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連載
憧れの人
しおりを挟む最初は状況が呑み込めていないエリシアが、きょとんと目を丸くする。そして、手紙を指さし、シンを指さし、自分を指さした。そしてわたわたと忙しなく手を動かし始める。
「ど、み、しょ? えええ? ドーベルマン伯爵家って……宰相夫人じゃない! すっごい有名人! ミリア様と言ったら、ティンパインでも有数の美女! 社交界の華よ!? あの方のお茶会やサロンは超人気なのよ!」
「うん、僕が最近仲良くなった友達の話をしたら、会ってみたいって」
嘘ではない。ミリアはシンの立場を良く知っているので、学園内の交友関係にも目を光らせている。
今のところ、エリシアには妨害がない。つまり、危険人物ではないと認定しているのだ。
そんな裏事情を知らないエリシアは、純粋に喜んでいた。誰もが羨むだろう機会を、田舎貴族令嬢の自分が手にする機会があるなんて信じられないのだろう。震える手に、感動と興奮で潤んだ目。そろそろと怯えるように手を伸ばしている。
触ったら消えてしまうのではないだろうかと、エリシアは躊躇っていた。覚悟を決めシンから受け取る。
「……いただくわ」
その手の感触が幻でないと分かると、目に焼き付けるかのように手紙を凝視する。
グラスゴーやピコにもこれと同じ紋章がぶら下がっていたと、今更ながらに思い出す。
「まさか、シンからの伝手でこんなに有名な方の催しに招かれるなんて思わなかったわ」
「ミリア様は良い方だよ。こちらが礼儀正しくしていれば、可愛がってくれる。チェスター様も顔は怖いけれど、とても面倒見の良い方だよ」
「シンは随分お二人の人柄を知っているので。そんなにお会いする機会があるの?」
「うーん、タイミングかな。ミリア様のご子息は僕らよりずいぶん年上で、子供が自分の手から離れてちょっと寂しい時に僕が出会ったから?」
きっかけがティルレインだと言うことは伏せておこう。あの見目麗しいお馬鹿王子は、長く付き合えば付き合うほど味の出る残念な御仁なのだ。
最近は婚約者のヴィクトリアが傍にいるせいか、シンに会いに来ることはめっきり減った。
(でも冬休みになったら、また一緒にタニキ村に戻るんだろうな)
今まで同じ町にいて会えていない分、まとわりつかれる気がする。そういう時はカミーユとビャクヤを差し出すに限る。シンは自分の時間が大事だし、こればっかりは二人に頑張ってもらいたい。
ティルレインの暴走が過ぎるようなら、シンがシバく。その辺の責任は持つ。
「ミリア様のご子息? ……おいくつ? 婚約者はいらっしゃるのかしら?」
現在婚活中のエリシアは、優良物件の気配に探りを入れてくる。
「二人とも二十代だよ。婚約者については知らない。ただ……」
「ただ?」
「なんというか、カミーユやセブラン様に近いデリカシーに欠けたお方たちなんだ……理想を高くしすぎないでおいてほしい」
シンはありのままに正直に答えた。王宮勤めの騎士になるくらいだから、二人は優良物件なはずだが、しょっちゅう両親の頭を悩ませている。
カミーユとセブランの名前を出され、なんとなく想像がついただろう。エリシアの顔から、すっと熱が引くのが分かった。これは無理だと察したのかもしれない。
エリシアは自分がそれほど大らかな性格でないと分かっている。身分が高ければ、稼ぎが良ければ、顔が好みだからと許容できる女性もいるが、それができないタイプだと自覚していた。
「会えたなら、挨拶はしておきたいわね。同僚や後輩を紹介いただける可能性も、ゼロではないし」
「頑張るなぁ」
次へとつなげる努力は惜しまない。そんなエリシアに感心するシン。そのガッツは嫌いじゃない。
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