アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」

第五話「一緒にお出かけしましょう ②」

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 洋館を入った櫻子は、一階のある部屋の前にいた。
 
 櫻子が覚えているのは、物心ものごころついた頃から。
 両親と共に幾度も訪問した古い日本家屋は、外観だけでなく中の造りまでもが、すっかり様変さまがわりしていた。行き慣れた子供部屋の位置も変わってしまったため、ここまで櫻子は女性使用人に案内をされて来た。

 女性使用人が部屋の扉を、ノックする。

「どうぞ」

 中から少年の声が聞こえ、女性使用人が扉を開けた。
 
「失礼致します。櫻子お嬢様を、ご案内しました」
「こーおーちゃん♪」

 女性使用人の後ろから、「ヒョコッ」と櫻子が顔を出す。

「さーちゃん!」

 車椅子くるまいすに座った少年が、嬉しそうな声で櫻子をむかえた。
 スキップしながら、櫻子は部屋へ入って行く。
 少年は櫻子に向けて精一杯せいいっぱい、両手を伸ばしている。
 少年の前に到着すると、櫻子も両手を伸ばした。

「明けましておめでとう、こーちゃん!」
「明けましておめでとう、さーちゃん!」

 櫻子と少年は新年の挨拶を交わしながら、お互いの両手の平を合わせて「パチパチパチ」と優しく叩き合う。

「今年もよろしくね、こーちゃん」
「うん!こちらこそ、さーちゃん」

 少年の名は、「當間とうま 小梧郎こごろう」。
 この洋館の当主である當間 定之介じょうのすけと妻の寿美子すみこの間には、かけると小梧郎という名の息子がいる。
 幼馴染おさななじみの櫻子と小梧郎は「さーちゃん」「こーちゃん」と、お互いに愛称あいしょうで呼び合っている。小梧郎は、櫻子より二歳下だ。
 小梧郎は昨年の秋に手術を受けた。手術は無事に終わり、経過も良好なので一時的に退院した。まだ体力は回復中のため、車椅子を使用している。

 小梧郎の斜向はすむかいの椅子に腰掛けている、はなやかな着物姿の女性が立ち上がった。

「明けましておめでとうございます」

 櫻子は女性の方へ身体を向けると、丁寧にお辞儀する。

「寿美子小母様おばさま、今年もよろしくお願いいたします」
「明けましておめでとう。よく来てくれたわね、櫻子ちゃん。まあ、可愛らしいこと」

 そう言われて、櫻子は少し恥ずかしそうな表情をする。
 今日の櫻子は着慣れた和装わそう姿ではなく、洋装ようそうだ。
 すでに上着は数仁の帽子やコートと共に使用人に預け、今は柘榴石ガーネットのような深い赤色をしたベルベットのワンピースに身を包んでいる。

「濱子さんのお加減はいかが?」
 
 寿美子が櫻子の手を取り、優しく握る。

「はい、小母様。年末年始は調子が良かったから、『新年会に参加できるわね』って楽しみにしてたんだけど、一昨日おとといから、また少し具合が悪くなってしまって…」
「まあ…」

 寿美子は心配そうな表情をする。

「でも…今朝はベッドから起きられたから、おは…お母様もね」

 櫻子は、いつも濱子を呼んでる調子で「おはあさま」と言いかけて、咄嗟とっさに言い直す。

「『せめて直接、お祝いの言葉だけでも』って支度しようとしたんだけど、昨夜は雪が降ったでしょ?『外は気温も低いし、風邪を引いたら大変だから』って、お父様が大事を取ってひかえさせたの」
「そうね。今朝は、とても冷えていたものね。数仁さんが心配なさるのも、解るわ。わたくしも、特に小梧郎の部屋の温度管理は、万全の注意を払うよう使用人達に伝えているもの」
「お母様、とっても残念がっていてね…。だって着て行く物も、ずっと前から一緒に準備していたのよ。こーちゃんや寿美子小母様とも、お話したがっていたわ」
「僕も、濱子小母様に会いたかったな」
「ええ、私もよ」

 その時、扉をノックする音が聞こえた。

「はい」

 寿美子が返事をすると、先ほど櫻子を案内した女性使用人が扉を開けた。

「失礼致します。奥様。滉月様から贈り物を頂戴ちょうだい致しましたが、大広間にお運びしてよろしいでしょうか?」

 開いた出入口から、何段もある大きなカートに載せられた沢山の荷物が見える。

「まあ。もしかして…あちらにある物、全部?」
「あ、そうなの!ちょっと待っていてね」

 櫻子は小走りで部屋から廊下へ出ると、カートに載った紙袋や包装された箱を探る。

「えっと…あ、これだわ。…よいしょ」

 カートの中段から、一つの紙袋を持ち出す。

「う~ん…」

 幅広はばひろの紙袋を両手に抱えて、重そうに歩く櫻子。

「お嬢様、私がお持ち致します」

 あわてて、女性使用人が手を差し出す。が、

「いいの、いいの。すぐ、そこだもの」

 そう言いながら、櫻子は「ヨタヨタ」しながらも急ぎ足で歩いて、小梧郎の横にあるテーブルに置いた。
  
「ふぅ~…」
「あらあら、櫻子ちゃん」
「あと、二つ」
「お嬢様、後は私が」

 櫻子がきびすを返すと、女性使用人が制した。

「櫻子ちゃん。遠慮しないで、うちの使用人に頼んで良いのよ」
「あ、じゃあ…これと同じ紙袋を二つ…」
かしこまりました」

 櫻子は足を止めて、残りを女性使用人に任せる。

「櫻子ちゃんは何でも、一人でしてしまうのねぇ」
「ううん、そんなこと無いんだけど…。『外出中に自分で出来ることは、なるべく人様に甘えないように』って、お母様との約束なの。それに早く、こーちゃんに見せたくって…」
「何々?さーちゃん?」
「うふふ」

 櫻子が微笑み、紙袋を倒して中から一塊ひとかたまりに包装された物を引き出す。二回ほど塊を転がして、木馬を描いたシールで止められた面が上になるように置いた。
 寿美子は小梧郎の車椅子を動かして、テーブルの横から前に向きを変える。

「開けてみて?」
「うん!」

 シールが破れないよう小梧郎は、人差し指の爪を使って慎重しんちょうがしてから、包装紙を広げてゆく。
 その間に女性使用人が、二つの紙袋をテーブルに運び終えた。

「ありがとうございます」

 櫻子は女性使用人に、お礼を言う。

「他のプレゼントの中身は、私も知らないの。『開けてからのお楽しみ』ですって。お父様は今、大広間で皆様とお話し中だから…」
「まあ、数仁さんらしいわねぇ。それでは他の頂き物は数仁さんに直接、説明して頂きましょうね。カートは、大広間に運んでちょうだい」
「畏まりました」

 女性使用人は会釈をしてから扉を閉めて、カートを運んで行った。
 櫻子は早速、残り二つの紙袋からも包装紙の塊を取り出し、一つずつ小梧郎と分けて丁寧に包装紙を広げていった。

「わあ…」

 小梧郎が目をかがやかせる。

 包装紙の中身は全て、何冊かごとに重ねられた洋書だった。
 最初に包みを解かれた本は小人や妖精ようせい、ペガサスやドラゴンなどが登場するファンタジーの世界が作品ごとに、大人でも目を引くような独特の画風や色彩しきさい装幀そうていほどこされている。

「そっちが物語の本で、う~んと…こっちは動物や昆虫の図鑑ずかんみたい」

 櫻子が手元に何冊も重なった分厚い図鑑を、小梧郎が見やすいように上下を回してから差し出した。

 二人の通う学校は別々で櫻子は女学校、小梧郎は男子校だ。どちらも外国人教師がおり、英語教育におもきを置いている。だから、櫻子も多少の英語は出来る。
 小梧郎も兄が通っていた小学校に入学したのだが、幼いころから体が病弱で入退院を繰り返していたため、同じように出席することは難しかった。
 しかし、数仁が昔から海外で購入した絵本や児童書をプレゼントしてくれたので、小梧郎は自然と英語の文字に慣れ親しんでいた。
 教室で皆と授業を受けられるほどの体力は無かったが、定之介が家庭教師をやとっていたので、自宅で学習することも出来た。
 元来がんらい、読書好きで知的探求心ちてきたんきゅうしん旺盛おうせいな小梧郎は、病状の重い日以外にはベッドの上でも、何かしらの教科書や本を広げていたので、いつの間にか同学年以上の学力や英語力を身につけていた。
 
 小梧郎は図鑑のかた表表紙おもてびょうしを一冊ずつ開いて、中のうすページを少しずつめくってゆく。
 そこには世界中の動物や昆虫が、白黒写真や細部さいぶまで描いた緻密ちみつな絵で紹介され、英文で生態せいたいが解説されていた。

「見たことないのが、いっぱいだあ」

 小梧郎は「キョロキョロ」と目移りしながら、表紙や頁をいとおしそうに五本の指先でさすって、目の前に並んだ本達の質感の違いすらも楽しんでいるようだ。 

「あと…これは全部、かけるさんにかしら?」

 残りの積み重なった本は青春や冒険、SFやミステリーなど幅広いジャンルから人気のある小説を、小梧郎の兄のために数仁が選んだ物だった。通学など移動中でも読みやすいように、ペーパーバック仕様しようで揃えられ、その分だけ冊数も多めに購入されている。
 小梧郎が小説にも手を伸ばして、背表紙の題名を確認している。

「あっ、これ!」 

 積まれた小説の下にある一冊を、小梧郎が取り出す。

「『やみの探偵』シリーズの新刊だね!ずっと、楽しみにしてたんだあ」

 探偵小説の表紙を見つめながら、満面の笑顔で話す小梧郎が何かに気づいたような表情をする。

「…って、翔兄さんが言ってたんだ」 

 その表情は一瞬だけで、すぐ笑顔を櫻子に向ける。

「…そう。良かったわ」

 その表情に気づいた櫻子も、何も触れずに笑顔で答える。

 また扉をノックする音が聞こえる。

「奥様。深山みやま会のご婦人方がいらっしゃいました」

 今度は扉を開けずに廊下から、女性使用人が声をかけた。

「あらそう。今、行くわ」

 小梧郎の後ろに立ち、一緒に本を眺めていた寿美子が扉に向かって返事をした。

「私も、そろそろ大広間に行って来るわ。小梧郎。時間になったら芝山しばやまを迎えに行かせるから、櫻子ちゃんと一緒に大広間にいらっしゃい」
「うん、解った」

 白色のウイングカラーシャツに、黒色の革靴かわぐつ。グレー色の厚手生地で仕立てたモーニングコート。この日のために一式、そろえた洋装に身を固める小梧郎。
 寿美子も手刺繍ししゅう贅沢ぜいたく装飾そうしょくされた着物と帯を、上品に着こなしている。

「大丈夫?気持ち悪くない?」

 小梧郎の髪やアスコット・タイを整えながら、寿美子が体の調子を尋ねる。
        
「うん、平気だよ」
「ちょっとでも痛かったり苦しかったら、我慢がまんしないで芝山に言うのよ」
「解ってるってば」

 小梧郎が困ったような表情で答える。

「櫻子ちゃん。今日はお客様が多くて、あまりお話できないけれど、お料理も色々用意しているから沢山召し上がって、ゆっくりしていってちょうだいね」
「はい、小母様」

 寿美子は最後に気遣きづかわしげな目で小梧郎を見てから、部屋を出て行った。




(続)
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