでかしたことでこんなに苦しんでるんだよ?って言いたい。けど言えなくて。だっておじいちゃんもおばあちゃんはいつも優しいから。お母さんみたいに無理やり食べさせたりしないから。二人を悲しませたくないから。でも、あたしが勝手な解釈をしているだけで、あたしが勝手な妄想をして、皆を悪者にして。それで」
「叶絵。お前は悪くない」
俺は席を移動して、叶絵の隣に座った。
着ている服の袖で、彼女の顔の涙をぬぐった。
「お前は絶対に悪くない。お前を苦しめた周りが悪い。我慢を強いたすべてが悪い。正しいか正しくないかなんて考えるな。わかるだろ?お前は人を傷つけずに自分だけ苦しんだんだよ」
「違う。お母さん傷つけた。おじいちゃんおばあちゃんに心配かけて」
「違う。お母さんが、お前を傷つけたんだろ。現にお前は心も体も傷ついている。お前のされたことは一種の虐待だ。認めて、楽になれ。自分を責めるな。おじいちゃんとおばあちゃんは、叶絵を愛してるから心配してるだけだ。だったらそのまま愛させて死ぬまで心配させておけ。飯食っても食わなくても、彼らは一生お前のことで何かしら心配すんだから。な?」
既に俺の服の袖はびしょびしょだった。
叶絵は泣き続けた。
「食べようと思ったら食べれらるし、太ろうと思えば太れる。でもそうしたら、また周りから人がいなくなっちゃうから。友達もいなくなるしインスタだって誰も見なくなる。健人だって。健人だって、いなくなるかも。健人までいなくなったら、あ、あたしっ、どうなるか分かんない」
「いなくならない」
俺は即答した。
ほとんど何も考えずに、反射的に言葉を返した。
当たり前だ。いなくなるわけがない。
「俺はそう簡単にはいなくはならない。いいか?俺がお前を見捨てそうになったら、刃物でも毒でもなんでも使っていいから俺を殺せ。そしてお前はちゃんと食え。豚になろうが、食べたいと思ったものを素直に食えばいい。わかったか?」
叶絵は、返事はせずとも、俺の袖の下で微かに頷いた。
その後に、「ゔゔゔ」と、呻くような泣き声が漏れた。
実際は、殺されたらまじで困る。
俺は長生きしたいタイプなのだ。
けれど、俺は彼女から教わった。
『本当にそう思っているかの感情なんて、いくら言葉で伝えても証明することはできないじゃない。それなら、あなたが、嘘と思われてもいいから、伝えたい相手に言葉にすればいいの。相手にそれがわかってもらえなくても、伝えた事実だけは自分の中で残るから』
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