捨てられた子が龍の化身に溺愛されるまで《完結》

トキ

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本編

虚妄8

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 細木家に帰って来れたのは深夜で、誰も口を開かなかった。部屋の電気も点けず、端末のライトだけを頼りに全員ソファに座り項垂れる。

「私、思うんだけど。化身の伴侶は恋鞠ちゃんじゃなくて、幸平なんじゃない?」
「は?」
「そうよ。そうとしか考えられないわ! 幸平が居なくなってから、私達の人生は滅茶苦茶になったんですもの!」
「何を言っているんだ!? 友美! 伴侶は恋鞠ちゃんだろう!?」
「貴方だってそうよ! 化身だって言ってたけど、本当は嘘なんでしょう!? だって、前に見た氷雨さんや今日話した彼の方が何倍も美しかった! あぁいう人達のことを本物の化身って言うのよ!」
「ちょっと待って! 恋鞠が偽物だって言いたいの!? 今迄散々可愛がってきたくせに、伴侶じゃなかったら切り捨てるの!?」
「そっちこそ俺達を騙していたじゃないか! 恋鞠ちゃんが伴侶だと信じていたから大切にしていたのに!」
「騙していたのは政典さんだろ! 俺達は政典さんが化身だって言うから信じていたのに!」

 友美が発した一言で、四人はまた言い争いを始めた。お互いに「騙していたなんて最低!」と罵り合い、政典が櫂飛と華恋に「うちから出て行け!」と叫ぶ。友美はそんな政典に離婚を突き付け、華恋も「犯罪者が夫なんて無理」と吐き捨て、同じように離婚の話を持ち出す。

「恋鞠が氷雨と結婚すれば私達は昔のような生活ができるから、アンタはもう要らないわ」
「なんだと!?」
「幸平を連れ戻せば私も幸せになれるから、貴方は早く自首してちょうだい。犯罪者の顔なんて見たくもないわ」
「お前だって犯罪者だろうが! 俺だけを悪者にしやがって!」

 そこからは地獄絵図。四人は暗い部屋の中で取っ組み合いの喧嘩を始めた。友美と華恋は部屋の中にある物を投げ、それにキレた政典と櫂飛は彼女達を押し倒して何度も何度も顔を殴った。二人が「やめて!」と叫んでも「黙れ!」と言ってまた殴る。生々しい音と豹変した男達がただただ怖くて、恋鞠は部屋の隅に逃げて小さくなることしかできなかった。

「おい。何自分一人だけ逃げようとしてんだ?」
「ひぃ!」
「恋鞠ちゃんが言い出したことだろう? 幸平の教え子を攫えばいいって。そのせいで俺達はこんなことになっているのに」

 確かに提案したのは恋鞠だ。大企業の息子同様、恋鞠も桜子が気に入らなかった。突然現れてみんなから「美しい」と賞賛され、日本一の美女にも選ばれ、そんな桜子が邪魔で邪魔で仕方なかった。幸平への嫌がらせも含まれていた。彼の教え子が行方不明になれば、二人とも泣き崩れるに違いない。その姿を想像するだけで、恋鞠は胸がすく思いがした。政典達も恋鞠の提案に賛同した。みんな幸平に不満を抱いていたから。

 攫う子どもは直ぐに決まった。幸平と同じように両親から愛されず、捨てられた大人しい生徒。幸平が一番気にしていた生徒で、その子どもは何時も幸せそうに笑っていた。仲の良い友達と話しながら登下校する姿は見ているだけで腹が立った。こっちは大変な思いをしているのに、親から捨てられたくせにへらへら笑ってんじゃねえ! と、みんな車の中で悪態を吐いた。

「パ、パパと政典さんだって、あのガキが『気に入らない』って言ってたじゃない!」
「五月蝿い! 全部、全部お前のせいだ! お前のせいで俺の人生は!」
「いや! こっちに来ないで!」

 腕を掴まれそうになって恋鞠は二人を勢いよく突き飛ばした。直ぐに立ち上がって部屋を出ようと端末のライトを頼りに移動すると、何かに足を引っ掛けそれを見た恋鞠は「ひ!」と小さな悲鳴を上げる。

「ぅう。い、だい。ごまり、ちゃ、だず、げ……」
「いだ、い。どぉじで、なにも、みえない、の?」

 何度も何度も殴られた友美と華恋は、原型を留めていなかった。顔中血まみれで、痣だらけ。歯も折られたらしく、二人ともまともに話せていない。

「い、いやぁあああああああああ!」

 自分の足を掴もうとした二人の手を蹴って、恋鞠は部屋を飛び出して廊下を走り、階段を駆け上がった。直ぐに政典と櫂飛が追い掛けてきて、恋鞠は近くの部屋に入り鍵をかける。外からドンドンドン! と激しく叩く音が聞こえ、何か防衛できるものはないか部屋の中を漁る。机の中やクローゼットの中を隅々まで探して、漸く見付けたのは子どもの頃に集めていたビー玉だけ。

「恋鞠!」
「ひぃ!」

 バキィ! と扉が壊されて狂気に満ちた目をした二人が入ってくる。髪を掴まれそうになって咄嗟に体を屈めて、階段へと向かう。階段を降りようとした時に腕を捕まれ、恋鞠はビー玉の入った袋を廊下に落としてしまった。パラパラと大きな音を立ててビー玉が転がる。政典が腕を振り上げ足を前に出し、恋鞠の顔を殴ろうとした。

「う、うわぁあああああああ!」
「てめえ! 何しやがった!」
「ぱ、パパ。私は、何も……」
「黙れ! この疫病神! 絶対に殺してや……どわ!」

 足元を確認せず恋鞠に近付いた櫂飛も政典と同じように体勢を崩し、大きな音を立てて階段から転落した。ザク! と何かが何かに突き刺さる音がしたのと、櫂飛の叫び声が響いたのはほぼ同時だった。何が起こったのか分からず、恋鞠はその場にへたり込む。震える手から端末が滑り落ち、二階の廊下をライトが照らす。鈍い音を立ててころころと彼女の手元に転がってきたのは、廊下に散らばったビー玉だった。

 政典と櫂飛はこのビー玉で足を滑らせ、階段から転落したのだ。下から二人の痛みに呻く声が響いているが、腰が抜けた恋鞠はその場から動くとこができない。ずっと大切にしてくれた人達から殺されそうになったのだと理解して、彼女は声を殺して泣いた。大丈夫? と彼女に優しく声をかけてくれる人はいない。悲しませた奴を懲らしめてやる! と味方になってくれる人もいない。家族さえもバラバラになり、恋鞠を心配してくれる人はとうとう一人も居なくなってしまった。
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