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23 駆け引き(※sideランスロット)

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 メヌエットの戴冠式で起きた騒動は、少々計算違いだった。
 ピッツィカートが死に、新しい皇帝がソルフェージュ帝国に誕生した早々、神竜が『聖女』によって消されるとはな。
 不吉な事だと嘆く貴族もいたが、今回の事はおおむね、邪神を信仰する『魔女』の生き残りが、引き起こした事だと言う事で納得させた。
 彼らにとって、心の支えになっていたピッツィカートが死んだ後に、頼れる者と言えば英雄である俺だけ。邪神を封じた英雄の言葉を信じない者はいないだろう。
 表向き、メヌエットが皇帝として君臨しているが、美しい妙齢の女帝は貴族達にとってお飾りに過ぎない。
 美しい女帝は、ただそこに居れば良い。
 平和と絶対的な権力の象徴として持って来いの存在なのだろう。そしてメヌエットは、実際、貴族や帝国民を魅了している。

「ランスロット様。私と共に朝の散歩に出掛けませんこと?」
「御意。光栄です、陛下」

 大臣たちの報告を終えたメヌエットが、俺を呼び出すとそう言った。
 執務室での仕事が始まる前に、散歩をするのがメヌエットの日課となっている。婚約する前は、良くグラーヴェ皇子と散歩に出ていたようだが、今は大臣達の目があるからな。
 それに、俺が側にいれば護衛は不要なので、聞かれたくない話も出来るという訳か。

「ランスロット様、薔薇園の方へ向かいましょう」
「それは宜しいですね。庭師より、青薔薇が咲き始めたと報告を受けております」
「私の大好きな薔薇ですわね」

 玉座から立つメヌエットの手の甲に口付けると、俺はエスコートに回る。
 美しい流れるような銀髪に、星の女神の生まれ変わりと謳われた美貌。深緑の瞳に見つめられれば、男達は女帝に跪きたくなるのだろう。
 皇女の時よりも、遥かに重厚感のあるドレスを身に纏い、赤い絨毯を共に歩く。
 アリアとメヌエットは対照的な姉妹だ。
 メヌエットは、気位の高いエルフにさえも、称賛されるような清楚な美しさで周囲を虜にするが、俺には滑稽な虚像だ。
 この女の中にある退廃的で狡賢く、醜悪な因子は、隠していても臭ってくる。

「ラルゴの護衛をお許し下さい」
「ええ」

 ソルフェージュ帝国の繁栄の象徴が散りばめられた美しい装飾の宮殿を出ると、色とりどりの花が敷き詰められた、庭園に向かう。
 俺達と距離をあけて追従するラルゴは、オーガの血を引く、巨漢で無骨な戦士である。
 しかしこの女には、気にも止めていないようだ。
 メヌエットはラルゴを護衛ではなく、秘密を守れる、忠実な俺の犬として理解しているのだろう。
 純血統を重んじるオーガ族において、人間との混血児であるラルゴの存在は忌み嫌われる。ソルフェージュ帝国においても、俺が拾わなければ、他種族にとって『異端』で迫害される側の男だった。

「黒衣の竜騎士様が、私の皇配になるなんて今でも信じられないですわ。アリア姉様がブリッランテ神殿に行かなければ、私は、モルワール国へ嫁ぐ予定でしたの」
「ええ。これもアリオーソのお導きでしょう。お父上の目に叶い光栄です。私とメヌエット様の結婚を早まれたのも、死を察していたのでしょうね」
「そうね……。知っていたのかもしれないわ」

 俺の言葉に、メヌエットは表情を隠すように視線を薔薇に向けた。
 俺の腕から手を離した女帝は、色とりどりの薔薇の中から、青薔薇を選ぶとそれに触れる。

「――――それにしても、アリア姉様がブリッランテ神殿から出て来られたのは、意外でしたわ。一生あそこから出ないと思っていましたのに。神竜を殺した魔女を匿っているだなんて、どういうつもりなのかしら」

 メヌエットはそう言いながら、青薔薇の花弁をブチ、ブチと引き抜く。戴冠式という人生の晴れ舞台で、神竜が殺されたという、人生最大の汚点がついてしまったメヌエットは、大変機嫌が悪いようだ。
 俺はメヌエットの背中を見ながら言う。

「アリア様は、あの娘の事を聖女だと信じておられるご様子。もしかして、邪神に心を取り込まれたのかもしれませんね」
「聖女? あんな邪悪な力を宿しておいて? まぁ、ランスロット様ったら、どうしてそんな恐ろしい事を仰るのでしょう。ブリッランテの魔力を、一番強く受継ぐアリア姉様が、邪神の魔女にそそのかされてしまったら……。私に神託を告げるどころか、ソルフェージュ帝国を破滅へと導きますわ。それが本当ならばお姉様と言えど、見過せません」

 メヌエットは振り向くと、心底実姉を心配するような素振りをした。そして帝国を憂うかのように、儚げに目を伏せて俺の胸元にすり寄る。そんな小娘の演技を、俺は冷めた目で見ていた。
 生前、ピッツィカートが漏らしていたように、幼い頃に生き別れになった姉妹の仲は、当時から険悪だった。アリアはメヌエットを恐ていた。そしてこの女は、今でもアリアを疎ましく思っている。

「御本人が仰るようにアリア様が、邪神の魔力を抑えている可能性もありますが」
「ええ。けれど真相を確かめようにも術がありませんわ。それなら、いっそ聖女と偽る邪神の魔女を、公開処刑した方が早いのではないかしら?」

 メヌエットの両肩に手を置くと、俺は微笑みかける。

「陛下、時期を見ましょう。今は帝国民も神竜が死んだ事で動揺しております。帝国民に血を見せるより、まずは私と貴女が結婚し、伴侶となってソルフェージュ帝国を統治するのが、アレクサンドラ大陸の安定に繋がります。帝都は華やかになる。人々には、平和的な娯楽が必要なのですよ」

 メヌエットは暫く、考え込んだ。

「そうですわね……。アリア姉様の真意も掴めないですもの」

 皇族と言えど、預言の巫女に口出しする事は許されない。古来より巫女の助言で、皇帝は政を動かしていた歴史があるからだ。ブリッランテの神殿で祀り上げられている、最高位の巫女を引きずり下ろすには、それなりの証拠が必要になるだろう。
 俺は、冷静さを取り戻しつつあるメヌエットの耳元で囁く。

「――――貴方とグラーヴェ皇子の生活を護るためにも、私にお任せ下さい」
「っ……貴方は油断ならない人ですわ」

 動揺したように、メヌエットは俺を見た。
 メヌエットの側にいれば、弟であるグラーヴェ皇子に対する、異常な溺愛ぶりに気付くだろう。誰にも触れさせず、虚弱体質の弟君を看病する。一見健気でかいがいしい皇女。
 しかしグラーヴェ皇子の病は原因不明で、名医も首を傾げている。
 本来ならば皇位継承があったはずのグラーヴェは、この城で一生暮らす事を余儀なくされてしまった、悲劇の皇子だ。彼は姉の手によって生かされる運命にある。
 時には、グラーヴェ皇子の寝室に朝まで入浸るメヌエットに、侍女達は二人の関係を怪しんでいた。しかし、メヌエットを恐れて口を噤んでいる。
 そういえばレジェロと寝て、うっかり口を滑らしたメイドは、すでに城から姿を消していた。恐らく今頃は、死んでいるだろう。

「陛下、指に血が滲んでおりますよ。止血しましょう。綺麗な薔薇には刺がありますから」
「…………」

 ハンカチーフを手に取ると、俺は血の滲んだメヌエットの指に巻きつけた。この女は内心俺を恐れている。

 ✤✤✤

 今夜は真紅の月か。
 窓越しに、ゆっくりと起き上がる全裸のハイエルフの女を見つめる。今夜、俺に呼ばれた事をフィーネは驚いていたが、メヌエットの目を盗んで、火遊びする事を楽しんでいるようだった。
 燭台の炎に彩られ、鍛えられた豊満な肉体のフィーネは、俺の方を見ながら言う。

「一体何を考えてるの、ランスロット」
「俺がお前と寝た事か?」
「違うわよ。一体どうなっているの? 聞きたい事が沢山あるんだけど。あの酒宿場を襲わせたのはあんたなの。あの子、本当に邪神の信徒なの? 邪神の魔女だなんて思えないような普通の子よ。それに、レジェロとあの子はできてるみたいだし」

 フィーネを呼んだのは、どんな汚い仕事でも金や宝石で働くからだ。便利で利用価値がある者は良い。とはいえ、自分の身内が関わるとなると、さすがのフィーネも、動揺を隠せないようだが。
 あの晩、シェイプシフターを使って、覚醒前のドルチェを捕えようとしたが、宿に泊まっていた冒険者に気付かれた。あげくの果てに、ドルチェを捕らえられないばかりか、レジェロに返り討ちにされる始末。
 レジェロは、俺がメヌエットとの結婚のために、フィーネとの関係を知ったドルチェを、消そうとしているようだと思っていたようだが、見当違いだ。
 それにしてもシェイプシフターは、比較的暗殺向きとはいえ、役に立たん下等な魔物だな。

「レジェロが行きずりの女に手を出すのは、いつもの事だろう? お前も戴冠式の様子を見たはずだ。神竜をも消滅させたあの娘の力を」
「そうだけど、兄貴のああいう顔は初めてみるから……。普通なら、邪神に関わる奴等なんて自分の手で殺すはずよ。あのバカ、あの子に本気になってんじゃないかって思うと頭が痛い。神竜を殺すほどの強い力を持つ魔女なら、一刻も早く殺さなくちゃ、何が起こるか分からないよ」

 ――――殺す?
 殺す訳がない。ようやく見つけたのだからな。俺は鼻で笑った。

「アリアが許さんだろう。そこで、レジェロの妹であるお前に、頼みたい事がある。皇帝とて簡単に、ブリッランテの最高位である巫女に逆らう事は出来ない。強行すれば帝国民の反発は免れない」
「つまり、アリア様が魔女を差し出す弱みでも握ればいいわけ?」
「アリアの弱み、すなわちブリッランテの弱みだ。ブリッランテ神殿が、帝国に敵対するという、裏切りの証に繋がるような物を探せ。捏造でもいいがな。それから勘違いをするな。抵抗してもドルチェは生きたまま俺の元へ連れて来い。残りは、成功した後に支払おう」

 俺はそう言うと、金の入った袋をテーブルに置く。途端にフィーネの目の色が変わる。金か女か、本当に分かりやすい兄妹だな。
 急いで服を身に纏って帰り支度をすますと、宝石や金が入った袋を確認し、ニヤリと笑みを浮かべる。金を前にすれば、どんな疑問も浮ばなくなるのだからな。

「ふぅん。まぁいいわ。なんであんたが、魔女を殺さずに欲しがるのか知らないけど。おもしろそうね。後の報酬も楽しみにしてる。それじゃあまた、遊びましょう」
「必ずやり遂げろ。俺を裏切るな」

 フィーネはそう言うと軽やかに部屋から出て行く。レジェロもフィーネのように、自分の欲求だけ叶え、俺のやる事を邪魔しなければ、まだ利用価値はあった。

「忌々しい、ウロボロスの騎士が」
 
 顔を思い出すと怒りで理性を失いそうになる。燭台の火が消え、闇の中で俺の目が金色に光った。忌々しいウロボロスの騎士の顔が脳裏に浮ぶと、呼応するかのように枝葉のように、鏡にヒビが入った。
 大きく息を吸うと、血の味のする切れた唇を舐めた。

「必ずあの娘を……ドルチェを手に入れなければならない。あれは俺の物だ」

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