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13、反撃の狼煙

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  それは、突然のことだった。

  いつも通りに中庭でカルミア、ロベリア、そしてミモザと昼食を食べている時だった。それは魔法郵瓶という蓋に羽の付いた小瓶。学院でもよく使われる伝達方法なのだが、それがパタパタと小さな羽音を出しながらこちらに飛んできたのだ。
  昼食を中断し、カルミアが中身を確認するや否や彼女は実に嫌なものを見る顔になった。

「なんですか?その顔」
「貴女も読めばわかりますわ」

  そう言ってぶっきらぼうに渡された手紙をロベリアが内容を確かめると彼女もまた嫌なものを見る顔になる。とはいえ、相変わらずその素顔はヴェールの下に隠されているので実際に見てわかるとすれば口元の歪みくらいだろう。
  ふたりの反応にハテナを飛ばすミモザに軽く挨拶をし、ふたりの令嬢は重たい足取りで呼び出してきた相手に会いに行った。






「失礼します」

  コンコン、とノックしてからドアノブに手をかけ、ゆっくりと開ける。
  ギィ…と重い音と共に開かれた扉の先は、今一番近づきたくない相手が集う生徒会室。

  あの日からしばらく、王太子殿下にも他の生徒会執行部のメンバーともネリネ・シトリンにも会わないようにしていた。だから、ここで顔を合わせてどんなことになるか想像が出来なかった。何せ、そもそもの小説には悪役令嬢と死神令嬢が生徒会室に呼び出される場面は描かれていないのだから。

「カルミア・フローライト、並びにロベリア・カーディナリス、両名、参りましたわ」

  生徒会室の入り口でそう言うと、中から出迎える声と人影が現れた。

「ああ、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

  そう言ってふたりを出迎えたのは金髪が照明に反射してキラキラと輝く美男子。

「……ゼフィランサス様……?」

  驚いて、惚けたような声でロベリアが名を呟いた。彼女が名を口にするとなんだか嬉しそうにゼフィランサスはご機嫌になる。

「ささ、こんなところで立ち話もなんですから、どうぞ中へ。あ、好きにかけてくださいね。今、お茶を煎れますので……」

  そうゼフィランサスに促されロベリア達が向かい合わせのソファーにそれぞれ分かれて腰かけると部屋の入り口からひょこっとブルーベルが顔を出す。彼に気づいたゼフィランサスがブルーベルにも中に入ってくるように声をかける。
  まるで公爵家の嫡男とは思えないほどテキパキとお茶とお茶菓子の準備を終えたゼフィランサスはふたりの令嬢の前にお茶を置き、お茶菓子を並べた。そんな見慣れない光景に思考が停止しかけたロベリアが尋ねる。

「あ、あの……これは一体……。私達……一体、何故呼び出されたのでしょうか?」
「手紙には生徒会室に来るようにとしか書かれていませんでしたが……」

  ロベリアに続いてカルミアも口を開いた。
  そんなふたりに一通りの準備を終えたゼフィランサスが笑顔で答えた。

「実は、おふたりに折り入って頼みたい事がございまして」

(……頼みたいこと……?)

  頼み事なんてされると思っていなかった。少なくとも、小説での関係性ではありえないからだ。だが、実際には仮の婚約をしているわけだし、関係性が違ってもおかしくないというのだろうか。
  とりあえず、ふたりの令嬢は落ち着いて話を聞くことにした。

「わたくし達に頼みたい事とは一体なんですの?」

  カルミアが少し警戒気味にそう聞くと、ゼフィランサスは満面の笑みで思いがけないことを口にした。


「おふたりに生徒会に入って頂きたいのですよ」






「これは……何がどうなっているんでしょうか…」

  ゼフィランサスに呼び出された生徒会を後にしたロベリアとカルミアは一旦状況を整理しようとふたりだけで場所を移した。
  とはいえ呼び出されたのは昼休みだった為、再びこの話をしたのは放課後、寮へと戻ってからだった。

「ゼフィランサス様が言うには…殿下達の様子が時々おかしい、ということでしたね」

  煎れたお茶を飲みながらロベリアがそう言うと、

「ええ、だから一緒に様子見をして欲しい、ということでしたわ。様子がおかしいというのがいまいち良くわかりませんけど、あのネリネさんがいる生徒会ですから……彼女が何か仕掛けている可能性がありますわね」

  と、改めて小説の内容を確認しているカルミアが答えた。

(……カルミアは、心配じゃないのかしら)

  向かい側のベッドで小説に視線を落とすカルミアを眺めながらロベリアは考えた。

  ネリネが本当に魅了の魔法などを使えるとするなら、生徒会室で一緒に行動することになるジニア殿下のことが心配なはずだ。口では王太子妃になんてなりたくないと言っているが、ジニア殿下が魔法のせいで裏切りのような手のひら返しをみせた時にカルミアがショックを受けていたのを覚えている。

(だから今だって本当は心配なはず……)

  そう考えれば生徒会に入って監視する、というのはありなのかもしれない。それに、実際に悪役令嬢と死神令嬢が小説的に入れるはずのない生徒会に入れば、悪役令嬢が主人公をいじめる理由が無くなる。

「ねぇ、カルミア」
「なんですの?」
「ゼフィランサス様の仰っていた生徒会入部の件。受けてみませんか?」

  ロベリアがそう提案すると、カルミアは心底驚き、顔をあげて真っ直ぐにロベリアの目を見つめた。

「正気ですの?あの女のいるところに入部するだなんて。先日の二の舞になってしまいますわ!」
「いいえ、それは違います。これはチャンスなんです、カルミア。先日のネリネさんは私達を嵌める時にその理由を“殿下の婚約者なのに生徒会に入れないから”だと主張していましたね?それならこっちから正規の手段で入ってしまえば、そもそものこの小説における悪役令嬢の悪行のきっかけを潰せます!」

  目からウロコだったのだと思う。カルミアはあんぐりと口が開いている。貴族令嬢はとしてははしたない姿だ。ここが寮の部屋で良かったなと思う。
  けれど、難しい顔をしていたカルミアも明るい表情になってくる。

「そ、そうですわ……!!どうしてそんな簡単なことに気が付かなかったのでしょう…!!!わたくし達の目的は人生の破滅を回避することですわ!」

  学院に来てからあまり見かけなくなってきた自信ありげな強気なカルミアらしい表情が戻ってくる。

「それなら、あの小説の悪役令嬢と真逆なことをすればいいんですわ!とはいえ……主人公と仲良くなる……というのは無理そうですわね」
「そうですね。彼女は完全に私達を悪人仕立てあげようとしてましたしね。ですが、私達にはブルーベルとゼフィランサス様がいますし……手が無いわけじゃ……」

  考えながら話すロベリアをじーっと見ながらカルミアは何か思いついた表情になる。カルミアは咄嗟にブルーベルの腕を掴んだ。当然、ブルーベルは驚いたが、

「ブルーベル、貴方にロベリアが預けた小説、全部出してくださいな!」

  と、今にもつんのめりそうになったカルミアの勢いにブルーベルはたじたじになる。だが、精霊が契約者以外の指示を聞くわけにいかない。答えられず困っていると、そのやり取りに気がついたロベリアが慌てて「お願い」をした。

「ブルーベル、カルミアの言う通りにしてあげて欲しいの。残りの小説を出してくれない?」

  やっと契約者からの指示があったからかブルーベルはやや嬉しそうにコクコクと頷いて、空間から残りの小説を全て取り出した。
  それらを受け取ったカルミアはその中の一冊を選んでロベリアに渡した。

「なんです?……第三巻…?これって…」
「ええ、貴女も少し読んだことありますわね?それは公爵家嫡男の分岐後の話ですわ。それは主人公が彼を選んだ場合のお話ですから、ロベリア、貴女はむしろこれを逆手に取ればいいと思うのですわ!」

  カルミアの提案に唖然とした。というか、驚いたもののいまいち要領得ない。

「ど、どういうことですか?もう少し詳しくお願いします」
「ええ、ええ、いいでしょう!説明して差し上げますわ!」

  自慢げにカルミアが扇子を開き仰ぐようにさながら悪役令嬢といった大袈裟な身振り手振りで説明する。

「先程も言った通り、この第三巻は公爵家嫡男とのラブロマンスが描かれていますわ!それも幾多の出来事を経て次第に強く惹かれあっていく……。そんな物語ですわ!そしてこの公爵家嫡男に当てはまるのはゼフィランサスよ。先日の感じではあの女はゼフィランサスも狙っているようでしたし、いっそ先にくっついてしまえばいいのではないかしら!?」

  カルミアの勢いに圧倒されてロベリアは何も言えないままだ。そんな彼女を置いてけぼりにカルミアは演説のように熱弁する。

「幸い、小説と違って仮とは言え、ロベリアとゼフィランサスは婚約関係!!!一歩リードしておりますわ!そこにあの女するように小説の展開をこっちが先に利用してやるのですわ!!!まぁ、もちろんのことですけど主人公とロベリアは性格が違いますしそのまま演じれば良いという訳ではないと思うんですのよ。ただ、きっかけとしてはいいと利用出来ますし、なんと言ってもあの女の邪魔を出来ますわ……!!!!」

  熱の入った提案にロベリアは、なるほどと思う反面、要は仕返しに邪魔がしたいんだなと呆れたのだった。
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