108本の赤い薔薇は・・・

香月よう子

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謝罪でデート?!

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『三友貿易商社』の高浜様に花束を無事届けた翌日の夜10時前……お店の終業時間真近になった。

 ここ『Bouquetierブーケティエ』は、繁華街に近く、それらのお店で働いているお客様の需要に応じる為、お店を22時まで開けている。

「あのぅ」
 お店のシャッターを下ろす寸前に、背後から声をかけられた。
「申し訳ございません。もう閉店で……て、あっ!」
 私は、心臓が止まりそうな程、驚いた。

「あなた……」

 それは、昨日私を不審者扱いしたあの男性だったのだ。

「昨日は済まなかった」
 彼は深くお辞儀し、謝罪の言葉を口にした。
「いえ…、間違いは誰にでもあります」
「随分、乱暴なことを言ったと思う。お詫びに今から食事を御馳走させて下さい」

「え?!」

 私は、もう昨日のことなど頭からすっかり抜けていたので、彼の誘いは唐突過ぎるものだった。
「で、でも……」
「俺の気が済まないんだ。どうか、一杯奢らせて欲しい」
 彼は有無を言わせない雰囲気で、私に迫ってくる。

 しかし、
「あのぅ……。せっかくですが私、体質的にアルコール受け付けないんです……」
 それは、本当のことだった。
 両親ともに下戸だからか、私はビール一杯も飲めない。
「ノンアルコールカクテルはどうかな? 飲みやすいし、酔っぱらうこともない」
「それなら……」
 つい、私はそう答えてしまった。
「じゃあ、ここで待ってるから」
  
 私は根負けし、溜息をつきながら店を閉じた。


 彼が連れて行ってくれたのは、カジュアルな明るいバーだった。
 ボックス席が3席。後は、縦に長いカウンター席があるだけで、そう広くはない。
 でも、第一印象としては悪くはなかった。

 二人だけなので、私達はカウンター席に並んで座った。

「何でも好きなモノ、頼んで」
 彼は、黒い革張りのメニューを私の前に開いた。
「えーと……。私、夕食はもう済ませてますし、カクテルのことはわからなくて……」
 正直に答えた。
「それなら、ノンアルコールの『シャーリーテンプル』がいいかな。ジンジャーエールベースで甘くて美味しいよ。料理は、ピッツアと唐揚げと……あ、パフェもあるけど」
「なら私、そのパルフェ・オ・ショコラにします」

 そして、程なくカクテルとオーダーした品が並んだ。

 彼には、『ミスティア・マティーニ』という強そうなカクテル、私には、オレンジのスライスが添えてあるいかにも飲みやすそうなノンアルコールカクテルが、目の前に置かれた。

「改めて、昨日は済まなかった」
 彼は、私にまた頭を下げた。
「あの、本当にもういいですから。ここまでして頂いているのに、私の方が申し訳ないです」
「じゃあ、和解の乾杯でいいかな?」
「勿論です」

「乾杯!」

 そうして、二人のグラスがカチリと小気味の良い音を響かせた。
 飲んでみた『シャーリーテンプル』は、ジュースのように甘くて美味しい炭酸水だった。

 そして更に、
「このパフェ、素敵!」
 それは、バニラとチョコレートアイスクリームにコーヒーゼリー、ショコラケーキで作られていて、コーンフレークなどの誤魔化しのない本格的なチョコレートパフェだった。
「美味しい~! 私、パフェには目がないんです」
 嬉しそうにスプーンを口に運ぶ私を、彼は柔らかな表情で見つめていた。

「でも、私が勤めている花屋ところ、よくわかりましたね?」
「ああ、あの後、あの彼から聞いたんだ。ググったら、HPにもヒットして、それで終業時間も調べて。もっとも今日、あの時間まで君が働いているかどうかは、賭けだったけどね」
「ええ。月曜、金曜日だったら、私は早番で18時あがりなんですよ」
「ラッキーだったわけだ!」

 そうして、最初は野良猫の様だった私の警戒心も少しずつ緩んでいった。

 彼の名前は、大田おおた大輝だいき。私より2つ年上の27歳。
 大学卒業後、あの大手「三友貿易商社」に入社し、今はスイス・チューリッヒの一流ブランドチョコレートメーカーとの取引に携わっているという。

 大学の第二外国語でドイツ語を選択し、子供の頃から漠然とヨーロッパに憧れていた私は、彼の仕事の話はひどく興味深かった。
 そして、私が大和物産を退職後、ヨーロッパを放浪した話では、二人大いに盛り上がった。

 しかし。

「あ、もうこんな時間……!」
 時間は、もうとっくに0時を過ぎていた。
 いつの間にか話し込んでしまって、私は帰りのタクシー代に青ざめた。
「ああ、新井さん。タクで家まで送るよ。終電ももうないだろう」
「え、でも……」
「家、どこなの?」
青柳町あおやぎちょうの方ですけど……」
「だったら、俺の家の帰り道だから、遠慮せずに」

 そして、彼はスマートに支払いを済ませた。
 少しだけでも出させてください、と私は懇願したのだが、今夜はお詫びのお酒だからと、頑として彼は一銭も受け取ってくれなかった。

 大通りで車を一台止めると、彼が私のマンションの住所をもう一度確認し、運転手に告げた。
 車内では、私達はなんとなく無口だった。
 狭い空間で、しかも運転手という第三者がいる中で、あれこれ喋る気にはなれない。彼も同じの様だった。
 そして彼は、私の肩を抱いたりなどすることはなく、あくまでも紳士だった。

「ここだね。新井さんのマンション。部屋まで送るよ」
「え? いえ、結構です! ここで車を降りたら、大田さんの帰りの車がつかまりませんよ」
「ああ、大丈夫。タクシー会社の電話番号知ってるから」
 そう言うと、彼はタクシー代を払い、車から降りた。
 私は申し訳なさで一杯で言葉に出来ない。

 私の部屋『203号室』の部屋の前まで、彼は私を送ってくれた。
 ドアの前で、彼と私は対峙する。
「今日はありがとうございました。ご馳走になった上、ここまで送って頂いて……」
 何故か私は、彼の瞳を見上げることがどうしても出来なかった。終始、俯いたままの私に、
「今日は謝罪の奢りだからね。気にしないで」
 と、頭上から彼の声が降ってくる。

「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 そして、彼はゆっくり階段を降りてゆく。
 今度は私が彼の背中を見つめる番だった。
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