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【白虎編】

私だけを見て欲しい①

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 戦場の白虎帝はまるで鬼神のように舞い、時には山のように大きな白虎になって西の風を駆使し、敵を蹴散けちらした。
 天帝の加護は強く、その強さに一点の曇も無く魔物どもを駆逐くちくしていく。
 昔のように、朱雀帝と長い狩りを楽しんだ白虎は上機嫌だった。

「祝杯をあげよう、白虎。急いで帰らずとも今日くらいは飲み明かしてはどうだ」
「――――そうだな、久しぶりの狩りは中々楽しかった。これでしばらく魔物どもも大人しくしているだろう。酒か……ま、たまにはお前と飲むのも良いか」

 深い意味などは無い。
 気分が高揚して飲みたくなったのだ。
 たまには四聖獣として、玄武以外の同僚の誘いを受けることにした。
 魔物を狩った場所の邪気が祓われると、天帝のおわす上空に、北斗七星を中心に満天の星屑がキラキラと輝き広がっている。
 美しい星空の下で、鳴麗と過ごすのはどんなに楽しいだろうと白虎は考えた。
 誰からの干渉も受けない二人きりの時間を思い浮かべると、自然と口端に微かな笑みが浮かぶ。
 鎧を脱ぐと朱雀帝の使いに呼ばれ、彼女の天幕てんまくに入った時には、すでにもう飲み始めていた。

「――――よく来たな。お前の好きな黄酒ホワンチュウだ。昔から、これを良く好んで飲んでいただろう」
「まだそんな事を覚えていたのか、朱雀」

 鎧を脱ぎ、真紅の炎のような髪を下ろした朱雀帝は昼間の勇ましい武将の姿とは異なり、魅惑の女帝のように色香の漂う格好をしていた。
 これが遠い昔ならば、朱雀に対しておんなを感じていたかも知れないが、すでに終わった関係で、白虎は特に気にも止めなかった。

「当然だ、酔い潰れたお前を介抱した事もあるし、一晩を共にする時は晩酌ばんしゃくもしたからな」
「――――桃源郷の誓いで酔い潰れた事は、そろそろ忘れてほしいもんだ。普段ふだんめったに怒らないあの玄武に二時間も説教されたんだからな」
「あれは最高に面白かった!」

 そう言うと、朱雀の隣で黄酒の入った盃を飲み始めた。昼間の魔物討伐や國の話題、昔話など酒が入れば比較的ひかくてき穏やかに話ができた。
 二人とも酒が回ると饒舌じょうぜつになる。
 普段は気性の荒い朱雀だが、酒が入ると彼女の普段見せない部分が出てくるようで、後宮にいる雌たちのようにしおらしくなっていた。
 外に見張りがいるものの、この天幕には朱雀と白虎の二人きり。
 夜が深まるとだんだんと親密な空気が漂い始めた。

「――――そう言えば、西の國の夜空も美しかったな。天帝の星の位置も違って……良くこうして互いに体を寄せ合い温めあって輝く星を見た……覚えてる?」
「おい、朱雀……さすがに飲みすぎだ。もう止めておけ」

 朱雀が白虎の体に持たれかかり、肩に頭を乗せてくると、ため息を付いて彼女から盃を取り上げた。普段は涼しい紅玉のような切れ長の美しい瞳が潤み、白虎帝を見上げすがりついてくる。
 別れた雌でも、程よく酒が入り気分が高揚こうようして理性が緩んでいる所に、しおらしく迫られれば『え膳食わぬは男の恥』と交尾に持ち込んでいたかも知れない。
 一夜の関係に、朝方後悔するだろうが朱雀を普通に抱いていただろう。 

 だが、今は脳裏に鳴麗の不安そうな顔が浮かぶ。
 四聖獣の凶性と呼ばれた白虎にとって魔物の集団などちりにも等しいが、魔物を知らない鳴麗にとっては、彼の身が心配で仕方が無かったようだ。
 白虎帝を信頼しご武運を、と凛々しく答えるのが後宮の雌の通例だが、まるで自分をただの雄と変わらず心配している。
 それを無礼とは感じず、むしろ可愛らしいとさえ思えた。

「私は、今でもお前を雄として意識している。別離には納得していないからな……あの頃は互いに激しく求めあっていたでは無いか。私は寂しい、お前以外の雄には心も体も満足しないの」
「やめろ。もうお前にそんな感情はない。いい加減、迷惑だ」

 朱雀が、白虎の胸板に指先を這わせ口付けを迫り始めると、白虎はそれを制した。以前から愛人の雌に高圧的な態度を取ったりしている事は耳に入っている。
 鳴麗が心無しかここ最近元気が無かったのも、朱雀が関係しているのでは、と勘繰っていた。
 彼女から離れた白虎を睨みつけると、朱雀は唇を噛んで声を荒らげた。

「私がこれほど懇願こんがんしているのに……! そんなにあの黒龍族の雌がいいの? あの雌も花琳ファリンのようにお前に取り入るつもりでは無いのか!」
「――――その名前を二度と口にするな。鳴麗が同じ黒龍族だからと言って関係ない。あいつはあいつだ」
「どこに行くつもり!?」
「用は済んだ、西の國に戻る。鳴麗あいつが待っているからな」


 縋り付く朱雀を置いて、白虎は天幕を出た。
 久方ぶりに聞くその名前に、胸の奥にしまい込んでいた様々な感情が蘇ってくる。
 切なさと苦々しい感情で白虎は瞳を閉じると花琳の美しい姿が浮かび、自分を手招きした。


 ――――何故だ、花琳。お前だけを信じていたのに。


 真っ赤な血飛沫ちしぶきが再び花琳の姿を打ち消していく。


✤✤✤

 西の國に着いたのは門番以外が寝静まった夜半すぎだった。朝方帰還すると聞いていた官吏達は驚き、バタバタと数人起き出したが白虎は彼らを制した。
 今は、くどくどと帰還を労う役人たちの言葉を聞くつもりは無く、ただ鳴麗の寝顔を見るために彼らを無視して部屋へと向かった。
 白虎帝の帰還を知らない後宮は静かで、女官達もみんな寝静まっているようだった。
 鳴麗を起こさないように、静かに扉を開けた瞬間、何かが飛んできて思わず眼前でそれを受け止めた。

「ど、ドロボー!!!!」
「は? 全く……雰囲気ムードも何にもねぇな」

 寝間着のまま、部屋の隅にいた鳴麗は夜更けに扉を開けるような音がして、起き上がると武器になりそうな枕を取り、侵入者に投げつけたのだ。
 まさか、こんな夜更けに白虎が帰ってくるとは思わなかった鳴麗は、完全に自室に盗人が押し入ってきたと勘違いしてしまった。
 夜目が慣れ、月光に照らされた白髪と美貌を見るとその侵入者がこの城の主だと理解する。
 警戒してピンと尻尾と耳を垂らしていた鳴麗はようやくピクリと上げ頬を染めた。

「び、び、白虎様??」
「ただいま、鳴麗」
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