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本編
嫌われた
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与えられた部屋に戻り、箪笥の中から制服を取り出す。ヒサメから与えられた着物を脱いで綺麗に折りたたみ、アスマは新品同然の制服に着替えた。泥だらけだった制服は、ヒサメが使用人達に命じて綺麗にしてくれた。そのお礼もしていない。お金も払えず、出て行ってしまうのが申し訳ない。本当はきちんとお世話になったお礼と代金を支払ってから出て行くべきなのだが、何も持っていないアスマがヒサメに渡せるものは一つもなかった。その代わり、ヒサメが愛しい伴侶と出会って幸せになれますようにと、心から願った。
「アスマ様? どちらへ向かうのですか?」
「少しだけ、外の空気を吸いたくて。直ぐに戻ります」
「……そうですか。お気を付けて。ですが、直ぐに戻って来てくださいね? ヒサメ様が心配しますので」
「はい」
部屋を出て、玄関に向かう途中で何人もの使用人とすれ違い、同じような質問を受ける。アスマは適当なことを言って誤魔化し、屋敷の外へ出た。もう二度と戻れない場所。アスマは一度だけ振り返って深々と頭を下げた。「お世話になりました」と小さな声で告げて、屋敷に背を向ける。お金なんて持っていない。あるのはこの制服と自分の体だけ。不思議と不安な気持ちはなかった。可能な限り遠くへ行こう。誰も知らない場所へ。和やかに、安らかに眠れる場所へ。これからアスマが探すのは、自分の命を終わらせる場所。もう、誰にも迷惑をかけなくて済む。邪魔な存在だと思われなくて済む。辛くて苦しい現実から、やっと解放される。清々しい気持ちに包まれて、アスマはヒサメの屋敷に背を向け足を踏み出した。
どうして、思い通りにいかないのだろう。ゴトリ、とバケモノの首が切断され、地面に転がる様子を眺めながら、アスマはぼんやりと考えた。屋敷を出て、アスマは最初に迷い込んだ森を目指した。なるべく人通りの少ない道を歩いて、人々の住む建物が少なくなっていき、とうとう田畑だけの風景になり、森の入り口に辿り着く。アスマが森に入ろうとすると、後ろから声がした。振り返ると、人の形をした悪鬼が「ミツケタ、ミツケタ。リュウノホウジュ!」と言ってゲラゲラ嗤う。
「オマエヲ殺セバ、彼奴ノ力ハ失ワレル! 喰ッテヤル。肉モ、骨モ、魂モ! 全テヲ喰ラッテヤル!」
ウマソウ、ウマソウと不気味に呟いて、悪鬼はアスマに襲いかかろうとした。しかし、アスマに飛びかかる前に、悪鬼の首がゴトリと地面に落ちる。
「ギャァアアアアアアアアアアアアア!」
悪鬼の叫び声が周辺に響き渡る。首を切断した人物は首のない体を真っ二つに切り裂き、未だ絶叫する悪鬼の頭に刀を突き立てた。
「目障りだ。失せろ」
悪鬼が完全に消滅したのを確認すると、目の前の人物は刀を鞘に仕舞い、アスマを見下ろした。何時も優しい色を宿していた紫色の瞳は氷のように冷たくて鋭く、纏う空気もピリピリとしていて息苦しい。彼が何を言うのか分からなくて、嫌われてしまっただろうかと思うと怖くて、アスマは何も言えずその場に佇むだけ。
「ヒ、サメさま……」
震える声で男の名を呼ぶが、彼の表情は変わらない。カツ、カツとゆっくりアスマに近付いて、彼の細い腕を力強く掴んだ。
「どうして俺との約束を破った!? 何故屋敷の外へ出たんだ!? 外は危険だから屋敷から出るなとあれほど言っただろう!」
「ひ!」
何時も優しかったヒサメが、鬼のような形相をして怒っている。前の世界で、アスマが嫌というほど見てきた顔。ヒサメ様にも、嫌われた。一番嫌われたくない人に、嫌われてしまった。ヒサメ様の幸せを願ってあの屋敷から出て行ったのに。両親の時は何時も失敗していたけれど、今回は成功すると思っていた。でも、結局失敗した。僕は「いらない子」だから。誰にも必要とされていない「邪魔な子」だから。
「屋敷を出て、どうするつもりだった? この世界の常識も知らない。悪鬼に対抗する力も持っていない。野宿の経験もない。何もできない君が、一人で生きていける訳ないだろう!」
「ヒサメ隊長! 言い過ぎです! この子の話もきちんと聞いてから」
「部外者は黙っていろ! この子は弱い。一人で生きていくなんて無理だ。それは君が一番よく分かっていることだろう? それなのに、どうして出て行こうとした!?」
「…………」
「黙っていたら分からないだろう! 俺の質問に答えろ!」
「ご、ごめ……な、さ……ごめん、なさ……」
ポロポロと流れ落ちる涙を止められない。ヒサメの言葉が鋭いナイフのようにアスマの胸に突き刺さる。大好きな人から「お前は無能だ」とはっきり言われてしまったのだ。アスマはただ、ヒサメの幸せを願って、邪魔にならないように屋敷から出て行っただけなのに。結局、ヒサメに迷惑をかける結果になってしまった。ヒサメの言う通り、アスマはこの世界について詳しく知らない。常識も分からない。悪鬼も倒せない。野宿だってしたことない。でも、それでも、自分の終わる場所くらいは自分で決めたかった。もう、誰にも迷惑をかけたくないから。誰の邪魔にもなりたくないから。
「俺が聞きたいのは謝罪じゃない! 屋敷から出て行こうとした理由だ!」
「落ち着きなさい! この子、とても怯えているじゃないですか!」
「お前には関係ないと言っただろう! 邪魔をするな!」
「関係あります! この子に何かあったら、一番に影響を受けるのは貴方なんですよ!」
「貴様に言われなくても分かっている! だから外に出さなかったんだ!」
「だからと言って閉じ込めていい理由にはならないでしょう! この子の意思は完全に無視ですか!?」
「この子の意思を尊重した結果、悪鬼に殺されかけたんだ! この子は俺の部屋に監禁する」
「隊長!」
自分のせいで、仲間同士で言い争っている。ただただヒサメが怖くて、途中から二人が何を言っているのかすら分からなくなる。前の世界でもそうだった。父親も母親もお互いに責任の押し付け合いをして「此奴さえいなければ」とアスマが全て悪いと吐き捨てる。「お前なんて産まれてこなければよかったんだ」と、何度も何度も言い聞かされた。二人にとって、アスマは「いらない子」で「邪魔な存在」でしかない。
折角、違う世界に来たのに、この世界ではもっと上手くやろうと思っていたのに、アスマのせいでヒサメと部下の人との間に亀裂が入ってしまった。自分が原因でみんな嫌な思いをする。人は簡単に変われない。変わりたいと思っても、変わる為の努力をしても、何時も失敗ばかり。こんな自分が大嫌いで、二人に申し訳なくて、アスマは今すぐ自分の存在を消してしまいたかった。
「ごめん、なさい。ごめ……うまれて、きて、ごめんなさい。い、いきてて、ごめん、なさい」
片手でごしごしと目を擦りながら、アスマは何度も何度も謝った。産まれてきてごめんなさい。生きててごめんなさい。いらない子なのに、邪魔な子なのに、ちゃんと上手にさよならできなくてごめんなさい。壊れた機械のように同じ言葉を繰り返すアスマを見て、漸く二人は落ち着きを取り戻した。
「ごめん。アスマ。本当に、ごめん。頭に血が上って、冷静じゃなかった。もう怒ってないから、俺と一緒に帰ろう。アスマ」
アスマは首を横に振った。帰れない。帰っちゃいけない。泣きながら話すアスマにヒサメは「どうして?」と優しく聞いた。アスマは「僕は、邪魔な子だから」と答える。ヒサメに伴侶が現れた時、アスマが居たらヒサメに迷惑がかかる。ヒサメには幸せになってほしいから、邪魔な存在は消えなきゃいけない。だから、屋敷から出て行った。
なんとか説明して、アスマは「僕はもう、あのお屋敷には帰れない」と言って、腕を掴んでいるヒサメの手を振り払おうとした。しかし、逆に力を入れられて強く引き寄せられる。ヒサメの腕の中に閉じ込められ、アスマは慌てて抜け出そうとするが、全くビクともしない。
「アスマ。君は、俺と一緒に帰るんだ」
「え? で、でも……」
「帰るんだ」
「…………」
気付くとアスマは抱き上げられていて、これでは逃げることもできない。「抵抗するなら手足を縛って連れて帰る」と脅され、アスマは「いいのかな?」と思ったが、ヒサメに逆らう方が怖いので彼の言う通りにした。屋敷から出て行くと決心したアスマだったが、一人旅は僅か数時間で終わりを告げ、ヒサメに抱き上げられた状態で屋敷へ逆戻りすることとなった。
「アスマ様? どちらへ向かうのですか?」
「少しだけ、外の空気を吸いたくて。直ぐに戻ります」
「……そうですか。お気を付けて。ですが、直ぐに戻って来てくださいね? ヒサメ様が心配しますので」
「はい」
部屋を出て、玄関に向かう途中で何人もの使用人とすれ違い、同じような質問を受ける。アスマは適当なことを言って誤魔化し、屋敷の外へ出た。もう二度と戻れない場所。アスマは一度だけ振り返って深々と頭を下げた。「お世話になりました」と小さな声で告げて、屋敷に背を向ける。お金なんて持っていない。あるのはこの制服と自分の体だけ。不思議と不安な気持ちはなかった。可能な限り遠くへ行こう。誰も知らない場所へ。和やかに、安らかに眠れる場所へ。これからアスマが探すのは、自分の命を終わらせる場所。もう、誰にも迷惑をかけなくて済む。邪魔な存在だと思われなくて済む。辛くて苦しい現実から、やっと解放される。清々しい気持ちに包まれて、アスマはヒサメの屋敷に背を向け足を踏み出した。
どうして、思い通りにいかないのだろう。ゴトリ、とバケモノの首が切断され、地面に転がる様子を眺めながら、アスマはぼんやりと考えた。屋敷を出て、アスマは最初に迷い込んだ森を目指した。なるべく人通りの少ない道を歩いて、人々の住む建物が少なくなっていき、とうとう田畑だけの風景になり、森の入り口に辿り着く。アスマが森に入ろうとすると、後ろから声がした。振り返ると、人の形をした悪鬼が「ミツケタ、ミツケタ。リュウノホウジュ!」と言ってゲラゲラ嗤う。
「オマエヲ殺セバ、彼奴ノ力ハ失ワレル! 喰ッテヤル。肉モ、骨モ、魂モ! 全テヲ喰ラッテヤル!」
ウマソウ、ウマソウと不気味に呟いて、悪鬼はアスマに襲いかかろうとした。しかし、アスマに飛びかかる前に、悪鬼の首がゴトリと地面に落ちる。
「ギャァアアアアアアアアアアアアア!」
悪鬼の叫び声が周辺に響き渡る。首を切断した人物は首のない体を真っ二つに切り裂き、未だ絶叫する悪鬼の頭に刀を突き立てた。
「目障りだ。失せろ」
悪鬼が完全に消滅したのを確認すると、目の前の人物は刀を鞘に仕舞い、アスマを見下ろした。何時も優しい色を宿していた紫色の瞳は氷のように冷たくて鋭く、纏う空気もピリピリとしていて息苦しい。彼が何を言うのか分からなくて、嫌われてしまっただろうかと思うと怖くて、アスマは何も言えずその場に佇むだけ。
「ヒ、サメさま……」
震える声で男の名を呼ぶが、彼の表情は変わらない。カツ、カツとゆっくりアスマに近付いて、彼の細い腕を力強く掴んだ。
「どうして俺との約束を破った!? 何故屋敷の外へ出たんだ!? 外は危険だから屋敷から出るなとあれほど言っただろう!」
「ひ!」
何時も優しかったヒサメが、鬼のような形相をして怒っている。前の世界で、アスマが嫌というほど見てきた顔。ヒサメ様にも、嫌われた。一番嫌われたくない人に、嫌われてしまった。ヒサメ様の幸せを願ってあの屋敷から出て行ったのに。両親の時は何時も失敗していたけれど、今回は成功すると思っていた。でも、結局失敗した。僕は「いらない子」だから。誰にも必要とされていない「邪魔な子」だから。
「屋敷を出て、どうするつもりだった? この世界の常識も知らない。悪鬼に対抗する力も持っていない。野宿の経験もない。何もできない君が、一人で生きていける訳ないだろう!」
「ヒサメ隊長! 言い過ぎです! この子の話もきちんと聞いてから」
「部外者は黙っていろ! この子は弱い。一人で生きていくなんて無理だ。それは君が一番よく分かっていることだろう? それなのに、どうして出て行こうとした!?」
「…………」
「黙っていたら分からないだろう! 俺の質問に答えろ!」
「ご、ごめ……な、さ……ごめん、なさ……」
ポロポロと流れ落ちる涙を止められない。ヒサメの言葉が鋭いナイフのようにアスマの胸に突き刺さる。大好きな人から「お前は無能だ」とはっきり言われてしまったのだ。アスマはただ、ヒサメの幸せを願って、邪魔にならないように屋敷から出て行っただけなのに。結局、ヒサメに迷惑をかける結果になってしまった。ヒサメの言う通り、アスマはこの世界について詳しく知らない。常識も分からない。悪鬼も倒せない。野宿だってしたことない。でも、それでも、自分の終わる場所くらいは自分で決めたかった。もう、誰にも迷惑をかけたくないから。誰の邪魔にもなりたくないから。
「俺が聞きたいのは謝罪じゃない! 屋敷から出て行こうとした理由だ!」
「落ち着きなさい! この子、とても怯えているじゃないですか!」
「お前には関係ないと言っただろう! 邪魔をするな!」
「関係あります! この子に何かあったら、一番に影響を受けるのは貴方なんですよ!」
「貴様に言われなくても分かっている! だから外に出さなかったんだ!」
「だからと言って閉じ込めていい理由にはならないでしょう! この子の意思は完全に無視ですか!?」
「この子の意思を尊重した結果、悪鬼に殺されかけたんだ! この子は俺の部屋に監禁する」
「隊長!」
自分のせいで、仲間同士で言い争っている。ただただヒサメが怖くて、途中から二人が何を言っているのかすら分からなくなる。前の世界でもそうだった。父親も母親もお互いに責任の押し付け合いをして「此奴さえいなければ」とアスマが全て悪いと吐き捨てる。「お前なんて産まれてこなければよかったんだ」と、何度も何度も言い聞かされた。二人にとって、アスマは「いらない子」で「邪魔な存在」でしかない。
折角、違う世界に来たのに、この世界ではもっと上手くやろうと思っていたのに、アスマのせいでヒサメと部下の人との間に亀裂が入ってしまった。自分が原因でみんな嫌な思いをする。人は簡単に変われない。変わりたいと思っても、変わる為の努力をしても、何時も失敗ばかり。こんな自分が大嫌いで、二人に申し訳なくて、アスマは今すぐ自分の存在を消してしまいたかった。
「ごめん、なさい。ごめ……うまれて、きて、ごめんなさい。い、いきてて、ごめん、なさい」
片手でごしごしと目を擦りながら、アスマは何度も何度も謝った。産まれてきてごめんなさい。生きててごめんなさい。いらない子なのに、邪魔な子なのに、ちゃんと上手にさよならできなくてごめんなさい。壊れた機械のように同じ言葉を繰り返すアスマを見て、漸く二人は落ち着きを取り戻した。
「ごめん。アスマ。本当に、ごめん。頭に血が上って、冷静じゃなかった。もう怒ってないから、俺と一緒に帰ろう。アスマ」
アスマは首を横に振った。帰れない。帰っちゃいけない。泣きながら話すアスマにヒサメは「どうして?」と優しく聞いた。アスマは「僕は、邪魔な子だから」と答える。ヒサメに伴侶が現れた時、アスマが居たらヒサメに迷惑がかかる。ヒサメには幸せになってほしいから、邪魔な存在は消えなきゃいけない。だから、屋敷から出て行った。
なんとか説明して、アスマは「僕はもう、あのお屋敷には帰れない」と言って、腕を掴んでいるヒサメの手を振り払おうとした。しかし、逆に力を入れられて強く引き寄せられる。ヒサメの腕の中に閉じ込められ、アスマは慌てて抜け出そうとするが、全くビクともしない。
「アスマ。君は、俺と一緒に帰るんだ」
「え? で、でも……」
「帰るんだ」
「…………」
気付くとアスマは抱き上げられていて、これでは逃げることもできない。「抵抗するなら手足を縛って連れて帰る」と脅され、アスマは「いいのかな?」と思ったが、ヒサメに逆らう方が怖いので彼の言う通りにした。屋敷から出て行くと決心したアスマだったが、一人旅は僅か数時間で終わりを告げ、ヒサメに抱き上げられた状態で屋敷へ逆戻りすることとなった。
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