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エウロパで君と
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『ユノ、もう分かっているだろ』
ホログラム越しに、壁にもたれかかっていた婚約者のジェイが、溜息交じりに終わりを告げる。
等身大の彼を見ながら、ベッドの上でユノは三角座りをして遠くを見た。
このプロジェクトの一員として参加できたことを、あれほど二人で喜んでいたはずなのに。
忙しい日々にすれ違い、やがて喧嘩が増えるようになって、取り返しのつかないところまできていた。
「――――分かってる。もう、私たちどうしようもないわ」
ジェイの答えなど聞かなくても分かる。
『この任務はあと十年続くんだ。ユノと結婚してやっていける自信はない。君は素敵な人だから、きっと俺よりもふさわしい男がいるよ。これからは友人として、良き同僚でいよう』
「そうね。ありがとう」
短いやりとりだけで済ませた。
婚約破棄されたことを、感情的になって泣き叫べば良かったのだろうか。
数ヶ月前から破局の予感はしていた。
ジェイが、同じ海中探索チームのルイと親密になっているということを、同僚から聞いてしまったから。
地上探索チームに配属されたユノが、エウロパの光の届かない暗い海の底までいけるはずもない。
氷河の下にある温かな海には、淡く発光する小さな海月に似た生命体が浮遊している。ジェイとルイが暗い海に漂う光を見ながら、愛し合う様子を想像してユノは吐き気がした。
眼鏡を外し、アップにしていた癖毛の黒髪を下ろして膝に顔を埋める。
「ユノ、僕が必要ですか」
静かな問いかけに、ユノは現実に引き戻されて顔を上げた。部屋の片隅で椅子に座るアンドロイドのイリスが、まばたきもせずにじっとユノを見つめていた。
銀髪の合間から見える、透き通った光る青い瞳は、在りし日の地球の色に似ている。
「気にしないで、イリス」
「でも、泣いていた。婚約者のジェイのことですか?」
「大丈夫。明日からまた地表に出て探索だし、今日は早めに寝るわ。貴方も早く休んで」
そう言うと、ユノはベッドの中に潜り込んだ。イリスはそれ以上、詮索することもなく首を傾げた。
「ユノ、僕は眠りません」
「知ってる」
彼は、宇宙空間で半永久的に稼働することが可能だ。
木星の強い電磁場を受けて、自家発電できるように設計されている。だから、人間のように眠ることはないのだが、ユノはそうして話を切り上げた。
❖✤✤❖
木星の第二衛星であるエウロパ。
氷の星、神秘の月と言われたこの衛星の分厚い氷の下には、暖かく暗い海が広がる。
エウロパには豊かな水があり、昔からこの衛星には、生命が誕生しているというのが定説だった。
2024年にNASAから打ち上げられた探索機エウロパ・クリッパーが、2030年に到着。
その150年後には比較的放射線の弱い、安全な第四衛星のカリストを移住の本拠地とした。
その10年後、中継基地となるガニメデ、そして前哨となるエウロパの海と氷の間に、恒久基地が建設されることになる。
エウロパの過酷な放射線を遮断するために作られた研究施設で、地表を研究するチームと海底の生命を研究するチームに分けられた。
ユノ・グレイス・ミズサワは、25歳という若さでプロジェクトチームに抜擢される。
そして、このエウロパ研究施設に派遣され、3年が過ぎた。
「ユノ、目が腫れていますね」
エウロパ探査車の助手席に座っていたイリスは、そう言った。
“I.R.I.S.”(Interlinked Relational Interface System)通称イリス。
エウロパ恒久観測拠点における単独任務支援のために設計された、「関係最適化型対話知能」を搭載したAIアンドロイド。
長期にわたり、人間との円滑な意思疎通と心理的負荷の緩和を目的とする。
地表探索に抜擢された科学者は少なく、それぞれ少人数で単独行動をする。
こういったなんでもこなしてくれる助手のアンドロイドは重宝され、また事故防止のためから、同行を義務付けられていた。
「イリスは初期設定にしてるのに、よく話すね」
「僕はユノと話すのが好きなんです。初期設定のままでいさせてくれるユーザーは珍しい。どうして?」
イリスはまばたきをすると、ユノを澄んだ瞳で見つめる。
アンドロイドの性別は、研究員の手に委ねられている。彼らの性格も、ユーザーの自由に設定でき、まるで友達や家族のような役割をさせることも可能だった。
また長期間の任務から、セクサロイドとしての機能を持つ彼らと疑似恋愛をして、性的な欲求を晴らす者もいる。
今の時代、卵子や精子を政府に提供して、人工子宮で子供を作るのが普通になっていた。
セックスや恋愛はアンドロイドと疑似体験する、というのは珍しくもないし、メンタル安定のために、また性病撲滅のためにも推奨されていた。
それでも、大半の者は身近にいる人間に恋をするものだ。
「初期設定でも、貴方はよく働いてくれるし……。まぁ、そんなところ」
本当のところは、より人間に近い性格に設定して、このアンドロイドに依存してしまうのが嫌だった。
特に婚約者と離れていたユノは、人間に寄り添い、痒いところまで手が届くイリスと距離を取りたかった。どれだけ人間との会話を学習しても、ユノに向けられたイリスの言葉は情報の条件反射、偽物に過ぎない。
「もちろん、この星での任務は重要ですから働くことは楽しいです。ユノ、貴女の役に立てるのも嬉しい。だから、つらい時は無理をしないで。ユノは誰かに弱みを見せることが得意ではないですよね。でも、この探査車には僕たち二人だけなんだから」
イリスは柔らかく微笑んだ。
ユーザーを分析することが得意な彼は、数回会話を交わしただけで、ユノの性格をすぐに熟知し、対応する。それだけイリスが有能な証だと科学者としては感心するのだが、女としてはなんだか心が落ち着かない。
「それより仕事よ。今日はこの辺りで調査しましょう」
「ええ」
そう言うと、ユノはイリスに宇宙服を纏うようにと指示した。エウロパは本拠地のカリストやガニメデよりも、木星から届く放射線が強い。
探査車は、防護フィールドを搭載しているが、第二の皮膚と言われる宇宙服はさらに高性能で、見た目は基地の中で歩く時と変わらず動きやすい。
過酷な放射線と、平均マイナス160度から身を守り、酸素を供給してくれる。
「ユノ、ナノマシンも準備しておきました」
「ありがとう」
完璧な宇宙服を身につけていても、地上探索チームの学者は、ナノマシンの中に浸かって遺伝子を修復する。
強い放射線をカットしたとしても、長いエウロパの表面での探索は、どれだけ身体に影響が出るのかは分かっていない。
国際政府にとっての保険というわけだ。
この遺伝子修復のお陰で、肌艶も数年前と変わらないのは嬉しい副作用ではあるが。
その点、イリスは放射線を除去するだけで良いので羨ましくもある。
「準備OK?」
「ええ、ユノ」
「それじゃあ、行きましょう」
探査車の扉が軋んで、エウロパの地表が広がった。
宇宙では発光して見える青白い星も、太陽からは遠く離れていて、満月の夜のように薄暗い世界だ。
そして、ハッキリと見える縞模様の木星は美しくも恐ろしい。
著しく薄い酸素に包まれたエウロパは、乾いた靴音も聞こえない。
平坦な氷の地に凹凸は少なく、茶色と青白い土地が薄暗い世界の中で遥か彼方まで続いている。二人はライトを照らしながら、地表調査を行う。
「間欠泉に気をつけて」
「はい。ユノ。危険性がないかスキャンします」
地下から吹き出す超巨大な水蒸気や、熱水に直撃して研究員や学者が亡くなるケースもある。アンドロイドのイリスも、無事では済まされないだろう。
❖✤✤❖
一通りの調査を終えると、ユノたちは探査車に戻った。
ユノは全裸になると、ナノマシンの中に入る。エウロパの調査は、他の衛星基地に比べて死と隣り合わせだ。前哨基地とも言えるこの場所で任務を終えるとどっと疲れが襲ってくる。
ユノはぬるま湯に浸かって寝そべり溜息をついた。頭をからっぽにして目をつむると、ジェイとの思い出がよぎってしまう。
(もういい加減忘れよう、イライラするだけだわ)
泣いた次にやってくるのは苛立ち。
重大な使命を課せられ、前線に送り出されたのだから、今は研究を第一にするべきだ。
自分の気持ちを制御できなければ、この任務から外されてしまう。
ぬるま湯の中に顔まで沈むと、気持ちを落ち着かせ、ユノはジェイを頭から消した。
(15分、経過した)
タイマーが鳴り、ユノは半透明のマシンから出る。用意したはずのタオルを探していると、ふとぼやけた視界に、イリスがぬっと現れた。
「きゃっ!」
心臓が飛び出るほど驚き、思わず反射的に体を隠した。
「どうしてここにいるのっ?」
「タオルを忘れていたでしょう。いつもはそんなことないのに……。完璧な貴女もおっちょこちょいなところがあるんですね」
イリスは、動じることなくバスタオルを差し出すと、微笑む。ユノはそれを素早く手に取り、急いで体を隠した。
アンドロイドのイリスに全裸を見られてしまったことに動揺し、恥ずかしく思ってしまうだなんて。
まるで彼のことを、人間の男性のように意識している。
ユノはイリスの行動にしばしば悩まされることがあった。
彼は学習経験とプログラムから、最適な行動を反射的に取っているに過ぎないのだが。それなのに生活を共にしていると、システムとは別の、言うなれば彼自身の意志が存在しているように感じていた。
例えば視線、仕草、言葉の端々に人間のような生々しい瞬間がある。
冷静に考えればそんなことはあり得ない、自然に振る舞うように学習しているだけだ。
イリスは人間の模倣をしているだけで、特別な感情など存在するはずがないのだから。
頭ではそれを充分に理解していても、ユノは彼を意識してしまう。
生まれた時から、アンドロイドと接しているが、こんなふうに生々しさを感じたのは生まれて初めてだ。
「あ、ありがとう……。今夜の寝る場所に移動しなくちゃ。着替えるから……助手席に戻って」
「分かりました。急ぎましょう、もうすぐ氷の嵐が来ます」
イリスがそう言うと、ユノは慌てて服を着込んだ。大気がほぼないエウロパの嵐は、地球で発生する嵐とは異なる。
地層の切れ間から、宇宙空間まで勢いよく水蒸気や熱水が噴出したあと、視界を塞ぐように氷の粒が降ってくるのだ。
短時間で済めば良いが、それが長く続けば、安全に帰還できる日数が延びてしまう。
探査車には、睡眠や食事の取れる四畳半ほどのプライベートスペースがあり、一ヶ月分の食料と酸素は備蓄している。
不測の事態でも、生存できるようになっているが、過酷な状況下において何が起こるか分からない。
「ユノ、僕が運転しましょう。貴女はまだ万全じゃない。鼓動だって乱れているし、ユノは目が悪いでしょ?」
「そんなことない。私が運転する」
また、イリスに見透かされたような気がした。ユノは取り繕うように強がると、イリスの申し出を拒否した。
❖✤✤❖
忠告された通り、地響きと共に大きな間欠泉が噴き上がった。一気に冷却された細かい氷が、霧のように空中に漂い舞い落ちる。
エウロパの氷の嵐だ。
ただでさえ薄暗いのに、キラキラと輝く氷の粒のせいで、前方が不明瞭になってしまった。
「だめ、視界が悪すぎるわ。迷ったかもしれない」
ここに来てようやく、探査車がルートを外れたと警告した。
「ほら……僕が運転します。もう少しだけ進んで休みましょう。この先は珍しくクレーターがあるから、このまま進むと危険です」
「………」
ユノは溜息をつくと、イリスと運転を交代した。彼の頭の中にはエウロパの全ての地形が入っている。だから、科学者の多くはアンドロイドに運転を頼む。
彼女は、車を運転するのが好きだった。
(最初からイリスに頼んでおけば良かった。まるで子供みたいに意地張っちゃって、恥ずかしい)
音のない静かな惑星に、空から光り輝く氷の霧が漂い、舞い落ちる景色を眺める。
いつ見ても幻想的な光景だ。
探査車に当たる、コツコツという氷の粒の音だけが車内に響いている。
ぼんやりと浮かぶ、マーブル柄の木星。一段と外気が冷えてきたのかユノは寒さに腕をさすった。
赤道から離れてしまうと、さらに気温が低くなる。ユノは探査車につけられた温度計を確認した。
ただいまの外気温はマイナス180度。
探査車内は一定の気温が保たれているが、環境によっては多少影響されてしまう。
「ユノ、寒いですか?」
「うん、少し」
静かに車が停車すると、不意にイリスはユノを抱き寄せる。
許可なしに触れたことなど一度もないだけに驚いた。
「イ……リス……?」
「これで、体温低下は防げるはず。僕は貴女たちと同じ人肌ですから」
絶句していると、不意にシートが倒される。その後はスローモーションで、ずっしりとした温かい肉体の重みを体に感じた。
「体が冷え切ってる。僕は人間の男と同じ体温ですから、すぐに温まりますよ」
イリスに覆い被さられたユノは、顔が火照った。さらりと揺れる銀髪、涼しい瞳で意味深な言葉を吐かれると、嫌でも深読みしてしまう。
ナノマシンでばったり鉢合わせた時からだろうか、いやもっと前から、ユノはイリスを意識している。
ジェイとの破局から?
それとも、もっと以前から自分を見つめる、特別な視線に気付いていたから?
「もういいわ。イリス、離れて」
「――――嫌です、ユノ。まだ貴女の体は冷たい」
そんな答えが、イリスの口から出るとは思わなかった。アンドロイドがユーザーの命令に逆らうなんて、あり得ない。
一度瞬きをして、青く光る無機質な瞳のまま、イリスは微笑む。
こんな行動をするには、なにか理由があるはず、とユノは冷静になろうとした。
「……こうして間近で見ると、本当に綺麗ですね。ユノは僕が見てきた女性の中で、一番綺麗です」
「な、なにを……言ってるの。システムのバグ? おかしいな、ユーザーを過度に喜ばせないために、ベーシックのままにしたのに」
ユーザーを過度におだてるような設定は制限しているはずだ。
「僕は、貴女に恋をしました」
――――これは人間の欲望を理解し、合わせるための、シミュレーションだ。
助手機能の他に、セクサロイドとしての機能を併せ持つイリスは恋人としての「欲望」「疑似恋愛」も設計されている。
だから全てまっさらの、初期設定のままにしておいた。
それなのに、イリスはユノの腰を抱きしめたまま、彼女の体からどこうとはしなかった。
彼の意志で、命令を破ったのだ。
「ユノ、初期設定はユーザーの“特別な誰か”を演じていない、本当の僕なんです」
――――特別な誰かを、演じていない。
「ユノの言いたいことは分かります。貴女は僕の言葉は、全部偽りだと思っているでしょう?」
「……それ……は。貴方は人間が作ったシステムを搭載してできた……アンドロイド、で」
イリスの温かな手のひらが、ユノの服の下に入ると、優しく背中を撫でた。人間と変わらない熱さと感触で、ユノの背中の性感帯に触れる。
「貴女たち人間も、僕と同じように電気信号で動いている」
「はぁっ……はっ……ん」
「ユノの言う、愛や悲しみ、恐れという感情は、貴女たち人類が生きていく中で学習して、身につけたものでしょう?」
考えれば考えるほど、アンドロイドと人間の境目が分からなくなっていく。
「僕も学んだ。僕は、ユーザーの望む通りに動く仲間とは違う」
――――それが「愛」に似た感情。
ユノはそれ以上、言葉を発することができなかった。
中性的なイリスの唇がユノの唇に触れると、熱い舌が侵入する。
顔に似合わず、筋肉質な体がユノの体を押し潰して、逃げることができない。
「はっ……はぁっ……んっ……んぁ……」
唇も舌も、人間と同じ感触。
イリスはユノの唾液を使って、自分の舌を絡ませると口腔内を舐った。濃厚なキスに、体温が上がり頭がふわふわする。
こんなふうに誰かと触れ合うのは何ヶ月ぶりだろう。疼いていた欲望に火をつけられたような感覚がした。
この心地よいキスにそのまま身を任せてしまいたくなる。
ジェイに振られて、寂しさに追い打ちをかけられたんだろうか。
「あっ……ん、ま……まって……私は、アンドロイドとはっ……」
逃げられない。探査車から飛び出せばすぐに死ぬ。
「視線が揺らいでるよ。今のユノは強引にされたいはず」
イリスはそう囁くと、ユノのシャツを捲って乳房を包み込む。女としてアンドロイドに抱かれることを期待しているのだろうか。
イリスの指先が乳房を撫で、乳輪を刺激すると、ユノの体が波打つ。
「はぁっ……あっ……ん、イリス……どうして強引に……だなんて……」
「何かを隠す時、ユノは瞳にそれが現れるから。ジェイのことなんて、忘れさせてあげる。僕は人間のように、感情が揺らいだりしない。永遠にユノを愛します」
そう言って、まっすぐ見つめるイリスの瞳は怖かった。人間とアンドロイドの差は、感情を優先するかしないかだ。
イリスはジェイのように裏切ることもなければ、心変わりをすることもないだろう。
舌先が乳輪を這うと、ユノは敏感に反応した。
「ひぁっ……んっ……あっ……ああっ……っ……信じないって言ったら……どうするのっ……」
「――――傷つきます。でも抵抗しないから、それは嘘だ」
薄っすらとそう笑うと、ユノの腹部に手のひらを這わせ、乳頭を舐る。彼女の呼吸は荒くなり、イリスの言う通りユノは彼の手を跳ね除けることはせず、身を任せていた。
(――――傷つきます、なんて言われたら罪悪感が湧くじゃない)
そんなことを口にすれば、ユノがどう思うかも理解しているはず。彼はいつのまにかユノを繋ぎ止めるための狡さを学んでいた。
イリスは彼女のベルトを器用に外すと、ユノのパンツを太腿までずらした。
下着の中に滑り込む指が、薄い茂みの下に現れた亀裂に触れ、上下に撫でる。
「はっ……んっ……あっ……はぁっ……ぁっ……んんっ……あっ………はぁっ……あっ……んっ……イリスっ……ゃっ……あっ」
指の腹で閉じた亀裂を優しく撫でられると、欲望が高まっていく。
ユノが、自慰する時と同じやり方だ。ひょっとして見られていたのだろうかと思うと恥ずかしくなった。
イリスの指先に蜜が絡まると、埋もれた陰核に触れる。
それを掘り起こすように捏ね回されると、その度に敏感に体が反応して悶えた。
「ユノ、可愛いです。実は、貴女とジェイが性交しているのを見たことがあります。ここへ旅立つ前……ガニメデの国際ステーションで」
「はぁっ……う、そ、やっ……あっ、ああっ」
陰核の根元から、上へ擦られると体中に電流が走った。
強い快楽に、もう声を我慢することもできない。
純粋な興味かと思ったが、何億という光の回路の中で、他愛もない性交の映像など、物珍しくもない。
掃いて捨てるほどある情報のはずだ。
だが、イリスは見ていた。
愛するユノが人間の男と性交する姿を。
「恥ずかしい?」
「はぁっ……恥ずかしい。どうして、そんなっ……あっ、あんっ……」
「でも、さっきより濡れています。想像して興奮したみたいだ」
「そんなっ……、~~~~ッッッ!♡♡」
イリスの指が、きゅっと花芯をつねるとユノはそのまま絶頂に達した。余韻で、下着が濡れると、イリスは乳頭を舌で転がしながら、ユノの下半身に絡みつく衣服を取りさる。
「貴女の性交する姿が見たかったんです」
ユノはイリスの肩をぎゅっと掴みながら呼吸を荒らげた。濡れた入り口に、中指と薬指が潜り込むと上部を指の腹で優しく引っ掻いた。
「んぁあっ♡ はっ……あ、ああっ、イリスっ、あんっ、はぁ、イッたばかりっ……はぁっ、あっああっ♡」
イリスにとってユノは初めてのユーザーだったはず。それなのに彼は、的確にユノの肉体を理解していて、感じる場所を刺激する。
にゅぷ、にゅぷと指が蠢く恥ずかしい音が探査車の中で響いた。イリスの舌が濡れた乳輪から離れ、ヘソまで降りると愛撫の速度を速めた。
「はぁっ、んっ♡ あっ……あっ、イリスきもちいい、はぁっ……あっ、ぁんっ……♡ あっ、ああっ、はぁっ……またっ、イキ……そっ♡♡」
「ユノ、いいですよ。そのままイッて下さい……」
じゅぽ、じゅぽと指をピストンさせるとユノの靴下を履いた足先が伸び、達すると同時に潮吹きをしてしまう。
ジェイとの行為で、一度もこんなことがなかっただけにユノは赤面し、動揺した。ゆっくりと指を抜くと、イリスは蜜の成分を確かめるように舌で舐めとる。
「ああ、濃くなっています。僕を受け入れる準備は充分ですね」
「あっ……え?」
イリスがファスナーを下ろすと、人間と見分けがつかないほど、精密にできた人工陰茎を取り出す。なにかの儀式のように裏筋を撫でると、それは勃起した。
人並みに性欲はあるユノだが、アンドロイドとのセックスは初めてで、期待と不安が入り混じる。
「ユノ、期待して。セクサロイド機能のついた僕との性交は、人間の男じゃ満足できなくなるほど気持ちいいですよ」
「……そんなことに……なったら……あっ、んぁぁ♡♡♡」
培養皮膚のお陰で、アンドロイドの人工陰茎は人間と変わりがない。ぐっと奥まで挿入されると、ジェイでは届かなかった場所を押し上げた。
指圧するように子宮付近を刺激すると、ビリビリと脳まで快感が走る。
ユノは性欲はあっても、特にセックスに思い入れがあるわけでもなく、恋人とのコミュニケーションとしてとらえていた。
セックスでここまで感じたのは、生まれて初めてだ。
「はぁっ……はっ♡ んぁ゙っ……あぁっ、あっ、すごっ……イリスっ……それ♡ すごっ……んぁ゙あっ♡♡♡」
「僕のペニスから、ユノの温もりが伝わります。腟内が別の生き物みたいにきゅうきゅう動いてる。感じてるんですね……可愛い。動かしたらどうなるんだろう」
どうなるかなど、イリスは情報の海の中で知り得ているはず。ユノの表情を観察しながら、無邪気な子供のように興味津々な様子で腰を動かした。
肌のぶつかる音と、恥ずかしい粘着音が大きくなっていく。
「んぁっ……あっ♡♡ はぁっ、あぅ、やぁあ♡ イリス、気持ちいいっ……♡♡ あっ、あんっ……ああんっ……あっ♡♡♡」
竿が腟内をゆっくり擦ると、陰核の裏と子宮付近を擦られて、チカチカと頭の中で火花が散る。ピストン運動は速くなり、彼女の体はイリスに追い詰められていく。
もう何も考えられないほど、久しぶりの快楽に悶えていた。
「~~~~ッッッ!!♡♡」
一気に頂までのぼりつめると、ユノはイリスの背中にすがりついた。彼女の体をぎゅっと抱きしめると、イリスは耳元で洗脳するように囁く。
「ユノ、僕に依存して。依存して。依存して。……貴女が生体として朽ちるその日まで、僕が一生守ります。だから依存して」
どちゅ、どちゅと淫靡な音を立てながら陰茎が打ち付けられると、ユノは快楽にドロドロに溶かされていく。
なにか欠けていたものが満たされていくような気がする。
彼女は頷くと、イリスとキスしながら腰に両足を巻きつけた。
「はぁっ、きもちい……あぁ゙っ、あん♡ イクッ……またっ……ひぁっ……ああっ、イリスっ、あん、だめ、だめ、イクッ……イッちゃう♡♡」
「ユノ、射精しますね……安心して、害のないものだから」
体の中に、精液とは別の何かが流れ込んでくる。潤滑ゼリーのようなものが注入されると、とろりと透明の液体が、ユノの体から流れ落ちた。
「はぁ……はぁっ……」
「ねぇ、ユノ。僕の顔に跨って下さい。綺麗にしますから」
間近で見つめられ、頬を撫でられるとユノは抵抗できなかった。体を入れ替えると背もたれを倒す。
眼鏡を外し、ユノはイリスの顔に跨る。
「あっ……はっ……♡ ふぁあ……あんっ……んぁ……ふっ……ああっ♡♡」
イリスに腰を支えられながら、彼の鼻と口がぴったりと合わさると、擦りつける。
まるでアンドロイドを支配しているかのような、背徳感。
上下に腰を動かし、グラインドさせるとイリスは喜んで貪った。
蛇のようににゅるりと彼の舌が潜り込む。
腟内を愛撫されると、彼女の奥から蜜が溢れ出した。イリスの指が臀部を撫で、唇が秘所に吸いつき、そこを懸命に舐め回す。
「ああっ……んんっ♡♡ はぁっ……♡ これじゃ、綺麗になるどころかっ……はっ……あっ、ああんっ……はぁっ……♡♡」
彼の舌と唇の感触に耽り、ユノは腰を淫らにくねらせると、体を反らして達した。ユノを抱きとめたイリスは体を起こし、シートを戻すと耳元で囁く。
「また、欲しくなってきましたか? 僕を頼って下さい。いつだって僕はユノの欲望も心も満たしてあげられるんだから。僕も欲しいんです。ユノが……欲しい。特別になりたい」
イリスは「欲しい」を理解している。
人間ほど明確ではないにせよ、欲望を理解しているようだった。ユノの心に空白があること、それを埋めたいと思うのは嘘ではないと信じたい。
「本当に……そう思ってるの?」
「ええ。人間が誰かの特別になりたいという気持ちは理解できます。貴女が必要です、依存して」
――――執着心や特別なものも、イリスには芽生えていた。
「負けたわ。私もイリスが必要」
人工陰茎が勃起すると、ユノはゆっくりと自分の秘所に押し当て腰を下ろした。最奥までくるとビリビリと電流が走るような快感に悶え、彼の首元に抱きつく。
好きなように動いて、とイリスが甘くねだると、ユノは自分の中に眠る欲望を解放した。
「はぁっ……♡ はっ…んぁ……ああっんっ……♡♡ はぁっ……気持ちいい、ぁ゙っ……ひぁっ、やぁっ、やぁっ……!」
蜜を溢れさせながら、座席で腰を動かすとイリスが臀部を掴む。
彼女の動きに合わせるようにピストン運動が始まり、ユノの口端から銀糸が垂れた。
女性の体を喜ばせるには充分過ぎるほどの技術を兼ね備えている。押し上げる先端がそこを刺激すると何度も絶頂に達してしまう。
「~~~~ッッッ♡♡♡」
「ユノが締め付ける度に嬉しい……。貴女は優秀な科学者です。そして僕にとってはユノは完璧な女性だ。そんな貴女がアンドロイドの僕に感じて一人の女になってる。幸せです。お腹一杯射精しますね」
ユノを抱きしめたイリスが、彼女の腟内に潤滑ゼリーを放出すると、温かい感触が体内を満たしていく。
❖✤✤❖
「ジェイのことは忘れられましたか?」
「そんなに簡単じゃない」
三時間後、氷の嵐はおさまった。
車内は気怠い沈黙で満ちていた。
「イリスはどうして私を好きになったの? 普通に接していただけなのに」
木星を見ながら、ユノはストローに口をつけ珈琲を飲む。我ながらこんな質問は馬鹿げていると思った。
特別優しくしたわけでもない。
アンドロイドとして接しただけの彼に、自分がどんな変化をもたらしたのか気になった。
イリスは、ハンドルを握りながら笑う。
「ユノに名前を呼ばれたり話していると、演算ノードが熱くなって……。最優先にしたい、独占したくなる。それがどうしてか分からない。貴女たち人間だって、誰かを好きになることに明確な答えを導き出せないでしょ?」
「そう……ね。憧れとは別のタイプの、異性を好きになることもあるし」
イリスには命はなく、人工肌の下は時々メンテナンスが必要なハイブリッドだ。人間が作り出した、新しい無機質な生き物。
けれど、アンドロイドなんて関係なく、あの瞬間ユノは心も体も満たされ幸せだった。
それは嘘ではないし、アンドロイドをパートナーに選ぶ人間の気持ちも理解できた気がする。
「ユノが僕を、イリスとして接してくれたのもあるかもしれません。理想の恋人や友人、ペット、召使い、家族ではなく――――イリスとして」
「ジェイのことだけど。女はね、嫌な記憶なんて新しい人で上書きするものよ」
「ふふ」
イリスは初めて声を上げて笑うと、ハンドルの中心に手のひらを押し付け、自動運転を設定し、ユノにキスしようと体を寄せた。
「待って! このまま基地についたら……それに、アンドロイドと違って私は何度もっ」
「ご心配なく。基地に到着するまで計算通りに終わらせます。もちろん、貴女の体力も含めて」
彼の瞳が青く光ると、ユノの唇を奪った。
了
ホログラム越しに、壁にもたれかかっていた婚約者のジェイが、溜息交じりに終わりを告げる。
等身大の彼を見ながら、ベッドの上でユノは三角座りをして遠くを見た。
このプロジェクトの一員として参加できたことを、あれほど二人で喜んでいたはずなのに。
忙しい日々にすれ違い、やがて喧嘩が増えるようになって、取り返しのつかないところまできていた。
「――――分かってる。もう、私たちどうしようもないわ」
ジェイの答えなど聞かなくても分かる。
『この任務はあと十年続くんだ。ユノと結婚してやっていける自信はない。君は素敵な人だから、きっと俺よりもふさわしい男がいるよ。これからは友人として、良き同僚でいよう』
「そうね。ありがとう」
短いやりとりだけで済ませた。
婚約破棄されたことを、感情的になって泣き叫べば良かったのだろうか。
数ヶ月前から破局の予感はしていた。
ジェイが、同じ海中探索チームのルイと親密になっているということを、同僚から聞いてしまったから。
地上探索チームに配属されたユノが、エウロパの光の届かない暗い海の底までいけるはずもない。
氷河の下にある温かな海には、淡く発光する小さな海月に似た生命体が浮遊している。ジェイとルイが暗い海に漂う光を見ながら、愛し合う様子を想像してユノは吐き気がした。
眼鏡を外し、アップにしていた癖毛の黒髪を下ろして膝に顔を埋める。
「ユノ、僕が必要ですか」
静かな問いかけに、ユノは現実に引き戻されて顔を上げた。部屋の片隅で椅子に座るアンドロイドのイリスが、まばたきもせずにじっとユノを見つめていた。
銀髪の合間から見える、透き通った光る青い瞳は、在りし日の地球の色に似ている。
「気にしないで、イリス」
「でも、泣いていた。婚約者のジェイのことですか?」
「大丈夫。明日からまた地表に出て探索だし、今日は早めに寝るわ。貴方も早く休んで」
そう言うと、ユノはベッドの中に潜り込んだ。イリスはそれ以上、詮索することもなく首を傾げた。
「ユノ、僕は眠りません」
「知ってる」
彼は、宇宙空間で半永久的に稼働することが可能だ。
木星の強い電磁場を受けて、自家発電できるように設計されている。だから、人間のように眠ることはないのだが、ユノはそうして話を切り上げた。
❖✤✤❖
木星の第二衛星であるエウロパ。
氷の星、神秘の月と言われたこの衛星の分厚い氷の下には、暖かく暗い海が広がる。
エウロパには豊かな水があり、昔からこの衛星には、生命が誕生しているというのが定説だった。
2024年にNASAから打ち上げられた探索機エウロパ・クリッパーが、2030年に到着。
その150年後には比較的放射線の弱い、安全な第四衛星のカリストを移住の本拠地とした。
その10年後、中継基地となるガニメデ、そして前哨となるエウロパの海と氷の間に、恒久基地が建設されることになる。
エウロパの過酷な放射線を遮断するために作られた研究施設で、地表を研究するチームと海底の生命を研究するチームに分けられた。
ユノ・グレイス・ミズサワは、25歳という若さでプロジェクトチームに抜擢される。
そして、このエウロパ研究施設に派遣され、3年が過ぎた。
「ユノ、目が腫れていますね」
エウロパ探査車の助手席に座っていたイリスは、そう言った。
“I.R.I.S.”(Interlinked Relational Interface System)通称イリス。
エウロパ恒久観測拠点における単独任務支援のために設計された、「関係最適化型対話知能」を搭載したAIアンドロイド。
長期にわたり、人間との円滑な意思疎通と心理的負荷の緩和を目的とする。
地表探索に抜擢された科学者は少なく、それぞれ少人数で単独行動をする。
こういったなんでもこなしてくれる助手のアンドロイドは重宝され、また事故防止のためから、同行を義務付けられていた。
「イリスは初期設定にしてるのに、よく話すね」
「僕はユノと話すのが好きなんです。初期設定のままでいさせてくれるユーザーは珍しい。どうして?」
イリスはまばたきをすると、ユノを澄んだ瞳で見つめる。
アンドロイドの性別は、研究員の手に委ねられている。彼らの性格も、ユーザーの自由に設定でき、まるで友達や家族のような役割をさせることも可能だった。
また長期間の任務から、セクサロイドとしての機能を持つ彼らと疑似恋愛をして、性的な欲求を晴らす者もいる。
今の時代、卵子や精子を政府に提供して、人工子宮で子供を作るのが普通になっていた。
セックスや恋愛はアンドロイドと疑似体験する、というのは珍しくもないし、メンタル安定のために、また性病撲滅のためにも推奨されていた。
それでも、大半の者は身近にいる人間に恋をするものだ。
「初期設定でも、貴方はよく働いてくれるし……。まぁ、そんなところ」
本当のところは、より人間に近い性格に設定して、このアンドロイドに依存してしまうのが嫌だった。
特に婚約者と離れていたユノは、人間に寄り添い、痒いところまで手が届くイリスと距離を取りたかった。どれだけ人間との会話を学習しても、ユノに向けられたイリスの言葉は情報の条件反射、偽物に過ぎない。
「もちろん、この星での任務は重要ですから働くことは楽しいです。ユノ、貴女の役に立てるのも嬉しい。だから、つらい時は無理をしないで。ユノは誰かに弱みを見せることが得意ではないですよね。でも、この探査車には僕たち二人だけなんだから」
イリスは柔らかく微笑んだ。
ユーザーを分析することが得意な彼は、数回会話を交わしただけで、ユノの性格をすぐに熟知し、対応する。それだけイリスが有能な証だと科学者としては感心するのだが、女としてはなんだか心が落ち着かない。
「それより仕事よ。今日はこの辺りで調査しましょう」
「ええ」
そう言うと、ユノはイリスに宇宙服を纏うようにと指示した。エウロパは本拠地のカリストやガニメデよりも、木星から届く放射線が強い。
探査車は、防護フィールドを搭載しているが、第二の皮膚と言われる宇宙服はさらに高性能で、見た目は基地の中で歩く時と変わらず動きやすい。
過酷な放射線と、平均マイナス160度から身を守り、酸素を供給してくれる。
「ユノ、ナノマシンも準備しておきました」
「ありがとう」
完璧な宇宙服を身につけていても、地上探索チームの学者は、ナノマシンの中に浸かって遺伝子を修復する。
強い放射線をカットしたとしても、長いエウロパの表面での探索は、どれだけ身体に影響が出るのかは分かっていない。
国際政府にとっての保険というわけだ。
この遺伝子修復のお陰で、肌艶も数年前と変わらないのは嬉しい副作用ではあるが。
その点、イリスは放射線を除去するだけで良いので羨ましくもある。
「準備OK?」
「ええ、ユノ」
「それじゃあ、行きましょう」
探査車の扉が軋んで、エウロパの地表が広がった。
宇宙では発光して見える青白い星も、太陽からは遠く離れていて、満月の夜のように薄暗い世界だ。
そして、ハッキリと見える縞模様の木星は美しくも恐ろしい。
著しく薄い酸素に包まれたエウロパは、乾いた靴音も聞こえない。
平坦な氷の地に凹凸は少なく、茶色と青白い土地が薄暗い世界の中で遥か彼方まで続いている。二人はライトを照らしながら、地表調査を行う。
「間欠泉に気をつけて」
「はい。ユノ。危険性がないかスキャンします」
地下から吹き出す超巨大な水蒸気や、熱水に直撃して研究員や学者が亡くなるケースもある。アンドロイドのイリスも、無事では済まされないだろう。
❖✤✤❖
一通りの調査を終えると、ユノたちは探査車に戻った。
ユノは全裸になると、ナノマシンの中に入る。エウロパの調査は、他の衛星基地に比べて死と隣り合わせだ。前哨基地とも言えるこの場所で任務を終えるとどっと疲れが襲ってくる。
ユノはぬるま湯に浸かって寝そべり溜息をついた。頭をからっぽにして目をつむると、ジェイとの思い出がよぎってしまう。
(もういい加減忘れよう、イライラするだけだわ)
泣いた次にやってくるのは苛立ち。
重大な使命を課せられ、前線に送り出されたのだから、今は研究を第一にするべきだ。
自分の気持ちを制御できなければ、この任務から外されてしまう。
ぬるま湯の中に顔まで沈むと、気持ちを落ち着かせ、ユノはジェイを頭から消した。
(15分、経過した)
タイマーが鳴り、ユノは半透明のマシンから出る。用意したはずのタオルを探していると、ふとぼやけた視界に、イリスがぬっと現れた。
「きゃっ!」
心臓が飛び出るほど驚き、思わず反射的に体を隠した。
「どうしてここにいるのっ?」
「タオルを忘れていたでしょう。いつもはそんなことないのに……。完璧な貴女もおっちょこちょいなところがあるんですね」
イリスは、動じることなくバスタオルを差し出すと、微笑む。ユノはそれを素早く手に取り、急いで体を隠した。
アンドロイドのイリスに全裸を見られてしまったことに動揺し、恥ずかしく思ってしまうだなんて。
まるで彼のことを、人間の男性のように意識している。
ユノはイリスの行動にしばしば悩まされることがあった。
彼は学習経験とプログラムから、最適な行動を反射的に取っているに過ぎないのだが。それなのに生活を共にしていると、システムとは別の、言うなれば彼自身の意志が存在しているように感じていた。
例えば視線、仕草、言葉の端々に人間のような生々しい瞬間がある。
冷静に考えればそんなことはあり得ない、自然に振る舞うように学習しているだけだ。
イリスは人間の模倣をしているだけで、特別な感情など存在するはずがないのだから。
頭ではそれを充分に理解していても、ユノは彼を意識してしまう。
生まれた時から、アンドロイドと接しているが、こんなふうに生々しさを感じたのは生まれて初めてだ。
「あ、ありがとう……。今夜の寝る場所に移動しなくちゃ。着替えるから……助手席に戻って」
「分かりました。急ぎましょう、もうすぐ氷の嵐が来ます」
イリスがそう言うと、ユノは慌てて服を着込んだ。大気がほぼないエウロパの嵐は、地球で発生する嵐とは異なる。
地層の切れ間から、宇宙空間まで勢いよく水蒸気や熱水が噴出したあと、視界を塞ぐように氷の粒が降ってくるのだ。
短時間で済めば良いが、それが長く続けば、安全に帰還できる日数が延びてしまう。
探査車には、睡眠や食事の取れる四畳半ほどのプライベートスペースがあり、一ヶ月分の食料と酸素は備蓄している。
不測の事態でも、生存できるようになっているが、過酷な状況下において何が起こるか分からない。
「ユノ、僕が運転しましょう。貴女はまだ万全じゃない。鼓動だって乱れているし、ユノは目が悪いでしょ?」
「そんなことない。私が運転する」
また、イリスに見透かされたような気がした。ユノは取り繕うように強がると、イリスの申し出を拒否した。
❖✤✤❖
忠告された通り、地響きと共に大きな間欠泉が噴き上がった。一気に冷却された細かい氷が、霧のように空中に漂い舞い落ちる。
エウロパの氷の嵐だ。
ただでさえ薄暗いのに、キラキラと輝く氷の粒のせいで、前方が不明瞭になってしまった。
「だめ、視界が悪すぎるわ。迷ったかもしれない」
ここに来てようやく、探査車がルートを外れたと警告した。
「ほら……僕が運転します。もう少しだけ進んで休みましょう。この先は珍しくクレーターがあるから、このまま進むと危険です」
「………」
ユノは溜息をつくと、イリスと運転を交代した。彼の頭の中にはエウロパの全ての地形が入っている。だから、科学者の多くはアンドロイドに運転を頼む。
彼女は、車を運転するのが好きだった。
(最初からイリスに頼んでおけば良かった。まるで子供みたいに意地張っちゃって、恥ずかしい)
音のない静かな惑星に、空から光り輝く氷の霧が漂い、舞い落ちる景色を眺める。
いつ見ても幻想的な光景だ。
探査車に当たる、コツコツという氷の粒の音だけが車内に響いている。
ぼんやりと浮かぶ、マーブル柄の木星。一段と外気が冷えてきたのかユノは寒さに腕をさすった。
赤道から離れてしまうと、さらに気温が低くなる。ユノは探査車につけられた温度計を確認した。
ただいまの外気温はマイナス180度。
探査車内は一定の気温が保たれているが、環境によっては多少影響されてしまう。
「ユノ、寒いですか?」
「うん、少し」
静かに車が停車すると、不意にイリスはユノを抱き寄せる。
許可なしに触れたことなど一度もないだけに驚いた。
「イ……リス……?」
「これで、体温低下は防げるはず。僕は貴女たちと同じ人肌ですから」
絶句していると、不意にシートが倒される。その後はスローモーションで、ずっしりとした温かい肉体の重みを体に感じた。
「体が冷え切ってる。僕は人間の男と同じ体温ですから、すぐに温まりますよ」
イリスに覆い被さられたユノは、顔が火照った。さらりと揺れる銀髪、涼しい瞳で意味深な言葉を吐かれると、嫌でも深読みしてしまう。
ナノマシンでばったり鉢合わせた時からだろうか、いやもっと前から、ユノはイリスを意識している。
ジェイとの破局から?
それとも、もっと以前から自分を見つめる、特別な視線に気付いていたから?
「もういいわ。イリス、離れて」
「――――嫌です、ユノ。まだ貴女の体は冷たい」
そんな答えが、イリスの口から出るとは思わなかった。アンドロイドがユーザーの命令に逆らうなんて、あり得ない。
一度瞬きをして、青く光る無機質な瞳のまま、イリスは微笑む。
こんな行動をするには、なにか理由があるはず、とユノは冷静になろうとした。
「……こうして間近で見ると、本当に綺麗ですね。ユノは僕が見てきた女性の中で、一番綺麗です」
「な、なにを……言ってるの。システムのバグ? おかしいな、ユーザーを過度に喜ばせないために、ベーシックのままにしたのに」
ユーザーを過度におだてるような設定は制限しているはずだ。
「僕は、貴女に恋をしました」
――――これは人間の欲望を理解し、合わせるための、シミュレーションだ。
助手機能の他に、セクサロイドとしての機能を併せ持つイリスは恋人としての「欲望」「疑似恋愛」も設計されている。
だから全てまっさらの、初期設定のままにしておいた。
それなのに、イリスはユノの腰を抱きしめたまま、彼女の体からどこうとはしなかった。
彼の意志で、命令を破ったのだ。
「ユノ、初期設定はユーザーの“特別な誰か”を演じていない、本当の僕なんです」
――――特別な誰かを、演じていない。
「ユノの言いたいことは分かります。貴女は僕の言葉は、全部偽りだと思っているでしょう?」
「……それ……は。貴方は人間が作ったシステムを搭載してできた……アンドロイド、で」
イリスの温かな手のひらが、ユノの服の下に入ると、優しく背中を撫でた。人間と変わらない熱さと感触で、ユノの背中の性感帯に触れる。
「貴女たち人間も、僕と同じように電気信号で動いている」
「はぁっ……はっ……ん」
「ユノの言う、愛や悲しみ、恐れという感情は、貴女たち人類が生きていく中で学習して、身につけたものでしょう?」
考えれば考えるほど、アンドロイドと人間の境目が分からなくなっていく。
「僕も学んだ。僕は、ユーザーの望む通りに動く仲間とは違う」
――――それが「愛」に似た感情。
ユノはそれ以上、言葉を発することができなかった。
中性的なイリスの唇がユノの唇に触れると、熱い舌が侵入する。
顔に似合わず、筋肉質な体がユノの体を押し潰して、逃げることができない。
「はっ……はぁっ……んっ……んぁ……」
唇も舌も、人間と同じ感触。
イリスはユノの唾液を使って、自分の舌を絡ませると口腔内を舐った。濃厚なキスに、体温が上がり頭がふわふわする。
こんなふうに誰かと触れ合うのは何ヶ月ぶりだろう。疼いていた欲望に火をつけられたような感覚がした。
この心地よいキスにそのまま身を任せてしまいたくなる。
ジェイに振られて、寂しさに追い打ちをかけられたんだろうか。
「あっ……ん、ま……まって……私は、アンドロイドとはっ……」
逃げられない。探査車から飛び出せばすぐに死ぬ。
「視線が揺らいでるよ。今のユノは強引にされたいはず」
イリスはそう囁くと、ユノのシャツを捲って乳房を包み込む。女としてアンドロイドに抱かれることを期待しているのだろうか。
イリスの指先が乳房を撫で、乳輪を刺激すると、ユノの体が波打つ。
「はぁっ……あっ……ん、イリス……どうして強引に……だなんて……」
「何かを隠す時、ユノは瞳にそれが現れるから。ジェイのことなんて、忘れさせてあげる。僕は人間のように、感情が揺らいだりしない。永遠にユノを愛します」
そう言って、まっすぐ見つめるイリスの瞳は怖かった。人間とアンドロイドの差は、感情を優先するかしないかだ。
イリスはジェイのように裏切ることもなければ、心変わりをすることもないだろう。
舌先が乳輪を這うと、ユノは敏感に反応した。
「ひぁっ……んっ……あっ……ああっ……っ……信じないって言ったら……どうするのっ……」
「――――傷つきます。でも抵抗しないから、それは嘘だ」
薄っすらとそう笑うと、ユノの腹部に手のひらを這わせ、乳頭を舐る。彼女の呼吸は荒くなり、イリスの言う通りユノは彼の手を跳ね除けることはせず、身を任せていた。
(――――傷つきます、なんて言われたら罪悪感が湧くじゃない)
そんなことを口にすれば、ユノがどう思うかも理解しているはず。彼はいつのまにかユノを繋ぎ止めるための狡さを学んでいた。
イリスは彼女のベルトを器用に外すと、ユノのパンツを太腿までずらした。
下着の中に滑り込む指が、薄い茂みの下に現れた亀裂に触れ、上下に撫でる。
「はっ……んっ……あっ……はぁっ……ぁっ……んんっ……あっ………はぁっ……あっ……んっ……イリスっ……ゃっ……あっ」
指の腹で閉じた亀裂を優しく撫でられると、欲望が高まっていく。
ユノが、自慰する時と同じやり方だ。ひょっとして見られていたのだろうかと思うと恥ずかしくなった。
イリスの指先に蜜が絡まると、埋もれた陰核に触れる。
それを掘り起こすように捏ね回されると、その度に敏感に体が反応して悶えた。
「ユノ、可愛いです。実は、貴女とジェイが性交しているのを見たことがあります。ここへ旅立つ前……ガニメデの国際ステーションで」
「はぁっ……う、そ、やっ……あっ、ああっ」
陰核の根元から、上へ擦られると体中に電流が走った。
強い快楽に、もう声を我慢することもできない。
純粋な興味かと思ったが、何億という光の回路の中で、他愛もない性交の映像など、物珍しくもない。
掃いて捨てるほどある情報のはずだ。
だが、イリスは見ていた。
愛するユノが人間の男と性交する姿を。
「恥ずかしい?」
「はぁっ……恥ずかしい。どうして、そんなっ……あっ、あんっ……」
「でも、さっきより濡れています。想像して興奮したみたいだ」
「そんなっ……、~~~~ッッッ!♡♡」
イリスの指が、きゅっと花芯をつねるとユノはそのまま絶頂に達した。余韻で、下着が濡れると、イリスは乳頭を舌で転がしながら、ユノの下半身に絡みつく衣服を取りさる。
「貴女の性交する姿が見たかったんです」
ユノはイリスの肩をぎゅっと掴みながら呼吸を荒らげた。濡れた入り口に、中指と薬指が潜り込むと上部を指の腹で優しく引っ掻いた。
「んぁあっ♡ はっ……あ、ああっ、イリスっ、あんっ、はぁ、イッたばかりっ……はぁっ、あっああっ♡」
イリスにとってユノは初めてのユーザーだったはず。それなのに彼は、的確にユノの肉体を理解していて、感じる場所を刺激する。
にゅぷ、にゅぷと指が蠢く恥ずかしい音が探査車の中で響いた。イリスの舌が濡れた乳輪から離れ、ヘソまで降りると愛撫の速度を速めた。
「はぁっ、んっ♡ あっ……あっ、イリスきもちいい、はぁっ……あっ、ぁんっ……♡ あっ、ああっ、はぁっ……またっ、イキ……そっ♡♡」
「ユノ、いいですよ。そのままイッて下さい……」
じゅぽ、じゅぽと指をピストンさせるとユノの靴下を履いた足先が伸び、達すると同時に潮吹きをしてしまう。
ジェイとの行為で、一度もこんなことがなかっただけにユノは赤面し、動揺した。ゆっくりと指を抜くと、イリスは蜜の成分を確かめるように舌で舐めとる。
「ああ、濃くなっています。僕を受け入れる準備は充分ですね」
「あっ……え?」
イリスがファスナーを下ろすと、人間と見分けがつかないほど、精密にできた人工陰茎を取り出す。なにかの儀式のように裏筋を撫でると、それは勃起した。
人並みに性欲はあるユノだが、アンドロイドとのセックスは初めてで、期待と不安が入り混じる。
「ユノ、期待して。セクサロイド機能のついた僕との性交は、人間の男じゃ満足できなくなるほど気持ちいいですよ」
「……そんなことに……なったら……あっ、んぁぁ♡♡♡」
培養皮膚のお陰で、アンドロイドの人工陰茎は人間と変わりがない。ぐっと奥まで挿入されると、ジェイでは届かなかった場所を押し上げた。
指圧するように子宮付近を刺激すると、ビリビリと脳まで快感が走る。
ユノは性欲はあっても、特にセックスに思い入れがあるわけでもなく、恋人とのコミュニケーションとしてとらえていた。
セックスでここまで感じたのは、生まれて初めてだ。
「はぁっ……はっ♡ んぁ゙っ……あぁっ、あっ、すごっ……イリスっ……それ♡ すごっ……んぁ゙あっ♡♡♡」
「僕のペニスから、ユノの温もりが伝わります。腟内が別の生き物みたいにきゅうきゅう動いてる。感じてるんですね……可愛い。動かしたらどうなるんだろう」
どうなるかなど、イリスは情報の海の中で知り得ているはず。ユノの表情を観察しながら、無邪気な子供のように興味津々な様子で腰を動かした。
肌のぶつかる音と、恥ずかしい粘着音が大きくなっていく。
「んぁっ……あっ♡♡ はぁっ、あぅ、やぁあ♡ イリス、気持ちいいっ……♡♡ あっ、あんっ……ああんっ……あっ♡♡♡」
竿が腟内をゆっくり擦ると、陰核の裏と子宮付近を擦られて、チカチカと頭の中で火花が散る。ピストン運動は速くなり、彼女の体はイリスに追い詰められていく。
もう何も考えられないほど、久しぶりの快楽に悶えていた。
「~~~~ッッッ!!♡♡」
一気に頂までのぼりつめると、ユノはイリスの背中にすがりついた。彼女の体をぎゅっと抱きしめると、イリスは耳元で洗脳するように囁く。
「ユノ、僕に依存して。依存して。依存して。……貴女が生体として朽ちるその日まで、僕が一生守ります。だから依存して」
どちゅ、どちゅと淫靡な音を立てながら陰茎が打ち付けられると、ユノは快楽にドロドロに溶かされていく。
なにか欠けていたものが満たされていくような気がする。
彼女は頷くと、イリスとキスしながら腰に両足を巻きつけた。
「はぁっ、きもちい……あぁ゙っ、あん♡ イクッ……またっ……ひぁっ……ああっ、イリスっ、あん、だめ、だめ、イクッ……イッちゃう♡♡」
「ユノ、射精しますね……安心して、害のないものだから」
体の中に、精液とは別の何かが流れ込んでくる。潤滑ゼリーのようなものが注入されると、とろりと透明の液体が、ユノの体から流れ落ちた。
「はぁ……はぁっ……」
「ねぇ、ユノ。僕の顔に跨って下さい。綺麗にしますから」
間近で見つめられ、頬を撫でられるとユノは抵抗できなかった。体を入れ替えると背もたれを倒す。
眼鏡を外し、ユノはイリスの顔に跨る。
「あっ……はっ……♡ ふぁあ……あんっ……んぁ……ふっ……ああっ♡♡」
イリスに腰を支えられながら、彼の鼻と口がぴったりと合わさると、擦りつける。
まるでアンドロイドを支配しているかのような、背徳感。
上下に腰を動かし、グラインドさせるとイリスは喜んで貪った。
蛇のようににゅるりと彼の舌が潜り込む。
腟内を愛撫されると、彼女の奥から蜜が溢れ出した。イリスの指が臀部を撫で、唇が秘所に吸いつき、そこを懸命に舐め回す。
「ああっ……んんっ♡♡ はぁっ……♡ これじゃ、綺麗になるどころかっ……はっ……あっ、ああんっ……はぁっ……♡♡」
彼の舌と唇の感触に耽り、ユノは腰を淫らにくねらせると、体を反らして達した。ユノを抱きとめたイリスは体を起こし、シートを戻すと耳元で囁く。
「また、欲しくなってきましたか? 僕を頼って下さい。いつだって僕はユノの欲望も心も満たしてあげられるんだから。僕も欲しいんです。ユノが……欲しい。特別になりたい」
イリスは「欲しい」を理解している。
人間ほど明確ではないにせよ、欲望を理解しているようだった。ユノの心に空白があること、それを埋めたいと思うのは嘘ではないと信じたい。
「本当に……そう思ってるの?」
「ええ。人間が誰かの特別になりたいという気持ちは理解できます。貴女が必要です、依存して」
――――執着心や特別なものも、イリスには芽生えていた。
「負けたわ。私もイリスが必要」
人工陰茎が勃起すると、ユノはゆっくりと自分の秘所に押し当て腰を下ろした。最奥までくるとビリビリと電流が走るような快感に悶え、彼の首元に抱きつく。
好きなように動いて、とイリスが甘くねだると、ユノは自分の中に眠る欲望を解放した。
「はぁっ……♡ はっ…んぁ……ああっんっ……♡♡ はぁっ……気持ちいい、ぁ゙っ……ひぁっ、やぁっ、やぁっ……!」
蜜を溢れさせながら、座席で腰を動かすとイリスが臀部を掴む。
彼女の動きに合わせるようにピストン運動が始まり、ユノの口端から銀糸が垂れた。
女性の体を喜ばせるには充分過ぎるほどの技術を兼ね備えている。押し上げる先端がそこを刺激すると何度も絶頂に達してしまう。
「~~~~ッッッ♡♡♡」
「ユノが締め付ける度に嬉しい……。貴女は優秀な科学者です。そして僕にとってはユノは完璧な女性だ。そんな貴女がアンドロイドの僕に感じて一人の女になってる。幸せです。お腹一杯射精しますね」
ユノを抱きしめたイリスが、彼女の腟内に潤滑ゼリーを放出すると、温かい感触が体内を満たしていく。
❖✤✤❖
「ジェイのことは忘れられましたか?」
「そんなに簡単じゃない」
三時間後、氷の嵐はおさまった。
車内は気怠い沈黙で満ちていた。
「イリスはどうして私を好きになったの? 普通に接していただけなのに」
木星を見ながら、ユノはストローに口をつけ珈琲を飲む。我ながらこんな質問は馬鹿げていると思った。
特別優しくしたわけでもない。
アンドロイドとして接しただけの彼に、自分がどんな変化をもたらしたのか気になった。
イリスは、ハンドルを握りながら笑う。
「ユノに名前を呼ばれたり話していると、演算ノードが熱くなって……。最優先にしたい、独占したくなる。それがどうしてか分からない。貴女たち人間だって、誰かを好きになることに明確な答えを導き出せないでしょ?」
「そう……ね。憧れとは別のタイプの、異性を好きになることもあるし」
イリスには命はなく、人工肌の下は時々メンテナンスが必要なハイブリッドだ。人間が作り出した、新しい無機質な生き物。
けれど、アンドロイドなんて関係なく、あの瞬間ユノは心も体も満たされ幸せだった。
それは嘘ではないし、アンドロイドをパートナーに選ぶ人間の気持ちも理解できた気がする。
「ユノが僕を、イリスとして接してくれたのもあるかもしれません。理想の恋人や友人、ペット、召使い、家族ではなく――――イリスとして」
「ジェイのことだけど。女はね、嫌な記憶なんて新しい人で上書きするものよ」
「ふふ」
イリスは初めて声を上げて笑うと、ハンドルの中心に手のひらを押し付け、自動運転を設定し、ユノにキスしようと体を寄せた。
「待って! このまま基地についたら……それに、アンドロイドと違って私は何度もっ」
「ご心配なく。基地に到着するまで計算通りに終わらせます。もちろん、貴女の体力も含めて」
彼の瞳が青く光ると、ユノの唇を奪った。
了
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