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第3章
可憐で心優しいお姫様
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今日も燕を手に乗せ、そっと頭を撫でていると突然夕から指摘され鈴は自分の指に視線を落とす。
「あれ? 鈴、指輪はどうしたんだ?」
左手の薬指に嵌っていた筈の赤い宝石の指輪。鈴はずっとその指輪を身に付けていた。普段、あまりアクセサリーで着飾らない鈴が指輪をしている事が珍しかった為、夕はふと疑問に思った。
「誰から貰ったんだ?」とか「何時の間に指輪をするようになったんだ?」とか「誰かからの贈り物か?」とか、思い付く限り疑問に思った事は片っ端から聞いた。しかし、鈴は夕の質問に一切答えず、不機嫌そうな顔をして「押し付けられただけだ」と言った。
素人の夕が見ても、とても高そうだと思っていた指輪。この世界に来ても、鈴はずっとその指輪を嵌めていた。その筈なのに、今の鈴の指には何もない。
「失くした」
「はぁ!?」
慌てる様子もなく、鈴は静かに言った。左手の薬指に嵌めていたから、きっと大切な誰かから貰ったんだろうと思っていた夕は、鈴の言葉を聞いて愕然とした。
「失くしたって……大事な物じゃないのかよ?」
「さぁな。彼奴にとっては大切な物かもしれないが、俺にとってはただのガラクタだ」
「ガ、ガラクタって……それに、彼奴って誰だよ?」
「…………」
鈴は何も答えず、ただ燕の頭を撫でるだけだった。その行動だけで、鈴が答える気がない事が分かる。鈴は自分の事を話す事が嫌いだ。猫を被るようになった時も、素がバレて周囲の生徒から敵意を向けられた時も、苛められていた時も、容姿のせいで襲われそうになった時も、鈴は夕に何も話さなかった。
鈴が危険な目に遭っていたと気付くのは、何時も全て終わった後。本人は全く気にする様子もなく、平然と「返り討ちにした」と「傷付いてない」と言っていた。
心配して何度も聞くと殴られた。それでも、夕は鈴の事が心配だった。この世界に来た時も、鈴は単独で情報を集め、賊を捕まえた。シンジュの時も、鈴は一人で真実を見付け出した。
そんな鈴を凄いと思う反面、とても心配だった。自分の事はどうでも良いとでも言いたそうな行動と言動。
「なぁ鈴。俺はそんなに信用出来ないか?」
「…………」
「家族の俺にも、話せない事なのか?」
「…………」
「ユリウス様から聞いた。お前には好きな人が居るって」
「っ」
「あの指輪、好きな人からの贈り物なんじゃないのか?」
「…………」
「なぁ、す『五月蝿い』」
夕の問いには一切答えず、鈴は夕を睨み付けた。声は低く、不機嫌そうに顔を歪めている。「その話は二度とするな」と続け、鈴は燕を手に乗せ、足早に去って行った。
「鈴……」
残された夕は、鈴を追いかける事が出来ず、その場に立ち尽くす。今、鈴を追いかけても、鈴は何も教えてくれない。今以上に何も話さなくなってしまったら、鈴の傍に居る事も出来なくなってしまうかもしれない。そう思うと夕は不安になり、何も出来なかった。
『やはり神子様だったのですね』
『白い躰に赤い瞳の鳥、これは正しく神子の証』
『こんな立派な白い鷲を手懐けるとは……流石神子様ですね』
神子様。この世界に来て、この言葉を何度聞いたか分からない。来て早々勝手に神子だと勘違いし、期待し、縋るような目をして見てくる人々。しかし、本当の鈴を知った途端、彼等の態度は素っ気なくなった。
『騙していたんだな』
『神子だと偽ってユリウス様に近付いていたに違いない』
『あんな最低な人だって知ってたら、最初から関わらなかったのに……』
どれも鈴には聞き慣れた台詞だった。前の世界でも、今の世界でも、人の態度は変わらない。勝手に決め付けた癖に、実際は違うと、思っていた人物像と異なると、彼等は掌を返し鈴を罵った。ユリウス達は鈴の本当の姿を知っても普通に接してくれたが、大半の人達は鈴に対して冷たかった。
しかし、鈴が燕と白い鷲と一緒に居るようになると、彼等は再び喜び、鈴に媚を売った。燕と白い鳥を「神子の証だ」と騒ぎ出し、鈴が否定しても、彼等は嬉々として「神子様」と言って鈴に深々と頭を下げた。
気持ち悪い。
それが率直な感想だった。違うと言えば掌を返し、神子の可能性が再び出てくると、また言い寄って来る。本質を見ず、損得だけでコロコロと態度を変える人間が、鈴は一番嫌いだった。
「……はぁ……」
この世界にとって『神子』がどんな存在なのか、鈴は詳しく知らない。救世主だと言っていたが、知っているのはそれだけ。神子の証とは何なのか、神子はどんな人がなるのか、自分で調べても曖昧な情報しか得られず、肝心な事は何一つ分からない。
「彼奴なら……」
知っているだろうか。神子の存在も、神子の証の事も……
シンジュの事を教えてくれた、彼奴なら……
そう思ったが、直ぐに無理だと悟る。浜辺へ行っても、もう現れる事はない。
『ワタシが地上に来るのは、今日で最後だ』
鈴を助けた老いた人魚。シンジュを頼むと、役目は終わったと言って、あの人魚は海へ帰ってしまった。その役目が何だったのか。シンジュを蘇らせる事だったなら、きっとあの人魚は二度と地上へは来ないだろう。
「くそ」
こんな事になるなら、あの時聞いておけば良かった。
神子と神子の証について、この世界に来た理由、シンジュと人魚族の関係。聞きたい事は沢山あった。しかし、もう聞く事は出来ない。
その事実に更に苛立ち、誰も居ない廊下で、鈴は舌打ちした。
「スズ、さん? どうか、したんですか?」
「シンジュ……お前こそどうしたんだよ? リベルは?」
「お仕事です」
「仕事? 彼奴が?」
「はい。今まで自分の役目を放棄していた分、ユリウス様達の為に自分に出来る事をしたいと仰って……」
「お前を置いてか?」
「本当は、誘われたんですけど、僕が居たら邪魔だと思って……」
「断ったのか?」
「はい」
柔らかく微笑みながらシンジュは嬉しそうに話した。出会った頃は、何に対しても怯え、他人を気にしてオロオロしていたが、話をしていく内にシンジュと親くなった。
リベルテが持って来たアップルパイを作ったのが夕だと知ると、シンジュは控えめに笑いながら、「とても、美味しかったです」と夕にお礼を言った。リベルテの言う通り、シンジュの笑顔はとても可愛かった。
元々可愛いもの好きの夕が我慢出来る筈もなく、鈴が気付いた時には夕はシンジュを抱き締めて「こんな弟がほしい!」と叫び、何度もシンジュの頭を撫でていた。勿論、夕はシンジュに対して恋愛感情を抱いてはいない。
過度なスキンシップに慣れていないシンジュは当然困り果てて、助けを求めるような目をしてスズとリベルテを交互に見ていた。
夕はシンジュを恋愛対象として見ていない。シンジュの事は家族、友人だと思っている。分かってはいるのに、大好きな恋人が別の男の腕の中に居るのが、リベルテは許せなかった。
「シンジュを抱き締めていいのは俺だけだ!」と叫んで、夕からシンジュを奪い取り、自分の腕の中に閉じ込める。狼狽えるシンジュを他所に、リベルテと夕は下らない口論を続けた。
口論は次第に惚気話に変わり、何故かシンジュをべた褒めする内容に変わっていた。このままでは話が終わらないと思い、鈴が二人に「そのへんにしておけ」と言って止めた。
その時のシンジュは見ていられない程照れて、涙目になっていた。それでも二人は「可愛い」と言って、シンジュは更に困り果てていた。
「ピィッ!」
「え? わ!」
物思いに耽っていると突然燕が鳴き、鈴の手から離れた。バサリと飛び去り、シンジュの周囲を飛び回っている。止まれる場所を探しているのか、足を出したり引っ込めたりしている燕を見て、シンジュは恐る恐る手を燕の前に出した。
すると、燕はそっとシンジュの指に乗り、小さな頭を手に摺り寄せた。シンジュが反対の手を燕の近くへ移動させると、撫でてと言うように燕は頭を下げた。シンジュがそっと燕の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じる。
「か、可愛い!」
動物に懐かれるのは初めてなのか、シンジュは目を輝かせて燕を優しく撫でていた。
『可憐で心優しいお姫様』
この言葉は、シンジュの方が合っている。表裏がなく、純粋で、健気。リベルテを一途に思い、自分の事より他人を優先する。誰にでも出来る事ではない。
「この子、凄く可愛いですね」
「そうだな」
「良いなぁ」
僕も、動物を育ててみたいな。
シンジュがそう口にした瞬間、突然何かが強く光り出し、二人は咄嗟に目を閉じた。
「あれ? 鈴、指輪はどうしたんだ?」
左手の薬指に嵌っていた筈の赤い宝石の指輪。鈴はずっとその指輪を身に付けていた。普段、あまりアクセサリーで着飾らない鈴が指輪をしている事が珍しかった為、夕はふと疑問に思った。
「誰から貰ったんだ?」とか「何時の間に指輪をするようになったんだ?」とか「誰かからの贈り物か?」とか、思い付く限り疑問に思った事は片っ端から聞いた。しかし、鈴は夕の質問に一切答えず、不機嫌そうな顔をして「押し付けられただけだ」と言った。
素人の夕が見ても、とても高そうだと思っていた指輪。この世界に来ても、鈴はずっとその指輪を嵌めていた。その筈なのに、今の鈴の指には何もない。
「失くした」
「はぁ!?」
慌てる様子もなく、鈴は静かに言った。左手の薬指に嵌めていたから、きっと大切な誰かから貰ったんだろうと思っていた夕は、鈴の言葉を聞いて愕然とした。
「失くしたって……大事な物じゃないのかよ?」
「さぁな。彼奴にとっては大切な物かもしれないが、俺にとってはただのガラクタだ」
「ガ、ガラクタって……それに、彼奴って誰だよ?」
「…………」
鈴は何も答えず、ただ燕の頭を撫でるだけだった。その行動だけで、鈴が答える気がない事が分かる。鈴は自分の事を話す事が嫌いだ。猫を被るようになった時も、素がバレて周囲の生徒から敵意を向けられた時も、苛められていた時も、容姿のせいで襲われそうになった時も、鈴は夕に何も話さなかった。
鈴が危険な目に遭っていたと気付くのは、何時も全て終わった後。本人は全く気にする様子もなく、平然と「返り討ちにした」と「傷付いてない」と言っていた。
心配して何度も聞くと殴られた。それでも、夕は鈴の事が心配だった。この世界に来た時も、鈴は単独で情報を集め、賊を捕まえた。シンジュの時も、鈴は一人で真実を見付け出した。
そんな鈴を凄いと思う反面、とても心配だった。自分の事はどうでも良いとでも言いたそうな行動と言動。
「なぁ鈴。俺はそんなに信用出来ないか?」
「…………」
「家族の俺にも、話せない事なのか?」
「…………」
「ユリウス様から聞いた。お前には好きな人が居るって」
「っ」
「あの指輪、好きな人からの贈り物なんじゃないのか?」
「…………」
「なぁ、す『五月蝿い』」
夕の問いには一切答えず、鈴は夕を睨み付けた。声は低く、不機嫌そうに顔を歪めている。「その話は二度とするな」と続け、鈴は燕を手に乗せ、足早に去って行った。
「鈴……」
残された夕は、鈴を追いかける事が出来ず、その場に立ち尽くす。今、鈴を追いかけても、鈴は何も教えてくれない。今以上に何も話さなくなってしまったら、鈴の傍に居る事も出来なくなってしまうかもしれない。そう思うと夕は不安になり、何も出来なかった。
『やはり神子様だったのですね』
『白い躰に赤い瞳の鳥、これは正しく神子の証』
『こんな立派な白い鷲を手懐けるとは……流石神子様ですね』
神子様。この世界に来て、この言葉を何度聞いたか分からない。来て早々勝手に神子だと勘違いし、期待し、縋るような目をして見てくる人々。しかし、本当の鈴を知った途端、彼等の態度は素っ気なくなった。
『騙していたんだな』
『神子だと偽ってユリウス様に近付いていたに違いない』
『あんな最低な人だって知ってたら、最初から関わらなかったのに……』
どれも鈴には聞き慣れた台詞だった。前の世界でも、今の世界でも、人の態度は変わらない。勝手に決め付けた癖に、実際は違うと、思っていた人物像と異なると、彼等は掌を返し鈴を罵った。ユリウス達は鈴の本当の姿を知っても普通に接してくれたが、大半の人達は鈴に対して冷たかった。
しかし、鈴が燕と白い鷲と一緒に居るようになると、彼等は再び喜び、鈴に媚を売った。燕と白い鳥を「神子の証だ」と騒ぎ出し、鈴が否定しても、彼等は嬉々として「神子様」と言って鈴に深々と頭を下げた。
気持ち悪い。
それが率直な感想だった。違うと言えば掌を返し、神子の可能性が再び出てくると、また言い寄って来る。本質を見ず、損得だけでコロコロと態度を変える人間が、鈴は一番嫌いだった。
「……はぁ……」
この世界にとって『神子』がどんな存在なのか、鈴は詳しく知らない。救世主だと言っていたが、知っているのはそれだけ。神子の証とは何なのか、神子はどんな人がなるのか、自分で調べても曖昧な情報しか得られず、肝心な事は何一つ分からない。
「彼奴なら……」
知っているだろうか。神子の存在も、神子の証の事も……
シンジュの事を教えてくれた、彼奴なら……
そう思ったが、直ぐに無理だと悟る。浜辺へ行っても、もう現れる事はない。
『ワタシが地上に来るのは、今日で最後だ』
鈴を助けた老いた人魚。シンジュを頼むと、役目は終わったと言って、あの人魚は海へ帰ってしまった。その役目が何だったのか。シンジュを蘇らせる事だったなら、きっとあの人魚は二度と地上へは来ないだろう。
「くそ」
こんな事になるなら、あの時聞いておけば良かった。
神子と神子の証について、この世界に来た理由、シンジュと人魚族の関係。聞きたい事は沢山あった。しかし、もう聞く事は出来ない。
その事実に更に苛立ち、誰も居ない廊下で、鈴は舌打ちした。
「スズ、さん? どうか、したんですか?」
「シンジュ……お前こそどうしたんだよ? リベルは?」
「お仕事です」
「仕事? 彼奴が?」
「はい。今まで自分の役目を放棄していた分、ユリウス様達の為に自分に出来る事をしたいと仰って……」
「お前を置いてか?」
「本当は、誘われたんですけど、僕が居たら邪魔だと思って……」
「断ったのか?」
「はい」
柔らかく微笑みながらシンジュは嬉しそうに話した。出会った頃は、何に対しても怯え、他人を気にしてオロオロしていたが、話をしていく内にシンジュと親くなった。
リベルテが持って来たアップルパイを作ったのが夕だと知ると、シンジュは控えめに笑いながら、「とても、美味しかったです」と夕にお礼を言った。リベルテの言う通り、シンジュの笑顔はとても可愛かった。
元々可愛いもの好きの夕が我慢出来る筈もなく、鈴が気付いた時には夕はシンジュを抱き締めて「こんな弟がほしい!」と叫び、何度もシンジュの頭を撫でていた。勿論、夕はシンジュに対して恋愛感情を抱いてはいない。
過度なスキンシップに慣れていないシンジュは当然困り果てて、助けを求めるような目をしてスズとリベルテを交互に見ていた。
夕はシンジュを恋愛対象として見ていない。シンジュの事は家族、友人だと思っている。分かってはいるのに、大好きな恋人が別の男の腕の中に居るのが、リベルテは許せなかった。
「シンジュを抱き締めていいのは俺だけだ!」と叫んで、夕からシンジュを奪い取り、自分の腕の中に閉じ込める。狼狽えるシンジュを他所に、リベルテと夕は下らない口論を続けた。
口論は次第に惚気話に変わり、何故かシンジュをべた褒めする内容に変わっていた。このままでは話が終わらないと思い、鈴が二人に「そのへんにしておけ」と言って止めた。
その時のシンジュは見ていられない程照れて、涙目になっていた。それでも二人は「可愛い」と言って、シンジュは更に困り果てていた。
「ピィッ!」
「え? わ!」
物思いに耽っていると突然燕が鳴き、鈴の手から離れた。バサリと飛び去り、シンジュの周囲を飛び回っている。止まれる場所を探しているのか、足を出したり引っ込めたりしている燕を見て、シンジュは恐る恐る手を燕の前に出した。
すると、燕はそっとシンジュの指に乗り、小さな頭を手に摺り寄せた。シンジュが反対の手を燕の近くへ移動させると、撫でてと言うように燕は頭を下げた。シンジュがそっと燕の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じる。
「か、可愛い!」
動物に懐かれるのは初めてなのか、シンジュは目を輝かせて燕を優しく撫でていた。
『可憐で心優しいお姫様』
この言葉は、シンジュの方が合っている。表裏がなく、純粋で、健気。リベルテを一途に思い、自分の事より他人を優先する。誰にでも出来る事ではない。
「この子、凄く可愛いですね」
「そうだな」
「良いなぁ」
僕も、動物を育ててみたいな。
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