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桃源郷の聖獣たち②
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玄天上帝の宮廷での仕事と言えば、今のところは巻物の整理などが主である。
実を言うと、今日の仕事は白虎帝のおもてなしの準備という事で数人で茶道具、墨や書をあらかじめ用意したり、清掃などをする雑務だった。
難関な試験に受かり、想像していたものとは違う婢女のような任務を命じられても、鳴麗は文句一つ言わなかった。
玄武様の元で龍月と共に働けるという事は、幼い頃からの夢だったからだ。
水狼とじゃれあっていたせいか、やはり鳴麗は朝のお勤めに遅れてしまったようで、仲間の黒龍族の姿を見かけない。それどころか何時も突っ立っている兵士さえも見かけ無いので、鳴麗は青ざめた。
遅刻寸前だと警告されたが、予定よりも早く二人の聖獣帝達の交流が始まってしまったのでは無いだろうか。
そうならば、勤務早々大失態だ。
「ど、どうしよう……! もっと早く起きれば良かった」
準備も大変だが、今日の一番大きな仕事は茶菓子をタイミング良くお出しすると言う事で、鳴麗は緊張の為に寝つけず、いつもより遅く家を出てしまった。
人が見ていないことをいい事に、鳴麗は服を掴んで小走りに走り、長い廊下を走って曲がり角に差し掛かった瞬間、壁のようなものにぶち当たってしまって鳴麗は跳ね返されたかと思うと派手に後ろに転倒した。
「きゃっ! も、申し訳……」
鳴麗が顔をあげると、そこには長身の険しい顔をした凛々しい美丈夫が立っていた。白髪の髪に、冷たい氷のような瞳が鳴麗を見下ろしている。
高貴な服に白虎の尻尾と見るとぶつかった相手が誰なのかさすがに理解した鳴麗は蒼白になって、そのまま土下座すると謝罪した。
ぶつかった相手こそ、四神の中で唯一凶性をもつ勇猛な白虎帝監兵神君だ。
「白虎様……も、申し訳ありません!」
「び、白虎様……! 婢女が申し訳ありませぬ」
地面につくほど額をつけ、背後で聞き覚えのある役人が声を震わせながら謝罪をしていたが、恐怖に体を硬直させた鳴麗は、それを確認する事も出来なかった。
水狼を探していると義兄は言っていたが、彼の姿はなく、この様子だと幼馴染と白虎帝は入れ違いになっているのだろう。
「おい、お前。顔を上げろ」
頭上から冷たい声が響いて、首筋に汗が伝うのを感じた。白虎は水狼の言うとおり口を開け、唸り声をあげる虎のように威圧的で恐ろしい人だ。心臓が口から出てしまいそうなくらいに恐怖を感じながら顔を上げた。
「は。はい……」
「名は何と申す」
「み、鳴麗と申します」
黒龍族の雌特有の尖って垂れた耳がさらに蜥蜴のような尻尾が縮こまっている。
背後の役人は青ざめ、いつなんどき白虎が腰に携えた剣を抜いてこの端女の首を跳ねるのかと蒼白になっている。
玄武上帝は対象的に穏やかな方で、殺戮を好まない方だ。
「へぇ………黒龍族の雌か。久しぶりに見る」
白虎が目を細め、口端にまるで殺し屋のような笑みを浮かべた瞬間、鳴麗はあまりの恐怖にボロボロ涙を流してしまった。この瞬間、無礼を働いた自分は彼に斬り殺されてしまう事を覚悟した。
「白虎、もう良いでしょう。その娘は龍月の妹です。あまりからかってはなりませんよ」
優しい声がして振り向くと、眼鏡をかけた黒髪の青年が優しく嗜めるように微笑んでいた。その高貴な姿は玄武、玄天上帝だ。
背後には兄の龍月と、役人、そして護衛がついていた。龍月は表情を崩さず、動じる事もなくただ白虎帝を冷たく見ているが妹に息を呑むような緊張感を持っていた。
「ふぅん、なるほどな。まぁ、良い。気を付けろ。朱雀帝あたりならば斬り殺されていたぞ。あの女は気が強いからな」
なんの冗談かわからないがそう言うと、鳴麗に腕を差し伸べた。断ることも出来ず、恐る恐る掴んだ彼女を軽々と立たせると何事も無かったかのように、玄天上帝の元へと向かう。
龍月と玄武は少し安堵したように息を漏らすと、玄武は優しく声をかけた。
「行きなさい、鳴麗。あらかたもう準備は済んだことでしょう。茶菓子を楽しみにしていますよ。さぁ、白虎……久しぶりですね、つもる話もあります、こちらへ」
鳴麗は深々と頭を下げると、安堵したように急いだ。去りゆく少女の姿を白虎は眺めながら玄武と共に向かった。玄天上帝がいたからこそ救われた命だと、鳴麗はバクバクと鳴り響く心臓を抑えながら向かった。
✤✤✤
遅刻寸前で訪れた鳴麗が、白虎と衝突事故を起こした事は伏せ、鳴麗は慌てて準備に取り掛かった。とはいえ玄武の言う通り準備はほとんど終わり、当然ながら官女達にガミガミと叱られたが、時間は待ってはくれない。
庭を一周し、玄武の愛する庭に咲く白い天珠華を見ながら再び東屋に戻ってくる前に控えていなければいけない。
温和な性格の主を、白虎帝は兄のように慕っているようで、他の聖獣たちよりも彼は頻繁に宮廷に訪れているのだという。
鳴麗は身なりを綺麗に整えると、東屋で他の女官達と共に控えていた。
ようやく、男性二人の話し声が聞こえその後ろに控える義兄の龍月と、普段では見た事も無いようなしっかりとした表情の水狼が二人の後ろに付き従っていた。
そして数人の護衛が歩く鎧のぶつかり合う音がすると、そこにいる官女達はもちろん、鳴麗も緊張したように姿勢を正した。
「最近、羅刹鳥や縊鬼があの辺りをうろついていると言う話を聞く。天帝の力に陰りはないが、何かきな臭いものを感じるな」
「そう言うわりには白虎、何やら楽しそうですね。平和な世は君にはどうやら退屈なようですが」
そう言うと、二人は椅子に腰掛け美しい蓮の花や咲き乱れる天珠華を眺めながら冗談交じりに笑った。
羅刹鳥や縊鬼は魔物で、書物で読んだことはあれど鳴麗はまだ動いている様子を見た事がない。それほど、平和に過ごしていた。
実を言うと、今日の仕事は白虎帝のおもてなしの準備という事で数人で茶道具、墨や書をあらかじめ用意したり、清掃などをする雑務だった。
難関な試験に受かり、想像していたものとは違う婢女のような任務を命じられても、鳴麗は文句一つ言わなかった。
玄武様の元で龍月と共に働けるという事は、幼い頃からの夢だったからだ。
水狼とじゃれあっていたせいか、やはり鳴麗は朝のお勤めに遅れてしまったようで、仲間の黒龍族の姿を見かけない。それどころか何時も突っ立っている兵士さえも見かけ無いので、鳴麗は青ざめた。
遅刻寸前だと警告されたが、予定よりも早く二人の聖獣帝達の交流が始まってしまったのでは無いだろうか。
そうならば、勤務早々大失態だ。
「ど、どうしよう……! もっと早く起きれば良かった」
準備も大変だが、今日の一番大きな仕事は茶菓子をタイミング良くお出しすると言う事で、鳴麗は緊張の為に寝つけず、いつもより遅く家を出てしまった。
人が見ていないことをいい事に、鳴麗は服を掴んで小走りに走り、長い廊下を走って曲がり角に差し掛かった瞬間、壁のようなものにぶち当たってしまって鳴麗は跳ね返されたかと思うと派手に後ろに転倒した。
「きゃっ! も、申し訳……」
鳴麗が顔をあげると、そこには長身の険しい顔をした凛々しい美丈夫が立っていた。白髪の髪に、冷たい氷のような瞳が鳴麗を見下ろしている。
高貴な服に白虎の尻尾と見るとぶつかった相手が誰なのかさすがに理解した鳴麗は蒼白になって、そのまま土下座すると謝罪した。
ぶつかった相手こそ、四神の中で唯一凶性をもつ勇猛な白虎帝監兵神君だ。
「白虎様……も、申し訳ありません!」
「び、白虎様……! 婢女が申し訳ありませぬ」
地面につくほど額をつけ、背後で聞き覚えのある役人が声を震わせながら謝罪をしていたが、恐怖に体を硬直させた鳴麗は、それを確認する事も出来なかった。
水狼を探していると義兄は言っていたが、彼の姿はなく、この様子だと幼馴染と白虎帝は入れ違いになっているのだろう。
「おい、お前。顔を上げろ」
頭上から冷たい声が響いて、首筋に汗が伝うのを感じた。白虎は水狼の言うとおり口を開け、唸り声をあげる虎のように威圧的で恐ろしい人だ。心臓が口から出てしまいそうなくらいに恐怖を感じながら顔を上げた。
「は。はい……」
「名は何と申す」
「み、鳴麗と申します」
黒龍族の雌特有の尖って垂れた耳がさらに蜥蜴のような尻尾が縮こまっている。
背後の役人は青ざめ、いつなんどき白虎が腰に携えた剣を抜いてこの端女の首を跳ねるのかと蒼白になっている。
玄武上帝は対象的に穏やかな方で、殺戮を好まない方だ。
「へぇ………黒龍族の雌か。久しぶりに見る」
白虎が目を細め、口端にまるで殺し屋のような笑みを浮かべた瞬間、鳴麗はあまりの恐怖にボロボロ涙を流してしまった。この瞬間、無礼を働いた自分は彼に斬り殺されてしまう事を覚悟した。
「白虎、もう良いでしょう。その娘は龍月の妹です。あまりからかってはなりませんよ」
優しい声がして振り向くと、眼鏡をかけた黒髪の青年が優しく嗜めるように微笑んでいた。その高貴な姿は玄武、玄天上帝だ。
背後には兄の龍月と、役人、そして護衛がついていた。龍月は表情を崩さず、動じる事もなくただ白虎帝を冷たく見ているが妹に息を呑むような緊張感を持っていた。
「ふぅん、なるほどな。まぁ、良い。気を付けろ。朱雀帝あたりならば斬り殺されていたぞ。あの女は気が強いからな」
なんの冗談かわからないがそう言うと、鳴麗に腕を差し伸べた。断ることも出来ず、恐る恐る掴んだ彼女を軽々と立たせると何事も無かったかのように、玄天上帝の元へと向かう。
龍月と玄武は少し安堵したように息を漏らすと、玄武は優しく声をかけた。
「行きなさい、鳴麗。あらかたもう準備は済んだことでしょう。茶菓子を楽しみにしていますよ。さぁ、白虎……久しぶりですね、つもる話もあります、こちらへ」
鳴麗は深々と頭を下げると、安堵したように急いだ。去りゆく少女の姿を白虎は眺めながら玄武と共に向かった。玄天上帝がいたからこそ救われた命だと、鳴麗はバクバクと鳴り響く心臓を抑えながら向かった。
✤✤✤
遅刻寸前で訪れた鳴麗が、白虎と衝突事故を起こした事は伏せ、鳴麗は慌てて準備に取り掛かった。とはいえ玄武の言う通り準備はほとんど終わり、当然ながら官女達にガミガミと叱られたが、時間は待ってはくれない。
庭を一周し、玄武の愛する庭に咲く白い天珠華を見ながら再び東屋に戻ってくる前に控えていなければいけない。
温和な性格の主を、白虎帝は兄のように慕っているようで、他の聖獣たちよりも彼は頻繁に宮廷に訪れているのだという。
鳴麗は身なりを綺麗に整えると、東屋で他の女官達と共に控えていた。
ようやく、男性二人の話し声が聞こえその後ろに控える義兄の龍月と、普段では見た事も無いようなしっかりとした表情の水狼が二人の後ろに付き従っていた。
そして数人の護衛が歩く鎧のぶつかり合う音がすると、そこにいる官女達はもちろん、鳴麗も緊張したように姿勢を正した。
「最近、羅刹鳥や縊鬼があの辺りをうろついていると言う話を聞く。天帝の力に陰りはないが、何かきな臭いものを感じるな」
「そう言うわりには白虎、何やら楽しそうですね。平和な世は君にはどうやら退屈なようですが」
そう言うと、二人は椅子に腰掛け美しい蓮の花や咲き乱れる天珠華を眺めながら冗談交じりに笑った。
羅刹鳥や縊鬼は魔物で、書物で読んだことはあれど鳴麗はまだ動いている様子を見た事がない。それほど、平和に過ごしていた。
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