雨音に包まれて〜愛されなかった子は龍の化身に寵愛される〜《完結》

トキ

文字の大きさ
4 / 15
本編

嫌われた

しおりを挟む
 与えられた部屋に戻り、箪笥の中から制服を取り出す。ヒサメから与えられた着物を脱いで綺麗に折りたたみ、アスマは新品同然の制服に着替えた。泥だらけだった制服は、ヒサメが使用人達に命じて綺麗にしてくれた。そのお礼もしていない。お金も払えず、出て行ってしまうのが申し訳ない。本当はきちんとお世話になったお礼と代金を支払ってから出て行くべきなのだが、何も持っていないアスマがヒサメに渡せるものは一つもなかった。その代わり、ヒサメが愛しい伴侶と出会って幸せになれますようにと、心から願った。

「アスマ様? どちらへ向かうのですか?」
「少しだけ、外の空気を吸いたくて。直ぐに戻ります」
「……そうですか。お気を付けて。ですが、直ぐに戻って来てくださいね? ヒサメ様が心配しますので」
「はい」

 部屋を出て、玄関に向かう途中で何人もの使用人とすれ違い、同じような質問を受ける。アスマは適当なことを言って誤魔化し、屋敷の外へ出た。もう二度と戻れない場所。アスマは一度だけ振り返って深々と頭を下げた。「お世話になりました」と小さな声で告げて、屋敷に背を向ける。お金なんて持っていない。あるのはこの制服と自分の体だけ。不思議と不安な気持ちはなかった。可能な限り遠くへ行こう。誰も知らない場所へ。和やかに、安らかに眠れる場所へ。これからアスマが探すのは、自分の命を終わらせる場所。もう、誰にも迷惑をかけなくて済む。邪魔な存在だと思われなくて済む。辛くて苦しい現実から、やっと解放される。清々しい気持ちに包まれて、アスマはヒサメの屋敷に背を向け足を踏み出した。

 どうして、思い通りにいかないのだろう。ゴトリ、とバケモノの首が切断され、地面に転がる様子を眺めながら、アスマはぼんやりと考えた。屋敷を出て、アスマは最初に迷い込んだ森を目指した。なるべく人通りの少ない道を歩いて、人々の住む建物が少なくなっていき、とうとう田畑だけの風景になり、森の入り口に辿り着く。アスマが森に入ろうとすると、後ろから声がした。振り返ると、人の形をした悪鬼が「ミツケタ、ミツケタ。リュウノホウジュ!」と言ってゲラゲラ嗤う。

「オマエヲ殺セバ、彼奴ノ力ハ失ワレル! 喰ッテヤル。肉モ、骨モ、魂モ! 全テヲ喰ラッテヤル!」

 ウマソウ、ウマソウと不気味に呟いて、悪鬼はアスマに襲いかかろうとした。しかし、アスマに飛びかかる前に、悪鬼の首がゴトリと地面に落ちる。

「ギャァアアアアアアアアアアアアア!」

 悪鬼の叫び声が周辺に響き渡る。首を切断した人物は首のない体を真っ二つに切り裂き、未だ絶叫する悪鬼の頭に刀を突き立てた。

「目障りだ。失せろ」

 悪鬼が完全に消滅したのを確認すると、目の前の人物は刀を鞘に仕舞い、アスマを見下ろした。何時も優しい色を宿していた紫色の瞳は氷のように冷たくて鋭く、纏う空気もピリピリとしていて息苦しい。彼が何を言うのか分からなくて、嫌われてしまっただろうかと思うと怖くて、アスマは何も言えずその場に佇むだけ。

「ヒ、サメさま……」

 震える声で男の名を呼ぶが、彼の表情は変わらない。カツ、カツとゆっくりアスマに近付いて、彼の細い腕を力強く掴んだ。

「どうして俺との約束を破った!? 何故屋敷の外へ出たんだ!? 外は危険だから屋敷から出るなとあれほど言っただろう!」
「ひ!」

 何時も優しかったヒサメが、鬼のような形相をして怒っている。前の世界で、アスマが嫌というほど見てきた顔。ヒサメ様にも、嫌われた。一番嫌われたくない人に、嫌われてしまった。ヒサメ様の幸せを願ってあの屋敷から出て行ったのに。両親の時は何時も失敗していたけれど、今回は成功すると思っていた。でも、結局失敗した。僕は「いらない子」だから。誰にも必要とされていない「邪魔な子」だから。

「屋敷を出て、どうするつもりだった? この世界の常識も知らない。悪鬼に対抗する力も持っていない。野宿の経験もない。何もできない君が、一人で生きていける訳ないだろう!」
「ヒサメ隊長! 言い過ぎです! この子の話もきちんと聞いてから」
「部外者は黙っていろ! この子は弱い。一人で生きていくなんて無理だ。それは君が一番よく分かっていることだろう? それなのに、どうして出て行こうとした!?」
「…………」
「黙っていたら分からないだろう! 俺の質問に答えろ!」
「ご、ごめ……な、さ……ごめん、なさ……」

 ポロポロと流れ落ちる涙を止められない。ヒサメの言葉が鋭いナイフのようにアスマの胸に突き刺さる。大好きな人から「お前は無能だ」とはっきり言われてしまったのだ。アスマはただ、ヒサメの幸せを願って、邪魔にならないように屋敷から出て行っただけなのに。結局、ヒサメに迷惑をかける結果になってしまった。ヒサメの言う通り、アスマはこの世界について詳しく知らない。常識も分からない。悪鬼も倒せない。野宿だってしたことない。でも、それでも、自分の終わる場所くらいは自分で決めたかった。もう、誰にも迷惑をかけたくないから。誰の邪魔にもなりたくないから。

「俺が聞きたいのは謝罪じゃない! 屋敷から出て行こうとした理由だ!」
「落ち着きなさい! この子、とても怯えているじゃないですか!」
「お前には関係ないと言っただろう! 邪魔をするな!」
「関係あります! この子に何かあったら、一番に影響を受けるのは貴方なんですよ!」
「貴様に言われなくても分かっている! だから外に出さなかったんだ!」
「だからと言って閉じ込めていい理由にはならないでしょう! この子の意思は完全に無視ですか!?」
「この子の意思を尊重した結果、悪鬼に殺されかけたんだ! この子は俺の部屋に監禁する」
「隊長!」

 自分のせいで、仲間同士で言い争っている。ただただヒサメが怖くて、途中から二人が何を言っているのかすら分からなくなる。前の世界でもそうだった。父親も母親もお互いに責任の押し付け合いをして「此奴さえいなければ」とアスマが全て悪いと吐き捨てる。「お前なんて産まれてこなければよかったんだ」と、何度も何度も言い聞かされた。二人にとって、アスマは「いらない子」で「邪魔な存在」でしかない。

 折角、違う世界に来たのに、この世界ではもっと上手くやろうと思っていたのに、アスマのせいでヒサメと部下の人との間に亀裂が入ってしまった。自分が原因でみんな嫌な思いをする。人は簡単に変われない。変わりたいと思っても、変わる為の努力をしても、何時も失敗ばかり。こんな自分が大嫌いで、二人に申し訳なくて、アスマは今すぐ自分の存在を消してしまいたかった。

「ごめん、なさい。ごめ……うまれて、きて、ごめんなさい。い、いきてて、ごめん、なさい」

 片手でごしごしと目を擦りながら、アスマは何度も何度も謝った。産まれてきてごめんなさい。生きててごめんなさい。いらない子なのに、邪魔な子なのに、ちゃんと上手にさよならできなくてごめんなさい。壊れた機械のように同じ言葉を繰り返すアスマを見て、漸く二人は落ち着きを取り戻した。

「ごめん。アスマ。本当に、ごめん。頭に血が上って、冷静じゃなかった。もう怒ってないから、俺と一緒に帰ろう。アスマ」

 アスマは首を横に振った。帰れない。帰っちゃいけない。泣きながら話すアスマにヒサメは「どうして?」と優しく聞いた。アスマは「僕は、邪魔な子だから」と答える。ヒサメに伴侶が現れた時、アスマが居たらヒサメに迷惑がかかる。ヒサメには幸せになってほしいから、邪魔な存在は消えなきゃいけない。だから、屋敷から出て行った。

 なんとか説明して、アスマは「僕はもう、あのお屋敷には帰れない」と言って、腕を掴んでいるヒサメの手を振り払おうとした。しかし、逆に力を入れられて強く引き寄せられる。ヒサメの腕の中に閉じ込められ、アスマは慌てて抜け出そうとするが、全くビクともしない。

「アスマ。君は、俺と一緒に帰るんだ」
「え? で、でも……」
「帰るんだ」
「…………」

 気付くとアスマは抱き上げられていて、これでは逃げることもできない。「抵抗するなら手足を縛って連れて帰る」と脅され、アスマは「いいのかな?」と思ったが、ヒサメに逆らう方が怖いので彼の言う通りにした。屋敷から出て行くと決心したアスマだったが、一人旅は僅か数時間で終わりを告げ、ヒサメに抱き上げられた状態で屋敷へ逆戻りすることとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

カエルになったら幼なじみが変態でやべーやつだということに気づきました。

まつぼっくり
BL
カエルになったけど、人間に戻れた俺と幼なじみ(変態ストーカー)の日常のお話。時々コオロギさん。 え?俺たちコイビトなの?え?こわ。 攻 変態ストーカーな幼馴染 受 おめめくりくりな性格男前 1話ごとに区切り良くサクサク進んでいきます 全8話+番外編 予約投稿済み ムーンさんからの転載

初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら寵妃になった僕のお話

トウ子
BL
惚れ薬を持たされて、故国のために皇帝の後宮に嫁いだ。後宮で皇帝ではない人に、初めての恋をしてしまった。初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら、きちんと皇帝を愛することができた。心からの愛を捧げたら皇帝にも愛されて、僕は寵妃になった。それだけの幸せなお話。 2022年の惚れ薬自飲BL企画参加作品。ムーンライトノベルズでも投稿しています。

婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました

多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。 ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。 ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。 攻め ユキ(23) 会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。 受け ケイ(18) 高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。 pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中

政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話

BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。 ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。 そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。 あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。 そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。 「お前がずっと、好きだ」 甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。 ※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています

処理中です...