雨宮楓の心霊事件簿

蒼琉璃

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第二章

第四話 怪異の因子①

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「ねぇ、本当にあんたで大丈夫なの」

 恵子さんが言いたい事は良く分かる。
 だけど、雨宮さんの言う浄霊とは聞き分けのない悪霊などを、強制的に浄化させるため、輪廻転生が出来なくなるようなやり方らしい。
 雨宮さんの力は強いし、子供の霊を強制的に排除する事は可能だけれども、出来る事ならば成仏させて、輪廻転生させたいのだろう。
 その気持ちは良く分かるので、僕は腹を決めて恵子さんに言う。

「僕は寺生れで、供養は出来ます。雨宮さんの力を借りれば、恵子さんに憑いている未成仏の霊をあの世に送る事が出来るでしょう。雨宮さん、もっとはっきり霊が視えるように力を貸してくれるかい?」

 僕は、雨宮さんに触れてから霊が視えるようになったけど、それでも彼女ほど強い訳じゃあない。今なんて、恵子さんの後ろに、白い靄が揺らいでいる位しか視えないからな。
 雨宮さんが、背後から僕の肩に手を置くと、恵子さんの首元に蠢く赤ん坊が視えた。
 想像以上の気味の悪さに思わず叫びそうになったけれど、ぐっと堪えて汗ばんだ両手を合わせる。
 赤ん坊の、憎しみと悲しみに満ちた目は始めて見たかもしれない。この霊からは喉の乾きと飢えを感じた。前回のように、なにが起こったのか、過去の霊視出来るのではとないかと思ったが、そもそも、赤ん坊なのだからあまり目も視えてない筈で、映像は視えなかった。

「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ」

 目を閉じて、地蔵真言を唱える。
 お地蔵さんに、彷徨う赤ん坊の霊を浄土に連れて行ってくれるように願う。
 雨宮さんに触れられた肩が熱く、自分の体の中に熱い『霊気』のようなものが流れ込んで来て、頭の中で花畑のような映像が広がる。
 まるで仏のような優しげな表情の女性が微笑んだ。これは、地蔵菩薩だろうか。
 赤ん坊の笑い声がしたかと思うと、ふと気配が消えたような気がした。

「はい。これで成仏させたよ」
「おおっ! もう成仏させたのか。恵子ちゃん、これでもう安心だぞ。なにかあれば我らがオカルト研究部の先鋭達が、駆けつけるよ。ふむ、カセットテープに、怪奇現象が録音されているかもしれないな! 帰って検証しなければ」

 なにもしていない斎藤先輩が、嬉々として騒いでいるが、あんたの最強の守護霊様とやらは一体どうしたんだよ、と僕は突っ込みたくなった。
 雨宮さんと恵子さんも、僕と同じように呆れた表情をしている。

「簡単に終わっちまったけど、インチキじゃねぇだろうな。今夜も恵子が金縛りに合って、赤ん坊が布団の周りを這い回るなんて事になったら、容赦しねぇぞ」
「とりあえず心配なら、恵子さんに御札と塩を渡しておくよ。部屋の扉の前に貼って。嫌な感じがしたら塩を舐めたらいい。さっきのは海野先輩と私で、成仏させたから問題ないよ。信じられないなら、私より強いかんなぎにでも頼んだらいい。ただねぇ……」

 雨宮さんは、浩司さんに向ってピシャリと言ってのける。彼女にとって、不良である事など関係なしに、自分を頼ってきた依頼者でしかないのだろう。
 誰に対しても態度を変えない彼女を、僕は尊敬した。

「ただ……? ねぇ、まだなんかあんの」
「あんたを頼ってまた、他の赤ん坊が来る可能性があるかも。私が霊視したあの廃トンネルに、まだなにかあるんじゃないかとね。あそこは、本当に良くない所だね」

 恵子さんが怯えたように問うと、雨宮さんは考え込むようにして言った。彼女の答えはいつも明瞭ではっきりしているのに、今回は言い淀んでいた。いずれにせよ現場に行かなければ分からないのだろう。

「おい、恵子。お化けトンネルの話は従兄妹のこいつから聞いたんだろ。お前はなんか知らねぇのか」
「いやぁ、俺が聞いてたのは、あそこに女性の幽霊が出るらしいというくらいなんですよ。後は化け猫の呪いですかね。もしかすると、猫の鳴き声と赤ん坊の泣き声を、体験者が聞き間違えたのかもしれない。あのトンネルで戦時中に乳飲み子を抱えた女性が惨殺されたとか、車に轢かれた化け猫が現れる……なんて噂はない事もないが、当時の新聞には載っていなかった。だから真偽のほどは分からないんですよ」

 戦時中だと、地方新聞でも戦争一色だろうし、よほどおぞましく陰惨な事件じゃなければ載りそうにないが、乳飲み子と婦人がトンネルで惨殺されれば、流石に新聞の片隅にでも掲載されるような、酷い事件だ。
 雨宮さんは、その噂を聞くと首を傾げる。巷に流れている噂に彼女は、懐疑的なんだろうか。刑事の真似事でもして、ご近所の人々に話を聞いた方が良さそうな気もするが不審がられるか。

「うーん。実際にそこを視てみない限りは分からないよ。浩司さん、あんたは恵子さんを護りたいんだろう。彼女はもう旧二子山トンネルには行かない方が良いから、あんたに案内を頼めるかい?」

 地図を見ながら廃トンネルを目指すのもいいが、浩司さんが来てくれれば余計な遠回りをせずに済む。しかし若林先生が何と言うかな……。

「俺は騒乱武神団のヘッドだぜ。お前らみたいな、ガリ勉の案内なんてごめんだぞ」

 凄まれると、僕と斎藤先輩は肝を冷やした。本当にこの手の奴らは短気だからなぁ……下手に怒らせると、何をされるか分からない。特に女に舐められたくないと暴れ出す可能性もあるので、僕は、浩司さんを宥めるように両手を突き出す。

「お、落ち着いて下さい」
「そんなに怖がらなくて良いよ。私の家系は代々拝み屋をしてるんだ。あんただって、あの場に居たんだから、この先障りが起こってもおかしくない。バイクで事故にある可能性もあるんだよ。今までの霊媒師じゃ、あの赤ん坊さえも視えない、祓えない偽物だったんでしょう」

 雨宮さんがそう言うと、恵子さんが思わず拍手をした。彼女にすれば、恐ろしい心霊体験をしているし、他に頼れる相手もなく、藁にも縋る思いだろう。
 浩司さんも、同じように恐ろしい体験をしているので、結局舌打ちをして黙ってしまった。
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