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第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」
第九話「肆号と伍号も参加するそうです」
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それから、少し経った頃ーーー。
「遅いな」
数仁は腕時計を確認する。
「ああ。一応、念押しはしたんだが…」
定之助が葉巻を銜え、溜め息と共に煙を吐く。
数仁と定之助は一旦、大広間を抜け出して応接間に移動していた。
そこには、倪門研究所の小林室長と黒川も居た。他に一名、外回りを勤める酒本という男性所員も同行している。
小林室長はソファに座って原稿を手に持ち、記載された文字を目で追いながら、「ブツブツ」と口を動かしている。
これから倪門研究所から富裕層の招待客達に、『からくり人形』シリーズの『女中〈童顔〉型』を発表、そして宣伝をする段取りなのだ。
黒川と酒本は先ほどまで、その概要を記した小冊子を、當間家からの手土産が詰められた紙袋に、手分けして差し込む作業をしていた。
この紙袋は今日の招待客達のために用意された物で、帰りに配られる。
「申し訳ありません。前日に話した時は、倪門所長のご自宅で落ち合う約束でしたので…。こんな事にならぬよう、早めにお迎えにあがったんですが、『昨夜は戻ってない』と婆やさんが…」
黒い革張りの一人掛けソファに「ドッカリ」と並んで座す数仁と定之助に、酒本が頭を下げる。
「アイツは昔から、時間にルーズだからな。おまけに周りの都合も考えず、一人で勝手な行動をとりたがる。ったく…。何のために雪が降る日を避けて、事前に帰国したんだ。マイペースも過ぎるぞ」
苛立ちを含ませた口調で数仁が言う。
数仁はソファの肘掛けに両腕を休ませているが、指先だけは忙しなく動いて「トツトツトツ…」と、ソファに当たる音がする。
當間家の応接間は十数名の来客を通せる広い造りなのだが、アヤメが入っていたのと同じ棺ほどの大きさが二つ分、他に複数のアルミケースが床に置かれて、かなりの場所を塞いでいる。
隅には横並びの充電箱が二台、その上に目蓋と口を閉じて、静かに着座している人形も二体。この人形達は昨夜のうちに當間家の応接室に運び入れ、着物も着せて充電していたのだ。
黒川が人形達のそばに行き、口を開けて「ポチッ」と電源ボタンを押す。
ブウゥゥゥ~~ン……
二体の人形が「パチッ」と目蓋を開け、瞬きしながら上下左右に首を動かし始める。途中、横を向いた二体の顔が視線を合わせて「ピタリ」と止まる。
「私、女中〈童顔〉型、肆号」
「貴方、肆号。私、同型、伍号」
「貴方、伍号」
人形達が、互いの番号を確認し合う。
「弐号」と「参号」は、すでに数仁の後に予約した資産家の屋敷へ届けられた。今、ここに運ばれた二体は年明けに完成したばかりの「肆号」と「伍号」だ。
「肆号」も「伍号」も、アヤメと同様の顔をしている。
違うのは、當間家の女性使用人に手を借りて着せた着物である。一体は当初、アヤメのために用意した無地で紺色の着物に黒色の帯、もう一体の着物は無地の小豆色で深緑の帯を身に付けている。
旅館の仲居が着用する物を参考に決定した二種類の無地色を基本とし、顧客から要望があった際に、別の着物と帯を呉服屋に別注する形での販売だ。
「弐号」と「参号」の顧客達は、研究所が用意した着物一式をそのまま、受け取った。
人形達は同じ顔と言っても、造りは人形職人の手彫りであるから、鑑識眼に長けた人間が「じっくり」と比べて観るならば、微細な違いに気付くであろうが、ただ見るだけならば「壱号」か「肆号」か「伍号」か、号数の区別は難しい。
人形の個体毎には、身体各部位の目立たない箇所に、識別番号を刻印済みだ。そのため、号数の判別は可能である。
「仕方無い…」
定之助は水晶製シガートレイの窪みに、葉巻を置いた。
「アイツ抜きで始めるか」
「そうだな、これ以上は待てん」
そう言って数仁が「スッ」と立ち上がった時、ノックする音がして応接間の扉が開いた。
「旦那様。倪門様が到着されました」
男性使用人の声と共に、「スルスル」と猫背気味の男が足音を立てず、摺り足で応接間に入って来た。手には薄茶色の大きな紙袋を持っている。
「遅いぞ!倪門!」
その男に、数仁は声を張る。
「やっと来たか…」
溜め息混じりの口調で、定之助が呟く。
「やぁ…、定之助君。滉月君。久方振りだねぇ…」
「杞壹…。私とは帰国した日に、研究所で会ったばかりだ」
定之助が右の蟀谷に指を当て、辟易したような表情で言う。
「んん?」
倪門は片眉だけ顰めて、首を傾げる。
「…あぁ、そう言えば…。きししし…」
僅か三日前、自分の従兄弟との再会を忘れていたようだ。だが倪門は悪びれた態度も見せず、肩と背中を小刻みに揺らしながら小音の笑い声を漏らす。
「倪門所長!今まで、どちらにいらしたんですか?」
駆け寄った酒本が、倪門に問いかける。
「あぁ…。出先から理容室に寄ってねぇ…昼間なのに、いやに混んでると思ったら日曜だと気付いて…それから、荷物を取りに自宅に戻った…」
倪門が紙袋を床に置いて、黒いコートのボタンを外しながら答える。
「事前に仰って頂ければ、僕が手配しましたのに…。予定時間より大分、遅れてます」
「何だ…、先に始めてれば良かったのにねぇ…。説明だけなら君達だけで、事足りるだろうに…」
男性使用人は倪門のコートを脱がせると、ハンガーに被せてから壁のフックに掛け、すぐに出て行った。今日、當間家の使用人達は皆、猫の手を借りたいほど忙しい。
上着を脱いだ倪門はダークグレーの背広姿、中に同色のベスト、首回りにはネクタイではなく、琥珀のポーラー・タイを巻いている。近くで見ると遥か昔、樹液に包まれた一匹の蟻が形を残して琥珀の中に閉じ込められている。
これらは数仁のお下がりだ(但し、ポーラー・タイは除く)。
倪門はいつも、身長や体型の近い数仁から不要な洋服を貰っている。時には、二人よりも大柄な体型の定之助からもだ。他にも鞄や生活道具なども、倪門に渡ることがある。
数仁や定之助と同様、倪門の実家も裕福だ。だが倪門自身は流行や服装に無頓着で、洋服を自分で選んで買うのは面倒臭い。そんな時間があれば研究に充てたい。
片や数仁は身に付ける物に関して、常に流行の最先端を取り入れたい性格で、数回だけ着用したり使用しただけで飽きてしまう物も多い。それらが溜まると、纏めて倪門の実家まで運転手に届けさせている。
洋服は倪門の乳母をしていた婆やと女性使用人達が、お直しするので問題無く着用出来る。
ただ同じ物を着ていても、いつも姿勢が良く堂々とした姿で歩く数仁と、猫背姿の倪門とでは見栄えが違う。
理容室に行ったのは事実のようで、今日は髪もポマードで整えられ、口周りもスッキリして幾分、マシな方だ。
普段は、研究所に出勤する前に婆やと女性使用人が倪門の身なりを綺麗に整える。だが研究所に泊まり込みの多い倪門は数日も経つと、ボサボサ頭に無精髭が生えた顔、定之助や数仁が研究所まで会いに行けば「ヨレヨレ」の白衣を着て現れる。研究に没頭して寝不足気味なのか、目の下には隈がある。
その所為で、それなりに目鼻立ちの整った顔立ちではあるのに、どうにも陰気な雰囲気を醸し出している。
「所長…。我々の研究所が長年の苦労を経て完成させた最新鋭の『からくり人形』を、せっかく…このようにして當間様と滉月様が公の場で紹介する機会を与えて下さったんですよ。世間に認知の低い研究所が、初見の場で専門的な商品説明をしても、胡散臭い印象を与えてしまうだけです。當間様と滉月様のお口添えがあれば、招待客の方々にも十分な信用を得られますし、出資者も増やせる絶好のチャンスです」
酒本が、まるで悪戯をした子供に言い聞かせるように倪門に語りかける。だが倪門は首を動かし、備え付けられた調度品も含めて和風から洋風に様変わりした応接間を「ジロジロ」と眺めている。
「そのためにも今日、倪門所長と直接会って『日本を牽引する天才科学者』だと、世の中に知って頂くことが必要なんですって以前から再三…、所長…」
語り続ける酒本を余所に、ふと倪門は何かに目を止め、「スルスル」と壁際の重厚なガラスキャビネットまで摺り足で進んで行く。
倪門は少し屈むと、キャビネットのガラス扉に「ビトッ」と自分の額をくっ付けて、中に飾られた皿を「まじまじ」と見つめる。
「ほぅ…珍しい…」
それは透明なガラスで出来た丸皿なのだが中は空洞で、その隙間を埋めるように何頭もの蝶が翅を広げて重なりあっている。それらは紛うことなき本物の蝶だ。翅は全て孔雀青色の美しい光沢を放ち、光の加減や角度によって「キラキラ」と虹のように色合いが変化して見える。
「これ、滉月君が見つけてきたのかい?」
「ああ。数仁が小梧郎の土産にくれた物だ。始めは小梧郎の部屋に飾ってたんだが、『とても綺麗だから、ここに飾れば女性の来客があった時、話の種になる』と、小梧郎が言ったから移動したんだ。実際、先月に何組か夫婦の来客があったが…奥方は皆、この皿に釘付けだった」
若干、苛立ちを含んだ口調で言いながら定之助が、ソファから立ち上がった。
「滉月君。僕にもねぇ、これ、調達しておくれよ」
ガラス扉に額を密着させたまま、倪門が言う。
「倪門、そんな話は後だ。ここで愚だ愚だしてる暇は無い。とっとと始めるぞ」
すでに小林室長は原稿と資料をクリップに纏めてソファから扉まで移動しており、準備万端の様子だ。
肆号と伍号も各々、自分で充電プラグを外して直立姿勢で待機している。
「肆号、伍号。今から大広間に行くから、ついておいで」
「ハイ。黒川様」
黒川が指示すると肆号と伍号は同時に返事してから、黒川の後ろに番号順に並んだ。
酒本が応接間の扉を開け、研究所の所員達が肆号と伍号を引き連れて、応接間から出て行った。
数仁と定之助、そして倪門も廊下へ出て、大広間へと向かって行く。
「定之助君。今日は…小梧郎君も、参加しているのかな?」
数仁と定之助の後ろから、倪門が話しかける。
「ああ。今は櫻子ちゃんと、大広間に居ると思うが…」
歩きながら、定之助が振り向いて答える。
「では先に、小梧郎君に挨拶するとしよう。手術成功のね、お祝いを持ってきたんだ…」
倪門は紙袋を、定之助に掲げて見せる。
「構わないよねぇ…?」
「うん…。まあ、良いだろう」
定之助が眉間に皺を寄せながらも、同意する。
「おい、倪門」
数仁も振り向く。
「余計な所で『ウロウロ』しないで、ちゃんと大広間に居るんだぞ?ある程度、僕が先に研究所の紹介をする。お前は呼ばれたら、すぐに踊り場に上がって来るんだ。解ったな?」
「やれやれ…、まるで子供扱いだねぇ…。きしししし…」
倪門は口元に薄笑いを浮かべ、両肩を竦めた。
(続)
「遅いな」
数仁は腕時計を確認する。
「ああ。一応、念押しはしたんだが…」
定之助が葉巻を銜え、溜め息と共に煙を吐く。
数仁と定之助は一旦、大広間を抜け出して応接間に移動していた。
そこには、倪門研究所の小林室長と黒川も居た。他に一名、外回りを勤める酒本という男性所員も同行している。
小林室長はソファに座って原稿を手に持ち、記載された文字を目で追いながら、「ブツブツ」と口を動かしている。
これから倪門研究所から富裕層の招待客達に、『からくり人形』シリーズの『女中〈童顔〉型』を発表、そして宣伝をする段取りなのだ。
黒川と酒本は先ほどまで、その概要を記した小冊子を、當間家からの手土産が詰められた紙袋に、手分けして差し込む作業をしていた。
この紙袋は今日の招待客達のために用意された物で、帰りに配られる。
「申し訳ありません。前日に話した時は、倪門所長のご自宅で落ち合う約束でしたので…。こんな事にならぬよう、早めにお迎えにあがったんですが、『昨夜は戻ってない』と婆やさんが…」
黒い革張りの一人掛けソファに「ドッカリ」と並んで座す数仁と定之助に、酒本が頭を下げる。
「アイツは昔から、時間にルーズだからな。おまけに周りの都合も考えず、一人で勝手な行動をとりたがる。ったく…。何のために雪が降る日を避けて、事前に帰国したんだ。マイペースも過ぎるぞ」
苛立ちを含ませた口調で数仁が言う。
数仁はソファの肘掛けに両腕を休ませているが、指先だけは忙しなく動いて「トツトツトツ…」と、ソファに当たる音がする。
當間家の応接間は十数名の来客を通せる広い造りなのだが、アヤメが入っていたのと同じ棺ほどの大きさが二つ分、他に複数のアルミケースが床に置かれて、かなりの場所を塞いでいる。
隅には横並びの充電箱が二台、その上に目蓋と口を閉じて、静かに着座している人形も二体。この人形達は昨夜のうちに當間家の応接室に運び入れ、着物も着せて充電していたのだ。
黒川が人形達のそばに行き、口を開けて「ポチッ」と電源ボタンを押す。
ブウゥゥゥ~~ン……
二体の人形が「パチッ」と目蓋を開け、瞬きしながら上下左右に首を動かし始める。途中、横を向いた二体の顔が視線を合わせて「ピタリ」と止まる。
「私、女中〈童顔〉型、肆号」
「貴方、肆号。私、同型、伍号」
「貴方、伍号」
人形達が、互いの番号を確認し合う。
「弐号」と「参号」は、すでに数仁の後に予約した資産家の屋敷へ届けられた。今、ここに運ばれた二体は年明けに完成したばかりの「肆号」と「伍号」だ。
「肆号」も「伍号」も、アヤメと同様の顔をしている。
違うのは、當間家の女性使用人に手を借りて着せた着物である。一体は当初、アヤメのために用意した無地で紺色の着物に黒色の帯、もう一体の着物は無地の小豆色で深緑の帯を身に付けている。
旅館の仲居が着用する物を参考に決定した二種類の無地色を基本とし、顧客から要望があった際に、別の着物と帯を呉服屋に別注する形での販売だ。
「弐号」と「参号」の顧客達は、研究所が用意した着物一式をそのまま、受け取った。
人形達は同じ顔と言っても、造りは人形職人の手彫りであるから、鑑識眼に長けた人間が「じっくり」と比べて観るならば、微細な違いに気付くであろうが、ただ見るだけならば「壱号」か「肆号」か「伍号」か、号数の区別は難しい。
人形の個体毎には、身体各部位の目立たない箇所に、識別番号を刻印済みだ。そのため、号数の判別は可能である。
「仕方無い…」
定之助は水晶製シガートレイの窪みに、葉巻を置いた。
「アイツ抜きで始めるか」
「そうだな、これ以上は待てん」
そう言って数仁が「スッ」と立ち上がった時、ノックする音がして応接間の扉が開いた。
「旦那様。倪門様が到着されました」
男性使用人の声と共に、「スルスル」と猫背気味の男が足音を立てず、摺り足で応接間に入って来た。手には薄茶色の大きな紙袋を持っている。
「遅いぞ!倪門!」
その男に、数仁は声を張る。
「やっと来たか…」
溜め息混じりの口調で、定之助が呟く。
「やぁ…、定之助君。滉月君。久方振りだねぇ…」
「杞壹…。私とは帰国した日に、研究所で会ったばかりだ」
定之助が右の蟀谷に指を当て、辟易したような表情で言う。
「んん?」
倪門は片眉だけ顰めて、首を傾げる。
「…あぁ、そう言えば…。きししし…」
僅か三日前、自分の従兄弟との再会を忘れていたようだ。だが倪門は悪びれた態度も見せず、肩と背中を小刻みに揺らしながら小音の笑い声を漏らす。
「倪門所長!今まで、どちらにいらしたんですか?」
駆け寄った酒本が、倪門に問いかける。
「あぁ…。出先から理容室に寄ってねぇ…昼間なのに、いやに混んでると思ったら日曜だと気付いて…それから、荷物を取りに自宅に戻った…」
倪門が紙袋を床に置いて、黒いコートのボタンを外しながら答える。
「事前に仰って頂ければ、僕が手配しましたのに…。予定時間より大分、遅れてます」
「何だ…、先に始めてれば良かったのにねぇ…。説明だけなら君達だけで、事足りるだろうに…」
男性使用人は倪門のコートを脱がせると、ハンガーに被せてから壁のフックに掛け、すぐに出て行った。今日、當間家の使用人達は皆、猫の手を借りたいほど忙しい。
上着を脱いだ倪門はダークグレーの背広姿、中に同色のベスト、首回りにはネクタイではなく、琥珀のポーラー・タイを巻いている。近くで見ると遥か昔、樹液に包まれた一匹の蟻が形を残して琥珀の中に閉じ込められている。
これらは数仁のお下がりだ(但し、ポーラー・タイは除く)。
倪門はいつも、身長や体型の近い数仁から不要な洋服を貰っている。時には、二人よりも大柄な体型の定之助からもだ。他にも鞄や生活道具なども、倪門に渡ることがある。
数仁や定之助と同様、倪門の実家も裕福だ。だが倪門自身は流行や服装に無頓着で、洋服を自分で選んで買うのは面倒臭い。そんな時間があれば研究に充てたい。
片や数仁は身に付ける物に関して、常に流行の最先端を取り入れたい性格で、数回だけ着用したり使用しただけで飽きてしまう物も多い。それらが溜まると、纏めて倪門の実家まで運転手に届けさせている。
洋服は倪門の乳母をしていた婆やと女性使用人達が、お直しするので問題無く着用出来る。
ただ同じ物を着ていても、いつも姿勢が良く堂々とした姿で歩く数仁と、猫背姿の倪門とでは見栄えが違う。
理容室に行ったのは事実のようで、今日は髪もポマードで整えられ、口周りもスッキリして幾分、マシな方だ。
普段は、研究所に出勤する前に婆やと女性使用人が倪門の身なりを綺麗に整える。だが研究所に泊まり込みの多い倪門は数日も経つと、ボサボサ頭に無精髭が生えた顔、定之助や数仁が研究所まで会いに行けば「ヨレヨレ」の白衣を着て現れる。研究に没頭して寝不足気味なのか、目の下には隈がある。
その所為で、それなりに目鼻立ちの整った顔立ちではあるのに、どうにも陰気な雰囲気を醸し出している。
「所長…。我々の研究所が長年の苦労を経て完成させた最新鋭の『からくり人形』を、せっかく…このようにして當間様と滉月様が公の場で紹介する機会を与えて下さったんですよ。世間に認知の低い研究所が、初見の場で専門的な商品説明をしても、胡散臭い印象を与えてしまうだけです。當間様と滉月様のお口添えがあれば、招待客の方々にも十分な信用を得られますし、出資者も増やせる絶好のチャンスです」
酒本が、まるで悪戯をした子供に言い聞かせるように倪門に語りかける。だが倪門は首を動かし、備え付けられた調度品も含めて和風から洋風に様変わりした応接間を「ジロジロ」と眺めている。
「そのためにも今日、倪門所長と直接会って『日本を牽引する天才科学者』だと、世の中に知って頂くことが必要なんですって以前から再三…、所長…」
語り続ける酒本を余所に、ふと倪門は何かに目を止め、「スルスル」と壁際の重厚なガラスキャビネットまで摺り足で進んで行く。
倪門は少し屈むと、キャビネットのガラス扉に「ビトッ」と自分の額をくっ付けて、中に飾られた皿を「まじまじ」と見つめる。
「ほぅ…珍しい…」
それは透明なガラスで出来た丸皿なのだが中は空洞で、その隙間を埋めるように何頭もの蝶が翅を広げて重なりあっている。それらは紛うことなき本物の蝶だ。翅は全て孔雀青色の美しい光沢を放ち、光の加減や角度によって「キラキラ」と虹のように色合いが変化して見える。
「これ、滉月君が見つけてきたのかい?」
「ああ。数仁が小梧郎の土産にくれた物だ。始めは小梧郎の部屋に飾ってたんだが、『とても綺麗だから、ここに飾れば女性の来客があった時、話の種になる』と、小梧郎が言ったから移動したんだ。実際、先月に何組か夫婦の来客があったが…奥方は皆、この皿に釘付けだった」
若干、苛立ちを含んだ口調で言いながら定之助が、ソファから立ち上がった。
「滉月君。僕にもねぇ、これ、調達しておくれよ」
ガラス扉に額を密着させたまま、倪門が言う。
「倪門、そんな話は後だ。ここで愚だ愚だしてる暇は無い。とっとと始めるぞ」
すでに小林室長は原稿と資料をクリップに纏めてソファから扉まで移動しており、準備万端の様子だ。
肆号と伍号も各々、自分で充電プラグを外して直立姿勢で待機している。
「肆号、伍号。今から大広間に行くから、ついておいで」
「ハイ。黒川様」
黒川が指示すると肆号と伍号は同時に返事してから、黒川の後ろに番号順に並んだ。
酒本が応接間の扉を開け、研究所の所員達が肆号と伍号を引き連れて、応接間から出て行った。
数仁と定之助、そして倪門も廊下へ出て、大広間へと向かって行く。
「定之助君。今日は…小梧郎君も、参加しているのかな?」
数仁と定之助の後ろから、倪門が話しかける。
「ああ。今は櫻子ちゃんと、大広間に居ると思うが…」
歩きながら、定之助が振り向いて答える。
「では先に、小梧郎君に挨拶するとしよう。手術成功のね、お祝いを持ってきたんだ…」
倪門は紙袋を、定之助に掲げて見せる。
「構わないよねぇ…?」
「うん…。まあ、良いだろう」
定之助が眉間に皺を寄せながらも、同意する。
「おい、倪門」
数仁も振り向く。
「余計な所で『ウロウロ』しないで、ちゃんと大広間に居るんだぞ?ある程度、僕が先に研究所の紹介をする。お前は呼ばれたら、すぐに踊り場に上がって来るんだ。解ったな?」
「やれやれ…、まるで子供扱いだねぇ…。きしししし…」
倪門は口元に薄笑いを浮かべ、両肩を竦めた。
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