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第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」
第六話「一緒にお出かけしましょう ③」
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「さーちゃん、今日は着物じゃないんだね」
テーブルの上に広がった本達を大きさ別に積み上げながら、小梧郎が櫻子に話しかけた。
「そうなの。『これからは洋装の時代になってくるから』って、お父様がプレゼントしてくれたんだけど、まだ慣れなくって…」
櫻子は本を包んでいた大きな包装紙の角を「ピッタリ」と合わせて、丁寧に折り畳む。
櫻子の長い髪を上部だけ纏めた大きなリボン、そして履いている靴は柘榴石色のワンピースと同じ色合いで揃えられ、白い飾り模様のレースタイツが脚の線を引き立てている。
肩には長いゴールド・チェーンの付いたクラッチバッグを斜め掛けにしていたが、今はテーブルの上に置いてある。
「…変かしら?」
櫻子は小梧郎の部屋に設置された全身鏡で自分の姿を映して、自信無さげな表情で聞いてくる。
「ううん、ちっとも変なんかじゃないよ!」
小梧郎がテーブルに前のめりになって、「ブンブン」と左右に首を振る。
「すっごく似合ってるよ、さーちゃん!」
「…本当?」
「うんっ!」
小梧郎は自信たっぷりの表情で、大きく頷く。
「…良かったあ」
櫻子は安心したような笑みを浮かべた。
「こーちゃんも、洋装なのね」
「うん。最初は新年会に参加できるかも判らなかったし、兄さんのお下がりの紋付羽織袴で良いんじゃないかって話だったんだけど、母様が『車椅子に、羽織が引っ掛かったら危ないから』って…。だから櫻子ちゃんの叔父さんの百貨店で、僕のモーニングコートも仕立ててもらったんだ」
「そうだったの。うふふ。こーちゃんのモーニングコート、とってもお似合いよ」
「そうかな?」
小梧郎は下を向いて、自分の格好を確認する。
「ええ」
櫻子は小梧郎に「ニッコリ」と微笑む。
「兄さんには、もう会った?」
「定小父様は大広間でご挨拶したんだけど…、翔さんには会わなかったわ」
「ふ~ん。今日は兄さんの友達も来てるみたいだから、二階に居るんじゃないかな?兄さんの部屋、教えるから行ってきたら?」
「…ううん、後で良いわ。お友達がいらしてるなら、お邪魔したら悪いもの」
「さーちゃんだったら、大丈夫だよ」
櫻子が躊躇っているようなので、小梧郎が優しく促す。
「うん…。でも…時間になったら、大広間で会えると思うから…。その時に、ご挨拶するわ」
「そっか…」
すでにテーブルの上で畳まれ重なっている紙袋や包装紙の上に、櫻子が「キッチリ」と畳み終えた包装紙を置いた。
「ねえ、こーちゃん。新しいお部屋は、どぅお?」
「うん、とっても快適だよ。前の部屋より庭が、よく見えるんだ」
以前は和室だった小梧郎の部屋も、洋室になって広さもある。
クローゼットや本棚などの大きな家具は全て壁に造り付けられ、大きな出窓からは庭の景色が風景画のように、バランス良く見えている。
ベッドや車椅子は、倪門研究所が作製した特注品。
小梧郎の部屋だけでなく、一階全体が段差を造らず、車椅子でも移動しやすいよう設計された建物だ。
「そうね。と~っても、素敵なお部屋だわ」
櫻子は「ぐるり」と部屋を見回す。
「ねぇ、さーちゃん」
「ん?なあに?」
小梧郎に呼ばれて、「パッ」と櫻子が視線を向ける。
「父様から聞いたんだけど…。さーちゃん家に、お仕事してくれる大きな人形が居るんだって?」
「あ、そうなの!」
櫻子が「パンッ」と、両手の平を叩く。
「『アヤメちゃん』って言うのよ。今日も一緒に来たんだけど…、お父様ったら大広間に入った途端に『定!』って、大声で小父様を呼ぶものだから、注目されちゃって…」
困り顔の櫻子。
「そんな風にしたら、アヤメちゃんも目に入っちゃうでしょ?そうしたらお客様達が、アヤメちゃんの周りに集まって来ちゃって…。今ね…お父様が皆様に、アヤメちゃんの紹介をしているわ」
「わぁ、そうなんだ」
「もぉう。ここに着いたら真っ先に、こーちゃんと会わせたかったのにぃ…」
両手を腰に当てて、「プウ」と櫻子が頬っぺたを膨らませる。
そんな櫻子を見て、小梧郎が「クスクス」と笑う。
「でも私ね、てっきり定小父様も、アヤメちゃんと同じお人形さんを購入なさるおつもりだと思ってたわ。だって、定小父様と倪門の小父様は従兄弟同士だし、研究所に投資もしてらっしゃるんでしょ?今回は私のお父様が急いで必要だったから、一番に購入できたみたいだけど…、二番目のお人形さんの行く先は、こーちゃん家じゃないかしらって…」
「うん、そうなんだけど…。父様は人形を使った物でも、もう少し違った研究に主眼を置いてるらしいんだ」
「違った研究…?」
櫻子が小首を傾げる。
「そう。だけどね、『これは実験が成功して実践が可能になるまでに、まだまだ年月を要する難しい研究だから、詳しいことは教えられない』って、言ってた。それから、『うちには執事も居るし、男の使用人達が夜も警備してるから、今のところ人形は必要無い。それよりも研究が早く成功するために、もっと資金を集めなきゃならない』って…」
「ふ~ん…。そこまで定小父様がお考えになってらっしゃるんだったら、きっと物凄い研究なのね」
「うん、そうだね。どんな研究なのか、僕も知りたいな…。もしも僕が健康だったら、雑用でも何でもするから研究室に入れてもらって、杞壹小父さんが研究してるところを見てみたいよ」
「こーちゃんは将来、倪門の小父様みたいな研究者になりたいの?」
「う~ん…」
小梧郎が上を向いて考える。
「色々、なりたいものはあるんだけど…。どうかな…?病気が良くなればな…」
そう言って、小梧郎は俯いた。
「病気なら絶対、治るわよ!」
小梧郎の向かいに立ち、テーブルに両手の平を当てて、今度は櫻子が身を乗り出した。
「私ね、寝る前に毎晩お祈りしてるの。『おはあさまと、こーちゃんの病気が治りますように』って…」
「おはあさま…?」
小梧郎が「キョトン」とした表情になる。
「あっ!」
櫻子が慌てて両手の平をテーブルから離して、口を抑える。
「どうしたの、さーちゃん?」
「ん~と…。こーちゃん、誰にも内緒よ?」
「え?…うん」
小梧郎が頷くと、櫻子は濱子のことを「おはあさま」と呼ぶようになった一連の出来事を話した。それを小梧郎は、興味深げな表情で聞いている。
そして櫻子が小梧郎の前で、「おさあさま」や「おまあさま」など他の言い方をした後に、「おはあさま」と言って口角が上がった表情を見せた。
「本当だ!他のより、さーちゃんの顔が笑ってる!」
小梧郎は楽しそうに答える。
「でしょ?その日から私ね、アヤメちゃんと一緒に『お母様』を、『おはあさま』って呼んでるのよ」
「へぇ~、そうなんだあ」
「だけどお父様がね、『その呼び方は家の中だけだったら構わないが、外出中は恥ずかしいから止めてくれ』って…。だから、今日も気を付けてたんだけど、うっかり出ちゃったわ。でも…、こーちゃんと居る間だけだったら、アヤメちゃんも私も『おはあさま』って…呼んでも良いでしょ?」
「うん!僕は全然、構わないよ」
小梧郎は笑顔で頷く。
「うふふ。ありがと、こーちゃん」
「僕も…、やってみようかな?」
「ええ!こーちゃんもやってみて!じゃあ、鏡の前でやりましょうよ」
櫻子が小梧郎の背後に回ると、手押しハンドルを握って車椅子を動かして行き、全身鏡の前で停止した。
小梧郎は櫻子が言ったように「お母様」の二番目の文字を「あかさたな」順に変えて言った後、「おはあさま」と口にした。すると小梧郎の口角も上がった。
「わっ、僕の顔も笑っちゃった!すごいや!」
「ねっ、面白いでしょ?こーちゃん」
「うん!」
「あ。でもね、私も鏡を見る度に色んな言い方をして試してみたの。そうしたらね、「おはあさま」って言っても、笑わない場合もあるのよ。例えば、小さい声や低い声で言うと駄目みたい。見ててね」
横に居る小梧郎の方を向いて話していた櫻子は、正面の鏡に映った自分の顔を見る。
「おはあさま」
櫻子は囁くような声で言うが、表情は変わらない。
「おはあさま」
次は出来る限りの低い声で言ってみる。やはり、口角は上がらない。
「あははっ、本当だねっ」
普段は聞かない低い声を、櫻子が発してるのを鏡越しに見て、小梧郎が笑う。
「ねっ?不思議でしょ?」
「うん。でも顔は笑ってなくても、さーちゃんが低い声出してるのが面白いや」
「そぅお?こーちゃん、こーちゃん。ガオ~ッ」
低い声で小梧郎の名を呼び、櫻子が両腕を高く上げる。
「こーちゃん、ガオ~ッ。食べちゃうぞぉー。ガオ~ッ」
櫻子は小梧郎に身体を向けて、熊が二本足で立って威嚇しているような動きをする。
「あはははっ。ウゥ~ッ。負けないぞぉー、ガオガオガオ~ッ」
小梧郎も獣が唸るような声を出し、両腕を交互に上げて応戦する。
「ガオ~ッ、ガオ~ッ」
「ガオガオガオ~ッ」
櫻子と小梧郎は声色を変えて吠えながら、互いを優しく攻撃し合っている。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
櫻子と小梧郎は「ピタッ」と同時に声を出すのを止め、「サッ」と両腕を下ろす。
「どうぞ」
小梧郎が返事をすると、扉が開いた。
「失礼致します。小梧郎坊ちゃま、お時間でございます」
執事の芝山が部屋に入って来た。
「うん、解った」
小梧郎は声色を戻し、普段の口調で答える。
櫻子も小梧郎も、執事の前で澄まし顔だ。
初老の執事は車椅子の手押しハンドルを握り、全身鏡から扉側へ方向転換した。
「では、櫻子お嬢様もご一緒に」
「はい」
芝山の穏やかな呼びかけに、櫻子も行儀良く返事をしてから、テーブルにあるクラッチバックを取って、肩に掛けた。
芝山が車椅子を押して、櫻子と共に小梧郎の部屋を出る。
大広間へと続く幅広い廊下を、澄まし顔の櫻子と小梧郎が並んで移動している。
二人は「チラリ」と、互いの顔を見合って微笑んだ。
(続)
テーブルの上に広がった本達を大きさ別に積み上げながら、小梧郎が櫻子に話しかけた。
「そうなの。『これからは洋装の時代になってくるから』って、お父様がプレゼントしてくれたんだけど、まだ慣れなくって…」
櫻子は本を包んでいた大きな包装紙の角を「ピッタリ」と合わせて、丁寧に折り畳む。
櫻子の長い髪を上部だけ纏めた大きなリボン、そして履いている靴は柘榴石色のワンピースと同じ色合いで揃えられ、白い飾り模様のレースタイツが脚の線を引き立てている。
肩には長いゴールド・チェーンの付いたクラッチバッグを斜め掛けにしていたが、今はテーブルの上に置いてある。
「…変かしら?」
櫻子は小梧郎の部屋に設置された全身鏡で自分の姿を映して、自信無さげな表情で聞いてくる。
「ううん、ちっとも変なんかじゃないよ!」
小梧郎がテーブルに前のめりになって、「ブンブン」と左右に首を振る。
「すっごく似合ってるよ、さーちゃん!」
「…本当?」
「うんっ!」
小梧郎は自信たっぷりの表情で、大きく頷く。
「…良かったあ」
櫻子は安心したような笑みを浮かべた。
「こーちゃんも、洋装なのね」
「うん。最初は新年会に参加できるかも判らなかったし、兄さんのお下がりの紋付羽織袴で良いんじゃないかって話だったんだけど、母様が『車椅子に、羽織が引っ掛かったら危ないから』って…。だから櫻子ちゃんの叔父さんの百貨店で、僕のモーニングコートも仕立ててもらったんだ」
「そうだったの。うふふ。こーちゃんのモーニングコート、とってもお似合いよ」
「そうかな?」
小梧郎は下を向いて、自分の格好を確認する。
「ええ」
櫻子は小梧郎に「ニッコリ」と微笑む。
「兄さんには、もう会った?」
「定小父様は大広間でご挨拶したんだけど…、翔さんには会わなかったわ」
「ふ~ん。今日は兄さんの友達も来てるみたいだから、二階に居るんじゃないかな?兄さんの部屋、教えるから行ってきたら?」
「…ううん、後で良いわ。お友達がいらしてるなら、お邪魔したら悪いもの」
「さーちゃんだったら、大丈夫だよ」
櫻子が躊躇っているようなので、小梧郎が優しく促す。
「うん…。でも…時間になったら、大広間で会えると思うから…。その時に、ご挨拶するわ」
「そっか…」
すでにテーブルの上で畳まれ重なっている紙袋や包装紙の上に、櫻子が「キッチリ」と畳み終えた包装紙を置いた。
「ねえ、こーちゃん。新しいお部屋は、どぅお?」
「うん、とっても快適だよ。前の部屋より庭が、よく見えるんだ」
以前は和室だった小梧郎の部屋も、洋室になって広さもある。
クローゼットや本棚などの大きな家具は全て壁に造り付けられ、大きな出窓からは庭の景色が風景画のように、バランス良く見えている。
ベッドや車椅子は、倪門研究所が作製した特注品。
小梧郎の部屋だけでなく、一階全体が段差を造らず、車椅子でも移動しやすいよう設計された建物だ。
「そうね。と~っても、素敵なお部屋だわ」
櫻子は「ぐるり」と部屋を見回す。
「ねぇ、さーちゃん」
「ん?なあに?」
小梧郎に呼ばれて、「パッ」と櫻子が視線を向ける。
「父様から聞いたんだけど…。さーちゃん家に、お仕事してくれる大きな人形が居るんだって?」
「あ、そうなの!」
櫻子が「パンッ」と、両手の平を叩く。
「『アヤメちゃん』って言うのよ。今日も一緒に来たんだけど…、お父様ったら大広間に入った途端に『定!』って、大声で小父様を呼ぶものだから、注目されちゃって…」
困り顔の櫻子。
「そんな風にしたら、アヤメちゃんも目に入っちゃうでしょ?そうしたらお客様達が、アヤメちゃんの周りに集まって来ちゃって…。今ね…お父様が皆様に、アヤメちゃんの紹介をしているわ」
「わぁ、そうなんだ」
「もぉう。ここに着いたら真っ先に、こーちゃんと会わせたかったのにぃ…」
両手を腰に当てて、「プウ」と櫻子が頬っぺたを膨らませる。
そんな櫻子を見て、小梧郎が「クスクス」と笑う。
「でも私ね、てっきり定小父様も、アヤメちゃんと同じお人形さんを購入なさるおつもりだと思ってたわ。だって、定小父様と倪門の小父様は従兄弟同士だし、研究所に投資もしてらっしゃるんでしょ?今回は私のお父様が急いで必要だったから、一番に購入できたみたいだけど…、二番目のお人形さんの行く先は、こーちゃん家じゃないかしらって…」
「うん、そうなんだけど…。父様は人形を使った物でも、もう少し違った研究に主眼を置いてるらしいんだ」
「違った研究…?」
櫻子が小首を傾げる。
「そう。だけどね、『これは実験が成功して実践が可能になるまでに、まだまだ年月を要する難しい研究だから、詳しいことは教えられない』って、言ってた。それから、『うちには執事も居るし、男の使用人達が夜も警備してるから、今のところ人形は必要無い。それよりも研究が早く成功するために、もっと資金を集めなきゃならない』って…」
「ふ~ん…。そこまで定小父様がお考えになってらっしゃるんだったら、きっと物凄い研究なのね」
「うん、そうだね。どんな研究なのか、僕も知りたいな…。もしも僕が健康だったら、雑用でも何でもするから研究室に入れてもらって、杞壹小父さんが研究してるところを見てみたいよ」
「こーちゃんは将来、倪門の小父様みたいな研究者になりたいの?」
「う~ん…」
小梧郎が上を向いて考える。
「色々、なりたいものはあるんだけど…。どうかな…?病気が良くなればな…」
そう言って、小梧郎は俯いた。
「病気なら絶対、治るわよ!」
小梧郎の向かいに立ち、テーブルに両手の平を当てて、今度は櫻子が身を乗り出した。
「私ね、寝る前に毎晩お祈りしてるの。『おはあさまと、こーちゃんの病気が治りますように』って…」
「おはあさま…?」
小梧郎が「キョトン」とした表情になる。
「あっ!」
櫻子が慌てて両手の平をテーブルから離して、口を抑える。
「どうしたの、さーちゃん?」
「ん~と…。こーちゃん、誰にも内緒よ?」
「え?…うん」
小梧郎が頷くと、櫻子は濱子のことを「おはあさま」と呼ぶようになった一連の出来事を話した。それを小梧郎は、興味深げな表情で聞いている。
そして櫻子が小梧郎の前で、「おさあさま」や「おまあさま」など他の言い方をした後に、「おはあさま」と言って口角が上がった表情を見せた。
「本当だ!他のより、さーちゃんの顔が笑ってる!」
小梧郎は楽しそうに答える。
「でしょ?その日から私ね、アヤメちゃんと一緒に『お母様』を、『おはあさま』って呼んでるのよ」
「へぇ~、そうなんだあ」
「だけどお父様がね、『その呼び方は家の中だけだったら構わないが、外出中は恥ずかしいから止めてくれ』って…。だから、今日も気を付けてたんだけど、うっかり出ちゃったわ。でも…、こーちゃんと居る間だけだったら、アヤメちゃんも私も『おはあさま』って…呼んでも良いでしょ?」
「うん!僕は全然、構わないよ」
小梧郎は笑顔で頷く。
「うふふ。ありがと、こーちゃん」
「僕も…、やってみようかな?」
「ええ!こーちゃんもやってみて!じゃあ、鏡の前でやりましょうよ」
櫻子が小梧郎の背後に回ると、手押しハンドルを握って車椅子を動かして行き、全身鏡の前で停止した。
小梧郎は櫻子が言ったように「お母様」の二番目の文字を「あかさたな」順に変えて言った後、「おはあさま」と口にした。すると小梧郎の口角も上がった。
「わっ、僕の顔も笑っちゃった!すごいや!」
「ねっ、面白いでしょ?こーちゃん」
「うん!」
「あ。でもね、私も鏡を見る度に色んな言い方をして試してみたの。そうしたらね、「おはあさま」って言っても、笑わない場合もあるのよ。例えば、小さい声や低い声で言うと駄目みたい。見ててね」
横に居る小梧郎の方を向いて話していた櫻子は、正面の鏡に映った自分の顔を見る。
「おはあさま」
櫻子は囁くような声で言うが、表情は変わらない。
「おはあさま」
次は出来る限りの低い声で言ってみる。やはり、口角は上がらない。
「あははっ、本当だねっ」
普段は聞かない低い声を、櫻子が発してるのを鏡越しに見て、小梧郎が笑う。
「ねっ?不思議でしょ?」
「うん。でも顔は笑ってなくても、さーちゃんが低い声出してるのが面白いや」
「そぅお?こーちゃん、こーちゃん。ガオ~ッ」
低い声で小梧郎の名を呼び、櫻子が両腕を高く上げる。
「こーちゃん、ガオ~ッ。食べちゃうぞぉー。ガオ~ッ」
櫻子は小梧郎に身体を向けて、熊が二本足で立って威嚇しているような動きをする。
「あはははっ。ウゥ~ッ。負けないぞぉー、ガオガオガオ~ッ」
小梧郎も獣が唸るような声を出し、両腕を交互に上げて応戦する。
「ガオ~ッ、ガオ~ッ」
「ガオガオガオ~ッ」
櫻子と小梧郎は声色を変えて吠えながら、互いを優しく攻撃し合っている。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
櫻子と小梧郎は「ピタッ」と同時に声を出すのを止め、「サッ」と両腕を下ろす。
「どうぞ」
小梧郎が返事をすると、扉が開いた。
「失礼致します。小梧郎坊ちゃま、お時間でございます」
執事の芝山が部屋に入って来た。
「うん、解った」
小梧郎は声色を戻し、普段の口調で答える。
櫻子も小梧郎も、執事の前で澄まし顔だ。
初老の執事は車椅子の手押しハンドルを握り、全身鏡から扉側へ方向転換した。
「では、櫻子お嬢様もご一緒に」
「はい」
芝山の穏やかな呼びかけに、櫻子も行儀良く返事をしてから、テーブルにあるクラッチバックを取って、肩に掛けた。
芝山が車椅子を押して、櫻子と共に小梧郎の部屋を出る。
大広間へと続く幅広い廊下を、澄まし顔の櫻子と小梧郎が並んで移動している。
二人は「チラリ」と、互いの顔を見合って微笑んだ。
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