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連載
自称と公式
しおりを挟む「――と、いう感じでござる」
カミーユは廊下であった出来事を報告する。
密会にもお誂え向きな、いつも集まる温室。ここは旧温室なので、他の生徒は滅多に来ない。新しい温室のほうが建物も綺麗で、プロの手入れが行き届いているから、たいていの生徒はそちらに行く。
シンが神子だと知らない生徒で、唯一入ってきそうなのはエリシアくらいだ。彼女は訓練などしていない普通の貴族令嬢なので、気配も察知しやすい。それに温室の扉は古いので音がしやすいのだ。
「偽神子ですか。チェスター様から、そのうち出てくるだろうとは言われていましたが」
「言われてたの?」
レニが複雑な顔をしながら呟いたのを、シンの耳が拾った。そんなこと、初耳である。
まさか自分の偽物が出てくるとはと驚いたが、思い出す。有名人の偽物を名乗る詐欺は、日本でもあった。古今東西、こういうものはなくならないのだろう。
「普通にバレんのに、どーしてそないなことするんやろか」
「さあ。事情でもあったんじゃない?」
呆れ顔のカミーユに、シンは適当に返事をする。
シンとしてはこの身分は、好きで貰ったものではない。わざわざ主張し、存在を誇示する神経が分からなかった。
加護を持った者を狙った誘拐もあるので危険なのだ。多くの人々に尊敬される立場にあるが、過去に例がないくらい価値が高騰している。その原因は、テイランで戦神バロスが消滅したのをきっかけに、空前絶後の強烈な神罰が下りたからだ。テイランは前例のない大寒波に見舞われ、すでに国家として機能していない。当然ながら国は荒れ、多くの民が近隣国に逃げた。王侯貴族も逃げようとしたが雪で閉じ込められ、大半が消息不明である。国が地図から消えるまで秒読みだ。
神様のガチなお怒りに恐れ慄いたのは、テイランの周辺国家だ。余波だけでも結構な被害があり、稀に被害が少ないのは加護持ちがいる地域と分かってからは、加護持ち争奪戦が繰り広げられている。
ティンパイン公式神子は、その名の通りティンパイン王国公認、国を挙げて庇護している超絶級の加護持ち。かの存在のお陰で、去年の災害は軽微だというのがもっぱらの評判である。
(僕としてはあんまり感じないけどなぁ)
山の集落であるタニキ村は例年通りに雪が降っていた。採取と狩猟で溜め込んだ備蓄で、何とか冬越しができた。
天災はなかったが、人災はあった。シンが強い加護を持つと知った神殿が、やばい人材を送り込んで懐柔しに来たのである。その事件が、シンの中でインパクトがありすぎた。
「これって陛下から怒られるんじゃないの?」
「それは、まだ難しいかと」
なんでだろうか。学園の秩序は着実に脅かされつつあると言うのに。
レニもまた、何とも言えない顔をしていた。彼女としても、あまりよろしくない状況だと思っているのだろう。
「また実害が足りていないでござるからなぁ。あの二人に加護を持っていると噂が流れ、神子であるように匂わせているだけでは足らんのでござるよ」
「例えばの話やけど、一山当てたで~って振りして、周りにその金目当てに人が集まっとっても王様はシバけへんのや。それで詐欺を働いたら話はちゃうけど、あの二人もまだ神子とは名乗っとらんからなんも言えへん」
カミーユに続き、ビャクヤが説明を入れた。
自称神子は完全にアウトだが、神子ではないだろうかという匂わせ行為はグレーゾーン。
現在、あの二人には信奉者が集まって、二つの派閥が対立しつつある。逆を言えば、それだけしか起こっていない。子供同士の小競り合い程度だ。
周囲が神子に違いないと騒いでいるではダメなのだ。
「もしあの二人が加護を持っているのが事実ならもっとややこしいやろな」
腕を組みながら、あってほしくない可能性の一つを提示するビャクヤ。
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