アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」

第七話「一緒にお出かけしましょう ④」

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 櫻子が洋館に到着した時にはまばらだった招待客は今、大広間の席をくしていた。

 新年会の主催者・當間とうま 定之介じょうのすけが階段の踊り場に立ち、招待客全員に対して新年の挨拶を述べている。
 定之介の両隣には姿勢良くたたずむ、妻の寿美子すみこと息子のかける
 定之助と翔は黒色こくしょくのジャケットにグレーストライプのスラックスなど一式、お揃いのモーニングコートを着用している。
 そして車椅子から木製の椅子に移り座ってはいるが、大勢の大人達の前で堂々どうどうたる表情を見せる小梧郎こごろう
 その階段下の大広間には、高級な洋装や和装に身を包んだ各界かっかい著名人ちょめいじん達が、定之介の言葉に耳を傾けている。

 そこには数仁と櫻子の姿もあった。
 アヤメは先ほどまで数仁と共に、早めに来ていた招待客達の相手をしていたので念のため、別室で充電をしている。

 続いて定之介の話は完成した洋館に移り、代々過ごした日本家屋を解体して建て替えるまでの経緯けいいを時には笑いを交え、終盤しゅうばんでは家族に対する想いなど涙を誘うような語り口調で招待客を飽きさせず、最後には定之介と家族に大きな拍手が送られた。
 定之介がさかづきかかげると招待客全員、それにならって乾杯した。
 
 招待客に歓談かんだんうながし、定之介と寿美子と翔は階段を下りて行く。小梧郎も体格の良い男性使用人に背負われて階段下まで移動し、執事が待機たいきする車椅子に戻った。
 大広間には弦楽器奏者げんがっきそうしゃ達による生演奏が流れ、あちこちで招待客達の談笑だんしょうが聞こえてくる。

「櫻子、元気にしておったか?」
「はい、お祖父じいちゃま」

 櫻子が椅子に座っている祖父に抱きついて、頬にキスをする。

「ふぉっふぉっふぉっ」

 真っ白な長い顎髭あごひげたくわえた祖父はとろけた表情で、笑い声を上げる。

「数仁、ずいぶんと立派な建物に仕上がったじゃないか」
「ああ、忠清ただきよ兄さん」
「この大広間の造りもすごいなあ」
「そうだろう?政次まさつぐ兄さん。わざわざ英国の建築家を吟味ぎんみして、定に紹介した甲斐かいがあったよ」

 このパーティーには、数仁の父親と兄二人も参加していた。
 父親は「滉月こうづき 藤左衛門とうざえもん」、母親は「きよ」という名で、清は六年前に他界した。
 藤左衛門は都市銀行の頭取とうどりであったが長男の「忠清」に譲り、現在は会長を務めている。二男の「政次」は百貨店の社長だ。
 数仁は三人の男兄弟の末っ子で、忠清とは十四歳、政次とは十二歳離れているが、三人共に藤左衛門と清の息子である。

 年末年始は各々おのおのに予定があり、滉月家の一族が集まることは難しいため、予定の合う別日べつびに会場を押さえ、ついでに一族に有益な人間も招待して親睦しんぼくを深めようと毎年、三人兄弟が持ち回りで新年会やパーティーなどを開催かいさいしている。
 今年は数仁の担当であったが、親友の定之介が自邸じていでのパーティーを決定したのを機に、そこに「滉月家の新年会」も加わる形で、数仁も準備に協力することとなった。
 ここには忠清と政次の妻達、それに息子達も同行している。ただ、その息子達も櫻子とは歳が離れており、すでに立派な社会人だ。つまり、藤左衛門の孫娘は櫻子だけとなる。
 そのせいか、当初は数仁と濱子の結婚を反対していた藤左衛門も現在げんざいはすっかり、櫻子の前で好好爺こうこうやの表情になっている。
 櫻子から見ても鉉造げんぞうより、藤左衛門の方が歳を取って見えるし実際、一回り以上の年上だ。
 藤左衛門は忠清と同居しており、何かと忙しいようなので会うのも年に数回である。
 
「ほうら、櫻子。お年玉をあげよう」  

 紋付もんつ羽織袴はおりはかまの藤左衛門が袖口そでぐちから、お年玉袋を取り出し、櫻子に手渡した。

「ありがとうございます、お祖父ちゃま」

 櫻子は藤左衛門に、再び抱きつく。

「ふぉっふぉっふぉっ」

 同様に忠清も羽織の袖口から、政次はモーニングコートのふところに手を入れ、お年玉袋を櫻子に手渡す。そして忠清と政次の息子達(櫻子にとっては従兄弟いとこ)までもが、櫻子にお年玉袋を差し出した。
 先ほど定之介や、数仁と深交の深い招待客からもらった物も含めて、どれも袋の大きさにそぐわぬ厚みなので全部入れると、あっという間に櫻子のクラッチバッグは「パンパン」になってしまい、がま口はかろうじて閉じているような状態になった。

「お久しぶりです、数仁小父さん!」
 
 さわやかな口調で声を掛けてきたのは、翔だった。 

「やあ、翔君!ちょっと見ない間に、また一段と男前になったじゃないか!」
「やだな、小父さん。皆の前で、恥ずかしいよ」

 翔は後ろに男子校の同期生どうきせいや後輩を十数名、引き連れている。
 
「別に良いじゃないか。うん、うん。モーニングコートも、格好良く着こなしているねえ」

 数仁は翔の姿を、「じっくり」と眺める。
 當間父子おやこのモーニングコートを仕立てたのは、政次の百貨店内にある高級テーラーだ。
  
「今年は生徒会長も務めているし、この前の英語スピーチ大会では優勝したらしいじゃないか?将来の義理の父親としては、ほこらしい限りだよ!」

 数仁は、翔の両肩を「ポンポンッ」とはたく。
 翔は、櫻子より三歳上の十五歳だ。

「ほら、翔君」

 数仁も翔に、お年玉袋を差し出した。

「ありがとう、小父さん」

 翔は袋を受け取ると、並びの良い白い歯を見せて微笑んだ。

「よし、君達にも。生憎あいにく、袋が無くてねえ。はだかのままになってしまうが…」

 数仁は、モーニングコートの懐から財布を取り出す。その財布を開けると、分厚い札束が見える。そこから細かく数えることもせず、「スッ」と何割か取り出して同期生の一人に手渡した。
 
「皆で分けてくれたまえ」

 「わっ」と学生達から歓声が上がる。

「ありがとうございます!」

 一同が元気良く頭を下げた。

「ハッハッハッ、なあに。翔君の学友だったら君達も、さぞ優秀なんだろう?数年後には、我が社に必要となる人材がいるかもしれない。よおく、顔を覚えとかないとねえ」

 カイザルひげまみながら、数仁が学生達の顔を見渡し、一人一人に二言三言話しかけている。

「滉月さん」

 そこへ招待客の夫婦が、数仁に声をかけて来た。

「おお、田中さん!奥様も!」
「本日は素晴らしいパーティーにお招き頂き、ありがとうございます」
「いやあ。今回は私の親友が主役なんですが、ぜひお二人にも参加して頂きたいと思いましてね…。おお、そうだ。私の父と兄を紹介しましょう」

 数仁は学生達から離れて、夫婦を案内して行った。

「やあ、櫻子!」

 翔が軽く右手を上げ、櫻子のそばまでった。

「明けましておめでとうございます、翔さん」

 櫻子は翔に向かって、お辞儀する。

「今年もよろしくおね…」
「可愛いじゃないか、櫻子!まるで、お姫様みたいだ!」 

 新年の挨拶を終える前に、翔が臆面おくめんも無く櫻子のワンピース姿をめちぎった。
 その声で学生達の視線が、櫻子に向けられる。
 
「ううん、そんなこと…」
 
 櫻子は恥ずかしそうに小さく、首を左右に振る。

「おい、翔!自分だけ喋ってないで、そちらの見目麗みめうるわしいお嬢さんを紹介してくれよ!」

 同期生の一人が、翔に呼びかけて来た。
 「そうだ、そうだ」「自分だけズルいぞ」と、学生達がはやし立てる。
 翔が右手の人差し指と中指の先をひたいに当て、「はぁ」と困ったように軽く溜め息をく。

「何だよ、五月蝿うるさいなあ」

 翔は振り返り、学生達に言い返す。

「良いかい、櫻子?皆に紹介しても?」

 そして顔を戻すと、櫻子の右肩に翔が右手を置き、耳元でささやいた。右上に目をると、翔の爽やかな笑顔が間近に見える。

「え?ええ…」

 櫻子が頷くと、翔は身体をひるがえして櫻子の肩に左腕を回した。

「彼女は『滉月 櫻子』。数仁小父さんの大事な一人娘で、僕の大切な婚約者フィアンセさっ」

 翔は櫻子の左肩を抱きながら言い、右手で自分の前髪を「サッ」とき上げた。
 
「初めまして…。滉月 櫻子です」

 櫻子は初めて会う年上の男子学生達に注目され、緊張きんちょうしながらも笑みを作って挨拶した。

「櫻子さん!初めまして!」

 すると学生達が櫻子を囲み、順番に挨拶を返して握手あくしゅを求めて来た。
 翔に肩を抱かれたまま、櫻子はなるべく笑みを絶やさないようにして学生全員と握手してゆく。
 その間、翔は同期生や後輩に「ほら、長いぞ」「もう良いだろう?あっち行けよ」とたしなめ、「シッシッ」と手を振って追い払うような仕草しぐさをしている。 
 先に握手を終えて後ろに下がった同期生達が遠目とおめに櫻子を見て、「ニヤニヤ」しながら「コソコソ」と何やら話している。
 それが視界に入って、櫻子は何だか居心地の悪さを感じ時折ときおり、数仁の居る方へ視線を移してみる。だが数仁は父や兄達と共に、招待客夫婦との会話をはずませており、そこに他の招待客も交じって輪が増えていた。
 
 やっと全員と握手し終えた頃、小梧郎が執事に車椅子を押されて、櫻子のところに近づいて来た。

「あ、こーちゃん」

 櫻子は「ホッ」として、小梧郎の名を呼んだ。




(続)
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