34 / 39
第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」
第八話「幼馴染みと仲良くなってもらいましょう」
しおりを挟む
周りで歓談している招待客の間を縫って、小梧郎が櫻子のところに到着した。
「小梧郎!」
櫻子の肩を抱いていた翔が、小梧郎のそばに行く。
「どうだい?体は辛くないかい?」
車椅子の横で片膝を床に突き、肘掛けに載せている小梧郎の腕に触れて、翔は心配そうな表情で尋ねる。
「うん、平気だよ」
「そうかい?それなら良いんだけどさ…」
「それより兄さん。数仁小父さんからのプレゼント、もう見た?」
「え?プレゼント?」
「うん。あそこの左側にあるの全部、数仁小父さんのじゃないかなあ?ね?さーちゃん?」
小梧郎が指差す先の、大広間の壁際には雛壇のような棚が設置され、招待客からの贈答品が飾られている。その棚の左側に、櫻子の見覚えのある派手な色の包みばかりが並んでいた。
「…うん、そうね。あちら側のは、お父様が用意したものみたい」
翔が立ち上がって、雛壇の方を注視する。
「あそこにあるのとは別に本もいっぱい、プレゼントしてくれたんだよ。兄さんのも…」
不意に翔が小梧郎から離れ、「ツカツカ」と招待客に囲まれている数仁の方へと歩いて行く。
その輪の中に入ろうとして、ちょうど数仁に話しかけている年配の令夫人の肩に接触した。
「あっ、失礼しました。マダム」
「いえ…。あら、あなたは…」
「おお。そうです、そうです。彼が定の長男、翔君です」
数仁は周りの招待客達に、翔を紹介し始めた。
「お初にお目にかかります。當間 翔です。本日はようこそお出で下さいました」
翔は右手を胸に当て、「キリリ」とした表情でお辞儀する。
「ええ、こちらこそ。滉月さんにお招き頂いて、楽しみにしてましたのよ。先ほどのお父様のお話、感動しましたわ。素敵なご家族ですわねぇ」
「ありがとうございます。こんなに美しいマダムにお褒め頂けるなんて、光栄です」
翔は年配の令夫人の目を見つめ、爽やかに笑いかける。
「まあ…」
令夫人は思わず、顔を赤らめる。
「翔さん。先日の英語のスピーチ、お見事でしたわぁ」
別の令夫人が、翔に話しかけてきた。
「えっ、ご覧になってたんですか?」
「ええ。ちょうど姉の娘が、スピーチ大会に参加してましたの。それで私も姉の家族と、会場の客席にいましたのよ。あんな大勢の前でも翔さん、とっても堂々とスピーチしてらして…私も姉も英語なんて、さっぱり解りませんけど、思わず聞き入ってしまいましたわぁ。残念ながら、姪は賞を逃してしまいましたけど…。でも滉月さん、聞いて下さいな。さぞ落ち込むかと思ったら、『翔さんが最優秀賞だったら、文句無いわ』なんて言って、『ケロッ』としてましたわ。姪のスピーチを応援に来た同級生達の間でも、ずっと翔さんの話題で持ち切りですってよぉ」
「ほぉう。流石じゃないか、翔君。英語のスピーチで、他校の女生徒達のハートまで掴んでしまったか!ハッハッハッ」
「数仁小父さん…」
困ったような表情で、翔が数仁を見る。
「仰る通りですわ、滉月さん。後で姪が、翔さんのスピーチの内容を日本語で教えてくれたんですけど、ずっと闘病中の弟さんを支えてらっしゃるって…。もう私も姉も姪も、涙が止まりませんでしたもの。翔さんは、ご立派なお兄様ですわぁ」
「立派だなんて…」
翔は首を左右に振る。
「僕は兄として、当たり前のことをしているだけです。だって…小梧郎は僕の、たった一人の大切な弟だから…。小梧郎が笑ってくれたら、僕も嬉しいし幸せ。ただ、それだけなんです…」
「翔さん…」
憂えげに微笑む、眉目秀麗な翔の表情と言葉に、心を打たれた令夫人達が涙を浮かべ、釘付けになる。
「しかし残念でしたなあ。是非とも、お姉様や姪御さんともお会いしたかったんだが」
「ええ、滉月さん。姪も今日のパーティー、首を長くして待ちわびていたんですけど…、うっかり合わない物でも食べてしまったのかしら?身体中に、蕁麻疹ができてしまいましたのよ」
「おやおや、それは大変だ」
「掛かり付けの医師からは、『数日で治まる』と診断されたそうなので、私も安心しましたけど…。もう姪の落ち込みようったら、なかったですわぁ」
「ふむ…。では早速、姪御さんにお見舞いの品を手配しなくてはいけないな。どうです?果物なんかは、お好きですかな?」
「まぁ、滉月さん。お見舞いだなんて…却って、申し訳無いですわぁ」
「数仁小父さん。僕からも、一緒に贈らせてほしいな」
「そうだな。それなら翔君と僕と合同で、お贈りしましょう」
「『お会いできなくて、残念です。どうぞ、お大事に』と、姪御さんにお伝え下さい」
翔が真っ直ぐな瞳で、令夫人に語りかける。
「あらぁ。翔さんから伝言やお見舞いなんて頂いたら、姪も喜んでしまって余計、蕁麻疹が増えてしまいそうですわぁ」
「おっと、こりゃあ不味いですなあ。ハッハッハッハッハッ」
「ほほほほほほ」
数仁の豪快な笑い声と共に、周りの令夫人達も賑やかに笑う。
「数仁小父さん」
「ん?何だい?」
「数仁小父さんからのプレゼント…、開けても良いかな?小梧郎が『早く中身が知りたい』って、待ちきれないみたいなんだ」
「ああ、構わないさ」
「ありがとう、数仁小父さん!」
今まで大人びた言動をしていた翔の端整な顔立ちが、いきなり「クシャッ」と無邪気な子供のように変わる。
すると、まだ成長途中にある少年の笑顔に、一瞬で周りの令夫人達が魅了された。
「それでは、皆様。どうぞ、ごゆっくり」
再び、翔は令夫人達にお辞儀をしてから、その輪を後にした。
数仁に了承を得た翔は、小梧郎のもとに戻って来る。
「小梧郎。僕はアイツらの相手をしなきゃいけないから暫く、そばに居てやれないけど…何かあったら、すぐ爺やに言うんだよ?」
「うん。解った」
「爺や、小梧郎の付き添いを頼むよ」
「はい、翔様」
「櫻子」
翔が櫻子の頭を撫で、そのまま右手を下へと滑らせて頬に手を当てる。
「まだ新しくなった家の中を、そんなに見てないんだろ?後で僕が案内するから、待ってるんだよ」
優しい声音で、翔が話しかけた。
「…はい、翔さん」
櫻子の返事を聞いてから、翔は後ろを振り返る。
「おい、皆!」
翔が学生達に呼びかけ、親指を立てて「クイッ」と合図すると、雛壇の方へ引き連れて去って行った。
「…芝山さん」
櫻子は、翔に触れられた左頬を「ポリポリ」と人差し指で掻きながら、芝山に声を掛ける。
「はい、何でしょう?櫻子お嬢様」
「芝山さんは翔さんのこと、『坊っちゃま』って、呼んでいないのね?」
幼い時から執事の芝山や使用人達が、小梧郎だけでなく翔のことも「坊っちゃま」と、ずっと呼んでいるのを聞き慣れていた櫻子は、すぐに呼び方が違うことに気が付いた。
「はい…、左様でございますね」
芝山が頷く。
「翔様からのご要望でございます。翔様も、もう十五歳でございますから…」
芝山は穏やかな口調で答える。
「最近だよ。僕が先月に退院した時には、もう変わってたんだ」
「そう…」
櫻子が遠目に雛壇を見ると、翔は数仁から贈られたプレゼントの包装紙を、「ビリビリ」と躊躇無く破いている。
「あ、そうだわ。そろそろ、充電が終わってるころじゃないかしら?アヤメちゃんを迎えに行かなきゃ。『応接間で充電してる』って、お父様から聞いたのだけど…、どちらに行けば良いかしら?」
櫻子が「キョロキョロ」と、辺りを見回す。
「ねぇ、さーちゃん」
「なあに?こーちゃん?」
櫻子は小梧郎の顔を見る。
「気づかない?」
「ん?」
「後ろ」
車椅子に座っている小梧郎が、自分の頭の上を指差す。
「え?」
小梧郎の真向かいに立つ櫻子は、穏やかな表情で手押しハンドルを握っている芝山しか見えない。
「…芝山さん?」
「ううん、もうちょっと後ろ」
「もうちょっと…?」
「爺やのすぐ後ろ」
「えぇ…?」
櫻子が小梧郎の横まで行く。
「あっ」
見ると芝山の真後ろで、アヤメが「ピッタリ」と背中にくっつくように直立していた。
「アヤメちゃん!」
櫻子に名前を呼ばれると、「ヒョコッ」と芝山の背中から顔を出す。
「櫻子御嬢様。電気満タンデ、只今、戻リマシタ」
アヤメは右手を上げて「ポンッ」と、自分の頭の天辺を軽く叩いた。
「さっきね、當間家からの挨拶が終わった後に一度、部屋に戻ったんだ。その途中で研究所の人達を見かけてさ、『応接間で待機してる』って爺やに聞いたから、杞壹小父さんも来てるかと思って行ってみたんだ」
「あら。倪門の小父様、帰国されたの?」
「うん。三日前に一時帰国したんだって。杞壹小父さんは応接間に居なかったんだけど、アヤメちゃんが充電してたんだ」
アヤメが芝山の後ろから出て来て、櫻子のそばに行く。
「でも応接間を出て、普通に大広間を移動すると、またお客様達に囲まれちゃうかなって思ってさ。だから、爺やの後ろにくっついて歩けば、さーちゃんのところまで目立たずに行けるかなって…」
「小梧郎坊ッチャマガ、予測サレタ通リ、応接間ヲ出発シテカラ、何方様ニモ気付カレズ、此方ニ到着シマシタ」
「私も全然、気付かなかったわ…。あ、それじゃあ…もう、こーちゃんのお名前も教えてもらったかしら?」
「うん」
「ハイ」
小梧郎と、アヤメが同時に頷く。
「応接間で、僕と爺やの名前と顔を記録してもらったんだ」
「そう!それなら、こーちゃんも芝山さんも、アヤメちゃんとお友達ねっ」
櫻子は嬉しそうに言う。
「うん、そうだね」
「アヤメニ出来ル事ガ、御座イマシタラ、喜ンデ、御手伝イサセテ頂キマス。ドウゾ、御遠慮無ク、御申シ付ケ下サイマセ」
小梧郎と芝山の方を向いて、アヤメがお辞儀する。
「うん」
小梧郎は頷き、芝山も会釈を返した。
「ねぇねぇ、アヤメちゃん。こーちゃんと応接間で、どんなお話したの?」
「ハイ。櫻子御嬢様ト、小梧郎坊ッチャマガ、『幼馴染ミ』、デ、イラッシャル事、御会イシタ時ハ、御一緒ニ愉シク、御話サレタリ、御遊ビニナル事、等ヲ、御伺イマシタ」
「ふぅん、そうなのね」
「でも、すごいや。アヤメちゃんは、充電中でも話が出来るんだね」
「そうよ。だから夜は私が眠るまで、アヤメちゃんも充電しながら一緒にお話してくれるから、寂しくないの」
「へぇ、そうなんだあ。さーちゃんは怖がりだもんね。アヤメちゃんがそばに居てくれたら、きっと安心だね」
「ええ、そうなの。こーちゃんは変わらず、夜は怖くないの?」
「うん。僕は現在も、平気かなあ」
「アヤメちゃん。こーちゃんはすごいのよ」
櫻子が、アヤメに顔を向ける。
「私が小学校に入ってから最初の夏休みにね、當間家と滉月家と、あと他の何組かの家族と一緒に旅行したことがあるの。その時に温泉旅館に泊まったのだけど、お父様とお母様は二人で一つのお部屋でね、子供達は皆一緒の広い畳部屋だったの。そうしたら夜にね、一番年上のお兄さんが怪談話をし始めて、私も『怖い、怖い』って思いながら、ついつい聞いちゃって…。電気を消して皆が寝た後も、私だけ全然、眠れなくなっちゃったの。それでね、私…、手水場に行きたくなってきちゃって…。朝まで我慢したかったんだけど出来なくって、仕方無く起きたの。でもね、私いつも豆電球で寝てるでしょ?立っても真っ暗でよく見えないから、誰かを踏んじゃいそうで動けなくなっちゃったの。『どうしよう、どうしよう』って困ってたら…その時にね、『ここから出たいの?』って誰かが囁いてきて…『うん』って言ったら、手を引っ張ってくれて…。やっと部屋から出られて顔を見たら、こーちゃんだったのよ」
アヤメは思い出話を、櫻子の顔を見つめながら静かに聞き入り、小梧郎の名前が出たところで「スッ」と、小梧郎の顔を見た。
小梧郎も、アヤメを見て「ニコッ」と笑う。
「それでね、『一人で手水場に行くのが怖い』って言ったら、こーちゃんも一緒に附いて来てくれたの。帰りもね、ちゃあんと私のお布団まで手を引いてくれたのよ。こーちゃんの方が私よりも年下で小さいのに、真っ暗なとこでも、ちっとも怖がらないで、しっかりしてるんだもの。吃驚しちゃった」
「僕は小さい時から、いっつも暗くして寝てたから平気だっただけだよ。真っ暗でも、だんだん目が慣れてきて意外と、どこに何があるか判ってくるもんだよ」
「えぇ~。私なんて、一人で真っ暗なとこに居たら、五分も耐えられないわぁ」
アヤメを囲んで、櫻子と小梧郎の会話に花が咲いてゆく。
(続)
「小梧郎!」
櫻子の肩を抱いていた翔が、小梧郎のそばに行く。
「どうだい?体は辛くないかい?」
車椅子の横で片膝を床に突き、肘掛けに載せている小梧郎の腕に触れて、翔は心配そうな表情で尋ねる。
「うん、平気だよ」
「そうかい?それなら良いんだけどさ…」
「それより兄さん。数仁小父さんからのプレゼント、もう見た?」
「え?プレゼント?」
「うん。あそこの左側にあるの全部、数仁小父さんのじゃないかなあ?ね?さーちゃん?」
小梧郎が指差す先の、大広間の壁際には雛壇のような棚が設置され、招待客からの贈答品が飾られている。その棚の左側に、櫻子の見覚えのある派手な色の包みばかりが並んでいた。
「…うん、そうね。あちら側のは、お父様が用意したものみたい」
翔が立ち上がって、雛壇の方を注視する。
「あそこにあるのとは別に本もいっぱい、プレゼントしてくれたんだよ。兄さんのも…」
不意に翔が小梧郎から離れ、「ツカツカ」と招待客に囲まれている数仁の方へと歩いて行く。
その輪の中に入ろうとして、ちょうど数仁に話しかけている年配の令夫人の肩に接触した。
「あっ、失礼しました。マダム」
「いえ…。あら、あなたは…」
「おお。そうです、そうです。彼が定の長男、翔君です」
数仁は周りの招待客達に、翔を紹介し始めた。
「お初にお目にかかります。當間 翔です。本日はようこそお出で下さいました」
翔は右手を胸に当て、「キリリ」とした表情でお辞儀する。
「ええ、こちらこそ。滉月さんにお招き頂いて、楽しみにしてましたのよ。先ほどのお父様のお話、感動しましたわ。素敵なご家族ですわねぇ」
「ありがとうございます。こんなに美しいマダムにお褒め頂けるなんて、光栄です」
翔は年配の令夫人の目を見つめ、爽やかに笑いかける。
「まあ…」
令夫人は思わず、顔を赤らめる。
「翔さん。先日の英語のスピーチ、お見事でしたわぁ」
別の令夫人が、翔に話しかけてきた。
「えっ、ご覧になってたんですか?」
「ええ。ちょうど姉の娘が、スピーチ大会に参加してましたの。それで私も姉の家族と、会場の客席にいましたのよ。あんな大勢の前でも翔さん、とっても堂々とスピーチしてらして…私も姉も英語なんて、さっぱり解りませんけど、思わず聞き入ってしまいましたわぁ。残念ながら、姪は賞を逃してしまいましたけど…。でも滉月さん、聞いて下さいな。さぞ落ち込むかと思ったら、『翔さんが最優秀賞だったら、文句無いわ』なんて言って、『ケロッ』としてましたわ。姪のスピーチを応援に来た同級生達の間でも、ずっと翔さんの話題で持ち切りですってよぉ」
「ほぉう。流石じゃないか、翔君。英語のスピーチで、他校の女生徒達のハートまで掴んでしまったか!ハッハッハッ」
「数仁小父さん…」
困ったような表情で、翔が数仁を見る。
「仰る通りですわ、滉月さん。後で姪が、翔さんのスピーチの内容を日本語で教えてくれたんですけど、ずっと闘病中の弟さんを支えてらっしゃるって…。もう私も姉も姪も、涙が止まりませんでしたもの。翔さんは、ご立派なお兄様ですわぁ」
「立派だなんて…」
翔は首を左右に振る。
「僕は兄として、当たり前のことをしているだけです。だって…小梧郎は僕の、たった一人の大切な弟だから…。小梧郎が笑ってくれたら、僕も嬉しいし幸せ。ただ、それだけなんです…」
「翔さん…」
憂えげに微笑む、眉目秀麗な翔の表情と言葉に、心を打たれた令夫人達が涙を浮かべ、釘付けになる。
「しかし残念でしたなあ。是非とも、お姉様や姪御さんともお会いしたかったんだが」
「ええ、滉月さん。姪も今日のパーティー、首を長くして待ちわびていたんですけど…、うっかり合わない物でも食べてしまったのかしら?身体中に、蕁麻疹ができてしまいましたのよ」
「おやおや、それは大変だ」
「掛かり付けの医師からは、『数日で治まる』と診断されたそうなので、私も安心しましたけど…。もう姪の落ち込みようったら、なかったですわぁ」
「ふむ…。では早速、姪御さんにお見舞いの品を手配しなくてはいけないな。どうです?果物なんかは、お好きですかな?」
「まぁ、滉月さん。お見舞いだなんて…却って、申し訳無いですわぁ」
「数仁小父さん。僕からも、一緒に贈らせてほしいな」
「そうだな。それなら翔君と僕と合同で、お贈りしましょう」
「『お会いできなくて、残念です。どうぞ、お大事に』と、姪御さんにお伝え下さい」
翔が真っ直ぐな瞳で、令夫人に語りかける。
「あらぁ。翔さんから伝言やお見舞いなんて頂いたら、姪も喜んでしまって余計、蕁麻疹が増えてしまいそうですわぁ」
「おっと、こりゃあ不味いですなあ。ハッハッハッハッハッ」
「ほほほほほほ」
数仁の豪快な笑い声と共に、周りの令夫人達も賑やかに笑う。
「数仁小父さん」
「ん?何だい?」
「数仁小父さんからのプレゼント…、開けても良いかな?小梧郎が『早く中身が知りたい』って、待ちきれないみたいなんだ」
「ああ、構わないさ」
「ありがとう、数仁小父さん!」
今まで大人びた言動をしていた翔の端整な顔立ちが、いきなり「クシャッ」と無邪気な子供のように変わる。
すると、まだ成長途中にある少年の笑顔に、一瞬で周りの令夫人達が魅了された。
「それでは、皆様。どうぞ、ごゆっくり」
再び、翔は令夫人達にお辞儀をしてから、その輪を後にした。
数仁に了承を得た翔は、小梧郎のもとに戻って来る。
「小梧郎。僕はアイツらの相手をしなきゃいけないから暫く、そばに居てやれないけど…何かあったら、すぐ爺やに言うんだよ?」
「うん。解った」
「爺や、小梧郎の付き添いを頼むよ」
「はい、翔様」
「櫻子」
翔が櫻子の頭を撫で、そのまま右手を下へと滑らせて頬に手を当てる。
「まだ新しくなった家の中を、そんなに見てないんだろ?後で僕が案内するから、待ってるんだよ」
優しい声音で、翔が話しかけた。
「…はい、翔さん」
櫻子の返事を聞いてから、翔は後ろを振り返る。
「おい、皆!」
翔が学生達に呼びかけ、親指を立てて「クイッ」と合図すると、雛壇の方へ引き連れて去って行った。
「…芝山さん」
櫻子は、翔に触れられた左頬を「ポリポリ」と人差し指で掻きながら、芝山に声を掛ける。
「はい、何でしょう?櫻子お嬢様」
「芝山さんは翔さんのこと、『坊っちゃま』って、呼んでいないのね?」
幼い時から執事の芝山や使用人達が、小梧郎だけでなく翔のことも「坊っちゃま」と、ずっと呼んでいるのを聞き慣れていた櫻子は、すぐに呼び方が違うことに気が付いた。
「はい…、左様でございますね」
芝山が頷く。
「翔様からのご要望でございます。翔様も、もう十五歳でございますから…」
芝山は穏やかな口調で答える。
「最近だよ。僕が先月に退院した時には、もう変わってたんだ」
「そう…」
櫻子が遠目に雛壇を見ると、翔は数仁から贈られたプレゼントの包装紙を、「ビリビリ」と躊躇無く破いている。
「あ、そうだわ。そろそろ、充電が終わってるころじゃないかしら?アヤメちゃんを迎えに行かなきゃ。『応接間で充電してる』って、お父様から聞いたのだけど…、どちらに行けば良いかしら?」
櫻子が「キョロキョロ」と、辺りを見回す。
「ねぇ、さーちゃん」
「なあに?こーちゃん?」
櫻子は小梧郎の顔を見る。
「気づかない?」
「ん?」
「後ろ」
車椅子に座っている小梧郎が、自分の頭の上を指差す。
「え?」
小梧郎の真向かいに立つ櫻子は、穏やかな表情で手押しハンドルを握っている芝山しか見えない。
「…芝山さん?」
「ううん、もうちょっと後ろ」
「もうちょっと…?」
「爺やのすぐ後ろ」
「えぇ…?」
櫻子が小梧郎の横まで行く。
「あっ」
見ると芝山の真後ろで、アヤメが「ピッタリ」と背中にくっつくように直立していた。
「アヤメちゃん!」
櫻子に名前を呼ばれると、「ヒョコッ」と芝山の背中から顔を出す。
「櫻子御嬢様。電気満タンデ、只今、戻リマシタ」
アヤメは右手を上げて「ポンッ」と、自分の頭の天辺を軽く叩いた。
「さっきね、當間家からの挨拶が終わった後に一度、部屋に戻ったんだ。その途中で研究所の人達を見かけてさ、『応接間で待機してる』って爺やに聞いたから、杞壹小父さんも来てるかと思って行ってみたんだ」
「あら。倪門の小父様、帰国されたの?」
「うん。三日前に一時帰国したんだって。杞壹小父さんは応接間に居なかったんだけど、アヤメちゃんが充電してたんだ」
アヤメが芝山の後ろから出て来て、櫻子のそばに行く。
「でも応接間を出て、普通に大広間を移動すると、またお客様達に囲まれちゃうかなって思ってさ。だから、爺やの後ろにくっついて歩けば、さーちゃんのところまで目立たずに行けるかなって…」
「小梧郎坊ッチャマガ、予測サレタ通リ、応接間ヲ出発シテカラ、何方様ニモ気付カレズ、此方ニ到着シマシタ」
「私も全然、気付かなかったわ…。あ、それじゃあ…もう、こーちゃんのお名前も教えてもらったかしら?」
「うん」
「ハイ」
小梧郎と、アヤメが同時に頷く。
「応接間で、僕と爺やの名前と顔を記録してもらったんだ」
「そう!それなら、こーちゃんも芝山さんも、アヤメちゃんとお友達ねっ」
櫻子は嬉しそうに言う。
「うん、そうだね」
「アヤメニ出来ル事ガ、御座イマシタラ、喜ンデ、御手伝イサセテ頂キマス。ドウゾ、御遠慮無ク、御申シ付ケ下サイマセ」
小梧郎と芝山の方を向いて、アヤメがお辞儀する。
「うん」
小梧郎は頷き、芝山も会釈を返した。
「ねぇねぇ、アヤメちゃん。こーちゃんと応接間で、どんなお話したの?」
「ハイ。櫻子御嬢様ト、小梧郎坊ッチャマガ、『幼馴染ミ』、デ、イラッシャル事、御会イシタ時ハ、御一緒ニ愉シク、御話サレタリ、御遊ビニナル事、等ヲ、御伺イマシタ」
「ふぅん、そうなのね」
「でも、すごいや。アヤメちゃんは、充電中でも話が出来るんだね」
「そうよ。だから夜は私が眠るまで、アヤメちゃんも充電しながら一緒にお話してくれるから、寂しくないの」
「へぇ、そうなんだあ。さーちゃんは怖がりだもんね。アヤメちゃんがそばに居てくれたら、きっと安心だね」
「ええ、そうなの。こーちゃんは変わらず、夜は怖くないの?」
「うん。僕は現在も、平気かなあ」
「アヤメちゃん。こーちゃんはすごいのよ」
櫻子が、アヤメに顔を向ける。
「私が小学校に入ってから最初の夏休みにね、當間家と滉月家と、あと他の何組かの家族と一緒に旅行したことがあるの。その時に温泉旅館に泊まったのだけど、お父様とお母様は二人で一つのお部屋でね、子供達は皆一緒の広い畳部屋だったの。そうしたら夜にね、一番年上のお兄さんが怪談話をし始めて、私も『怖い、怖い』って思いながら、ついつい聞いちゃって…。電気を消して皆が寝た後も、私だけ全然、眠れなくなっちゃったの。それでね、私…、手水場に行きたくなってきちゃって…。朝まで我慢したかったんだけど出来なくって、仕方無く起きたの。でもね、私いつも豆電球で寝てるでしょ?立っても真っ暗でよく見えないから、誰かを踏んじゃいそうで動けなくなっちゃったの。『どうしよう、どうしよう』って困ってたら…その時にね、『ここから出たいの?』って誰かが囁いてきて…『うん』って言ったら、手を引っ張ってくれて…。やっと部屋から出られて顔を見たら、こーちゃんだったのよ」
アヤメは思い出話を、櫻子の顔を見つめながら静かに聞き入り、小梧郎の名前が出たところで「スッ」と、小梧郎の顔を見た。
小梧郎も、アヤメを見て「ニコッ」と笑う。
「それでね、『一人で手水場に行くのが怖い』って言ったら、こーちゃんも一緒に附いて来てくれたの。帰りもね、ちゃあんと私のお布団まで手を引いてくれたのよ。こーちゃんの方が私よりも年下で小さいのに、真っ暗なとこでも、ちっとも怖がらないで、しっかりしてるんだもの。吃驚しちゃった」
「僕は小さい時から、いっつも暗くして寝てたから平気だっただけだよ。真っ暗でも、だんだん目が慣れてきて意外と、どこに何があるか判ってくるもんだよ」
「えぇ~。私なんて、一人で真っ暗なとこに居たら、五分も耐えられないわぁ」
アヤメを囲んで、櫻子と小梧郎の会話に花が咲いてゆく。
(続)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる